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2005年08月31日

空間のバランス・陰影のある家

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塗り壁の写真は、先週土曜日、仙台での取材先の様子です。
以前、ある建築家の建てた住宅を取材していて、「最近の家って、こどもがひとりっきりで泣けるような場所、ないじゃないですか」と、語ってくれたのを印象的に覚えています。わたしたちの年代では、親に叱られて押入の中や、土間の隅、小屋裏など暗い場所ででさめざめと泣いていた、という記憶がある。また、古民家を取材していて、とにかく安心するのは、古い木材がもつ暗い質感。どっしりとしていてざらついた木の表情を見ているだけで、人間のこころのひだにうるおいがよみがえるような感覚にとらわれます。

そうなんですよ。
いまの家が昔の家と決定的に違うのは、この陰影感のなさなんです。モダン志向でやってきた日本。なんでも開放的にあかるく、という家が多かったのですが、それはちょっと違うと思うんです。
うれしいことに最近、無表情でのっぺりとしたビニールクロスの壁仕上げがあきられてきて、塗り壁のざらついた表情を愛するユーザーが増えてきました。やっぱりみんな同じ思いを持っているようですね。
明るい空間と、すこしダークな空間のバランス。そんなことが無意識のうちに求められてきているのだと思います。

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2005年08月30日

見学にきてくれた学生さんたち

当社のオープンスペースに展示している学生の匠作品、けっこう見にきています。
応募した学生さんの場合は、思い入れもあるからか、じっくり腰を据えて見ていきますね。
ちょうど社に戻ったら、「優秀賞」受賞の北海道職業能力開発大学校のチーム2人がいました。

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左の二人がチームを組んで応募したそうです。結局、自分たちの作品の前で、くったくなくうれしそうにしていました。
若い学生さんたちにとって、このコンクール応募の体験がどんなかたちで残っていくのか、まだわかりませんが、少なくともこうして展示された作品に触れられることは、無駄にはならないと思います。
きっと自分の作品と、ほかのひとの作品と比べながら、頭の中であれやこれや、まだプランニングの体験が継続しているのではないかと想像します。
そういうのが、いちばん何かの時に役に立つんじゃないかと思えるのです。
昨年、JRN大賞を受賞したひとは、札幌でも元気いっぱいの店舗系の設計プランニング会社にことし就職しています。
この「学生の匠」が、わかい人たちのジャンプボードになってくれたら、すばらしいなぁと思います。
歳食ってるおじさんたちは、そのためにもがんばらにゃなりませんね。
右側の写真は別のグループで来られた女子学生さんたちです。

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2005年08月29日

学生の匠より〜8

さて学生の匠プラン紹介の最終回
準優秀賞作 室蘭工業大学・今 知亮君チームの作品です。

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このプランでは、玄関の位置が庭に面した居間の奥に変更され、しかも床面積の4分の1ほどの大きな土間になっています。この土間と一体化した居間というオープンな構成の1階です。台所はあえて従来の玄関奥に配置して、独立型キッチンとしています。方向を変えた階段横には左右に黒く塗られた壁の中に冷蔵庫や収納装置がぎっしり詰め込まれた「生活維持装置」が入れ込まれています。トイレや洗面・浴室も考えとしてはこのなかの一部という考え。
2階もこうした「黒い生活ボックス」とのんびりと使える「セカンドリビング」に明確に仕分けされています。

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たいへん若々しい、才能を感じさせるプランでした。惜しむらくは、提案の明快さ・おもしろさに比べて、それをわかりやすく表現するポイントで、やや伝わりにくかった点。 でも、将来がとてもたのしみな若い感性です。
さてこれで入賞した作品はすべてご紹介いたしました。 今後は受賞した作品に基づいて工事が始まっていきます。
ここでもお伝えしていきたいと思います。

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2005年08月28日

学生の匠より〜7

準優秀賞作  札幌市立高等専門学校・梶谷万里巴さんの作品

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女性らしい優美さが感じられた作品。階段を円形のらせん階段に変えて、その円弧をインテリア空間全体にも活かしています。デザインエレメントとして円弧をたたみコーナーにも採用しています。
2階は真ん中に吹き抜けを配置して、左右に夫婦の趣味的なコーナーにしています。互いの壁は、目線を遮る程度の斜めのスリットのみとして、集中も出来るし、お互いの気配も感じられる空間にしています。
広く使う1階と、個の空間として使う2階のメリハリがきいていて、また吹き抜けの意味もよくわかるプランですね。

