2008年11月16日
釧路へ早朝出張

きのうから釧路にきておりまして
写真のような展示会で講演をしています。
一般ユーザー皆さん向けのものなので、お役に立てるのかどうか
不安なのですが、まぁ、がんばっております。
ことしは釧路、あんまり寒くありません。
体感的には札幌とほぼ変わらない気温っていう感じです。
11月も半ばなのですが、
ことしは暖かい日が続いていますね。
ということなのですが、移動は汽車を使って移動しました。
釧路って、飛行機で来ると、千歳や丘珠での時間待ちと
釧路空港から市街地までの移動時間が余計にかかるんです。
なので、一回座ってしまえばなにもしなくていい汽車のほうが楽。
きのう、会場に着いたら旧知の大学の先生・S教授とばったり。
聞くと、先生も同時間帯で講演されるということで・・・
で、先生は飛行機で移動したけれど、
きのうは千歳が霧で、出発が1時間ほどの遅れ。
それも滑走路でずっと待機させられた、ということ。
そうすると、釧路の会場に到着するのは
むしろ汽車利用のほうが早い。
汽車だと4時間、飛行機でも都合、4時間近かったそうです。
そのうえ、乗り換えが千歳までJR利用で、
飛行機、さらに連絡バスと3回乗り換えがあるのです。
ということのようで、お疲れ様でした。
でも、列車移動で正解ではあったのですが、
なんといっても早朝出発で、あれこれ忘れ物で、飛び乗ってしまった・・・。
ケータイと、いつもの外出のお供、デジカメも忘れた。
きょうの講演時間まですこし時間があるので
擦文時代の集落跡があるという春採湖周辺に見学に行きたいので
困った事態になりました。
そのためにレンタルデジカメっていうのも調べたら
3000円くらいとられるうえに、店まで遠い。
やむなく懐かしい、使い捨てカメラを久しぶりに購入。
でも、これって、別にDPEの費用もかかりますよね。
残しておくならプリントもいいけれど、
やっぱりいまや、写真は圧倒的にパソコンで利用している・・・。
最終的にアルバムにするにしても、デジタル形式で保存しているので
結局、あんまり使い勝手はよくない。
時代の変化を、こういう事態になって再確認させられますね。
まぁ、それでもKIOSKで売っていたので、購入しましたが、
早晩、この商品はすべてデジカメに代わられてしまうでしょうね。
年とともに、変化の大きさ、早さに驚くことが増えてきています・・・。
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2008年10月27日
アルテピアッツァ美唄

北海道空知支庁・美唄出身の彫刻家・安田侃さんの
彫刻が40点ほど展示されている広場がアルテピアッツァ美唄。
前から一度、行ってみようか、と夫婦で話していましたが、
ようやくそんな時間が取れて、行って参りました。
もうそろそろ、北海道は降雪前の冷涼な気候の時期なんですが、
ことしはまだ暖かい気候が続いています。
まだ、大雪山系を除いて、峠でも降雪の便りは聞かれません。
ここんところ、子どもは子ども、夫婦は夫婦という
そういう時間消費が定着してきて、楽しい時間を過ごせます。
札幌から、のんびり国道を走る旅。
途中、岩見沢の駅舎も見に行ってきました。
知人がたくさん設計コンペに参加して、
その当選者や審査員もごく間近で知っている建築です。
まぁ、まだ完成していないので、意見は差し控えます。
っていうような寄り道しながらですが、昼前に美唄到着。
炭坑住宅が残っている地域の廃校になった小学校敷地周辺を利用した彫刻広場。
安田侃さんって、
昨年もローマ市内で作品展が開かれたそうですが、
彫刻作品がいろいろな場所に置かれて、そのなかでの関係性が
なんとも面白く、こちらがわに伝わってくる作品です。
そういう作家の、ゆかりの地での作品展示なので、
よりいっそう雰囲気が楽しく伝わってきて、
廃校などは現在、保育園として再利用されていますが、
その子どもたちの日常生活とも、安田侃さんの作品がコラボレーションしていて、
なんともユーモラスです(笑)。
玄関には、こどもたちの造形作品も並べられていて、
面白いおじさんが、子どもたちの心とずっと対話しているような
そういう様子が見るものに伝わってきて、
ほのぼのとこころがあたたかくなってくる時間を過ごせます。
きのうは日曜日ということで、
もうすぐ冬だという時期なのに、結構な見学客の数でした。
知人の建築家、圓山彬雄さんの設計した体育館再利用展示施設もあり、
なにより周辺の環境の自然が似合っていて、
そこから巣立った作家の内面が、独特の空気感の中にたたずんでいる感覚がします。
晴れていたり曇っていたりしましたが、
静かな佇まいの喫茶店にいて、周辺の自然を眺めていたら、
突然激しい降りの土砂降りの大雨になっていました。
さまざまに千変万化を見せる美唄の晩秋。
そういう時間が、なんとも豊かに流れていると思います。
一度、みなさん、訪れられたらいいと思います。
そこにある喫茶店で、「おいしいラーメン店は?」
って聞いたら、楽しくいろいろな情報を教えていただきました。
やっぱり地元の人の情報は面白い。
で、そのなかから、
「美唄名物とりめしと、ラーメンのセット」というお店「しらかば」へ。
メタボ定食ですが、これがうまかった、です。
まぁ、さすがに麺は食べきれませんでしたが(笑)。
近くには日帰り温泉もあります。休日、なかなか堪能できた次第です。
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2008年10月20日
マグロの解体ショー

