2008年11月18日
建築家・毛綱毅曠の世界

写真は釧路の春採湖畔に建つ釧路市博物館。
建築家・毛綱毅曠さんの設計になる公共建築です。
かれは若くして日本建築学会賞を受賞された建築家ですが、
惜しくも、若くして世を去っています。
はじめてReplanの取材で釧路を訪れたとき、ノーアポイントで
当時、お母さんがひとり暮らしをされていた実家の住宅「反住器」を
見に行き、一部写真も撮らせてもらったことがあります。
四角いガラスボックスの中に入れ子状に居住部分を仕舞い込んでいる建物。
その前衛的なフォルムは、建築への意志を明瞭に感じさせてくれるものでした。
そんな建築家の作品をなるべく数多く残すのが
地域公共団体としての役割だと考えていた市長さんが
できるかぎり「随意契約」で、公共建築を建築家・毛綱毅曠さんに依頼していました。
この釧路市博物館は、その代表的なもの。
ごらんのように建物全体がまるで、鶴が翼を広げたような外観。
立地も、申し分なく、ゆったりとした背景のなかにあります。
まだ、なまなましい近い時代でのことなので、
なかなか評価が定まりにくいだろうと思われるのですが、
現在でも、たしかに釧路は北海道の都市の中でも
ちょっと景観的には異色の存在になっていると思います。
かれが手がけたものは、釧路湿原展望台まで及んでいて、
折からの湿原観光などで訪れる全国からの来訪者に釧路をプレゼンテーションし続けている。
わたし自身も住宅を取材したりしたので、
インスピレーションの部分で、その特異性を肯定気味なのですが、
本当の評価は、地域のみなさんの釧路への思いや
全国から訪れるみなさんの街並みの印象への部分になっていくのだと思います。
経済的に苦況である釧路地域ですが
現状でも、なんとなく特色があって、ユニークな地域形成を感じる。
建築って、繰り返し感受され続けていくものなので、
こうした地域環境の中で育つこどもたちが
いったいどのように釧路という街を思い出すことになるのか、
定まってくる評価の部分って、そういうものでしょうね。
でも、毛綱毅曠さんの感覚世界は
一種宗教的でもあるような、独特なバイタリティを感じます。
それもなにか、地域的というか、土着的というか、
もっと言えば、縄文的とでも言えるような感受性世界のような気がします。
ちょっと興味深い実験を、地域としての釧路は選び取り、
いま、静かに評価を待っているというような思いがあります。
みなさん、いかが感じられるでしょうか?
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年11月10日
よき公共建築選定システムは?

写真は先日のJIA建築家大会での基調討論の様子。
真ん中にいるのは、いま、公共事業の設計選定に関して
ある地方公共団体と係争している、山本理顕さん。
この事件というのは、一度設計協議が行われて山本さんが採用されたのにかかわらず、
選挙で信任された首長が、それを白紙に戻したというもの。
このような事件はそう珍しいことではなく、
地域の設計者では、長いものに巻かれろ的にならざるを得ないところを
正面切って、係争していると言うことで注目されているのです。
で、この討論会では、そういう問題ではなく、
いったい、よい公共建築選定システムとはそもそもどういうものか、
ということについて、論議されているのですね。
この問題、わたしも以前から興味を持っていました。
選挙によって首長は選ばれるのだけれど、
だからといって、そういう首長に「よい建築」選定眼があるとはいえない。
まして、組織としての末端の自治体建築担当セクションに
そういう判断力があるとは思われない。
ところが、実際には行政組織の恣意的な選定作業によって
さまざまな建築が、野放図に建てられているのがこれまでのシステム。
ある設計者と話していて、自治体側の公共事業担当者の対応ぶりを聞いて
さもありなんという現状を知らされているのですね。
少なくとも、こういう公共建築選定システムは
独立的な、地域の歴史伝統なども理解しているような
受け入れ先が存在すべきだという気がします。
それがいいかどうかは別として、
京都の地域景観の維持システムのような知恵が必要。
その地域が、どのような志向性を持って地域作りが行われていくのか、
という根幹的な部分の透明な議論が行われるべきだと考えられます。
現在の選挙システムが、こういうものまですべて決定力を持っているのだけれど、
言ってみれば、最高裁判所の裁判官国民審査のように、
システムとして破綻していると思う。
そういう結果、なんとも悲惨な公共建築が量産されている。
こういう存在は、維持管理の点も含めて
長く地域社会がその存在について責任を持っていかなければならないものなんだけれど、
そういう意義を持っている建物が、さてどれほどあるか?
20世紀後葉の、公共建築量産時期のものが
ほんとうに歴史のきびしい眼から評価されて存続していけるのか、
はなはだしく疑問だと思えるのですね。
そういう問題意識を、このJIAは少なくとも論議している、
という意味では、まだまだ捨てたものではない、
という思いも、一方でおおいに感じた次第です。
この論議が、今後、方向性を持って育っていって欲しいと思いました。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年11月05日
平安期の北海道の住居

考古学の資料の楽しみにジオラマがあります。
時代の考証を、研究専門家がさまざまに総合して
時代再現を試みるものですね。
時代小説家が特定の時代を描写するのにも似て、
事実の積み重ねと、一定の想像力で作り出す世界ですね。
写真は北海道埋蔵文化財センターに展示されていた
「檫文」時代の住居復元模型です。
檫文って言うのは、ヤマト政権側でいうと平安から鎌倉にかけての時代。
文字表記による資料はないけれど、
末期古墳が造営されたりしているのです。
千歳空港近くで発掘されているものもそうしたひとつのようですが
ヤマト政権国家と、活発な交易活動などで
相当に深い交流があったと考えられます。
交易が生業化もしていたようで、
生活に欠かすことが出来ない刀子〜ナイフのようなもの〜など
鉄製品を自分たちでは生産せず、交易に頼っていたと考えられている。
自分たちはアザラシの皮や、クマの皮、熊の胆、鷲の羽などの
狩猟結果品を交易の材料として取り続けていた。
そういう交易品が自然的な再生産力を超えてしまうような事態もあっただろうし、
狩猟の場所などの権利関係を巡っての内部争闘もあったに違いない。
後期になってくると、防御集落的な形態が増えてくるし、
交易入手品に刀などの戦闘用品も増えてくる。
緊張が高まっていった社会だったに違いない。
住居形式としては、土を掘り込んだ竪穴住居で、
柱を立てて、梁を渡し、骨組みを作ってその他の構造造作を作っている。
入り口付近など、木を曲げてアーチ状に造作している。
木と木はシナの木などのやわらかい木や、縄などで結び込まれている。
このような構造に、茅などの素材で表面を覆って仕上げたものと思われます。
檫文の住居はその後のアイヌ文化に重層していて、
それとしての実物は残存していない。
土器による食物調理加工だったので、暖房の囲炉裏のほかに
「かまど」がしつらえられていた。
秋になって大量に獲れるサケが主要な食糧源なので、
だいたいが大きな川の河口や、港状になっている地域に集落が営まれた。
交易のための狩猟採集を基本にしながら、
少量のヒエ・アワといった炭水化物を栽培し、
ヤマト政権側との交易のために水利を利用して、
石狩川水系地域から、遠く青森県や秋田県地域、
場合によっては北上川河口の石巻周辺などにも旅した。
こういった交易民との窓口になったのが、古代蝦夷といわれる
東北古代の人びとだったのだろうと。
そういう風景の中に、ヤマト王朝側の「歴史人物」が複雑に重なってくる・・・。
北海道と日本の関係、
かなりさかのぼって、いろいろ想像力を掻き立ててくれる。
住宅の模型から、しばし、思いが膨らんできます。
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2008年11月03日
銀鱗荘

銀鱗荘って、北海道に住んでいる人なら
名前だけしか知らない典型的な高級旅館として有名。
余市の大網元の建てた宏壮なニシン御殿を小樽に移築して
温泉を掘り出して、旅館に改装したものです。
まったく自慢ではありませんが、わたし宿泊したことはありません。
なんといっても、宿泊は大人ひとり40000円で、
オーシャンビューの和室は、50000円なんだそうです。
ちょっと目がくらくらとしてきますです、ハイ。
以前にも一度、見に行ったことがあり、
そのときは、「北海道新聞社さまご一行」という名札を見ました。
すごいなぁ、儲かっている会社は・・・、
って、垂涎の思いで眺めておりました。
きのう、久しぶりに小ドライブで、カミさんと
昼下がり、ケーキとコーヒーを楽しんで参りました。
とはいっても、別棟の「グリル」のほうですが、
こっちも建築的には同様で、余市から移築されたもの。
ただし、何回かの修復が行われてきていることは明白でした。
余市という漁場は、「千石場所」と言われたそうで、
大名というのは1万石以上を大名というのですから、
その10分の1相当の富を、網元という一資本家が独占していたのですね。
それも基本的には収奪型の経営なワケで、
領民の安全を保証したり、家臣を養うのに巨大な保証をしなければならない
大名と比較して、経済的にはたいへん有利だったのでしょう。
江戸期を通じて、服飾というファッション産業を支えた木綿生産の
基本部分を担ったのが、北海道のニシン漁業だったので、
販売の方は、無尽蔵的な需要が見込まれたのですね。
そんなことから、北海道での網元というのは、
当時の日本の資本家層にとって、
ぜひとも入手したい権利だったのだと考えられます。
場所は確かに北海道だったけれど、
経済の動きで言えば、全日本的な規模での「投資」だったのでしょう。
ニシン漁の活況が消え去ったとき、
北海道にはそういう蓄積した富や、文化伝統が残らなかったのも無理はありません。
ただ、建築だけはやむなく当地に残らざるを得なかった。
そういう歴史的経緯で、存在している建築。
グリル館を見るのがやっとなワケですが、
それでも断片的に、その豪壮ぶりは伝わって参りました。
内部にはいると、2階まで吹き抜けがあるのですが、
思わず見上げると、天井が「塗り土」仕上げ、聚楽とおぼしき仕上げなのです。
とまぁ、何とはなしに想像したのですが、
考えたら、天井に土塗りするって、作業的にも大変そうだと思い至りました。
梁や柱の位置関係、際の様子などを観察すると、
やはり塗り仕上げに間違いはなさそう、まさかクロス仕上げではない。
下地の竹の木組みに対して練った土を塗っていくのだろうけれど、
それが重力に反しているのだから、土を押さえるのに
どのようにやったものなのか、左官仕事の詳細知識がないので、
ちょっと、わからなくなってしまいました。
その天井から軒側に向かって傾斜する天井部分には
土壁の上から竹が、ちょうど土を押さえるように羽目込まれていました。
お店の人に聞いたら、それでもときどきポロッと土が落ちてくるそうです(笑)。
っていうことですから、やはり水平天井部分、どうやって土を押さえているのか
いよいよ、興味を深くいたしました。
こういう部分、こっそりどなたか、教えてください(笑)。
まぁ、越後の宮大工の仕事になる豪壮建築、
やはり、一度はしっかり目に叩き込んでおきたいものだと思いました。
でも、一泊40000円って、う〜む・・・(汗)。
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2008年10月26日
土まんじゅうの庭

都市型住宅の戸建て住宅で
最近の傾向として、時間にゆとりがなくなり、
庭仕事を楽しむようなことが少なくなってきている現実があります。
それって、戸建て住宅の楽しみの中できわめて大きな部分を
放棄しているような感じがするのですが、
しかし、そういう傾向が増えてきているのは事実。
そうなると、敷地利用のなかで、
建物として利用する残余のスペース、庭が占めている場所を
どのようにデザインするか、考え込んでしまう。
よくあるのは、コンクリート平板などの石素材で覆ってしまうこと。
そうすればメンテナンスフリーなドライ空間が出来上がる。
でも、そういう解決策だと、なんともやはり寂しさが募る。
っていうような部分ではないかと思うのですが、
先日の十勝の取材で見たのがこの「庭」。
コルゲート管のような材料を置いた上から
土をかぶせて、ある程度固めて、その表皮を芝生で覆っていました。
「お、なんだろう」という思わぬ効果があって、
よく考えてみるとメンテナンスは芝生の養生程度。
伸びすぎれば時々カットしてやる必要はあるけれど、
それ以外は、特段の手入れの必要はなさそうな感じがする。
小さい子どもがいる地域では、
近隣の子どもたちも遊びに来て友だちが増える効果もありそう。
好きなんですよね、こういうワケのわからない空間が子どもって(笑)。
なずか、こういう穴が開いていると子どもは入り込む。
造形としては、龍安寺や銀閣の砂の庭のようで
一種、禅か何かに通じているような自慢も出来そうです(笑)。
十勝なので、そんなに雪は積もらないだろうけれど、
雪が積もったら面白いかまくら効果を持つかも知れない。
っていうような印象を持たされた庭でした。
みなさんはいかが、感じられるでしょうか?
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2008年10月25日
仮設足場下シート

きのうは急ぎでブログを更新して、そのあと、札幌に戻ってから
再度、更新しようとしたのですが、
さすがに帰ったら7時過ぎで、運転と前日のお酒の疲れで
まったく睡魔に歯が立ちませんでした(笑)。
今回も実にたくさんの知人と交流できたのですが、
こういう機会はやはり貴重です。
北海道では、地域工務店レベルのこうした交流が盛んであるとは言えます。
ほかの地域では、お互いに商売敵の関係で
このような交流機会を作ることは出来ず、
地域工務店というのは、情報的にはきわめて孤立した存在。
なので、数少ない情報源が
さまざまな工法の、フランチャイズグループに参加すること。
逆に言えば、北海道ではそういう工法を超えて
公開された情報ネットワークが活発であるといえるでしょう。
そんなことから、現場の公開という
他地域ではあまり考えられないような情報公開も積極的に行われます。
公開は完成した住宅もあれば、建築途上の建物もある。
細かい部分まで、現場で尋ねたり、確認することも出来る。
結局、工務店という製造業は、
さまざまな小さな部分の工夫の積み重ねという産業なので、
こうした情報交流が、実質的に大変重要である、ということなのですね。
昔の大工修行が、すべてを現場で修養するということだったのでしょうが、
現代では、さまざまな新建材や、住宅性能の進化に伴うノウハウは、
こういう現場でしか情報交流できない部分があるのですね。
写真は十勝の岡本建設さんの現場でのもの。
ほんの小さなことだと思いますが、
建築途中の建物外周に立てられる仮設足場の足下にシートが敷かれていました。
気がつくと、防風シートの残りとか、
部材製品の梱包シートなどの現場から出る残材が使われていました。
用途的には一目瞭然。
建物内外部の建築プロセスの間、建物の清潔を保つ工夫ですね。
一旦こういったシートを通ってから建物に出入りさせれば、
靴に付いた泥土の総量は確実に低減させられる。
小さな工夫ですが、こういうことが最終的な製品品質にも関わってくる。
ユーザー側にもこういう部分まで、
感じ取ってほしいと思いますね。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年10月18日
JIA建築家大会2008