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2005年08月27日

学生の匠より〜6

学生の匠・準優秀作 北海道工業大学大学院・ケセランパサランチーム

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つきつめて思い切った生活提案だったのが、このプラン。「趣味に生きる、楽しんで暮らす家」という明快なコンセプトで、なんと1階は夫婦の趣味を楽しむこととパブリックな機能だけにしたワンルーム的な空間に。
土間で来客をもてなすこともでき、奥さんの布折りの趣味や、ご主人のためのアウトドアとのアクセスにも配慮しています。

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イメージとしてはこういう暮らし方。2階もほとんど間仕切りのないオープンな作りで、壁に沿って必要な生活装置が配置されているシンプルなプランです。
若い人が考えたにふさわしい提案内容だなぁ、という印象でした。
かえって若い人の、それもダブルインカムの夫婦の新築住宅に似合いそうなプランかも知れませんね。

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2005年08月26日

学生の匠より〜5

準優秀賞作「赤秋を過ごす家」〜北海道職業能力開発大学校・りんごぐみ

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赤秋というのは、青春の対語ということで、子供も巣立ったあとの暮らしを表現している。
夫婦二人だけのくらしに対して、建築的にもゾーニングの仕分けでパブリック・プライベートを「緑の廊下」という装置的な仕掛けをもちこむことで、自然環境とのつながりを意識させ、豊かさを演出するものです。
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玄関を入ると土間空間が広がり、壁に沿っていくと縁側〜庭にいたる「緑の廊下」があります。ここの天井は吹き抜けていて、家の中の明確な区切り目になっています。
その奥は1〜2階ともプライベートなゾーンが集中されています。手前側は土間や居間などといったややパブリックなスペースに仕分けられています。(明確なのはいいのですが、2階では吹き抜けに通路がなく、玄関側の2階に行くには飛んでいかなければならない・・というご愛敬な設計ミスもあります)

提案のユニークさで、審査の目にとまった作品です。

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2005年08月25日

Suzukiアルトの乗り心地-2

ただいま、東北出張にきています。といっても、きのう夕方室蘭からフェリーで八戸。
朝3時に着いて温泉につかって休んでから、移動開始。朝10時の秋田市での取材をこなして、その後仙台事務所にきているのです。
ちょっとハード気味のスケジュールですが、繁忙期は日常茶飯です。
で、きのう書いたSuzukiアルトをこっちに持ってくるのが目的でもあるわけです。
Suzukiアルト、すこぶる元気いっぱいに走っておりまして、現在走破距離は800k超。ほとんどが高速走行です。

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秋田の取材ライターさんから、「え、軽でこれから仙台まで?!」って、心配されましたが、違う、北海道から仙台まで走り続けるんです!
ということで、元気いっぱいにきびきび走っているSuzukiアルトです。
写真は、岩手山をバックにしたSuzukiアルト。右は八戸といえばここ、新八温泉。フェリー疲れを癒してくれる終日営業の温泉です。フェリー埠頭から車で10分。フェリー客はチケット見せると800円くらい。
ということで、これから飛行機で札幌に帰ります。
ただいま、仙台空港に到着、なんとか旅程はすべて滑り込みセーフ!
やれやれ、千歳についても汽車にまた乗るんだよね。  ふーっ、ではでは・・・。

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2005年08月24日

Suzukiアルトの乗り心地

閑話休題。BLOGって、もうすこし気軽なテーマで書いた方がいいかも知れませんね。
でも学生の匠事業は、ホントまじめにみんないっしょうけんめいやってるもんで、ついこっちもなるべく多く書かなくっちゃと思ってしまいます。
でもまぁ、きょうは1日休みます。
ウチは札幌と仙台で両方で雑誌発刊中。本拠は札幌ですが東北にはちょこちょこ移動しています。
仙台ではいままでレンタカー借りたりしていましたが、どう計算してみてもいろいろ経費の無駄。ということで、東北を動き回る用の車を調達することにしました。
そこでやってきたのが、こいつ。初めての「軽」、Suzukiアルトです。

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右写真でとなりにあるのがHONDAのFIT。ウチにも4台あるやつですが、車体の大きさはそんなに違わない。
値段はFITのだいたい6掛けくらいかなぁ。新車なんで、すこし高速を走行させた方がエンジンにはいいので、ちょっと時間を見て高速と山登りをさせてみました。
走った感想。・・・けっこういいじゃん、これ。
もちろん、普通車と比べたら走りはイマイチだけれど、いろんなファクターを考え合わせたら、まずまず。

こいつを選ぶときにいちばん気に入ったのが、Suzukiの「軽」ひとすじのまっとうな正直さ。(って、営業トークに単にだまされただけかもしれないですが)
いまどき、窓ガラスが手動回転式、サイドミラー調整も全手動なんて、ありえね〜と思ってましたが、「そういうの付けたら高くなるんです」。 デフォルトでは冬用タイヤもなし。とうぜんワイパーもなし。
ほんとうにシンプルに車両本体だけなんですね、これが。
聞いてるウチに、なんかそういう姿勢が好感もてるなぁ・・・と洗脳されちゃいました。