JIA建築家大会、レセプションの様子です。
っていうか、おいしそうなごちそうを前に
お偉いみなさんのお話しが続いて(笑)、なかなか、食べ物にありつけなかったのですが
ようやく終わった、っていうところで
マグロの解体ショーを実演していただけました。
テレビなどでは見たことはありますが、
なんともすさまじいものですね〜。
迫力満点で、ちょっとかわいそうでもあるけれど
しかし、食欲は盛り上がってくる。
解体したてのマグロ刺身、行列しながら食べさせて貰いました。
うんまい、ですなぁ、これが!
レセプションは2時間以上続いていたのですが、
北海道と、東北と両方の支部にたくさん知人がいるので、
お話しをするのに忙しくて、
あんまり食事はできませんで(涙)、ちょっと残念でした。
はじめて参加したのですが、
関東以南の方とも知り合えて、有意義に楽しませて貰いました。
という3日間で、きのうは最終日。
昨年まで審査委員をさせられていて、気が重かった
「東北住宅大賞」の第1次審査の様子も全作品を拝見してきました。
全体として、シンプルモダンが主流のような気がします。
外壁がだいたいガルバリウム鋼板主流で、
それも白っぽいシルバー系の素地というのが多いなぁと感じます。
べつにそれがどうこうではないのですが、
結構、流行的にそれが増えてくると、
本当にこれでいいのか、っていうような気がしてきます。
っていうようなことで、
最終便で仙台から札幌に10時過ぎに帰還。
ふ〜やれやれ、というところですが
でも、JIA東北支部のみなさんは、本当に大変だったことと思います。
お疲れさまでした。
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2008年09月13日
都心の大寺院・芝増上寺

東京では芝・増上寺にほど近いホテルに投宿。
やはり朝の散歩は、広大な寺域を誇っているこちらに足を向けました。
ちょうど本殿にあたる「大殿」は修復工事中で、ネットがかかっておりました。
工事にあたっているのは、清水建設。
こういう国宝級の建築では、やはりこういうゼネコンが受注するケースが多い。
過去に見に行った大崎八幡宮とか、奥州市の立石寺など
大寺院の修復作業などでは、そういう面での技術要素が大きいのでしょうか?
ふしぎと清水建設の受注例にでくわしますね。
確か、京都の東本願寺もそうだったような記憶があります。
っていうような増上寺ですが、
門も、さすが都内中心地でもあり、鉄筋コンクリート製。
度重なる火災などで、まぁ、やむをえない構造選択なのでしょうが、
建築としてみると、やや寂しいものがある。
大殿内部が開いていたので、少し見学していましたが、
天井から降りる照明なども現代的なもので、まさに大型宗教施設、という印象。
そんなことで、ほかの寺域を歩いてみたら、
なんともめんこい地蔵さんがたくさん、風クルマを回している光景に目がとまりました。
千躰子育て地蔵尊
子育て安産に霊験あらたかとされる西向観音にちなみ、子供の無事成長、健康を願い昭和50年より順次奉安されております。毎年4月に大祭、7月には盆踊り大会が開催されます。
っていうような一隅でして、
なかなか壮観であります。
顔立ちはみんな子どものかわいらしさをたたえており、
それぞれに愛嬌があって、思わずほほえんできてしまいます。
みると、それぞれ花立てに○○家というネーミングが入っていましたので、
どれほどの布施料なのか、知るすべはありませんが、
こどもの健やかな成長を願っての親心が成せる技なのでしょうね。
大伽藍との調和・対比はなかなかにみごとなバランスを取っていまして、
長く残ってきた宗教施設というのは侮れない部分があると認識させられます。
多くが鉄筋コンクリート製なのですが、
一部、鐘突堂などは木造がわずかに残っておりました。
しかし、大殿正面を望むと、右手には東京タワーがそびえていて、
キッチュな都市の景観が展開もしてくれています。
この東京タワーも歴史的役割を終えて、
「史跡」として残っていこうか、というような諸行無常の現代。
歴史が複層的に交差しているふしぎ空間といえそうですね。
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2008年09月04日
カラスとんぼ