きのうから仙台に入りまして、
日本建築家協会の建築家大会に参加しています。
会場は、こういう大会らしく定善寺通りに面したメディアテークです。
北海道と東北と、たくさんの知り合いが集まっているので、
まぁ、次から次へと、あいさつばかりしている1日でした。
とは言っても、はじめて参加しましたので、
勝手がわからず、一応報道プレス側と言うことで、
開会式と、その後のメーンパネルディスカッションを聴き、
その後、懇親会に参加いたしました。
パネルディスカッションでは、出江会長が進めている
「建築家」職能認定活動を中心とした活発な論議が行われました。
世界的に、建築家職能の認定が大きな潮流になっている中で、
日本の現在の「建築士」制度の問題点を明らかにして、
制度的な改変を視野にしていこうということ。
法律の専門家の方から、制度の歴史的な経緯に詳しい方、
さらにいま、公共発注の建築設計業務で地方公共団体を提訴して
話題になっている、山本理顕さんも参加。
第3者的な立場から見ているので、いろいろ勉強になりました。
まぁ、ようするに
設計料はただでもいいですよ、という大手ゼネコンから始まる
日本の建築業界の風潮に対して、建築家の職能制度の確立を対峙させて
きちんとした設計業務の社会的認知を獲得させたいと言うことですね。
しかし、話題は多岐にわたりすぎた感があって、
シンプルに「良い建築が生み出されるためには、どういう制度がよいのか」
という軸線がやや、みえにくいなと感じた次第です。
そういうなかで、
国交省などの官僚システムの側から、
自動車などは、設計と施工は一体のものとして価格が設定されている、
という議論があると紹介されていました。
なぜ、建築も同様に考えられないのか、という立場。
さらに、現行の建築確認システムでは、
基準を満たしている申請に対しては
どのような建築でも認可されるという問題点の指摘がありました。
一例として、楳図かずおさんの住宅の周辺景観論争が
提起されていました。
で、ああいった個人の欲望発露に近い建築計画が
現状ではそのまま建築確認がなされるのは仕方ないにしても、
それに対して、意見を申し立てるような建築家は存在していない、
というような鋭い指摘がありました。
建築家という存在が、ただの建築施主の「代理者」として
社会的に存在している現実をどう考えればいいのか、
というような提起ですね。
う〜む、さすがに論議は根源的になっていて、興味深い。
残念ながら、時間の制約で、様々に提起された問題点は
論議未了、というようなことだったと思います。
しかし、これはやむを得ないでしょうね。
こういう基本的な論議が交わされると言うことでは
やはり意義深いものを感じました。
これから、それぞれのみなさんの発表をもう少し深く分析していきたいと感じた次第です。
ということで、本日は結論未了のブログです(笑)。ではでは。
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2008年10月03日
バブルの廃墟

先日、カミさんと小樽方面に行ってきたときに
ふと気付いて、あそこ見に行ってみようか、となった店舗。
小樽市張碓という岸壁に張り付くような地域に建っていた「ユーラシア」という店。
コンクリート打ち放しで、店内からは石狩湾を北に見晴らす眺望を
最大のウリにして、オシャレなお店として
デートコースになっていたという店舗。
開店当時は「商店建築」などの雑誌で大きく取り上げられ、
大変な話題になっていたのです。
その後、まったく噂を聞かなくなっていましたので、
どうなっているのかなぁ、と近くに来たついでに足を伸ばしてみたのです。
案の定、お店は閉鎖されていました。
コンクリート打ち放しの建物はまだ、全然しっかりしているし、
すぐにでも転用できそうな状態に見えます。
敷地や眺望条件にはゆとりもあり、
まぁ、なんとももったいない、っていう感じがしますね。
雑誌などで掲載された様子では、へぇ、こういうコンセプトで
札幌からも結構離れているのに、お客さんがたくさんきて、繁盛するものなのか?
っていうように「すごいなぁ」と感心していたのです。
しかしまぁ、やはり、話題になる=繁盛する、というようにはならない。
格好いいだけでは、永続的な存続には決して結びつかない。
あんまり調べてもいないので、どういう事情があったのかは
不明なのですが、商売がうまくいかなかったのは確かでしょうね。
でもしかし、周辺のみなさんにとっても
このような建築がそのまま放置されているというのは環境にとってマイナス。
しかし、店舗としての再活用にはやはりこういう「わざわざ」店はむずかしい。
どうしたらいいのか、なんとも言えませんけれど、
人ごとながら、なんとも無惨な思いが募ってくる光景ですね。
話題になった建築がうち捨てられていくというのは、やるせない思いがします。
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2008年09月19日
和風住宅の「こだわり」

写真は先日見学した増毛町の本間家住宅から。
ケータイの写真なので、すいません、ややピンぼけ。
明治以降、たいへんな豪商として富を築いた家なので、
当時としては、粋を凝らしたような住宅を造り上げていたのですね。
でも、その住宅技術の向かう先はひたすら和風のディテール。
せっかく、豪華な資金を考えている施主さんなのですから、
「家をあたたかくする」ということにもう少し目を向けてもいいのではないかと
思うのですが、けっしてそうはならない。
やはり、当時本州から出稼ぎで来ていただろう大工棟梁個人のできることには限度があるし、
そういう研究をする技術伝統が、和風住宅にはない。
やはりひたすら「花鳥風月を愛でる」というような興味にしか向かわないのですね。
当時としてはやはり無理からぬところでしょうか。
窓にガラスを入れたりしていますが、
そのほか、住宅建築としては温熱的な工夫は特段見られない。
やはり家人は寒さに耐えられず、後工事でストーブのための穴を開けたりしている。
まぁ、当然でしょうね。
で、写真では見えにくいのですが、
こだわりは、ひたすら和風住宅のディテールに集約されていきます。
写真は貴賓室の床の間に並んでいる押し入れ下部の様子。
横にされた仕上げ木材を、彫り込んでウェーブ状に仕上げているのです。
どういうデザイン的な意味合いが込められているのか、
いまとなっては、証言もないわけですが、
こういう仕上げに至るまでの手間を考えると、
相当なこだわりぶりだと推察することができます。
ウェーブ状にして、そのうえ、磨き込んでもいるのですね。
なので、確かに一種面白い効果は出していると思われますが、
どうも、豪華さの実感という意味では伝わってはこない。
この部屋では、東南アジア原産という銘木が床柱に使われたりもしています。
また、壁も漆喰に墨を混入させる仕上げもされていました。
ただし、たぶんその後の改装工事に際して
漆喰の職人技術がなかったのか、一部の壁には土塗り仕上げが施されていました。
まぁ、北海道では漆喰の壁はメンテナンスが難しい。
南東側には暑寒別岳が眺望でき、北西側には日本海が望まれる
眺望はなんとも豪快で、絶景が堪能できます。
しかし、それは半年のことだっただろうと思います。
まぁ、冬場には日本海が荒れて貴賓が訪れることもなかったのだと思われます。
和風木造で、数寄屋風の建築というのは、
なかなか、北海道ではそのままでは存続がきびしいなぁというのが実感。
しかし、日本文化は基本的に中央に対して同化するという動機が強い文化。
どんなに気候風土が違っても、
「こんなところでも、結構な住宅があるんですね」
というようなことに高い価値観を持ち続けてきたのだと思います。
そういう意味では、北海道で断熱気密の技術が進んで、
あたたかい家、ということを追求しはじめたというのは
日本文化的に、きわめて稀有な事態なのではないかとも思われます。
で、そういう寒冷地住宅技術文化とでもいえるものが、
文化の中心地に対して「違う住宅文化」として存続し続けていけるのかどうか、
あるいは日本文化の中心地に逆に影響力を持っていくことができるものかどうか、
ある意味では、歴史的に珍しいことが
いま、進行しているのかも知れないと思うこの頃です。
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2008年09月08日
玄関のない家

盛岡に移動後、訪れたのが写真の家。
まだ工事が完了しておらず、写真撮影などは後日に順延。
っていうことなんですが、設計者の方や、工事にあたった工務店の方などに
お話を伺うことができました。
こういうのはこういうので、それなりに見方は出来るもの(笑)で、
いつも住宅を見ている側にしてみると、コンセプトなどは
別段聞き取るのに、支障はありません。
中に入りたいと考えて、入口を捜すのですが、どうも見あたらない・・・。
って、それとおぼしき場所にたどりついても
一般的な玄関ではありませんでした。
建物は道路というか、通路に対しては入り口はありません。
この建物は、道路から入り込んだ敷地に建っています。
親御さんが所有する大きな敷地の奥に建っているのですね。
で、通路は北側で南側は広い畑地に面していて、そちら側に開口を開いている。
そちら側には左右にそれぞれ土間や、デッキが装置されていて、
玄関に相当しているのは、それらの空間。
そのように考えれば、まぁ、日常使い的には支障はないでしょうね。
土間は農園仕事などのための広めの空間ですので、
自由度の高い「入り口空間」とは言えるのではないかと思います。
っていうような印象を抱いたのですが、
考えてみると、玄関って言うのは心理的な意味合いが大きいとは言えますね。
武家屋敷などでは、ことさらに玄関の「格式」などが強調される。
そういうのは、確かに身分制社会の象徴とも言えるわけで、
現代のような社会で、玄関というのをそのように見なす必要はない。
だとすると、空間要素としては外部と内部との心理的な「結界」要素が残る。
このあたりでは、世代的な違いというのも大きくなるものかも知れません。
この家の建て主さんは30代ということですが、
家としての他者との付き合い、というような部分は、
そう大きく意識していないのではないかと思われます。
それよりも「セルフ」の部分が拡大して、興味関心の方向が大きくなっている。
そして、そういう結界的仕分けも意識が大きくない。
なにか、そのような印象が強まってきます。
家というものも、時代によって変化してくるのは当然ですから、
このような変化も、ある意味、自然なものかも知れないと思われます。
たとえば竪穴式住居などでは、明確な結界などはありえない。
でもまぁ逆に言えば、玄関というものにまで変化が現れてくるほど、
現代は、人間の暮らし方とか、社会性というものがゆれ動きはじめているのか、
というとらえ方もあるかも知れませんね。
もうすこし、考察する必要がある事柄なのかも知れません。
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2008年08月12日
家相図

保存のいい古民家で、写真のような「家相図」を見ました。
現代ではあまり顧みられることの少ない家相や風水ですが、
じっくり見ていると面白いものですね。
中国4千年の知恵というか、経験値がなんらかの形で込められているのだと思います。
方位学的なアプローチが基本なのでしょうが、
そういう意味では合理性が感じられる部分がありますよね。
いま、ちょうどオリンピックですが、
都市計画でも、こういう方位学的な方法が取り入れられているのだと思います。
大きな建物の形などには、知恵が加えられているのでしょう。
よく四神相応というような言葉がありますが、
図面にも白虎大道などという言葉が見られます。
風水というのは、奥が深すぎてまぁ、敬して遠ざかる、みたいなもの。
諸説がいろいろあって、風水で見ると江戸城などというのは
絶対に四神相応とはみなされないのに、
自分たちは「いや、四神相応である」というこじつけがなされている。
Wikkipediaには、
「風水には地理の別名があり、天文がかっては狭義の天文学と天象を基にした占いのアマルガムであったように、風水も狭義の地理学と地理を基にした占いのアマルガムであった。」
というような記述が見られます。
現代でも設計でもっとも重視されなければならないのは
「土地を読む」というような部分。
地形であるとか、地盤面、方位、風向きなどなど、
いろいろな「風水的」な検討が成されるのは当然ですから、
家相というのも、必ず行われているとも言える。
こういう図面まで残されているというのは、風水に乗っ取った設計だったのでしょうから、
相当のお金持ちの家だったことも表しているのでしょう。
こういう家相図は、たぶん施工の大工さんが頼んで図面を起こしてもらって
施主に渡したものでしょうから、そういう職業が成立していたのでしょうね。
思わずじっくりと見入ってしまった図面でした。
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2008年07月25日
超長期住宅の現状

さて、延び延びになっていた例の200年住宅の件、
北海道が音頭を取って地域工務店などを組織化した「協議会」に採用の正式通知がきたようです。
内示のような発表があってから、さらに数週間遅延しました。
今年度中にすべての建築を終え公開の義務もある、という住宅。
ここからスタートで、申請業務、それと「性能評価」を受けることも義務づけられているので、
実際に交付金が受けられる住宅が建つまでにはまだ紆余曲折が予想されます。
そういうなか、本日、道庁で協議会の総会が開かれる予定。
そもそも申請総数が400棟を超えているのに
どうも道庁に示された交付総額は百数十棟相当というようなのです。
ということは、1棟あたりの交付金額を減額するのか、
総数を減らすのか、その両方で対応するのか、
「調整」が不可欠になってくる。
さまざまのタイムスケジュールを考えると、
ギリギリの局面の上に、この調整作業の困難さ・・・。
そこを見越した考え方も、事前に道からは示されてはいましたが、
さて、実際にそうなるとなると、各ビルダーさんもそれぞれに
お客様との打合せの経緯などがあるでしょうから、
調整作業が順調に推移するかどうか、まことに微妙なところ。
まぁ、事前に告知されている「交付金割り当て方法」とでも呼ぶべき基準は
さすがに行政組織と思わせるような「経験値」の様相でした。
住宅という業界ではあまりこうした交付金行政は経験がなかったこともあり、
「ほう、なるほど」と感心するような基準だったと思います。
ただし、今回は協議会が組織されているので、
もう一段階、調整が複雑にもなってきます。
こんな経緯をみていると、
良くも悪くも行政の補助金を武器にした業界調整、というようなことの
必然性をかいま見せてくれるようでもあります。
これまでは中央省庁だけでこういうプロセスが閉じこめられていたのでしょうが、
それが全国に拡大したとも言えますね。
今回は北海道という、地方公共団体が介在しているので、
より公開性が高く運営されている側面があります。
さて、どのような方向に向いていくのか、という現状です。
写真は無関係ですが、北上展勝地からの眺望。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年07月16日
納涼の仕掛け