さきにこういう印象を持ってから車に乗ると、いろいろな邪念が振り払われてくるようで、
必然的に「・・・けっこういいじゃん、これ。」になるものなのかもしれませんね。
車内とフロントビューの広さはこんな感じ。

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べつにSuzukiアルトのコマーシャルじゃありませんので誤解なさらぬように。でもこれをみてSuzukiのひとがうれしがってリプランに広告を出したいっていうのは大歓迎です。(笑)
ということで、中年オヤジのはじめての「軽」体験でした。最後に「毛無峠〜けなしとうげ」からのパノラマビューをごらんください。
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2005年08月23日

学生の匠より〜4

まだまだ続きます、学生の匠作品紹介。
きょうは北海道芸術デザイン専門学校・ジャッキータイソンチームの準優秀賞作品です。

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この作品では、玄関から入って左手の居間の一部が「内部の庭」にプラン変更されている。壁が開口するのはもちろん、2階床もとりはらって、オープンな半外部的な空間を作り出しています。
そして家の外側は4面とも木製のルーバーで包まれています。
このルーバーからこもれ出る光の柔らかさをインテリア空間の決定的な要素としようというわけです。
居間は2階に変更され、内部の庭とつながった暮らし方が提案されています。

実に多様な提案内容が込められた学生の匠リフォーム。
それぞれに個性が光っていて、じっくり見ていくととても面白い作品ばかり。わたしたちの年代の人間の仕事はこういう若い才能豊かなひとたちの活躍の場をひろげることなんだなぁ、と深く思う次第です。

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2005年08月22日

学生の匠より〜3

学生の匠、応募作の中で、プロ受けしていたのがこの優秀作。
室蘭工業大学 建設システム工学科4年・脇本 英二郎くんの作品です。

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このプランの特徴は、広い居間内部にあらたに斜めの軸線を導入して、外部と調和する半外部的な空間を取り込んでいる点。夫婦二人だけの暮らしを考えたら、スペースは十分すぎるほどであり、その一部を機能変化させることで、建物としても暮らしとしても再活性化、が大きな提案。
また、外部には縦の木格子を2層分にわたって張り、デザイン的にも個性を主張したすまいになっています。
なかなかまとまったプランで、押す声も多かったとお知らせしておきます。

この学生のリフォームの匠事業では、今回はINAXさんが特別協賛していただけまして、キッチン・ユニットバス・洗面セットなど豪華な賞品を無償提供していただいています。 ご厚意に感謝して、この場でお礼申し上げます。

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2005年08月21日

学生の匠より〜2

すごかった!駒大苫小牧! 北海道中が「まさか? !!」の大騒ぎですね!
おめでとう! そしてありがとう!

さて学生の匠より、の第2回。
実施作品になるJRN大賞に輝いたのは、室蘭工業大学 建設システム工学科修士2年・佐々木 祐介君のチーム。
この作品は、この家のリフォームの第一ポイントである「構造」について、その制約を踏まえながら、可能な限り大きく開口部を開けるプランです。構造素地あらわしにしてガラスで被覆させることで南北を大きく開口させ、さらに、おなじくメッシュ状の鋼板をはることで床を吹き抜けのようにもしています。

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大胆で開放的なプランですが、「こんな暮らしがしたい」という点で明確なメッセージ性を持っています。2人だけの家なのにこまごまと部屋割りしてあって、ふさわしくない。それに対して「お互いの存在を常に感じられる分け方」にするというのが大きなポイント。そのためにはシンプルな空間であることが大切ということから、南北方向に大きな開口部を集中させている。「ひとつなぎの家」が設計コンセプト。

実際の「実施プラン」はこれから煮詰めていくことになるので、予算や構造からの詳細な検討が加えられ、このプランのコンセプトを大事にしながら、実施可能なリフォームになっていきます。
現在急ピッチで、学生さんも交えながら詳細プランが打ち合わせされています。この後、9月には工事に着工し、目標としては10月下旬〜11月にはリフォームが完成する予定です。


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2005年08月20日

学生の匠より〜1

先日紹介した「学生の匠」リフォームコンクール応募作品から、そのポイントなどをいくつかご紹介します。
きょうは「優秀賞」を取った北海道職業能力開発大学校・田中洋介さんのチームの作品。