さて、本日は青森県五所川原で講演を依頼されております。
で、土曜日には盛岡でも講演会。
ということで、はじめて花巻空港に下りました。
東北の各県の空港、いろいろに利用しますが、
やはり利便性の点ではなかなか難しい。
とくに北海道からだと、たとえばこの花巻も1日2往復のみ。
ほかの空港ももっと少ないか、まぁ、2便。
仙台はANAとJALで合計10本くらいはあるので、どうしてもそっちになります。
今回は北東北なので、時間は不自由だけれど、
利用してみた次第です。
で、空港からはレンタカーを利用しようと言うことで、
空港向かいの事務所に立ち寄った途端、
まったく見たこともない、黒い生物発見。
飛翔しているのですが、チョウチョではない飛び方。
なんか、羽音が「バサバサ」というような印象なんですね。
で、目で追ってみると、どうもトンボの動き。
しかし、ハネが全部黒いとんぼなんて、北海道では見たことがない。
おもわず、「カメラカメラ・・・」と探し出して、撮影したものです。
都合良くは、なかなか撮れないのですが、
そのなかで、背景のスッキリとした場所で
停まってくれたときに撮影した写真です。
聞いたら、名前は通称、カラスとんぼ。
しかし正確には
ハグロトンボ(カワトンボ科)、体長60ミリ内外。翅が全体に黒いのが名前の由来。
というヤツだそうです。
さすがに岩手県も内陸地方で、周辺に豊かな自然環境が保全されているのか、
それとも、ことしは地震の影響で観光客の入り込みが少なくて
こういう自然の息吹に力があるものか、
どちらにせよ、忙中の一服の清涼感を恵まれた次第です。
いずこへともなく飛び去って参りましたが
夏の終わりに、楽しい自然観察ができて感謝しています。
ありがとう、カラスとんぼくん(笑)。
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2008年08月10日
鬼花火

昨夜は久しぶりに登別の温泉へ。
毎年恒例になっている親族の集いなのですが、
ことしはじめて、この鬼花火を見物できました。
登別を守っている鬼たちが夏になるとぞろぞろあらわれて
手持ち花火の舞いを繰り広げるという勇壮なもの。
話には聞いていたのですが、
なんとも豪快な花火ですっかり魅了されました。
きのうは夜8時半にもなるとすっかり寒さが襲ってくるような気温。
色々な地域から来ている観光客のみなさんたちの話を聞いていると
信じられない気温と言うことです。
でも年を追うごとに海外の観光客のみなさんが増えています。
日本って、アジア各国からの観光客や労働人口を含めて考えたら
日本人だけとは、まったく違った人口構成の側面を持っているのではないかと思います。
「現在的人口構成」とでもいえるのでしょうか?
まぁ、北海道にいると、こういう観光地くらいでしか
そういう現実に触れられないのですが、
首都圏地域などでは、政府統計発表とは全然違う労働人口構成が見えてくる気がします。
横浜市が旧来型の戸別調査では、海外からの労働人口を把握できず、
事実上の全戸配布をするタウン誌に業務委託してはじめて
こういう事実上の移民世帯を把握できて、その多さに驚いた
ということを聞いたことがあります。
移民政策という国の根幹の部分でも、日本的な不透明さで進めているのか、
本当に把握・コントロールができていないのか?
あるいは、日本政府は事実上の労働移民の開放政策をすでにとっていて、
一方で、日本民族だけの人口統計発表で
危機の面だけを強調しているのではないかとも推測してしまいます。
って、全然、観光的でない話に広がって申し訳ありません(笑)。
この鬼花火、ここ2〜3年で始められた催しだそうですが、
なかなかにいい。
「鬼」という単純なキャラクターは廃れにくいキャラだと思うし、
どんどん想像力で膨らんでいく側面を持っている。
多いに観光利用して、イベントとして成長させていって欲しいですね。
2千人くらいの観衆がきのうも集まっていまして、
クライマックスでは素晴らしい盛り上がり。
たいへんインターナショナルでわかりやすい側面もある。
ちょっと涼しいなかでしたが、堪能できた鬼さんたちの饗宴でした。
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2008年07月01日
サミット厳戒態勢

東京に出張してきております。
当社でもサミットに関係して、プレスセンターに北海道の住宅づくりを紹介する
DVD動画をようやく納品できました。
元の動画はReplan最新号の北海道版でバンドルしたCDと同内容なのですが、
そこは海外プレス向けなので
表記は英語に変換しています。
ところが、いろいろな単位表現が日本と海外では違いがある。
海外と一口に言っても大きな違いもある。
ということで、慎重に作業を進めておりました。
前から言われているのですが、
相当隙間面積の表現はまったく違いがあるので、
換算の仕方も難しいのですね。
住宅の性能を表現する、ということは比較的に新しい概念なので、
国際的な統一が不十分な点があると思います。
もっと端的には、温度の表現っていうのもありますね。
華氏と摂氏、さてどうなんでしょうか?
一応華氏を表示して、摂氏も併記する、とした次第ですが、
メートル法と、インチヤードの問題とか、混乱がいろいろあります。
っていうようなことですが、
それは別にして、出張に出て、とにかく警察官の姿がすごい。
高速道路を出たら、さっそく検問状態だし、
空港に向かう道路もそこかしこで警戒状態。
怪しそうな人相をしていると、即、質問されそうな雰囲気ですね。
羽田はたぶん、本日の北海道への帰路出発の方がきびしいでしょうね。
ちょっと心配ですが、都内でも官公庁の並ぶ霞ヶ関周辺もすごい。
きのうは特許庁に用件があって、訪問してきたのですが、
外来者へのチェックはきびしい。
仕事的に特段テロの標的とは思われない特許庁ですらこれなので、
外務省とかだと、相当なレベルの警戒態勢だろうと推察されますね。
まぁ、テロの標的が世界中から来るワケですから、
やむを得ませんね。
写真を撮ったりするのもはばかられたので、写真は都内地下鉄のポスターです。
サミットが過ぎ去るまで、北海道はちょっとした「戒厳令」状態に突入しそうですね。
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2008年06月12日
好きな花・ルピナス