ことしは、どうなんでしょうか、
北海道でも暑いと感じる日が増えているように思います。
日射しは強くて、その日射が乾燥した空気の中で
肌により強く感じる、っていうのが北海道の夏の特徴なのかも知れません。
なので、草木の陰影が強烈に感じられる。
なにより空気のなかの湿度の違いが大きいのでしょうね。
それに対して本州以南地域では
強烈な多湿が特徴。そういうなかでは
草木の陰影もなにか空気に融けていくような印象を持つ。
写真は宮城県の遠刈田あたりの別荘での様子。
風呂に隣接してこういうデッキを造作していました。
昼間の凶暴な高温多湿の暑さを逃れて
汗を流したあと、こういう空間でそこはかとない空気の流動に全身を預けて
「涼感」を探しながらたたずむ、という空間なのですね。
むせかえるような緑の空気感が、体全体に染みわたってくるようです。
こういうあたり、やはり北海道で育った人間には
ある羨望の思いが、どうしてもあります。
こういう民族的といえるDNA体験の世界から、すこしの隔たりがある。
今の時期くらいであれば、へたをすると
こういう空間そのままならば北海道では、寒い時すらある(笑)。
しかし、わたしたち北海道に育った人間も、そのルーツにおいては
こういう民族的な夏の空気環境体験を持っていて、
そういう気持ちが、ある寂しさをこころにもたらすのですね。
でも逆に、こういう部分の違いが、日本の中で北海道が特異的な部分なので
その環境の中で、どんな個性・「地方性」が育つのかが興味深くもある。
まだ140年なので、明確な形は見えてきてはいないけれど、
北海道内の作家たちの表現から、少しずつそういう部分が出てきているように思います。
きのう、水産漁業のみなさんがストライキをしましたね。
本当にきびしい現実が出てくるモノだと、慄然とします。
アメリカという国は、一説では全企業収益の40%を占めるほど、
いまや金融ビジネスが大きな産業領域なので、
その産業が求める「投機対象」を考えなければならない、ということなのか、
世界的な石油高騰に対して、
産油国すら危惧を持っているというのに、アメリカ政府としては動きが見えない。
金融ビジネスとしては、そのメカニズムは理解できるけれど、
結局は、既存の世界の生活システムをも脅威にさらしているというのが現実。
アメリカ政府が、この問題に対してどう対応を考えるのかどうか、
石油の価格上昇は、アメリカとそれ以外の世界というような
対立構造を生み出すことになるかも知れない。
北海道にとっても、このままの石油価格で冬を迎えることになったら、
どういう状況になっていくのか、不安ですね。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年07月04日
岩手宮城内陸地震・住宅相談

きのう宮城県栗原市で、岩手宮城内陸地震の被災住民に対する
はじめての住宅相談会が行われたということです。
宮城県のJIA支部からお知らせをいただきました。
地震などの場合には、建築士のみなさんが業界団体を通して
地震と建物被害について調査活動を行ったりしますが、
同時にこうした活動も取り組まれるわけです。
きのうは初日ということで、地元メディアなどから取材が相当数あったということです。
その報告によると、
被災状況のなまなましい現実が迫ってくるようです。
主な相談内容は
1 改築(建て替え)・改修の助成制度ならびに公庫・民間融資の相談。
2 全壊・半壊認定の中で、改修して住み続ける場合の地盤への不安や改修方法などへの指導願い
3 震災建物から発生した廃材・ガラス・サッシなどの処分先と、その費用について、など。
ということのようです。
まだ、初日ということで、相談件数は5組ということ。
相談は現地を見て話し合うというモノではなく、
あくまでも相談会場に来て、口頭で説明し合う形式が定められているので痛痒感があるとのこと。
まだ、行政の側で助成方法や人的支援がなかなか決定しないなかで、
毎日の生活上のストレスが積もっていく住民のみなさんの気持ちが伝わってきます。
今後、順次、各地域を巡回して相談会が行われるということ。
しかし、3のようなことを読むと、
身に迫ってくるような気がします。
こういう問題についても、地震大国だけれど、まだまだ対応が整っていないのですね。
結局は自力で直すとか、建て替えたい、というように意志を持ったとしても
あとで、地震との因果関係を証明する必要も生じる。
なので、客観的な資料や写真を自分で用意しなければならないということのようです。
そうはいっても、証明根拠として的確なものを作成するのも簡単ではない。
行政の側で支援策が決定するまでの時間ロスが生じて、
そうしたストレスは受忍し続けていなければならないのですね。
初期段階の人命救助から、復興生活支援まで
まだまだ、息の長い道のりが続くのだと思います。
今回の地震は比較的に建物への被害が
その地震規模と比較して少なかったとはいえ、
このようなプロセスはしばらくは継続するのでしょう。
ボランティア活動にがんばっているみなさんにも
本当に頭が下がる思いがした次第です。
<写真はJIA宮城支部からの配信資料より>
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年06月13日
美しい天井仕上げ

写真は旭川での見学住宅の内装の様子。
下地に構造合板、まぁ、ベニヤを張って、
その上に押縁を押さえて、そのうえから塗装を施したという仕上げです。
単純な構成ですが
このように見せられると、なんともリズム感があって、
そう高くはない素材の組み合わせなのに、
高級感もしてくるような工夫のある仕上げだなぁと感心します。
色合いも馴染む絶妙な感じがあって
こういうディテールだと、毎日見上げていても
微妙な陰影とかが、陽のまわり方に連れて変化を見せてくれると思います。
屋根面なりの天井で、この部分は平屋ですが、
天井の高さがここだけは少し高くなっていました。
別に吹き抜けでなくても、
非常に心地よい空間が出来上がります。
屋根の傾斜も緩やかでいて、変化にも富んでいて落ち着いている。
まぁ、たぶん、そういう要素すべてで調和することが
内装の「似合い方」で大きな部分なのでしょうね。
おとといは白金温泉から一度札幌に戻って
いろいろ仕事の段取りを付けてから
仙台へ移動。スタッフとの打合せをすませて
JIA宮城支部のみなさんへ講演プレゼンテーション。
最近はたくさんのプレゼンデータを作成しているので
とっかえひっかえ、お見せいたしておりました。
北海道での動き、最近はたいへん多いので、
何からお話しすべきなのか、迷うところですね。
他の地域に来るとやはり、200年住宅への地方自治体としての応募、が
高い関心を持って受け取られるような気がします。
「北海道のビルダーさんはいいですね」と、
うらやましがる人たちが多いと思います。
来週は環境総合展がいよいよ、開催されるのですが、
その準備がいろいろに時間的に迫ってきて、
きょうも寸暇を惜しんでのパソコン作業が続きます。がんばらねば、ふ〜〜〜っ。
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2008年06月11日
「淘汰の時代」の始まり

きのうは北海道の建築ビルダー組織「アース21」の定期的な例会で旭川、白金温泉へ。
さすがの山奥温泉街と言うことで、PHSも電波がキャッチされません(泣)。
わたしはだいたいが早起きなので、早朝、一日が始まる前にはブログをアップするのを日課にしております。が、久しぶりの遠隔地ということで、アップがすぐにはできません。
でも、習慣というのは恐ろしく、どんなに環境が変わっても、時間に対する感覚は変わらない。
なので、いまは早朝5時なのですが、ブログ原稿だけは先に書いておいて、あとでアップしようと考えています。たぶんアップは午後になるものと思われます。
この時期になると、朝は早いですね。
けさはいつも通り4時半頃に目覚めたのですが、夏至寸前ということでまったく昼と変わらない明るさであります。
さて、きのうからの例会・勉強会では、異口同音に経済状況の厳しさが語られておりました。
そのなかでの発言で、ある設備事業者さんの言葉で、同業他社の社長さんたちのなかには、「いまどき仕事なんてあるわけないけれど、そのうち必ず仕事は循環しはじめるさ」というふうに、諦めきっている、という発言がありました。
という状況なんですが、さてどうなんでしょうかね。
今回の建設需要の落ち込みは、単に循環型のダウンというよりも、「淘汰の時代」の始まり、というようにも理解できる部分があると思います。
発注量の大幅ダウンが日常化して、受注側が激しく選別される状況がいよいよ始まった、というような感覚がいたします。
きのうまで触れていたような「人口減少」が、その心理的な部分で大きなうねりを見せて始まってきたような感覚。きのうも旭川市内の住宅見学をしてきたのですが、需要の先食いが20代まで狙ってきている様子が見て取れました。さらにこういう状況から、投資を抑制しようという意識が相当浸透を見せてもいると思います。
ある事例では、高齢のお母さんがひとり暮らしのために似合った住宅に建て替えようとしたのに、やがて残される子どもさんたちがそれをやんわり引き留める、ということ。
そういう部分まで、先行きに対する不安感の方が強くなってきているのが実情なんでしょうね。
こういうなかでは、やはり先行きに対するテーマの設定が一番大切なのでしょう。
それが単純なバラ色のものではなくとも、明確にして、自分の立ち位置を見定めていくことが、状況を乗り切っていくのに一番必要な「羅針盤」になるのではないでしょうか。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年06月05日
リフォーム活況

住宅リフォームの状況が良いようです。
この業種には、「建築確認申請」に該当するような「情報のダム」機能を果たすものがありません。
したがって従来から、専業事業者さんからの直接の聞き取りくらいしか
的確な顧客動向を確認するすべがありません。
なかなか、把握できないんですよね。
なんですが、聞いてみると最近、団塊の世代からの注文が増えてきているということ。
色々と考えていきたいと思っています。
なんですが、
一般のみなさんがリフォームの情報に接するのって、
一番身近なのが、チラシの情報でしょうね。
で、面白いボード告知が以前に行ったビッグサイトでの催事で見たので、
上に張っておきました。
リフォーム工事って、とにかく値段がわかりにくい、というのが
一番大きい問題なんですが、
そういう消費者心理をお知らせする告知ですね。
業界って言う形でクローズアップしにくいのは、この問題が大きい。
そのなかでは、某社の新築の半分くらい、っていう宣伝は効果的のよう。
一般的には、モノの値段を表記して、それがいくらで入れ替えられます、
というような告知が多い。
そのポイントに徹底的にこだわって、小口需要専門に特化するという業態もある。
まぁ、いろいろなんですが、
考えていかなければいけないポイントですね。
2008年05月29日
デザイナーの建築造形

さて、先日、新住協総会が行われていた安比高原のホテル。
リクルートさんがバブルの頃に建てたリゾートホテルだそうです。
で、造形や色遣いが面白くて、聞いてみたら
専門の建築設計者ではなくて、亀倉雄策さんがデザインした、ということが判明。
亀倉雄策さんは故人ですが、
日本のグラフィックデザインでは、超有名な方です。
1957年 - 通産省(現・経済産業省)のグッドデザイン賞のロゴマークを手がける、
ということだそうで、まぁ、大家・大御所という存在。
そういう方ですので、こういうデザインの基本造形をしたのでしょう。
それと独特な色合い。
普通っぽくない、まことにシャープな印象という仕上がりですね。
なんですが、この建物の用途と、置かれた環境との見合いで考えたら、
いろいろに意見があるところでしょうね(笑)。
やはり建築のデザインと、造形デザインの違いというようなものに
ちょっと気付かされるような気がします。
やはりものづくりなので、
建築って、可能な限り美しくしなければならないのは当然ですが、
このような造形の「おもしろさ」とか「奇抜性」というのは
それを優先して考えるべきではないような気がします。
というか、あくまでも周辺環境との調和性とか、
その中に置かれることでの意味合いの部分での存在感、というようなものではないか。
造形のデザインって、どこにあっても同じというものでしょうが、
建築はそこに存在する、という意味合いが強烈なのではないか。
そういう事柄への配慮というのが、建築が持つべき姿勢であるような気がします。
どんなに奇抜であってもいいけれど、
それがそこに存在することで、ある「いごこちのよさ」につながっている、
という部分がとても大切なのではないでしょうか。
面白いけれども、
どうもここにこういうものが存在するという、存在感が希薄。
べつに亀倉雄策さんがどうこうではなく、
この建物を見ていて、そんな思いに駆られていました。
まぁ、リゾートなので別にいいとは思うのですが、
ちょうど、ある漫画家のデザインした自邸の色合いが
周辺住民から問題を指摘されているというようなことを想起させるものも
一部に、かすかに感じさせてくれました。
そういうようなのが、建築としての安心感の部分には不可欠なのだと、
あらためて思わせてくれるという意味では、逆に意味もある建築だと思います。
やっぱり「いごこちがいい」ということが
最大の評価軸なのではないでしょうかね、建築って?
2008年05月21日
第2回東北住宅大賞授賞式