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今回のリフォームのテーマは、建築的には軽量鉄骨造でいわゆる38条認定(建設大臣が特に認めた)工法で建てられた住宅であるということですが、一方で同時に、子育てが終わり、子供がそれぞれに巣立ったあとの「団塊の世代」が、そのあとどのように暮らしていくのか、そのことを器のリフォームを通して建築の側がどんな提案が出来るのか? ということがほんとうの意味でのポイントなんです。
この田中君チームの作品で特徴的なのは、道路に面していた玄関の位置を変更して、いままでの居間・ウッドデッキの場所に移動させることで、仕切られた中庭を作り出した配置計画。

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こうした配置でリフォームすることで、外部から仕切られた庭と、車庫・玄関が一体になった奥行きのあるアプローチという半外部のスペースがふたつ確保されています。
子育てが終わっての夫婦の暮らしをかんがえれば、庭をどう楽しむか、というのは戸建て住宅での暮らしの大きなポイント。その点をこの作品は十分に伝え、よいプランニングでまとめていると言えます。
また2階にも、あえて内部に取り込んだようなデッキスペースを作り出し、できるだけ自然と親しみ、光にあふれるような暮らしを提案しています。

リフォームにはそれぞれちゃんとしたテーマがあります。
建築の側は、それをきちんとユーザーにわかる形で表現するべきだと思います。それが、住宅リフォームがより大きなマーケットを切り開く鍵になると思います。 そんなふうに学生(つくる側)の提案にふれてみると、実は住宅建築って、楽しさがもっとふくらんできます。みなさん、ぜひごらんになってみてください。(現在リプラン社屋2階展示室で一般公開中です)

PS  駒大苫小牧、すごい! えらい!  がんばれ!!

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2005年08月19日

甥の送ってくれたトマト

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真っ赤に実った完熟トマト、おいしくたべています。
よくみると3種類。楕円形のやわらかい味のもの、小粒で酸味の強いもの、大型でまるい中庸のもの。
同じトマトでもいろいろな個性があって、たのしくなる。
これ、6歳上の兄の長男が送ってくれたもの。かれは札幌の大学を去年卒業して、農業を志していまはある農業法人で働いている。3年か5年か、勤めると農業で独立できる道があるのだと聞いた。

日本の社会は戦後一貫して、高度工業化社会を社会のモデルとしてきた。
そのために労働力として地方から大都市圏にかれら若者を吸収してきた。都市の過密と地方の過疎は、戦後のこの基本政策が成功的に貫徹されてきた結果だといえる。
住宅政策でいえば、こうした都市に集中する(させる)人口に対して与える夢として「持ち家」幻想が最大限利用されてきたと言える。そしてそれが発想の根本で「規格大量生産型」の日本独自な「ハウスメーカー」という存在を生み出してもきたのだろう。
日本の歴史の中で、農業をほとんど顧みることがなかった希有な時代だったのだ。個人としての成功とは、都市の中での成功の中にあると、われわれ年代は刷り込まれてきたと思う。

以前デンマークに行ったとき、あの国では農家になるということが大変なステータスで、有能な人間でなければ農業経営者にはなれないシステムだと聞いた。
日本の社会がこれからの時代、どういう方向に進んでいくのか、神ならぬ身が知るよしもない。
でも、現状の社会システムの中でそれでも農業をやってみたいという若者がいることは、まだ未来に、なんかおもしろみを感じることが出来るんじゃないかと感じます。

口の中に、甘み・酸味ないまぜになった、なつかしいトマトの味が広がった。

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2005年08月18日

14年前建てたブロックのわが家

きのう、父がコンクリートブロックでもやしの育成工場を増築した話を書きました。
そのはるかな後年、そんなことはまったく意識していなかったのですが、わたしも現在の自宅をブロックで建てています。
たまたま竣工の時のあいさつで、なにしゃべろうか?  と考えたとき、「あれ、そういえば」とその場でブロックの壁を見ながら思い当たったのでした。

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その当時は、性能面とデザイン面で純粋にコンクリートブロックを選んだのでした。初期の頃の、田中知事が音頭を取っていた頃の工法では、断熱がブロック構造の内部側で行われていました。ですので、気密性が比較的に高くなるブロックでは、室内水分が外部に排出できず、室内結露になっていたのです。
その後、このブロックの家に再度光を当てて、ブロックの外側で断熱し、さらにその外側に2重の外壁をつくることで、まったく次元の違う温熱環境性能を獲得したのが、アーブ建築研究所・圓山彬雄さんと、建築家グループがつくっていた一連の外断熱2重壁コンクリートブロック住宅だったのです。
ブロックなどの石系の素材には蓄熱性能があります。この性能を活かして省エネルギーで輻射熱的にあたたかい室内環境が可能になったのです。
 こんにち、充填断熱よりも施工が簡単だし宣伝にもなるから、と大騒ぎしている「外断熱」派(関東以南地域に多い)のずっと以前に、北海道ではこの建築工法はほぼ確立していました。