ことしは、余裕を持てなくて
ひたすらこもって作業するような仕事が多く、
外を楽しむようなことがなかなかできません。
ということですが、2日間ほど会議参加で車で遠出したもので、
車窓から、初夏の北海道の季節感を感じて参りました。
出かけたのは、旭川・美瑛・白金温泉。
きのうは帰り、富良野に下りて、そこから林間道路を走って
高速道路は三笠に抜けるコースを取りました。
白金温泉から札幌まで、約3時間の時間ですが、
この林間コース、この時期に人気が出てきているのか、
以前からは考えられない車列が続いておりました。
ふだんは、というか、わたしも5〜6度くらいしか走っていませんが、
まぁ、ほとんど人家もまばらで、途中町もありませんから、
かなり走れる(笑)、道なのですが
あまりスピードは出せませんでして、助かりました(笑)。
ありがとう、たくさんの観光バスのみなさん!
で、道端のあちこちに
咲いているんですよね、この時期、ルピナス。
和名では「昇り藤」という呼び名。
ルピナス属(-ぞく、Lupinus、英 lupin)はマメ科の属の一つ。ルピナスの名はオオカミに由来し、吸肥力が非常に強い特徴を貪欲な狼にたとえたものである。和名はハウチワマメ属(葉団扇豆属)。根生葉が掌状複葉であることから付けられた。また、花の様子がフジに似ており、花が下から咲き上がるため、ノボリフジ(昇藤)とも呼ばれる。
耐寒性または半耐寒性の一年草または多年草、一部灌木状になるものもある。地中海沿岸地方と南北アメリカ、南アフリカなどに200種以上が分布している。葉には長い柄があり、草丈は50cm〜180cmくらいになる。春から初夏にかけて、雄大な総状花序をなし、蝶形花を多数咲かせる。宿根ルピナスの大きな物では、花穂が60cmにもなる見事な花になるが、暑さに弱く、暖地の気候にはあまり合わない。この属は、アメリカ、地中海沿岸地域などに分布し300種類以上ある。古代には食用、飼料用として利用された。日本では、明治期に緑肥用作物として導入されたが、現在はもっぱら園芸植物として栽培されている。
(以上、wikipediaからの抜粋です)
という花なんですが、
わたしなど、北海道の生まれの人間には、
野の花の代表っぽい感じを抱く花。
小さい頃、ようやく温暖な季節が到来するこの時期に
そのよろこびを表現するかのような花ぶりが印象に残っているのです。
3歳まで暮らした田舎でも、その後、札幌市内でも北大の広大な構内で野遊びしていて
巨大な夕焼けが空を染めるまで過ごすこどもの時間、
この花が記憶の背景を成していて、
ひとりで、車を走らせている時間、そういう想念で満たされておりました。
わたしだけなのでしょうか、
そうした幼い頃の記憶を呼び覚ませてくれるような花、
というのは、なんとも甘美な、いとおしさが募ってくるものです。
wikipediaでの記述を見ると、
日本在来種ではなく、北海道の土壌改良を目指して
欧米から輸入され、それが気候風土にマッチして
いまでは野生化したようにどこにでも咲き誇っている、ということなのでしょうか?
いっとき、楽しい時間を取り戻すことができた気がしました。
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2008年05月26日
応援したくなるキャンペーン

負けましたね(笑)。
今回は岩手県安比高原から車で仙台まで戻り、
そこから新幹線で東京に移動したんですが、
高速パーキングエリアで、なにげに目に飛び込んできたのが、
ごらんのボード広告看板。
どうも、こういうめんこい子どもを使われると弱いのは
広告の基本中の基本ではありますが、
わたしはもう、無条件で降伏してしまいます(笑)。
でも、この手できたか! という爽快感があって、すばらしい。
あ、わたし、基本的には広告畑出身なので、
広告手法的な部分で、そのコンセプトとか、考えたりするワケなんですね。
ヒットする広告って、色々な条件が重なり合ってのものなんですが、
そのなかで一番大きいのが、
いまの世間の感覚っていうような部分に対する感受性。
そういう条件のなかで、いかにして与えられた広告主の条件にマッチした
訴求ポイントを打ち出すか、が最大の考えどころなんですね。
この広告主は「半田屋」さんという仙台発祥の大衆食堂。
まぁ、安くて、腹一杯食べられますよ、
というわかりやすい企業メッセージを持った会社なので、
きわめてオーソドックスにいっても、メッセージ性は強いとは言える。
イメージ的に「どんぶりめし」というものがあって、
それを引き立てる脇役に、このめんこい子どもの表情を持ってきたのですね。
うん、いい、うまい!
とくにこどものほっぺたに御飯粒がくっついている辺りの
自然な演出がまことにハマっている(笑)。
この宣伝広告、いつ頃から始められたかはわかりませんが、
どのような反響になっていくのか、
興味が湧いてきますね。
国が進めている「メタボ」撲滅キャンペーンに対して、
「メガ」メニュー流行、というような反発の流れが出てきていますが、
この子どもの笑顔には、「メタボ」撲滅キャンペーンをまとめて粉砕するような迫力がある。
まぁ、それはそれ、なんですが(笑)、
なんとも応援したくなるキャンペーンです。
2008年05月25日
新高輪プリンス・飛天の間