先週金曜日、表題のように表彰式が行われました。
大賞受賞は秋田県出身の建築家・納谷学、新さんの兄弟です。
昨年もお父さんの住む実家、能代の住宅で応募されましたが、
惜しくも優秀賞に終わったので、ことしはリベンジということ。
受賞作品については、現在発売中のReplan東北版最新号で掲載していますが、
築後150年近いという民家の再生型リニューアル。
こういう民家が、そのデザインと愛着を維持しながら、
最新のデザイン感覚で再生され、ながく残っていくように改修されたもの。
というような次第になったわけですが、
東北の住宅に限らないのですが、建築家の役割として
既存住宅をどのように現代的なすまいに作り替えていくのか、
その想像力とデザイン力がおおいに発揮されなければならないと思います。
納谷さんは、どちらかといえばシンプルモダンデザイン的な志向性の建築家ですが、
今回の再生住宅ではみごとな古材の迫力を活かした
光の投入の仕方を見せてくれていました。
古材の堂々とした質感に対して徹底して白壁を対比的に置いていって、
コントラストが明快な空間を作り出しました。
既存状態では、防寒のためにその下側に天井が張られていたみごとな梁が
そのまま表しになって、外光のいろいろな入り方に沿って、
時々刻々と変化する表情を見せていました。
ひとつの古民家リフォームの可能性を表現していると言えます。
今年以降も、この賞は継続していくと言うこと。
とくに、ことしはJIAの大会が仙台で開かれるので、
その目玉イベントとしても行われるようです。
ぜひ、大きな盛り上がりを見せていって欲しいと念願しています。
2008年05月20日
水と建物のデザイン

写真は恵庭カントリークラブというゴルフ場のクラブハウスの様子。
コテコテのアメリカンデザインで、豪華絢爛という
きわめて装飾的な建物だったので、ついシャッターを押していたなかの一枚です。
ゴルフ場としての事業計画は、当初のものはまったく破綻して、
経営的には行き詰まり、倒産して、その後、経営母体が転売を繰り返してきているというもの。
なんですが、ここまで豪華絢爛というものなので、
「もったいない」ということなのか、
こういう写真のような状態が維持されているのです。
はじめの計画では、北海道で一番のゴルフ社交場を目指していたそうなので、
立地的にも、北海道地元のメンバーと言うよりも
広く全国的なメンバー構成を考えて、豪華施設を作ったのでしょう。
ゴルフ不況が叫ばれて久しいのですが、
いまでも、けっこうなプレーフィーを取るということ。
まぁ、わたしどもはシーズントップで正式オープン前だったので
超格安で入場できた次第なんですけれど(笑)。
しかし、こういう噴水装置まである人工池なので、
維持管理費用だけでも相当にかかる。
すごいものだなぁと、他人事ながらびっくりさせられていたのです。
こういう池とか、水を建築的に活かす、というのは
大変ポピュラーで、世界標準的な考え方ですね。
飛鳥朝時代、蝦夷のための宮廷の外交的「迎賓施設」に、
こういうプール装置がしつらえられていた、という記録も残っていて、
その復元土木の写真も見たことがあります。
金閣や、平等院鳳凰堂、平泉の庭園など、
日本の建築でも、たいへん事例が多い。
海外の住宅地でも、高級層を狙う場合には
多くの場合、池や湖を囲むように造成する。
わかりやすくて、そういう水辺に近いほど価格が高く設定されている。
水の果たす背景的な役割、
外観を引き立たせる、建物内部視線からは、もっともシンプルで不変な
「自然の感受装置」という意味合いが込められるのですね。
しかし、このゴルフ場クラブハウス、
確かに建築的にはよい建物であり、その佇まいも味があるのですが、
こういう素晴らしいものでありながら、果たして残っていくものかどうか、
どうも疑問に感じます。
いわゆる、地元性というようなものは感じられない。
やはりバブリー、という印象の方が強烈すぎて、
「愛着を持って、存続させていく」というふうには感じられない。
なにかが違うように思いますね。
絵的には美しいけれど、どうも親近感とは違う感覚が襲ってくる。
デザイン的にわたしたちのDNAとは異質なので、
無意識のうちに、これは自分たち自身とは関係ない、というように思いこむのか。
いや、単純に一般庶民的なひがみなのでしょうかね(笑)。
2008年05月19日
建物の装飾性

仙台の街では、市内各所にあった寺院建築を駅東側に
一括して移転させて、「新寺町」という地名の街区を作っています。
お寺というと歴史性を感じさせる「古美」た風情というのがポイントですが、
この一帯では、むしろ建築としては新しいものばかりで、
わび、という感じがイマイチ、いたしません。
わが社の事務所はこの地域にあるのですが、
むしろ事務所のほうが「古びた」鉄筋コンクリートで、風情を感じるほど(笑)。
という次第なんですが、
やはり寺院建築では、そんなにおかしな「新建材」などを使うことは少ないので、
まっとうに年をとり続けているようなところは感じられます。
素材の若々しさは目にそのまま感じられるけれど、
これからが素材の味わいがだんだんに出てくるものなのでしょう。
最低、百年くらいの風雪を経ていかないと、
「わびさび」というような建築的な味わいには到達してこないのでしょうね。
出江寛さんのお話しに、
「わびとはなにか?」という疑問への答として、利休の師匠である
武野紹鴎の残した、
「わびとは、正直で、慎み深く、おごらぬさまを言う」という言葉が紹介されていました。
出江さんにお話を聞いたら、出江さんは京都の出身と言うことで、
小さいときから、古いお寺などで遊んで過ごしてきたのだそうです。
自然にそうしたことへの感受性が育てられる環境にいた、ということ。
この言葉そのままに理解すれば、
建築としての有り様というものが見えてくる部分があるでしょう。
きっと、そういう部分が本質的なものなのだろうと感じられます。
一方で、お寺さんの建築には奥行きのある装飾性もあります。
写真にあるように、ゴテゴテとは言えないけれど、
過不足なく、随所にデザインが施されています。
大きな意味では、単純な三角の屋根の造形を引き立てるような役割を担っているのでしょうが、
ひとつひとつの装飾は、感覚がおもしろいものばかり。
ディテールを見ていると、ちょっと時間を忘れるような気がしてきます。
「あれはなんの意味を持っているんだろうか?」という素朴な疑問が
次々に起き上がってきて、ひとがそのものに託した機能や思いを
思念し続けるような時間を味わうことができます。
そういう思いが、ふたたび、単純な外観プロポーションに戻ってきて
カタルシス的なものも感じられるようになる。
多くの人間が見続けてきたお寺などの建築デザインには
そういうさまざまな「仕掛け」が詰まっているのだろうな、と思われます。
まぁ、こういう新しいお寺さんは、伝統的美感の
「しきたり」を忠実になぞっている、というところなのでしょうが、
それでも、いろいろに想像力を膨らませてくれます。
2008年05月17日
JIA出江寛次期会長

きのうはJIA東北支部のいろいろな催しがあり、参加してきました。
わたしも審査委員を拝命していた「住宅大賞」の授賞式などのイベントもあり、
折からの青葉祭り前日の仙台メディアテークで行われました。
ことしは17年ぶりにJIA全国大会が仙台で開かれると言うことで、
それに向けての「プレ大会」的な催しになっていました。
写真は来賓として、というか、
その迫力のあるメッセージは、とても「来賓」というような穏やかさではないのですが(笑)
元気いっぱいの「旬のひと」JIA出江寛次期会長の講演も聴くことができました。
ことし、JIAの会長職ははじめて選挙で選ばれることになり、
立候補を表明した出江寛さんと、現職の仙田満さんのあいだで争われ、
出江寛さんが当選して、6月からは新会長となるのだそうです。
自ら立候補して、政党の党首選挙並みに「公約」を掲げ、
その実現の道筋も、ロードマップで示すという公明正大な姿勢を通しています。
その主張されるところは至ってシンプル。
国、国交省に対して「建築家」という存在を証明させるということに尽きるでしょう。
建築士という制度がさまざまな矛盾を抱えてきている現状で、
それを打開して、革新しようと努力されています。
お話しの中で、安藤忠雄さんとのやり取りが紹介されていましたが、
世界の建築物の設計料は、実施をともなわない基本設計だけでも
かれ、安藤さんは建築費の20%をいただけるそうです。
それに対して、日本の公共建築の設計料は2%なのだとか。
しかも、それすらも「随意契約」であるならばまだしも、
「競争入札」で安売り合戦を強いられるというのが現実なんだとか。
そういう結果、世界的に活躍する安藤忠雄さんですら、
「所員に、満足な給料を支払うことができない」
というようになるのが実際のところなのだそうなんですね。
こういう現状に対して、究極的には「建築家法」の制定を目指して
建築家の地位向上の運動を展開しようというのが出江寛さんの主張。
具体的には、台湾で実施されているというシステムですが、
建築確認と同時に、「設計契約書」を添付することを義務化させようという作戦。
設計という行為が「無料」です、というような
社会風潮に歯止めを掛け、コンプライアンスを明確化し、
最終的には消費者保護につながるような改革に着手しようというのです。
やはり人間の価値は、社会のためになることに
私心を捨てて立ち向かおうとする情熱の部分だろうと思います。
自分の役割も明確に示して、責任を持ってなすべきことを成そうとする迫力は
十分に伝わってきた気がしました。
ぜひがんばって欲しいものだと共感の気持ちを抱いた次第です。
2008年05月15日
建て替えの間取り

写真は先日取材してきた盛岡市のお宅。
岩手県の民間で行っている「エコハウスコンテストいわて」で
大賞を受賞した住宅です。
熱損失係数はほぼ1を切るレベルで、暖房はヒートポンプを採用。
随所に熱環境性能を追求している高性能住宅です。
ということなのですが、
この家は実は老朽化した住宅を建て替えたもの。
施主さんの要望は、なによりも暖かく快適な住宅性能というものだったので、
その要望を最大限、現状で可能な限り実現させているのです。
一方で、暮らし方とか、ライフスタイルとかの面では、
特段意識しないで、設計者と打ち合わせるウチに、
だんだんと、前の家のプランに行き着くようになったということ。
なので、最終的な間取りプランは前の家と大きな変化がないのだそうです。
まぁ、面白い結果にはなったなぁと、
建て主さんと設計者は笑い会っていたのですが、
こういうの、取材しているとときどき見かける事例です。
間取りって、知らず知らずのうちに生活ぶりに溶け込んでいて、
同じ敷地に建て替える場合、間取りを変えないというのは、
ある意味、合理的で「継続性」の面で理にかなってもいます。
せっかく建て替えるんだから、と思う部分もあるのですが、
その家を使っていくのは建て主さん。
生活の仕方、流儀のようなものって、出来上がっているとすれば、
それをあえて変えなければならない、という理由はない。
あさ、起きたらこの方向に行けばトイレがあり、
そこから新聞を取りに行って、居間で新聞を見ながら、
お茶を沸かす、みたいな「生活習慣」は、そのひとがたどりついたもの。
そういう部分にも変化を求めたい、という希望も理解できるけれど、
たとえば、高齢者の場合には
そうした部分に過度な変化を与えない方が「安心感」を持てる。
まぁ、人によりけり、ということもできますが、
案外、こういう継続性の方がいいというケースも多いんですね。
2008年05月06日
近隣騒音〜国民的論議?

すっかり忘れていましたが、
実はわたし、プレジデント社の「Famiiy」誌6月号で取材を受けて掲載されています。
「親子の「困った!」すべて解決70問」という特集を組まれていて、取材を受けた次第。
その特集の中に「近隣騒音」問題があり、そこに登場しています。
現在書店で販売中ですから、参考までにごらんいただければ幸いです。
こういうブログとは違った発表の場なので、
比較的自由に表現できたと思っています。
なぜ思い出したかというと、
住宅クレーム110番の方に寄せられた投稿をチェックしていて、なんです。
まぁ、毎日のようにこうした悩みが寄せられます。
いろいろ、建築的解決法から話し合い手段を探る手だてまで
提案もしてきているけれど、一向に浸透しない。
なかなか、単純な解決策は見あたらないし、事情自体は個別的。
この問題って、そういう部分を持っているんですね。
で、たまたま本日寄せられた投稿の中に
「ほとんどの共同住宅の半分以上が抱えてる問題だと思うのに
何故改善されないのでしょうか?」
という部分があったのです。
言われてみて、なるほどその通り。
この問題、被害を受けている立場も、出している立場も、
同様に「個人として」、放り出されているに等しい立場なんですね。
わたし自身でも、賃貸アパート・分譲マンションと
経験してきているけれど、公共的な問題として社会的に提起されることは少ない、
と感じてきています。
わたしの場合は、無意識な解決法として結局戸建て住宅を選択したのですが、
多くのみなさんがそのように解決できるわけではない。
とくに首都圏のみなさんには、逃げ場があるものでもない。
NPOを立ち上げて10年近く、HPで住宅問題を考えてきた立場から言えば、
この問題、そろそろ、国の機関が本腰を入れて
取り組んでいくべきなのではないかと思われますね。
いまは政府は、目先ばかりで迷走している状態だけれど、
この問題はすでに国民的な大問題。
であるのに、論議の場も用意していないというのは、
政治家・官僚組織とも、怠慢の極みなのではないかと思うのです。
というようなことを思案し続けております。
なにか、ご意見をお持ちの方、お聞かせいただけないでしょうか?
どうかよろしくお願い申し上げます。
2008年05月04日
近隣MS建設計画