建築が導いてくれた縁が、父と自分とのあいだでひとつながりになったような、ふしぎな思いがしたものでした。
建てて14年になりますが、当初11年は事務所兼用住宅として、いまは専用住宅として住んでいます。1年前リフォームしたときに、気密性能を測定したところいま現在建てられている高性能住宅レベルとそうちがわない、約1cm2(平米)でした。(建物の床・壁・天井1m四方あたりに空いている隙間をはかって求める値。よりすくないほうがいい性能。)
適切なメンテナンスと愛着を持って住めば、きっと3世代くらいは使える家だと思います。


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2005年08月17日

50年前のわが家〜2

札幌でのわが家は、毎年のように建物がリフォームで変化していました。
昭和30年に移転して、昭和36年には全面的な建て替えも行いました。そのころには「もやし」が主力商品でしたから、その育成室(むろ、と呼んでいた)の温熱環境コントロールが事業そのものの生命線だったのです。

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写真は製品加工場として使っていた玄関正面のひろい土間ですが、育成室はこの左手奥になります。
当時の最新建築工法である「コンクリートブロック」工法を採用して、寒冷地建築としての基本要件、「気密化」をすることで、もやし育成に必要な「安定した温暖な室内環境」を実現したかったのです。
こんにちも基本は変わらないでしょうが、もやし育成には、ちょうど熱帯のような室内気候条件が不可欠なのです。
必要とする大量の温水は北ガスに勤務していた伯父のアドバイスとあっせんで、「コークス」を使用して火力の強いボイラーを使っていました。また、育成室の暖房には「練炭」を採用していました。
この練炭というのは、直径で12〜3センチの円筒形でくりぬくように空洞が何本か開けられていました。
火持ちがよいので長時間火力が持続できるし、発生する二酸化炭素が、植物であるもやしにはよかったのだと思います。
しかし、冬期などなかなか商品のできばえには好不調があり、この育成室内でもやしの様子を、夜通し父は見ていました・・・。この過酷な空気環境が父の肺をむしばむ結果となりました。

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北海道に大量に存在する火山灰を加工成形したコンクリートブロック建築は、当時の知事が先頭に立って地域に適した建築として推奨し、地域の住宅作り運動となっていました。そのことで政治家である人(田中知事さん)が日本建築学会賞を受けるというほどだったのです。
しかし残念ながら、この工法は断熱の方法で致命的な誤りがあって結露の発生をまねき、北海道の住宅建築のメインからは、ほどなく退場していくこととなります。
こどもながらに、父と建築業者さんとの工場建築についての真剣そのもののやりとりの様子が、いまも耳に残っています。

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2005年08月16日

50年前、札幌に移住したわが家

お盆なので、先祖のことを思いながら、昔の家のことを。
きのう書いたように大正の末に北海道に移住した三木家は、代がわたしの父に代わり、祖母が栗沢で亡くなったのを機会に札幌に移転し、父がそれまで取り組んでいた農業を廃業して、食品製造業を営むことになります。

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3歳で引っ越してきたわたしにとって、生家と思える印象があるのはこの家。
いまから50年ほど前で、現在の札幌市中央区北3条西11丁目、北東角地の60坪の敷地に建っていた木造住宅。その当時札幌で手広く不動産業を営んでいた、「木下藤吉」〜たぶん一種の屋号でしょうね〜から、建て売り60万円で購入したのだそうです。
外壁は、当時札幌の景観を表していた下見板張り。玄関が大きく開口して、商売に適していると判断したのでしょう。
大きな玄関から奥は広い土間、右側に居間・台所がその奥。居間には道路に沿って出窓があったのが特徴です。出窓の下側は収納に利用できて便利だった記憶がある。何回か、というかいつもリフォームしていたような家で、使い方も変わっていたから定かな間取りは不明。
でもこの写真を見ていると、実にさまざまなことが思い出されてたまらなく懐かしい。
父母がいまのわたしよりも若く、仕事と子育てにわれをわすれていた日々が、その意味合いがようやくわかってくる年代になったのでしょうね。

この家で納豆作りや、もやし作りに取り組んだのですが、よりあたたかい環境を必要とする食品工場の増改築のたびに、いまでいえば断熱の新技術をつねに取り入れていたようで、ごく初期のコンクリートブロック造もやっていました。
これは、無意識とはいえ、木造でなかなか実現しない気密化を石造で、と考えたからのようです。
北海道では、こんなふうに一般の人たちも、「よりあたたかい室内環境」について、それこそ真剣に考え、悩んできたんです。こうした積み重ねがこんにちに受け継がれてきたといえるのです。           <この項、つづく>