プリンスホテルというと、いろいろ問題が指摘された経営で名高くなったのですが、
ちょうどきのう、卒業した大学の同窓会が表題の場所で行われていましたので、
前から一度、見学もしたかったので、行って参りました。
で、バブル時代の華やかさを表徴するようなエントランスでした。
表側から入っていくと、こういう室内噴水装置が来客を迎えます。
きのうの場合は、それほど多くはない参加者でしたので、
まさにゆったりとこういう装置を見学することができました。
おとといは日本を代表するデザイナー・亀倉雄策さんがデザインした
過剰な造形感覚のリゾートホテルを見た次第なのですが、
それにも増して、まぁまぁ、「よくやるなぁ」と唸ったところ。
地上階から、地下の飛天の間にいたる回廊が
機能としてのこの空間の意味なのですが、
こういう妖艶な空間装置をイメージするというのは、単純にすごい。
非日常性を訴求し、来るものの期待感を高める、というのがデザインの目的なのでしょうが、
ひたすら人工的素材だけで、都市的に造形してみたというところ。
なにか、歴史的建造物をみるような感覚に襲われました。
そうかも知れません。
20世紀終盤の都市・東京のある時期の
ある切実なリアリティが、ピンナップされたまま、時間が経過してきている。
そういう感覚が受け止める側に生まれてくる気がしますね。
きのうはなぜか、こういう同窓会とかのラッシュ的特異日なのか、
高校の同期会も、東京支部会総会が行われていました。
そちらのほうは気の置けない仲間内で2次会に顔出し。
東京での夜は、なかなか更けていかないようで・・・(笑)。
2008年05月10日
馬を見に行く

久しぶりに「競馬場」というのに行ってきました。
昔はときどき(汗)行ったことがあったのですが、
まぁ、さすがに最近はギャンブル系はとんとご無沙汰。
っていっても、ギャンブルが目的ではありませんで、
坊主が「馬を見たい」ということで「ばんえい帯広競馬」に来たわけです。
そういう目的なので、競馬場の出入り口手前にあった
「馬の博物館」みたいな建物にふらふらと・・・。
写真は、そこのなかで「馬の歴史」みたいなスライドショーがあって、
その一コマ。馬の先祖の動物、なんだそうです。
後ろ足なんか、ちょっとネズミの足に似ていなくもなくて、
きっと体高も低くて、小動物と言えるくらいだったのかも知れませんね。
そういう、まことに勉強になるところを抜けて、
いよいよ、競馬場ですが、
一日5レースとかで、到着してから1時間ほど開始まである。

で、ふと見ると、
「ビギナーのための案内所」みたいなのがある。
最近の馬券って、マークシート方式で自動販売機で買えるのですね。
なので、記入の仕方を教えてくれている、ということ。
「で、アタリ馬券はどう買えばいいのですか?」
ってとぼけて聞いてみましたが、
残念ながら、そういうのは「わたしにもわかりません(笑)」ということで。
やむなく、お馬さんをパドックに見に行く。
わからない。
しょがないので、タダでもらった出走予定表と、オッズ掲示板をみながら、
人気を見て、馬券購入するお馬さんを3頭選定。
で、くだんのマークシートに記入。
そうすると自販機から馬券が出てくる。
わからないし、適当なので、購入は100円券で2枚、200円。
こういう少額のでもいいのですね、最近は。
レースが始まって再びびっくり。
なんと、途中で停まっちゃうんですよ。
障害の坂が3カ所ほどあって、そこを超えるのに息を整えて
一気に登るのですね。
さすがに人気の馬は力強く乗り越えていきますが、
何頭かは、いちばんの山場でへたり込んでしまうようなのもいる。
立ち上がれなくなって、重いソリを外してもらうようなのまでいる。
っていうようなようすが、間近で展開していて、
馬券がどうこうよりも、馬がかわいそうになってくる。
レースの結果はそっちのけで、
さぼっているのか、反抗しているのか、の馬の方が心配になってきます。
っていうような体験で、都合400円ほどの投資でしたが、
めでたくオケラということで、
嵌らなくてすんでホッとしております(笑)。
負け惜しみですが、それよりも、馬の人間くささ(?)に
わが身の境涯なども重ね合わせるような気持ちになってしまった次第(笑)。
まぁ、お馬さんも大変だ、という体験でした。
2008年05月09日
売上目標を持たない企業