近隣に計画中というマンション。
町内会からは何回か進行状況についてのお知らせが来ていましたが、
とんと事業者側からは連絡が来ない。
そうこうしているうちに町内会から回覧が来ていたのを
確認し忘れていて、見ていませんでした。
で、はじめて連絡書を見たのが「打合会」当日の午後3時。
打合会なるものは、1時から4時までというように書いている。
とはいっても、書類の日付が4月29日で、5月2日の開催というスケジュール(!)。
29日は祭日ですから、考えてみたらすごい日程ですね。
たまたま当日はスケジュールが空いていたので、時間は遅れましたが、行ってみました。
町内会さんから、期日未定の段階で、ぜひ来てくださいと念を押されていたのです。
行ってみるとこの会の趣旨もはっきりしない。
建築事業主に対しては、再三町内会側の希望として
「説明会」を開催して欲しい旨、申し入れているけれど
そういう全体的なことはしない、あくまで個別に説明して歩く、ということ。
なので、この集まりというのも、町内会役員が事業者側から
個別説明の結果を聞くという名目での会、というものでした。
なにか、どうにも意味不明の対応です。
わたしの事務所も日影が冬期の昼前後2時間ほどは掛かってくるので、
当事者でないことはないと認識しているのですが、
「事業者側」の話によると、直接隣接している10m以内の住戸に対しては
説明義務があるけれど、わたしのような場合には
「言われたら説明すべき」というような法律になっている、という説明。
そういうものなのかどうか、その根拠法も示されないので、
こちらとしては、あとで確認するしか方法はありません。
それと、そもそも「事業者側」というのが「代理人」なんですよ。
マンションの建設って、地域の住民にとっては
直接的には日影問題が大きいのですが、そのほかにも
工事中の騒音から、舞い上がる粉塵などもあります
もっと根源的に言えば「眺望権」の侵害ということもあるわけで、
「事業者」が地域に「迷惑を掛ける」のは間違いがない。
ことにこの地区は古くからの住宅街で、近くの山が見えるのが好きで
暮らしているという人たちも多い土地柄。
そこに後から入ってきて、そのひとたちの眺望を奪って
一方では「眺望バツグン」というようなPRで販売するのは目に見えている。
それなのに、事業者側が直接出てこない、というのでは
面倒くさそうなことから逃げようとしているというのが一般的な理解。
そういう態度であれば、こちら側も迷惑の部分を訴えていくしかないと思われます。
住宅クレーム110番という相談も受けている立場でもあるわけですが、
こういうような問題って、自分に降りかかってきたのは初めて。
単純に「地域エゴ」を主張するという考えはないのですが、
しかし、だからといってマンション建設業者の好きにしていいことでもないと思います。
考えていた以上に、事業者側って勝手なもの、という印象。
もうすこし、地域に配慮したコミュニケーションを取れないものなのでしょうかね。
<写真はまったく無関係のものです>
2008年05月01日
200年住宅の補助金

きのうは北海道庁で、例の国交省の補助金政策、
200年住宅についての北海道としての対応の説明会が開かれました。
北海道として、道内の住宅企業と連携して
北海道が窓口になる形で、この政策の受け皿になろうという次第です。
そのための企業側との会合、内容の説明会、ということでした。
連休の谷間にもかかわらず、広い会場がいっぱいになる盛況ぶり。
ざっと、200人は下らない人数の住宅企業が集まってきていました。
昨年の建築基準法の厳格化によって、政府発の不況が現出し、
その失地回復に懸命の国交省は、総額130億円という補助金政策に乗り出しています。
しかも、この金額は単年度だけではなく、今後5年間は継続する考えとか。
その材料になっているのが、超長期寿命住宅という性能面からのアプローチ。
福田総理が長い間住んでいた米国での経験から着想した政策。
この政権の先行きがどうなるのか
たいへん不透明感は漂ってきていますが、
国の政策としてスタートする以上、簡単には後戻りもできないでしょう。
一方で、北海道としては、この機会にこれまで取り組んできた
「北方型住宅」というものを大いにアピールし、
その施策スピードを上げていきたい、という考えは理解できるところ。
全国の地方公共団体として、今回のような
「拙速な」国交省の施策に対して、ビジョンを提示できるのは
たぶん、例外的に北海道だけではないかと思われます。
すでに「北方型住宅」という取り組みをずっと継続してきていて、
実績もあるわけで、国交省から開示があってから
応募の締め切りが1ヶ月しかない、というような即決型政策に
対応可能だったということだと思われます。
各住宅企業にとっても、
締め切りまでの時間のなさから、今回は単独での対応は難しい。
その意味では、北海道が提示したプランに乗るしか、
対応はないと思われます。
それにしてもあわただしい。きのうの説明会から連休も挟むというのに、
企業側応募の締め切りは5月7日、それも午前中必着(!)ということ。
でも、そういう日程でないと、今回の国交省の補助金政策には間に合わない。
北海道は、前述したような経緯があるからなんとか
「内容があって、可能性が高い」提案が可能ですが、
さて、全国のほかからはどのような応募が出てくるものなのか、
逆に見物とも言えると思っております。
普通に考えれば、付け焼き刃で実績の乏しいものが、それこそ
雨後の竹の子のようにたくさん出てくるのでしょうか?
いずれにしても、補助金である以上、
最終的にはダムを造るのと同じなわけで、
税金の使い道というか、ばらまきであることには変わりはない。
今回のこの拙速ぶりが、どのような結果に至るのか、
ハラハラしながら見ていかなければならないなと、思っております。
2008年04月19日
スクラップ&ビルド・・・

最近、わが社事務所周辺では活発に建築が行われています。
大型MS建築については先日も触れていますが、
そのお隣、ちょうどわが社の目の前では、
セブンイレブンとなりの民家が先日取り壊されていました。
この民家って、どういう経緯で建てられていたのか、わが社が引っ越してきてから
つい3年前くらいに古い家を壊して建てられていたものでした。
大きな20m道路に面して建てられていたのですが
どんな建物が建つのかなぁ、と見ていたら
なんのことはない、ごく一般的な住宅だったので、へぇ〜と思っていた次第です。
で、そういう新築物件が、先月くらいに解体されていたのでびっくり。
おいおい、まだ2〜3年じゃないか、と思っていたのです。
で、その後、土工事・基礎と建築が進み、
どうも平屋っぽくて、さてなんだろうと思っていたら、
こんどはセブンイレブンが解体工事。写真はその様子。
っていうあたりで、ようやく工事の人に聞いたら、
セブンイレブンが角地を嫌って、一軒ずれて建てたい、ということになったようなのですね。
それで、既存の建物を解体して撤去し、
お隣の建物と敷地を買収して、角地は駐車場にしようという考えのよう。
どうやらそういう流れのようなんですが、
この間で、2軒の建物が解体されているのですね。
商業的目的とはいえ、ちょっと荒っぽいなぁと思います。
CO2削減とか、最近、そういう周辺のことが頭をよぎっているので、
余計に、そのような思いを感じるものかも知れません。
新築時にはCO2は約10tくらい排出されるし、解体には3tくらい排出される。
そのように考えると、短期間に、って3年前の正面の家の新築も含めると
新築が2軒に、解体が2件。都合26tくらいのCO2が排出された計算になる。
なんとなく、息苦しい感じもしてきそうです(笑)。
まぁ、このセブンイレブンには先日、車が突っ込んだりして、
幸い、人的被害はなかったのですが、
角地って、けっしていい立地環境とも言えない、というのがきっかけではあるのでしょうね。
店舗としての安全性を最優先して考えての結果だとは思われます。
しかし、それにしてもちょっと、すごく無駄という気もします。
どうなんでしょうね〜〜〜。
2008年04月13日
ガンプラフェチ

ひとにはさまざまな「嗜好」の世界があります。
フェティシズムというものですね。
わたしのような年代、1950年代生まれのような人間って、
団塊世代の一番最後なのか、
それより下の年代の先駆けなのか、
よくわからない部分があります。
でも、確実によく見えないフェティシズムとして、ガンプラフェチってものがあります。
プラモデル自体は、わたしたち戦後少年たち一般に
耽溺した時期を持っているケースは多いと思います。
しかし、このガンプラフェチはちょっと異質。
ガンプラフェチって、その後、けっこう長く続いているようで
いまでも、ウチの坊主なんかガンプラを作ったりしていますね。
まぁ、わたしなんかは比較的にこういう心理は理解できる部分もあります。
考えてみると、プラスチックに対する「親近感」の差のような気もしてくる。
わたしより上の年代の人には、プラスチック一般に対して
否定的な感覚の人は多いように感じる。
わたしなんかは、自分でもプラモデルを一生懸命作った記憶があって、
そういう嗜好記憶の延長で、ガンプラっていうのも理解はできる部分がある。
しかし、先日伺った弘前での取材先のお宅、いや、オタクと書くべきか(笑)
では、そのガンプラフェチの濃密感にタジタジになりましたね。
子どもさんのいないご夫婦なんですが、
家の中心的な居室はオーディオAVルーム兼フェチスタジオなんです。
食事を作る、食べる、くつろぐ、
というような家の機能性部分はむしろ付帯的な「装置」のようなんですね。
子育ての機能が家にないとすると、趣味生活的な部分が大きな位置を占めると言うことなんでしょうか。
音響や映像には大変なこだわりぶりで、まぁ、映画館以上の臨場感。
でもそれ以上に感心させられるのが、写真のようなガンプラフェチぶり。
これはもちろんごく一部で、まぁ、至る所に飾られておりました。
40代くらいの人から始まって、30代の幅広い年代に
こういう嗜好傾向は広がっているように思います。
ガンプラフェチの設計者なんて言う方もいるし、
仙台にはガンプラフェチのための専門ショップができたりもしています。
人間の暮らし方、生き方、感じ方は
こういう部分でも規定されてくるものなので、
家づくりに反映してくるのも理解できる部分ではあります。
考えてみれば、茶室なんて言うのも、こういう心理の
究極的なものとも言えなくはない。
ガンプラを愛でるための空間装置っていうのが論議されるようなことが
今後あるかも知れない、なんて思えてきますね。
ちょっと、妄想が膨らみ過ぎかなぁ(笑)。
2008年03月28日
地下水利用融雪

きのうは秋田県湯沢市で撮影してきました。
写真はことしの3月はじめに同地に行ったときに出会った光景。
今年は融雪が早く、もうほとんど消えかかっておりましたが、
以前から聞いていた日本海側地域での地下水融雪の様子を見ることができたのです。
写真ではちょっとわかりにくいとも思うのですが、
地下水を使っての融雪なので、
土中からの泥水から、このように地中成分として出てくるのですね。
北海道と違って、夜になっても温度低下がそれほどでもないので、
このように地下水を散水しても氷結の心配をしなくていいようです。
こういうことを北海道でやったら、
一面のスケートリンクで、大変なことになるでしょうね(笑)。
でも、一度、北上でもこういう光景に遭遇したことがあり、
北上ではやや凍結もしていて、
そういう道を歩くと大変危険な思いをしたことがあります。
微妙な気温状況変化が、起こりうることなので
判断は難しい部分があるのだろうと思います。
季節の風物詩としてみると、なかなかに風情のあるものではあります。
ただし、靴が濡れる心配もあるので、
融雪中は歩行に気を使う必要があることでしょう。
湯沢市ではこのような地中成分の湧出が見られるのですが、
このあたり、事情はその土地の地盤構成によっても変化するそうです。
このような土の色は、土中の鉄分量が多い場合の特徴だそうです。
融雪後、こういう成分がホコリとして空中に舞うことになるでしょうから、
春先には花粉症原因になることも推定できます。
まぁ、どんなことにもメリットもあれば、デメリットもある。
その土地ごとで、知恵の使いようではあると思いますね。
話は変わって、ことしは北海道では灯油熱源でのロードヒーティングが
激減していたという話題が聞かれます。
折からの灯油の大高騰が、切実な問題として結果したのでしょう。
そういう意味では、3月に入って順調に融雪が進んだことは
北海道の人間にとって、まことにありがたいことでした。
と、書いていたら、なんと、久しぶりに窓の外は雪が降っています・・・。
春まだ遠し、一本調子ではいってくれないようですね。
って、ことしはもう車のタイヤ、履き替えちゃっているんです。
やれやれ困ったなぁ。
2008年03月24日
デザイン神棚

弘前での取材先で見つけた神棚です。
神棚って、廃れていそうで、実際に取材に行くとほとんどついているもの。
仏壇は少人数の核家族というのが一般的になって、
まぁ、だいたいはその家で亡くなる方がいて、はじめて作る、購入する
というのが一般的。
なので、新築当時はほとんどが造作されていないというケースが多い。
その傾向は北海道の方が高いものがあります。
しかし、ひるがえって、神棚の方は案外、ない家の方が少ない。
家を新築するときに御祓いをしてもらう関係からか、
神様の方が縁ができやすいということを表しているのでしょうか。
というようなことなのですが、
伝統が生きている地域では、大工さんの手作りというのが一般的。
というか、大工さんからの新築祝いとして、神棚プレゼントが多いのですね。
職人らしく、手作業をプレゼントにするという伝統。
で、この家では、シンプルながら、
ちょっと使い勝手にも配慮したスッキリデザインの神棚でした。
この家は、設計者の関与している住宅なので、
たぶん、設計者が新築祝いに大工さんに設計図を渡して作ってもらったものでしょう。
神様の祭壇を載せる台はシンプルな平台。
その上にまぁ、よく売っている祭壇が載っけてあります。
ふつうならば、その平台の上に飾り物やお供えも載せるのですが、
それだと、毎日、お水を買えるときにもいちいち踏み台を用意して
やらなければならないことになる。
神棚って、大体が2m以上の高さの位置に据えられますから。
で、毎日大切にしたいと考えれば、
水を載せる台など、このように段違いにして下にあると便利。
注連縄もこのように付けるとまた、変化があって楽しい。
微妙だなと思うのは高さ。毎日使うのに頭がぶつかるようでは困る。
その点、絶妙な高さに据え付けられているので、その点もセーフ。
そんな作られようの神棚ですが、
出来上がってのスタイルは、実にスッキリとしたプロポーション。
ここは吹き抜けに面しているので、上を人が通ることもない。
悪くないモダンデザインで、家の雰囲気にも合っている。
ちょっとした部分ですが、モダンと伝統との融合という感じで
ほほえましいと思った次第です。
2008年03月21日
ティッシュボックス