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2005年08月15日

おじいさんが北海道に移住したころに住んだ家

北海道に明治期以降、移住してきた家系の多くがいま、3代目から4代目、5代目となってきています。
かれら初代のひとたちがもっとも苦しんだのが、冬の寒さだったことはいうまでもありません。 では最初の頃の家って、どんな家だったのか? なかなか具体的には表現できませんよね。
そんななかで、わたしの叔父が少年期をすごした家についてスケッチを描いてくれました。
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人間って、イヤな記憶というのは時間の経過の中でおぼろになっていくものだそうですが、その言葉通り、叔父に聞くと牧歌的な田舎暮らしの中での、野山ですごした記憶が甘美に残っているようです。
しかし、冬のありようはやはりすさまじいものだったとか。わが家は、大正末年に広島県から移住してきたのですが、農地を買って農家になるのではなく、祖父は林業経営などを考えていたそうです。
家は、その出身地での家の建てられようを基本的に踏襲したもので、当然ながら夏の暑さ対策を旨とした温暖地仕様でした。しかし、入植した空知郡栗沢町は、雪の多い地域で、すっぽり家をおおう雪が断熱してくれる家で、ほかのたとえば十勝などの寒さとは比較にはならないレベルだったかも知れません。
それでも平気でマイナス20度は超すレベルだったでしょう。
平面図にある暖房はいろり。朝起きれば顔がこわばっている、室内においている水かめは毎朝、厚い氷を割ってから使うといった様子でした。ほんの80年前、わたしたちの家や暮らしはこんなものだったんです。

こんにち、北海道に暮らすすべての人たちの営為と努力の結果、一定のレベルの高断熱高気密住宅が達成されたことは日本全体にとっても、絶対に貴重な民族的経験だったのだと思います。
先人たちのくらしをしのびながら、この技術進歩をさらに進めていきたいと思います。

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2005年08月14日

失われて知る街の記憶

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ことし、都市化の波の中で14年間という短い歴史だったわが母校の中学校同窓会の幹事でした。
私の役はまたもや編集長。で、景気も悪いし、広告をたくさん集めて会誌をつくるのはやめようとなり、かわりに出したアイデアが、「復元校区地図」。
街の記憶って、ほとんどがそこに存在した建物や住宅に負うところが大きいもの。
しかもわたしたちの札幌の街は、急激な人口増加で街中にあった母校や周辺は、住宅地からオフィス街などに変身した地域。そうした街の記憶を残して記録しておくことで、失われた青春のよすがをたどりたかったのです。

しかしいまから40年以上まえの「住宅地図」を探すのは大変で、作業はけっこう困難でした。
当初はゼンリンが頭にあったのですが、同社はまだ札幌に進出する前。そのかわり札幌市が住宅地図を作成していたという情報を聞きつけ、さっそく人づてで当たると「札幌市資料館」に一部存在との情報。
でも、年に1度づつ作成の資料も紛失がつづき、現在、該当する年代で存在するのは、ようやく3年度分のみ。・・・というような資料探しから、貼り込み作業、付け合わせ。
ありゃりゃ、地図としての整合性が確保されていないんだ、という貴重な? 発見もありながらも、ようやく印刷までこぎつけた次第。

こうした苦労の甲斐があって北海道新聞でも取り上げてくれたおかげで、4冊セット・1000円のカンパをお願いした地図は飛ぶように売れ、大反響でした。
でも印刷は多めに刷っておいたのでまだ在庫があります。
同窓生ではなくとも、昔の札幌中心部(やや西より)の様子が知りたいときには、あると便利で、しかもなんといっても見ているだけで「タイムスリップ」して面白い!

ということで、なんか通販みたいですが、興味のある方は、下の「コメント」をクリックして、記載欄に書き込んでお寄せください。

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2005年08月13日

第二回「学生の匠」リフォームコンクール

住宅リフォーム、最近首都圏などで悪質な詐欺師たちがリフォームに名を借りて社会問題を起こしていますね。
住宅建築に関わるものとして、なんともやりきれない思いがします・・・。

一方で、住宅リフォームのほんとうの価値を広く社会に知らせ、自分たちの切り開いてきたマーケットを健全に育て、次代を担う人材に、住宅リフォームの大きな可能性に気づいてもらいたい、という趣旨から、JRN(ジャパンリフォームネットワーク)という団体が主催する「学生の匠・リフォームコンクール」事業が行われています。
これは応募した施主さんの家をリフォームするプランを、建築を志す学生たちから募集し、選ばれたプランに基づいて実際にリフォームもする、というもの。わたしはその事業委員長、という役割を仰せつかっていまして今年が第2回。
多くの若者たちのプラン作品が寄せられ、先日、JRN大賞が決定しました。