六花亭本店の正面壁面に張られていた告知です。
「吉野家に学ぶ」と題されて、発表されていました。
吉野家は米国産牛肉の輸入停止発表の時点で、牛丼の販売を休止しました。
「早い、安い」というキャッチフレーズの企業ながら、
その企業姿勢には、うなずく部分が大きかったと思います。
米国産牛肉というよりも、牛丼としてのうまさを追求していったら、
ある特定部位の牛肉に行き着き、
それが入手できないということになって、代替を考えられなかったということなんですね。
いや、「考えなかった」ということでしょう。
当然売上はまったく低下する。
吉野家は苦しかっただろうと思います。
それでも、あえて、代替牛肉を使わないで、豚丼やらのメニューで
なんとか乗り切ってきた。
多くの消費者は、こうした姿勢の吉野家をどう評価したのか?
一消費者としてのわたしは、けっこうその後も足を運んでいました。
新聞などのメディアも、好意的に「吉野家の業績」などを掲載していましたね。
米国産牛肉問題では、こうした吉野家の姿勢に米国は感謝すべきだと思いました。
今日、国内産のバターが生産量の低下に追い込まれているとか。
お菓子屋さんとしての六花亭にとって、
こういう事態って大変な事態だろうと思われます。
で、六花亭としては入手できる納得できる品質のバターの総量の範囲に
生産そのものを少なくします、と宣言しているのです。
そして、食に関わる企業として、
「売上目標を持たない」というように自らを規定していたのです。
売上目標を持たない企業。確かに、今日の右肩下がりの経済、
人口減少社会での企業活動を考えれば、そういった考え方も理解はできる。
しかし、企業とは常に最大効率を求める存在でもある。
このような宣言を生み出す企業の論理はさてどういったことになるのか?
経営の指針は、いったいどう考えていけばいいのか?
場合によっては、外部の株主から訴訟だって提起されかねない。
こういう宣言を可能にして、しかも企業存続させていける
そういう経営方針って、どのようなものなのか、
ふと一枚のこのメッセージペーパーに目が釘付けになって
深く考えさせられてしまった次第です。
2008年05月08日
中札内美術村

十勝といえば、やはり六花亭。
お菓子屋さんですが、地場産業として有力な企業。
もともとは札幌の千秋庵さんの十勝での別会社としてのスタートらしいのですが、
いまでは、堂々たる北海道を代表するような企業。
お菓子に文化性を盛り込んで、それを楽しませるような姿勢がすばらしい。
わたしが一番、感激したのは「ひとつなべ」というお菓子。
これは変哲もない、なべ状のモナカの中にあんが入っているお菓子なんです。
でも、そのネーミングに込められた物語がいい。
十勝は、晩成社という民間の開拓団が入植した地域なのですが、
国からの支援もなく、まさに自力更生のイバラの道だったそうです。
お金もなく、希望だけを持って北海道の大地に挑んだのですね。
そういうひとたちには、たくさんのお鍋を持参するゆとりがなかった。
で、開拓に必要な家畜もいっしょに連れて行った。
なべは、一家にひとつしかない。
しかたなく、ひとも家畜も「ひとつなべ」で食事を作って食べた。
そういうことを今でも忘れないように、という意味でお菓子に名付けた、
ということなんだそうです。
十勝のひとからこんな話を聞いたんですが、
ちょっとうつむき加減に話す、そういう語り口にも、
心打たれる部分が感じられて、素朴な風合いのお菓子に感動したのです。
で、やっぱり、そういう名付けのお菓子を作る企業姿勢に親近感を抱かされる。
その六花亭が運営しているのが、この写真の中札内美術村。
中札内の道の駅から5分ほどの場所にあります。
この美術村は、広大な柏の森の中に美術館が点在しています。
現在は4つの美術館と、食事のできるレストランなどがあります。
十勝でも大変好きなところで、何回か来ています。
今回は中谷有逸さんという地元の画家さんの風景画の一品に感動しました。
のですが、ここは一番ステキなのは
ゆったりとした柏の森を周遊しながら美術鑑賞する、という仕掛け。
「この森、美術館をわざとこんなところに作っているの、いいね」
というような坊主の感想でしたが、
やっぱりそういう部分は、誰にもわかりやすい。
背景としてのこの森は、美術品との出会いをさらに豊かに演出してくれる。
ちょうど、去年の枯れ葉が冬を越して残っている様子。
木でデザインされた小道も、脚にも目にもやさしくて
気持ちのいい時間を作り出してくれている。
六花亭では、この木の道をモチーフにしたチョコレート菓子も作っていました。
自分たち自身で、ブランドを作っていこうという姿勢に
いつもながら、畏敬の念を感じさせてくれます。
2008年04月24日
満開・展勝地の桜