先日の取材先で発見したデザインティッシュボックス。
不勉強で、こういうの初めて見ました。
なんでもDUENDEというブランドが作っているモノなんだとか。
そのHPには、
Duende(デュエンデ)は2002年9月にスタートしたコンテンポラリーな家具とインテリアプロダクトを紹介するプロダクトレーベル。毎年ロンドンで開催される世界的に名高い「100% Design」への出展からスタートしました。
ミニマムな中に温かみを感じるようなデザインをコンセプトに商品開発しています。
日本の生活の中から生まれたデザインを世界へ。
海外の生活から生まれたデザインが日本へ。
様々な国籍、様々な素材、様々なカテゴリー、それらうまくコーディネートし、
国境にとらわれずどの国でも親しんで頂けるプロダクト作りを目指します。
というふうに紹介されていました。
で、このティッシュボックスは
横置きが定番のティッシュケースを縦置きにする事で、従来に比べ、より最後までティッシュをスムーズに引き出す事が出来ます。
縦置きのフォルムは、省スペースですっきり見せられ、パウダールーム・デスクトップ等様々なシーンをさり気なく演出できます。底面が広がっているため安定感があり、ティッシュを引く力程度では倒れる事はありません。2006年日本産業デザイン振興会グッドデザイン賞(Gマーク)を受賞。
ということなんだとか。
2006年受賞ということなので最近のプロダクツですが、
日本的な生活からのデザイン発信という志向性が伺えて
なかなか好感度が高い製品だと思います。
わが家でも、食卓などにティッシュボックスが置かれていますが、
どうにも納まりが良くない上に、ぬいぐるみみたいなのに入っていて、
「モロではない」という程度の装飾性のものしかなかった。
どうやってこれ、入手したか聞いたら、結婚式の引き出物でもらったそうで、
HPで値段を調べたら3600円するそうです。
どっかに売っているんでしょうが、
なぜかHPでは通販していないようです。
こういうの困りますね。
せっかくいいなと、情報を見て感じても、
問い合わせしなければいけないとか、お店で探さなければならない
というのは、忙しい現代人には難しい。
すぐその場から、買えるようにすべきですね、
とくにこのようなニッチタイプの商品については。
買いたいなと思っているのですが、そのことをすぐに忘れる(笑)。
トリ頭にはなかなか入手困難なんですよね(笑)。
2008年03月17日
木のお医者さんの仕事

青森市内の住宅の庭木の様子です。
先日触れた、アーム付き薄型テレビの家ですね。
こちらには古くから立っている桜の木が3本あります。
周辺にはずいぶんたくさん桜の木があったそうですが、
住宅建築が進んで、伐採されまくって、この家の庭木だけが残ったということ。
こうした植栽は、地域の記憶の継続性の上でもっとも直接的な機縁。
建物は現代ではなかなか永続していかないけれど、
その上、樹木まで永続していかなければ、
「地域性」とはいっても、なんのよすがも存続し得ない。
確かに今どき、庭木を切らずに古い家屋敷地を永続させていくというのは
相続税などのことを考えると、難しい。
社会の仕組み自体が、そういった自然の輪廻を破壊する方向になっている。
まぁ、固定資産税や相続税ばかりのことではなく、
その土地で愛着を持って暮らし続けるということに
ほとんど社会システムの側で顧慮していない、といわざるを得ない。
江戸期までの社会であれば、
その生まれ育った地域とともにひとの生き方は決定づけられていた。
藩という、ひとつの社会システムの中で
否応なく、人々の暮らしようは決まっていたのですね。
そういう固定化した社会だからこそ、祭りという非日常空間が意味を持ち、
日常生活とのあいだでバランスを取っていた。
一方、今日の社会では、ひとはその所属する企業・団体などの「職域」社会が
基本単位になっていて、住む地域というものとの結縁性が薄くなってしまっている。
江戸期までの社会が基本として家の継続を大目標にしているのに対して
こんにちでは、形式上、個人主義に基づいた社会になっている。
でも、やっぱりひとはその土地に生きているのは事実。
そもそも家を建てる、という行為は地域性と一体化すること。
個人主義に基づいて、しかも地域社会とのつながりをどう作っていくべきなのか?
現代の住宅建築がもっとも考えなければならない問題だと思います。
って、いうことで全くの横道(笑)ですね。
桜の木の表面が防腐処理されていました。
また、枝も適度に切られていて
長く生命力を維持して行くには、このような科学的な態度が
知恵として求められているのだと思います。
このような的確なメンテナンスが、後の世代まで
サスティナブルということを伝え続けていく機縁になってくれるといいですね。
2008年03月16日
岩木山が見える窓

家って、いろんな「設計条件」を考えるものですが、
そのなかに、いかにも地域独特の、
というような条件が感じられることがあります。
弘前での注文住宅の場合、特徴的で、
「岩木山が見えるような位置にメインの窓を開けたい」というのがあります。
昨日伺ったお宅は、間口が狭く奥行きが長い、という武家屋敷的な地割りの家。
こういう敷地で、両隣が接しているので、
その既存の隣家に配慮しながら、建物の配置を考えた結果、
同時に眺望的にもちょうどいい位置に建物を配置できました。
そのうえで、将来的にも家が建ちそうにない位置に居間の大きな窓を配置。
2階分の吹き抜けに大きな開口が開けられていますが、
それがちょうど岩木山の方角に開かれています。
きのうは曇天でしたので、裾野が少し顔を出す程度でしたが、
堂々たる偉容が室内から眺められるようになっています。
この大開口は、居間を中心にした吹き抜けを介して、
家中から望むことができ、家族が集まってくる場所に
同時にその日の岩木山の眺めが提供されるようになっているのです。
なんとも羨ましいかぎりの毎日の暮らしと感銘を受けました。
平野部に屹立する独立火山って、
日本人にとって独特のなにごとかを精神性として与えるものだと思います。
東北で言えば、岩木山・岩手山・鳥海山・会津磐梯山など、
それぞれの地域の中で、精神のよりどころとして
受け継がれてきているものがあると感じられます。
住宅とは、他のどこでもない、その土地に建てられるものであり、
その風土の中で暮らしていこうという
建て主さんの意志を直接的に表すもの。
その意味で、できることならば、このような積極的な表現を
可能であれば、ぜひ多くの家づくりが志して貰いたいものだと思います。
こういう志向を持った家づくりが、
その地域のアイデンティティを高めることになり、
そこで成長する子どもたちに「ふるさとらしさ」を意識させる
大きな「機縁」にもなっていくのだと思われます。
いつも、弘前に来るとなにか、人情の違いを感じるのですが、
それって、こんな地域性がどこの町よりも色濃く残り、
なおかつ、あらたに継続していこうという意志を地域のみなさんが
大切にしているのではないかと、感じられるからだと思っています。
そういうディープな部分で、深く惹かれるものがありますね。
好きです、弘前の街。
2008年03月13日
池の結氷

写真は福島県の川内村での「亜鉛閣」のもの。
この建物は、本体よりも周辺の自然回復と言うことの方がテーマが大きい。
敷地が8000坪もあるんですが、その背景には山林原野が200000坪ほども広がっている。
そうした後背地の自然系がうち捨てられていた。
敷地自体は農地で、農家が廃業したあと、
誰も手を付けることなく、放置されていたのだそうです。
建築家の山下和正さんはそういう敷地を買い取り
長い年月をかけて自然環境の再生に取り組んできたのです。
その自然再生のなかで、最初に取り組んだのが
沢水の管理の必要性。
雨が降り続いたりすれば、伏流水の小川がすぐに土砂災害を引き起こしていた。
農地利用のために、自然が破壊されるに任せていたのです。
人間が自分だけの都合で、勝手にこの近辺の自然をねじ曲げていた。
そうした「暴れ水」に、秩序を与えて、
きちんとした生態系を復元させるように考えたのですね。
で、できあがったのが「調整池」。
まぁ、自然の水に呼吸の場所を提供したようなもの。
いったんこの池で水量を調整しながら、
河川に放水するように改良しています。
その結果、よき生態系が復元している。
手を付け始めた頃には、小動物も目にできなかったのが、
いまでは、大型ほ乳類・いのししなどが遊びに来るほどに回復したのだとか。
人間の、自然への回心に似たような営為と感じた次第です。
今月初めに訪れたのですが、
「福島県最寒の地」ということで、零下10度ほどの寒さが続きます。
その結果、ごらんのように結氷しておりまして、
人間が乗っても全然大丈夫なほど。
わたし、北海道でもこんな光景に出会ったことはありませんで(笑)
っていうか、体重が心配で恐ろしくて、
氷の上なんて、とても乗れませんです(笑)。
まぁ、徐々に融けてきておりましたので、
いまころはそろそろ、氷が水になっておるかも知れませんが、
自然の素晴らしさを実感させられる光景でしたね。
本日から、青森県で集中的に取材です。
朝一番で列車移動。
これから出発いたします、ではでは。
2008年02月27日
国の機関の政策進行

きのうは、今年度最後の北海道の仕事での会議出席。
中古住宅流通促進方策検討委員会、という
何回言われても覚えられない名前の会議でした。(笑)
なんですが、この会議、けっこう盛り上がりまして、
こうした自治体の会議としては珍しい(失礼)ほど、多くの成果を生み出し、
また、新業態の開発、産業育成的な部分で驚くほどの結実を得た事業でした。
新築マーケットが縮小に向かうことは確実な趨勢の中で、
既存住宅マーケットをどうしたら活性化できるのか、
今後の「製造業」としての住宅建築の主体である工務店などの生き残りにとって、
必須の産業育成方法を模索した会議だったと思います。
簡単に言えば、新築に代わる魅力的な中古住宅再生という事業分野創成に
必要なインフラや事業環境整備を考えてきた会議だったのです。
とくにこうした取り組みが
もっとも自然条件の厳しい北海道ではじめて取り組まれたというのは、
今後のこのマーケットにとって大きい意味を持つことになるかも知れません。
こうした事業取り組みというのは、
なぜか、3年という期限で行政では取り組まれるのが慣例になっています。
ということで、3年目の最後の年度がこれで終了となった次第なのですが、
こうした取り組みが、まさにいまの国の施政方針と合致していることから、
いわゆる200年住宅への取り組みの一環として、
国の補助事業として、来年度以降もより大きな事業規模で継続される方向になっています。
というようなことなのですが、
こうした流れから、きのうは国土交通省の外郭団体から
オブザーバーの方も参加されていました。
いろいろお話を伺ったワケなんですが、
国の政策にどのように業界の意向が反映されていくものか、
その経緯の一端もかいま見えて、興味深いものがありました。
窓のメーカー団体などから、こうしたプロセスについての話も聞いたことがあるのですが、
やはり、具体的な政策に対して業界ごとの利害が相克し、
なかなか方向性を定められないという部分が見えてきました。
行政の側が立案する基本的な方向性というのは、
そんなに間違っている方向でもないと思うのですが、
その原案が、さまざまな利害調整の中で、否応なく「調整」させられ、
結局は総花的になったり、適当なことでお茶を濁したり、
というようになってしまう現実が出来上がってしまうようです。
そうしたなかで「モデル的」事業として
この北海道の取り組みが国に認められそうだというのは、
かなり面白そうにはなるかも知れません。
官に対する批判というのが大きいのですが、
接してみればみんな、できることから、少しずつ変えていこうという思いは共通です。
絶望せず、地道に取り組んでいくことが必要ですね。
2008年02月24日
大雪再来

もうすこしで3月というこの時期ですが、
今年の冬はなかなかにやってくれますね。
先週はすっかり春めいた気候が続いていたのですが、
どっこい、すんなりとは春にはなってくれません。
関東では春一番だそうですが、
こちら札幌では、きのうも一日降り続き、今日朝にはすごい状態でした。
季節風も強く吹き付けていたようで、
事務所のエントランスは腰までの積雪状態。
吹きだまりのようなことになっていたのですね。
雪の降り具合、風の向き・強さで、雪の状態はまさに千変万化します。
きのうは、風邪気味の体をいとい、
雪かき作業をさぼっておりましたが、さすがにもう手が付けられなくなるので
朝から、大汗かいての雪かきに追われました。
おかげで、坊主は友人たちとのスキーが荒天のため中止。
まぁ、遭難の危険があるし、第一、スキー場もクローズかも知れません。
っていう、冬真っ盛りの札幌地方ですが、
この季節、いつもお伝えしている「雪庇」が各家庭で順調に成長しています。
無落雪屋根をはみ出して、季節風の風下方向に雪の庇がせり出す現象。
わが家の3階居室から、屋根からの雪庇が見えるようになっておりました。
ちょっと、オブジェとしてみていると面白い。
わたしたちが子どもの頃には氷柱が冬の北海道の風物詩でしたが、
坊主たちの年代には、この雪庇が冬の風物詩になっていくかも知れません。
じっくりと観察してみると、
端っこ部分では微妙な自然の造形が見られてなかなかに楽しい。
見ていても面白いし、窓を開けて破壊するのも楽しそう。
なんですが、やはりこれが急激な暖気などが来たら、
落雪して、危険も伴う。
北海道は、氷柱を克服し、屋根雪崩の危険を克服し、
無落雪屋根というユニークなデザインも生み出して、
敷地の狭小化も克服してきたけれど、
いまは、この雪庇問題が、なかなか難しい問題になってきています。
まぁ、危険の度合いは昔とは比較にならない低レベルではありますが、
とはいえ、対応策は考えねばならない問題ではあります。
でも、けっこう面白くて、きれいでしょう。
ゆとりももって、考えていきたい問題だと思います。
2008年02月13日
里山に繋がる裏庭