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施主さんから要望を聞き取る「オリエンテーション」から約1ヶ月ほど、学生さんたちは、たぶん卒論より一生懸命に取り組んでくれました。実際に見ていただいたみなさんから、「なんてすばらしいことだ」「学生さんたちもほんとうに一生懸命ですね」などの言葉をいただいています。学生さんたちの熱意に、おおくのみなさんが触れていただけるように、下記要領で、私どもの社屋2階展示スペースで全作品を展示しています。

詐欺師連中なんかには絶対に汚させたくない、真剣でピュアーな学生たちの取り組み。住宅リフォームの素晴らしい可能性をぜひみなさん、ごらんいただきたいと思います。

第二回「学生の匠」リフォームコンクール
学生プランをリプラン社屋2階展示室で展示しています。
学生の皆さん、教職員の皆さん、あるいは建築関連のみなさん、
その他新築やリフォームをお考えの皆さん、ぜひご覧いただければと思います。
■場  所:リプラン社屋2階展示室
       札幌市西区山の手3条5丁目3-5  電話011(641)7855
■公開期間:8月8日(月)〜9月2日(金)10:00〜17:00
 ※土日及びお盆期間中8月12日〜16日を除く

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2005年08月12日

米作りと日本〜吉野ヶ里で感じたこと

愛知からまた飛んで、九州・吉野ヶ里の写真です。
って、これは5年ほど前に旅行したときのもの。吉野ヶ里周辺は公園に整備される計画とそのときにも聞きましたから、いまとは印象が違うでしょう。
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吉野ヶ里はこの国に米作が根付き、定住する文化がもたらされたころの「クニ」のありようを伝えてくれているとされています。歴史大好きな私としては、家族旅行の合間、子どもたちをだましてなんとか付き合ってもらったところです。
建物などは、当時の様子を考証し想像して復元したものですから、あまり現実感は持ちにくいのですが、大きな印象として、米という作物がわたしたちの歴史にとって、いかに決定的なものだったのか、ということを感じました。
高床式の倉庫は堀の周囲にたくさん建てられていたようで、それは「保存可能で、しかも略奪可能な基本食料・米」を蓄えておくものだったのでしょう。米の生産と寄り添うように、社会の仕組みというものもきっと形作られてきたのでしょうね。多くの労働力を集中的に動員し、米生産の基本になる水利を確保する必要性から「強制力・権力」が生み出されていったのだと思います。生産性の向上のための青銅器や鉄器の生産手段もこうした「強制力・権力」が管理していたといわれます。

はるかな後世、ほんの百数十年前、わたしがいま暮らしている北海道でも、アメリカの農務長官・ケプロンさんの開拓のグランドデザイン「畑作中心の寒冷地型農業立国」という基本方針にたいして、北海道に入植した開拓農家は、いわば草の根的に反抗して米作りに挑戦していったのだそうです。寝ずに五右衛門風呂で湯を沸かして、早朝の寒気から稲を守るという筆舌に尽くせない労苦を重ねながらの苦闘だったということ。
生産と直結した暮らしの歴史伝統の基本に、いやむしろDNAに刷り込まれたような日本人の米作への民族的な執念を感じます。
そしてこうしたものが、住宅のつくられようや素材、デザインの要素でも、基本的な部分で大きく規定されているといえるのでしょう。
しかし北海道は、そこでの住宅建築は、ご承知の通り結局、積雪寒冷の条件に立ち向かうなかで、そうした伝統的な「まゆ」のような日本にくるまっているだけでは生き延びてこられなかったのも厳然たる事実のようです。

と、なんかとりとめのない連想に入り込んでしまいました。
プロフィールにも書きましたが、歴史が大好きですので、こんなテーマ、雑感も書くことになると思います。 箸置きの話題とおゆるしください。

投稿者 replan : 11:50 | コメント (0) | トラックバック

2005年08月11日

愛 地球博ー2

さっそくいろんな人からコメントをいただき、とてもうれしいです。
さて、今日は昨日のつづきを。
きのうも触れた長久手日本館はさまざまな近未来技術と、伝統的な知恵がたくさんあります。くわしくは日本館HPを、見ていただければと思いますが、感銘を受けたのはハイテクを利用した「屋根の打ち水」。
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竹の皮膜の中側の屋根には、光触媒の素材が使われそれに水を流して、ちょうど打ち水を打って気化熱を奪うという日本の伝統的な知恵で、涼を生み出しているのです。
まさに南の知恵、とうなりました。
という話をJIA北海道支部長・圓山彬雄さんとしていたら、こうした知恵のマザーは南方アジアの伝統的な建物のつくられようからヒントを得ている、と聞きました。こうした技術は、すぐにも住宅建築に活用されるようになるのではないか、と期待を抱けますね。