きのうは盛岡の石割桜をご紹介しましたが、
ものの本や情報を見てみると、石割桜の品種はやはり、
エドヒカンザクラというのが正しいようです。
わたしの欲耳(?)のせいで、エゾと聴き間違えたものと思います。
この品種に何かを掛け合わせたのが、ソメイヨシノだとも聞きました。
って、申し訳ありません、これも伝聞ですね(笑)。
どうも桜の品種がどうこうというのは、不粋ということでしょうか。
単純に桜の美しさを楽しめればいいと思います。
今回の出張では、岩手県がメインでしたので、
仙台からの行き帰り、どうしてもここを見たくて、
早朝、行って参りました、北上・展勝地。
北上川の流れに沿って広がる河岸公園一杯に植えられた桜並木。
東北各地、色々な桜の名所がありますが、
便利が良くて、いちばん見に行くことができる場所です。
っていっても、今回のような満開ぶりは初めて。
芽吹きはじめる新緑と、淡いピンクの桜のコントラスト、
ゆったりとした北上川の流れ。
やはり、東北中でも1,2を争う名所と言えるでしょう。
早朝、7時台だったので、まだ散策している人も少なく、
まるで、満開の桜をぜいたくに楽しめました。
桜の木の間には、ツツジの木も植えられています。
こちらはもう少し後から、これもいっせいに花開きます。
こっちもいい風情で、楽しみではあるのですが、
今時期は新緑で、桜にコントラストの色合いを提供しています。
この展勝地、みんなの篤志で植えられた桜が育ってきて名所になったものとか。
弘前城の桜や、角館の桜が武家由来の歴史性を感じさせるのに対して、
大変庶民的で、好感ももてる次第です。
いっとき、癒される光景にうっとりさせられておりました。
大変、命冥加な思いをいたしました、ありがとう。
2008年04月23日
石割桜

きのうは盛岡市内で取材。
せっかく、桜の時期に盛岡に来て、見ない手はありません「石割桜」。
わたくし、花が咲いている時期には初めて見た次第。
この時期にはボランティアで観光案内していただけるようで、
この木が、エゾヒカンザクラであること、
いまから350年ほど前の江戸中期にこの地に屋敷のあった
盛岡南部藩の家老家の庭石が雷で割れ、
その隙間に桜のタネが飛来して、成長したと言うこと、
などの情報を聞かせていただきました。
桜の木としては日本で最初に天然記念物に指定されたものだそうです。
現在はすでにかなりの老木であり、
ところどころ、まるで絆創膏のような保護が施され、
また、支え木が何本も建てられております。
看るひとによってはもうすぐ寿命が尽きる、というひともいれば、
いや、何百年も大丈夫だというように見方が分かれるようです。
興味を引いたのが、この桜、周辺の桜よりも
咲くのが早いのだと言うこと。
という理由として、石の「蓄熱作用」があって、
そこからの温熱効果で早く咲く、ということなのだそうです。
もしそうだとすれば、この桜、
大変貴重な知恵をわたしたちに指し示してくれていると思いますね。
本州でもっとも寒冷として知られる盛岡で、
こういう自然のいとなみのなかに「蓄熱効果」が発揮されているって、痛快。
石をくりぬいて煙道を造り、温熱効果を得ていた
東アジア一帯に残るオンドルのアイディアに通じるものがあります。
ただ、こういう知識は日本ではあまり重要視されなかったのですね。
それよりも通風重視の家づくりの中の格式・様式部分の文化性の方に
はるかに民族的な情熱が費やされてきたのだと思います。
っていうような雑感を抱きつつ
桜の美しい饗宴を眺めさせていただいている出張行脚になっております。
ことしは東北、どこも桜が早めだそうで、
仙台はすでに葉桜の風情。
なのですが、やはり日本人ですね、
桜と春の空気感に、無上な沸き上がるよろこびがこみあげます。
民族的なDNAは確かに存在すると思いますね。
2008年04月17日
え、竜巻発電???

先日取材で伺った山形県寒河江付近で発見した野立て看板。
「なに〜〜〜、竜巻発電??」とびっくりするメッセージなんですね。
まぁ、新エネルギー研究の分野でもあんまり聞き慣れない。
でも、どうしてそんな新エネルギーのことが野立て看板になっているのかも、もっと不思議。
この付近にそうした研究を行っている施設などがあるということなのか
と、注意してみてもそのようではない。
っていうような経験をいたしまして、
その後、ちょっと調べてみましたが、
確かにそういう研究は行われていないことはないようです。
でも、どうも、怪しげな「投資話」のツールになっているというのが実態のよう。
新エネルギーなので、いま投資したら将来的な成長性が高いので
大きな利益を得ることができますよ、ということらしい。
そんなにいい話ならば、なぜ、銀行とか金融機関から融資を受けないのか、
なぜ、わざわざ説明が大変な一般大衆向けにこういう広告手段を行うのか、
第一、将来性があるのなら、電力会社に売り込めばいい。
どのように考えても、腑に落ちませんね。
こういう商法?に、だまされる人はいるのでしょうか。
ということなのですが、
わたしは広告の畑出身なもので、なぜ野立て看板を使って広告しているのかが
理解できなかったのですね。
普通はこういう怪しげな投資話は、インターネットとか紙媒体とかの
いわば「足の短い」タイプの広告手段を採用すると思うのです。
普通はこういう設置型の「足の長い」広告手段は採用しない。
想像するとすれば、そういうメディア系の広告手段からオフリミットされて
やむなくこういう手段を採用しているのか、と思われました。
でも、こういう野立て看板って、その地域の印象にも関係してくるもの。
「え、???」と思うような広告って、やっぱりふさわしくないのではないでしょうか。
場合によっては、こういう怪しげなのも容認する地域性なのか、
というように誤解を呼ぶようなこともあり得るのではないでしょうか。
まぁ、表現の自由もあるわけではありますが、やはりおかしい。
それと、色遣いのセンスなど、ちょっとすごい感覚。
インパクトの強烈さは確かにありますが、
それがいい方向の受取り方をされるかどうかという点では、大いに疑問。
くれぐれも、こういうのに安易に捕まりませんように。ではでは。
2008年03月27日
大慈清水