きのう書いた集住形態の農家群の中の住宅です。
このお宅は、この一帯の「家守り」役であったと思われる大工さんの家。
というか、いまは大工さんだったお父さんが亡くなって、
その娘さん夫婦を中心にした4世代同居のお宅です。
どうも推察するに、この大工さんが、きのう触れたような農家住宅を建てたり、
保守管理・増築などの作事一般を受け持っていた気がします。
現代がもう、システムとしてなくそうとしている、
「家守り」システムですね。
これは、建築の専門家である地域居住の大工さんが、
その地域での色々な建築的相談事を専門的に受け、管理していく社会システム。
現代のように、ハウスメーカー・商品化住宅システムの全盛期になってくると、
ちょっとした補修など、「どこに頼んでいいかわからない」
というような状況が生まれてきてしまう。
たぶん、こういう不便な状況って、最近というか、
戦後高度成長期以降、顕著になったのではないかと思います。
いわゆる、ハウスメーカーの成長期で、国策としてもそういう建築企業を培養した。
官主導で進められた「ハウス55」計画は、
労働者として大量に都市に集められた農家の2男・3男という
あらたな「住宅希望者」に対して、
既存の家づくりシステム(家守り」を中心とした地域工務店ネットワーク)では
住宅建築を請け負うのは不可能だと判断して、
そういう建築の受け皿として、
規格大量生産型のプレハブメーカーを国策で養成したのですね。
というような経緯で、今日の状況を迎えてきていて、
いまや、地域工務店というのは、業界としての存続の縁にある。
先日も、全建連という工務店の全国組織のトップの方とお話ししたのですが、
そうした危機が、まさに迫っているという状況ということです。
写真は、この地域(宮城県の石巻近郊の山間農業地域)での
家づくりの基本である、里山に寄り添った住宅計画の結果、必然化する
自然の里山の裏庭を撮影したものです。
家の裏の山からは、四季変化に応じて
いろいろな恵みももたらされて、暮らしになくてはならない潤いを
もたらしてきたに違いないと思います。
春の山菜採りから、秋のキノコ取り、落葉は貴重な肥料に、と
伝統的な農家の暮らしの基本的バックグラウンドだった。
そういう暮らし方が、そのまま、国土の保全に繋がっていた。
そうです、身近な森林の管理に繋がるわけですね。
こういう一連の営みを、官僚統制的手法で破綻させてきたのが
戦後の高度成長システムの弊害であった。そして、気付いたときには
それを復元する社会システム自体も崩壊してしまっていた、
というのが現実の姿なのです。
しかし、そういうなかで、この家に暮らして育った娘さんが
この家に愛着を感じて、お父さんが建てた家を壊して建て替えるのではなく、
なんとかリフォームして暮らし続けたいという希望を持たれたのです。
現代では、こういう古い建物を延命させて現代的な暮らしやすさを実現するのは
たいへん気骨のいる作業だと思いますが、
幸いにしてリフォーム会社の担当の女性の方も、
「またこの家に帰ってきた気がするんです(笑)」っていうように、
建て主さんといっしょになって苦労したことが、
その明るい表情から伺えたのです。
そんな明るい女性ふたりの会話を聞いていて、
なんとなく救われるような気がした取材でした。
2008年02月12日
農家住宅の地域性

先週末には、宮城県石巻近郊の住宅のリフォーム事例を取材。
周辺には独特の形式の農家群が集まっています。
昔の農家の建てられようには色々なスタイルがありますが、
一般的に多いのは集住スタイルで、ミニ都市のように集まって暮らすもの。
それに対して、各家屋がぽつんぽつんと建てられるのが「散村」といいます。
この地域では、集住の家屋が、それも周囲の小山を背にするように建つ
「里山」形式で、しかも路に沿って連続して建てられていました。
これは、たぶん、季節風から暮らしを守る知恵でしょうね。
その目的をさらに明確にしてくれるものも見られます。
面白いことに、この地域では道路側に面して、
各戸が納屋のような建物を一様に建て並べているのです。
このように建てられれば、区切られた内部の空間は
冬の季節風から、ほぼ守られるような半外部の空間になる。
写真は、そうしたなかでもひときわ立派な建物。
高さも通常の2階分ほどもあり、内部の平面も広大に保護できます。
このように季節風を遮れば、内部には宮城県らしい
日射の豊かさが実感できるような空間が出来上がる。
大変よく考えられた、地域のくらしに似合った住宅装置であることがわかります。
塗り壁などは剥落して土壁が露出し、
何度もリフォームを試みてきた様子が手に取るように残されていますが、
いまは、どうも使用を諦めたと思われるような佇まい。
そうでしょうね、この建物の用途を推察すれば、
たぶん、農業用の倉庫が主要任務。
入り口から内部を見通すと、いろいろな農家の仕事のための小屋がけがあります。
それらはみな、ほぼうち捨てられたような状態だったので、
最近は使用されていないような雰囲気なのです。
そうなれば、外観的なものに気を使っていくような心映えはなくなる。
入り口の上部には、外部なのに開口部飾りの欄間まで見られています。
欄間は通風などの用途を考えているもので、しかもデザイン的に考えているということは
「家格」を表現しようとした装置であったことはあきらか。
考えてみると、いまの日本ではここまで考えている
「農家としての住宅装置」というデザインは存在しない。
農家であっても、主屋についていえば、
無国籍的な都市型住宅のプロトタイプが無自覚に建築されているケースが多い。
農家の側からも、ハウスメーカー的な宣伝デザインを希望する、
というような場合が多いのではないかと思われます。
素晴らしい伝統的建築デザインの古民家を
「○○ホームみたいな洋風の感じにしてください」
というようなリフォーム希望が寄せられる。
確かに、農家の暮らしようも、農作業のやり方も
伝統的な様式とはまったく変わってしまっているので、
そうした変化自体はやむを得ない部分ではあるけれど、
そのまま放置していけば、いったいどのような「地域的アイデンティティ」が残るのか?
まず、残っていくことはないでしょうね。
後世の人が、こういう家の建て方を見て、現代の暮らしを想像すれば、
その驚くべき想像力の枯渇ぶりに驚くのではないか、
そんな危惧の思いがわき上がってくるのを禁じ得ません。
でも、じゃぁ、どうすればいいのか、
と考えても、残念ながらなかなか、解決策は見つからない。
実際にこうした建物のオーナーさんから、
「都市的な快適性」を願われれば、そのように建築することになるのは
自明なのではないかと思われます。
地域的必然性の欲求の低下というなかで、
現代的な暮らし方という摩訶不思議なパワーが、無国籍建築を
大量生産していく、
こういうプロセスは、これからも増殖し続けるのでしょうか?
2008年02月03日
建築家展_2斉藤裕講演

きのうは、いろいろと住宅建築関係では盛りだくさんの日。
新住協の全国一斉Q1.0住宅見学会が行われていて、
午前中にはわが家から一番近くの現場である勇和建設さんの住宅見学。
まえから見たいと思っていたのですが、
ようやく見ることができました。
勇和建設さんと、若手建築家・畠中秀幸さんのコラボ住宅。
その他、武部建設さんからは、見学会で「エコ住宅Q1.0」が6冊売れたよ、
といううれしいお知らせもいただきました。
で、午後からはカミさんと連れだって
きのうのブログで触れた「建築家展」を再訪。
なんですが、違う会場で建築家・斉藤裕さんの講演会が行われるので、
そっちに移動。
カミさんも、知り合いが斉藤さんを知っているということで、
斉藤さんのお話に興味を持ってくれていたのでした。
わたしは以前にも、日本建築学会賞を取られての講演会を聞いたことがあり、
その審美的な建築眼のような一貫した姿勢に
強い印象を抱いていた方です。
プロフィールなどは今回初めて知ったのですが、
北海道小樽市出身と言うこと。
そんなことからか、札幌の建築家・豊島守さんと親交があり、
今回の建築家展でも講演を引き受けられたそうです。
演題は「黄金の塵 日本建築の美」というもの。
まさに、わたしの聞きたかったいちばんのテーマだったのです。
お話しは、歴史と同時進行しながら、
日本の建築がたどってきた審美探求の流れを詳細に研究したもの。
東大の学生さんたち向けの講演を聴いた豊島さんが、
ぜひ北海道のみなさんにも聞かせたいと言うことからくどいて
実現したという、大変優れたテーマと、その深め方でした。
伊勢神宮から、出雲大社、奈良期の巨大建築から、
京都に残る建築や、歴史の舞台に残されたさまざまな建築のディテールを
詳細に解析しながら、審美的ポイントを見通していきます。
わび・さび、ということの本質を平易に語ってくれました。
久しぶりに、痛快なお話を聞くことができた次第です。
いろいろな建築に実際に行ってみる以上に、
筋を通して「体験」させてもらいながら、その本質的価値を再確認する。
斉藤さんの執着力って、本当に素晴らしい。
まさにきわまっているなと、思われたのは高松に残るという掬月亭のこと。
数寄屋とか、わび・さびというものを実際に体験してみたのですね。
名前の掬月亭というのは、月を掬うという意味。
それは、水面に映る満月を、その月明かりだけの世界の中で、
杯の中に月を、掬い上げて、飲み干す、という意味なのだそうです。
そして、建築は、その「幽玄な世界」を体験するために作事された。
そういう審美的な心的要因からスタートして、その実現のために
万金を投ずる、そういう建築が数寄屋という心ではないか。
たぶん、国宝級の建築なのでしょうから
そのように体験させてもらうためには、相当の努力が必要だと思います。
斉藤さんのお話には、そのような審美欲求への思いの強さが感じられる。
たいへん素晴らしいお話を聞くこともできて、
今回の建築家展、ほんとうに素晴らしいイベントになってきていると思います。
きょうからも、またさまざまなイベントやセミナーなどが予定されています。
住宅や建築に興味がある、あるいは特段ない(笑)、という方たちも、
この建築家展は絶対に面白いと思いますので、
北海道近代美術館に、足を運んでみてください。
月曜日は中休みですが、
会期は10日までやっています。損はしないと思いますよ。ではでは。
2008年02月01日
十勝の寒さ

いやぁ、寒かったです(笑)。
先週、十勝でアース21の例会が開かれて、
多くの建築現場見学をしてきました。
住宅の方は、どれもすばらしく、以前と比較しても、
デザイン的にバリエーションが広がってきているのを実感します。
とくに天井の高さに、特徴を持たせたケースが目につきました。
設計ポイントで聞いてみたら、
全体のシンプルモダンのトーンの中で、
薄型大型テレビとのバランスを考えていくと、
いきおい、ボリューム感たっぷりの壁面が必要になってくる、
とくに居間、というような声を聞きました。
伝統的にツーバイフォーの比率が高く、デザイン的には
やや保守的に北米デザイン的な傾向が強かった地域ですが、
ユーザーさんや、ビルダー双方とも、若い世代から、
シンプルな十勝っぽさ、とでも呼べるような動きが見られるようです。
というようなことでしたが、
なんといっても、素晴らしかったのは(笑)、十勝の寒さ。
「十勝晴天」といえる青空が抜けるように広がりながら、
底抜けに寒い。
そう、底冷え、というようなレベルではない。
まぁ、底が抜けるほどの寒さという表現にたどりつきましたね(笑)。
早朝など、車窓からは河の周囲が霧に包まれております。
川の水自体も身を切るように冷たいのですが、
はるかに超えて寒い大気、たぶん零下20度前後の空気が
河の水とのあいだで温度差を引き起こして、霧を発生させるのです。
まぁ、美しい光景なのですが、
すごいですね。
写真は、早朝の十勝川温泉にて、川面に登る川霧を撮影したのですが、
うまく伝わってくるでしょうか?
ホテルでは、たぶん、台湾のみなさんが
早朝、ほぼ、無言で、って、ようするに寒さで震え上がっている感じ。
で、名物のバルーンに乗りに行っていましたが、
大いに寒さを体感していって欲しい(笑)、と思いました。
2008年01月22日
坪258,000円の実像

特定企業のことを書くのはためらわれるのですが、
やはりあれだけ派手な宣伝をしていると、一種の社会的な影響もあるので、
触れてみたいと思います。タマホームのことです。
北海道にまだ上陸していない、ということもあって、
わたしたちにはまだ、実像が明確でない部分があり、
色々なうわさ話程度の知識しかなかったのは事実。
まぁ、一度、素知らぬ顔でモデルハウスを見に行ったことはありますけれど・・・。
これまでは宣伝だけは派手でしたが、
実際にはそのビジネスの実態はあまり表側に出ては来ていませんでした。
そんななかで今月の「日経ホームビルダー」で、リポートが掲載されていました。
記事構成は昨年11月に調査会社を使って
タマホームで実際に家を建てたユーザーにアンケートを実施して
その結果を基に、玉木社長にインタビューしているというもの。
このあたり、派手な宣伝とは裏腹に、実像が見えない企業の取材と言うことで、
「報道する」側の細心さがみえてきます。
社長さんのインタビュー自体は建前論に終始しているので
それほどの内容はありませんでしたが、
やはり目に付いたのが、実際のユーザーの声。
回答してくれた方たちの実際の坪単価は、
423,000円から、444,000円・454,000円・578,000円・
750,000円・800,000円というもの。
こういう率直な数字をぶつけてみると、
社長の方から初めて、
「ウチの場合、40坪で建築費が1,600万円、これがウチの平均です」
という答が返ってきています。
「元々の価格が安いので、それならばと、オプションに目が行く結果です」
というようなことのようです。
このあたり、やはり多くのローコストビルダーと同様で、
実際の単価とは大きな乖離があるというのが実態のようですね。
まぁ、年商が1,290億円で、建築棟数が7,600だそうですから、
単純に割れば単価は1,697万円になる。
細かく見ていくと、そのオプションというのは、
どうも、一般価格と比較してむしろ高めだったという声もある。
結果としては、言われるほどは安くなかった、というのが実態のよう。
企業のコンプライアンスが声高に叫ばれている中で、
このように大宣伝しているうえに1,290億円の売上を上げている企業として、
これでいいの?、という思いは禁じ得ません。
まぁ、世間的にはメタボリックが叫ばれている中で、
一方で「メガマック」とかの「メガ」ばやり、ということがあるので、
そういう心理に通じた側面があるのかも知れません。
しかし、地域工務店とかの経営基盤を脅かしつつある存在でもあるわけで、
冷静に実像を見る必要があると思いますね。
2008年01月17日
札幌の冬の雪雲