さらにおもしろい省エネルギーな試み2つ目。
会場のあちこちで、間歇的に蒸気のような白煙が上がって、いわば霧吹きのような打ち水装置が働いています。ちょうど電力館での時間待ちの列でも設置されていました。
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これは浴びてもほとんど濡れることがないほど細かい、ドライミストの蒸散による外部および半外部の冷却装置。
万博名物の「時間待ち行列」、それも酷暑の炎天下、一服の清涼感を与えてくれます。

北の「高断熱・高気密」とはまたちがったアプローチですが、どちらも目的とするところは同じ部分があります。こうした知恵の総和がよい住宅、よき環境という目標に近づいてくれることを期待したいものです。

<PS>トップページの「おにぎり」と右側の「おにぎり」作りアニメは、私のイメージキャラとしてスタッフが作ってくれました。 ありがとう!

投稿者 replan : 10:08 | コメント (2) | トラックバック

2005年08月10日

愛地球博

先日、小4の息子と愛地球博に行ってきました。
多くの展示施設でもっとも大きく取り上げられていたのは「環境問題」。
そんななかでも、なんといっても感銘を受けたのは、長久手日本館です。
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建築の世界でも、ヨーロッパ各国での実践など、サスティナブル〜持続可能〜な社会の実現への関心はどんどん高まってきており、20世紀がコンクリートとガラスの世紀だったとすれば、21世紀の建築は木や自然素材への回帰の世紀だと実感できるようになってきています。
そういう流れの中でアメリカはややクールなスタンスを取っていて、政治的にもヨーロッパと距離があり、日本は
政治的にアメリカ寄りという印象があります。
しかしこの長久手日本館では、京都議定書の文脈の中で、いま日本の建築が向かうべき方向がはっきり提示されていたと感じます。
基本構造は木造。それを竹のドームで被覆し2重壁とすることで、空気層を確保して自然素材と風などのエネルギーを使って、ほぼ熱帯と変わらない日本の夏の気候に調和し、それを克服しうる建築となっています。
外壁面には壁面緑化、それも日本の風土に適した笹が植え込まれるなど随所に知が凝縮されていて、十分に未来の建築を感じさせてくれました。
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北海道とは違って関東以南の夏の暑さはすごい。
北では基本的に暖房負荷の軽減がもとめられますが、南では冷房負荷にほんとうに立ち向かっていく必要があると思います。 長久手日本館についてはHPでも見ることができますが、機会があれば、ぜひ体験されるといいと思います。

根性なしの親子は会場で、父はビール、息子はジュースとひたすら水分補給に努めておりました。
でも北海道人にはあそこまでの暑さが、うらやましい・・・と思っていたらここんとこの、この暑さ!
やっぱり、温暖化・・・なんでしょうかねぇ?

投稿者 replan : 12:00 | コメント (4) | トラックバック

2005年08月09日

こんにちは リプラン編集長・三木奎吾です。

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雑誌リプランのHPとしてスタートして、もう丸8年。
住宅クレーム110番というページが人気になったので、それをコンセプトにしたNPO住宅110番を立ち上げてきました。
毎週5件前後の相談〜アドバイスを掲載してきていますが、ほんとうに多くのボランティア回答者のみなさんのおかげで続いてきています。 こころから感謝いたします。ありがとうございます!
みなさんご存知かと思いますが、「リプラン」というのは北海道・東北で季刊発行している住宅雑誌です。
ですから、いわゆる「高断熱・高気密」の住宅技術が、基本条件として必要とされる地域でのすまいのありよう、暮らし方のありようというようなことを大きなテーマとしています。
雑誌やHPでは、そうしたテーマを、できるだけユーザーレベルのわかりやすさで表現したいと考えています。
さらに北海道で始まったこの日本のすまいの高性能化が、次の段階でどういう「暮らしデザイン」を生み出せるのか、わくわくしながら、この日本住宅の進化のプロセス・現在をおおくの住宅ユーザーに伝えていきたいと考えています。

このブログでは、上記のようなテーマを基本にしながら、いっぽうで肩の力を抜いて、日々の多くのみなさんとのめぐりあい、旅先でのこと、取材先で感じたことなど幅広いテーマで書いていきたいと考えています。

でもできれば一方通行ではなく、みなさんからのこのブログを読んでみての声をお待ちしています。ほんとうは、それが最大の願いなのです。
みなさんの声を聞くために、自分から声を掛ける、
そんな思いで、書いていきますので、ぜひご愛読ください。

<写真は札幌の当社オフィス外観です>

投稿者 replan : 15:41 | コメント (4)

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