慣れ親しんだ季節感のある雲のかたち、って、ありますか?
わたし、小さいときから雲を見続けているので
<って、誰でも当たり前か(笑)>
そんな思いをするような雲のかたちに視覚記憶があります。
近年は、生活の場が2階になっても、やはり近隣に大型の建物が多くて、
なかなか、そのような感覚が薄れては来ていますね。
札幌の場合、石狩湾低気圧、というのがいろいろな天候に預かっているもの。
それが、ちょうど石狩川をさかのぼるように
雲を形成するというのが多いケースではないかと思います。
こどものころから、不思議と札幌の北側に向かっての眺望を
見続けてきた視覚記憶が大きいので、
こういった認識を持つに至ったのかも知れません。
嵐のときには石狩川の川の流れに沿って、
おどろおどろしい黒雲が、まるで龍のように暴れている、と認識できました。
こういう記憶認識って、やっぱり貴重なものだと思います。
そして、季節ごとにいろいろな空気感をもたらしてくれる。
写真はちょうど、札幌から石狩湾の方向に向かっての眺望。
こういう群雲が、ちょうど夕陽の時間に向かって太陽光を反射して、
ときには魅惑的なピンク色になったりする。
「あ、こういうの見たことある!」と、素朴に感動したりする。
そういう色彩が、小さいときからの視覚記憶を刺激するワケですね。
「豊かな生活感」というものの実質の中に、というか、
自然とひとのつながりの実質として、こういう視覚記憶の連続性がもたらす
安心感とも、いごこちの良さ、ともつかない部分があると思います。
年を取ってきても、幼い頃の記憶を鮮明に保ち続けられる環境の中にいる。
記憶感覚の連続性のなかで日々暮らせる、ある種のよろこび。
わたしの場合、わが家を新築したときに
「学校の近くで、玄関が北向き」という方位角度という、
生まれ育った家や、その後過ごした家の両方と、ほぼ同じ条件の住宅だったのです。
別段、そこまでの認識はなかったのですが、
暮らし始めてから、日々視界に飛び込んでくる眺望が、
幼い頃の視覚記憶と同じようなものを得られる環境になっていた次第なのです。
こういうポイントって、なかなか考え付かない部分だと思うのですが、
ひとが生き続けるという上では、気付いていると得するポイント。
なのではないかと(笑)、最近思い続けているのです。
まぁ、根拠はそれほどはありません(笑)。
でも、やっぱり毎日、窓の外を見続けることが楽しみである家、
っていうのは、住まう大きなよろこびの部分なんですよ。
2008年01月16日
耐震偽装からの脱出

事務所の斜め向かいに高層マンションの工事現場があります。
例の耐震偽装問題が相次いだ時期に着工され、
その後、長い間放置されていました。
基礎の工事が大規模に行われ、3階分くらいの地下掘削も行われる大規模MSでした。
確か、20階を超えるマンションのようでした。
その工事現場が、最近ふたたび動きだし、
きのう、見ていたら、既存の造作部分、たぶん、4階分ほどの
立ち上がりが重機で解体されていました。
とはいっても大型の工事なので、
解体自体もけっこうな時間が掛かりそうで、
へたすると1週間では済まないかも知れません。
聞いた話では、やはり偽装を告白した建築士が構造設計に関与していたそうで、
デベロッパーとしては、解体しての建て替えを選択したようです。
この間で、近隣500mほどの距離地点に別の会社の高層マンションも建てられることが決まって
モデルルームも公開されている中での工事再開。
他人事ながら、かなり厳しい工事再開と察せられます。
しかし、相当の敷地、たぶん2000坪を超えるくらいの近隣敷地が
工事途中で放置されている、というのも考え物。
まぁ、応援するわけではありませんが、
なんとか工事再開になったのは、喜ぶべきことではあるかも知れません。
この耐震偽装問題を契機として、
建築基準法とその運用が大きく様変わりし、
昨年は拙速との批判がある新法の施行にともなう大混乱で
「建築基準法不況」というかたちで建築業界へのしわ寄せが露呈しました。
建築着工数が1〜2割程度落ち込み、
中小零細の事業者は厳しい状況にも追い込まれているのが実態。
住宅業界でも、都市部での3階建ての確認申請が大きく滞り、
大手ハウスメーカーなどでも、売上を大きく下方修正せざるを得ない状況。
最近の経済指標にも、この問題による景気への影響も顕著に出ていました。
サブプライム問題での景気後退もありますが、
実態としての経済への影響もあって、株価の低迷などに繋がっている部分。
国土交通省も、当初の危機感のなさからは脱却し、
相当手厚い施策をやらざるを得なくなっている局面になっています。
解体され、瓦礫と化す構造物を見ていて、
なんともいろいろな思いが見えてくる解体現場の様子でした。
2008年01月15日
通り土間の魅力

みなさん、とくに寒冷地のみなさん、玄関土間は広く計画しましょうね。
わが家では、当初は広く取れていて、
「家としての使い心地」がとってもよかったものでしたが、
やむなく床面積を増築したときに、玄関がぐっと狭くなってしまいました。
かえすがえすも、残念でなりません。
いまは家族が暮らしているだけなので、なんとかできてはいますが、
それでも玄関の狭さからくる「家全体の窮屈感」は言葉にできない部分。
なんといったらいいのか、
入り口の狭いトンネルだと入ってくるのに気を使う。
とか、高速道路で、出入りに気を使うパーキングなんて、
もしあったら、誰も停まらないのじゃないかという感じ。
どうもそんな印象に近い。
出入りがゆったりしているのと、そうでないのとでは、
長い人生の時間の中で、大きな心理的違いが表れるのではないか、と思います。
で、毎日「帰ってくる」建物である家には、
そういう意味での安心感が欠かせないと思うのです。
写真は弘前の古い街並みの中の住宅。
間口が狭く、奥行きが長い敷地を表すように
長いエントランス空間が実現しています。
ちょうど、長い敷地の中間くらいに玄関を持ってきているのですね。
ですから、長い半外部的な通路空間を通って玄関にたどりつく。
そんな空間を壁・天井とも板張りで仕上げていました。
こういう木の質感って、肌触りがあって、
ひとのこころに潤いを感じさせてくれる。
床はコンクリートの土間なので、気を使わず、
大きくて、どっしりとした「家に帰ってきた安心感」を増幅してくれる。
で、写真左の引き戸を通って、2階の生活空間に至る。
そういうシチュエーションを仕掛けてあるのですね。
こういう「公私の別」を心理的にハッキリ認識させる空間の用、って見えにくい。
少なくとも平面図的には、意味のない広い空間になってしまう。
公団住宅的な○LDK思想から、まっさきに排除された空間だと思うのです。
しかし、毎日の暮らしの中で、こういう「心配り」の部分こそ、
家というものの本質を表してもいると思います。
ぜひ、可能な限り、広い玄関土間計画を。
2008年01月07日
寒中施工

さて、本日から本格的に仕事の開始です。
ことしはほぼカレンダー通りのケースが多いようで、
先週末から始動した会社も多いようですが、
仕事、本格的に始まるのはきょうからが一般的だと思います。
どこにも行かない、地味に過ごした休暇でしたが、
その分、ゆったりできた休暇でした。
ということで、会社の近くでは
知り合いの建築会社の現場がスタートしておりました。
冬もこのように現場にシートを架けて
雪を防ぎながら、場合によってはバーナーで暖を取りながら
施工するわけですね。北海道は積雪もするし、
なんといっても寒さも厳しい中での作業。職人さんたちも大変です。
寒中施工には良い面もあって、
コンクリートの打設、乾燥にはドライな北海道の冬は似合っている、
というようなこともあります。
また、こうやって冬場も仕事ができるというのは
企業経営で考えれば、大変有意義。
これまで、北海道では冬場は工事が行われず、
職人さんたちはいったん離職して、
冬の間は「雇用保険」でつないで、春から再雇用される、
そういうケースが一般的に多いのですね。
ただ、最近はそういうしのぎ方ができにくくなってきている。
まぁ、構造改革路線の結果、そういう雇用のセーフティネットに
政府資金を使うのを避けようという方向が強まっている。
もちろん、北海道の建設業でもこのように
冬場、寒中施工をできれば雇用の継続がはかれるので素晴らしいのですが、
しかし、寒中施工はやはり経費が膨らんでしまうので、
経営的に見てみれば、収支計算上は利益を圧迫するだろうと思います。
単純にこのような外皮を現場にかけるわけで、
その「損料」だけでも、夏場に比較すると経費増になります。
もちろん、最近の灯油高騰もあるわけで、燃料費も余計かかる。
しかし、こういう冬期、なにも仕事をしないで過ごす、
というのも経済的には不健康な姿。
さて、こういう問題をどう考えればいいのか、
簡単に二者択一と言うことはあり得ないと思うのですが、
解決の方向性は考えなければならない問題。
ひとつの方向性としては、北海道の冬期間に温暖地での仕事を取る、
という考え方もあり得ると思います。
その場合、どういう方法が考えられるのか、
北海道の建設産業全体で、考えていかなければなりません。
2007年12月30日
屋根の建築デザイン

写真は、勿来の関周辺の新設和風建築。
ごく最近建てられたことは明白な建物なんですが、
ごく和風な作り方をしているのですね。
で、この写真撮影位置は周囲を巡らせている築地塀らしき塀の
正面、なんだけれど、やや右手側寄りから入る門のあたりからの眺望。
この建物が主屋であって、それに至るまでが右手側に回廊がある。
なので、意図としては、主屋をこの角度から見ることを
あらかじめ想定している角度がこの写真と言うこと。
日本の建築って、金閣に行くとわかるけれど、
大体がこのような写真撮影角度が多くの人たちに好まれてきたようです。
たぶん、この建築を設計した人も
そのような日本的な建築の「韻」を踏んでいるのでしょうね。
こういう角度から、このような寄せ棟を変形させた、
入母屋屋根のプロポーションを眺め、
その屋根の端部の反り返りぶり、いわゆるビーナスラインを
美的な審査対象にしてきたのではないか。
かえって昨日今日、建てられた建物だけにそのことが見えてくる。
やっぱり屋根ですよね。
こういう風景の中で、わかりやすいのは屋根のかたち。
さきにこういうかたちがあって、それから初めていろいろな構成要素に
目が行くのだと思われます。
で、ふつうは瓦だとかの素材感・質感に目が行って、
もっと、豪華さを出すには、ということから隅角部の瓦を特殊にデザインする。
あるいは、茅葺きの質感を愛でる、など。
北海道はこういう屋根デザインの建物が少ない。
日本海沿岸に点在する漁業の成功者たちの遺した建築くらいで、
一般的にはいきなり洋風建築の切妻屋根からスタートしている気がします。
雪のことを考えていけば、より単純な形態が求められた、
いわば、地域風土がやむなく求めたかたちだったのかも知れません。
いずれにせよ、北海道から東北以南地区に行って、
こうした屋根デザインには、敏感にならざるを得ないものがあります。
また、一方で現代東京の無国籍風デザインというものもある。
主に、都市的な経済要因が主たる決定因子として選択され続けている
あのような無国籍風デザインが、今後どうなっていくのか?
いろいろ面白く見えてきます。
2007年12月03日
ノスタルチックなくらしデザイン

写真は内地(北海道や沖縄から本土を呼ぶ言い方)で、
冬場の暖房方式として伝統的だった「いろり火」。
日中の気温が10度前後くらいのレベルであれば、その時間には
これくらいの暖房方式でも、と思える感じはする。
いま、日本の住宅は既存大手ハウスメーカーの後退、
新興ローコストビルダーの激しいつばぜり合い、
そしてその谷間で、工務店による注文住宅の不振、迷いが見られると思います。
基本的には工務店の家づくりは高断熱高気密の性能向上で
地域の中での信頼を勝ち取っていく、という方向だろうと思うのですが、
いわゆるデザイン的に、伝統的なくらしデザインに過度に偏った
そういう方向で建て主さんをナビゲートしよう、という動きもありますね。
極端な事例では、現在建てられるモデルハウスで
古民家と思われるような建て方をしているようなケースもあります。
たとえばこのような写真の雰囲気を、現代のユーザーに勧めているような動き。
もっと、すごいなぁと思えるのは、
最近の住宅雑誌で、若い夫婦と想定されるモデルさんの
暮らし方を描写するような「事例写真」を見せることで、
伝統的シンプルライフを暮らし提案しているようなケースもある。
こういうのって、ほとんど住宅性能なんて顧慮しない、
一種のイメージ戦略だけで、住宅選びさせているようでちょっと疑問。
考えてみれば、大手ハウスメーカーが大きく業績を伸ばした時代っていうのは
日本全国均一なモダンデザインを丸呑みした生活スタイルを
ばらまいてきた流れだったような気もするので、
そういうものへのアンチテーゼとして、伝統的素材や質感を
一方で大いにアピールするという傾向が出てきていたというのも事実。
そういう部分をもっと進めたような動きだと思いますが、
やはりちょっと、やり過ぎのような気がします。
もちろん、こういう風合いの暮らし方の独特の心地よさはあった。
そういうものは強くノスタルジーを揺さぶられるものではあるけれど、
技術も革新され、現代的快適性も体感しているユーザーというものも考えれば、
住宅供給側が、こういうくらしデザインを推奨するというのは
やはり同意できないなぁと思います。
こういう暮らし方に還れ、というのはそれは不可能でしょう。
昔の暮らしように、思いをはせることは悪くはないけれど、
そういった暮らしが持っていた居心地の本質を考えて、
「現代的にくらしデザインする」ことが求められているのだと思います。
やはりそのためには、住宅内部の温熱環境をコントロールできる技術が
地域の工務店には、求められるのではないかと思います。
こういう暮らし方のエッセンスを理解して、なお、現代的快適性を犠牲にしない
そういう家づくり技術をこそ、ユーザーは期待しているのではないでしょうか。
2007年12月02日
全開放型の掃き出し窓

写真は宮城県蔵王での取材先にて。
蔵王というと、きっと寒いのじゃないか、と想像するけれど、
実際には東側に隣接している亘理などと
気候条件は似ていて、宮城県の中でももっとも温暖な地域。
福島県中通り地域と比較しても、暖かい地域とも思えます。
12月はじめですが、南面している居間には
ごらんのような床までの掃き出し窓が付けられ、
しかも、引き違いでもなく、全開放型のものが採用されています。
内側に樹脂で、外側がアルミという複合型サッシ。
熱環境的には条件は厳しく