盛岡の旧市街散策途中で発見した湧水利用施設。
インターネットで調べてみると、
その昔、大慈寺の前には大きな沼があり青龍(せいりゅう)が住んでいたとか。
祇陀寺(ぎだじ)と原敬 の墓所がある大慈寺の二つのお寺の境内から清水が湧き出で、木管を通して共同井戸の水源としました。 これが青龍水と大慈清水で、これらの清水は雛壇形式の箱で造られていて、一番目が飲み水、二番目が米研ぎ用、 三番目が洗い水、四番目が足洗い用と決められており、今でも生活水として多くの人たちに利用されています。
ということだそうです。
市中をおおくの川が流れている盛岡では、
いたるところにこうしたわき水があって、利用され続けてきたようですね。
共同の管理費用を払って維持し続けてきているのだとか。
ある建築家の方から、「公と共とは違う」と聞いたことがあります。
そういう仕分けでいえば、この清水は「共」が民間で続いてきた
そういう側面を表すようなものではないかと思います。
官に支配されることなく、民間がお互いのために知恵と労力を
出し合ってこういう設備を維持し続けてきたのでしょうね。
その知恵が、使用法の決まりに端的に表されています。
平民宰相といわれた原敬の出身地に近いこともあり、
そういう人間を育む素地のような文化性を感じ取るのは、オーバーでしょうか。
飲んでみると、なかなかにおいしい。
水道水のようなカルキ臭さはなく、自然な透明感。
周辺には地酒の蔵元があったり、豆腐の製造元があったりしていて、
この清水が人々の暮らしに大いに役立ってきたことが感じられます。
英語の語感でいえば、「パブリック」
ということばの感覚に一番近そうな印象を与えてくれる清水です。
2008年03月07日
疲労困憊の審査終了

きのうは秋田県湯沢市からスタートして
仙台市にもどってもう1件見学し、その後、審査会終了。
3日間に歩き回った総移動距離はどれくらいなのか?
ということで、写真のような移動チケットでした。
新幹線や在来線を乗り継ぎ、福島県から岩手県。秋田県、宮城県。
東北縦断4県の旅でした。
審査の様子は後ほど、JIA東北支部から発表されると思います。
その発表を待ってから、わたしの感じたことなどを書いていきたいと思います。
審査そのものでは、わたしなりに強く発言もいたしましたが、
それぞれの考え方もあり、
落ち着くところに落ち着いたのかな、というのが実感。
まぁ、しかし、審査の旅というのはなかなか過酷。
最後に審査会場に入るころには疲労も極地、という心境でした。
とくに各県で各地のJIAのみなさんから大歓迎を受けて(笑)
3連チャンのお酒を飲んだのですが、これもなかなか体力勝負(笑)。
っていうか、あんまりお酒を飲まないわたしとしては、
これが一番きついところでした。
これで、2年間審査員を務めたのですが、
やはり審査員などというものは好きこのんでやるのは大変すぎる仕事ですね。
乗りかかった船だったので、やむなく引き受けた仕事でしたが、
この辺が限界だなぁ、と思えてきました。
しかし、審査員を引き受けたことで
いろいろ体験できないことも体験できた次第です。
北海道の住宅づくりの考え方を東北に広げていくというような
そういう意味では、今回見て回ったそれぞれで、その部分は手応えも感じました。
熱環境的な部分ではずいぶん向上が見られた物件も多かったと思います。
今回は表面温度計などを使って数字に基づいた調査もすこし仕掛けられた。
できれば今後、住宅を数字で科学的に考えていく
そういう部分が育って欲しいものという気持ちは強く思いました。
ようやく肩の荷が下りた次第ですが、
これからもできるサポートはしていきたいと考えています。
「よい東北の住まい」について、
より大きな動きが始まって欲しいと念願しています。
さて、また本日からはふたたび山形など、取材行脚が始まります。
長期出張もこれで6日目。
なんか疲れもピークを越えてきましたが、
ゆっくり(笑)、がんばりたいと思います。ふ〜〜〜〜〜、疲れる〜〜〜。
2008年03月06日
盛岡旧市街の地酒蔵元

わたし、あんまりお酒は飲まないのですが、
二日続けてお酒をいただく機会にめぐまれ、体調万全であります(笑)。
ということなのですが、きのうは盛岡と近郊で2件見学。
その間の時間を縫って、旧市街の地酒蔵元の建物を見て参りました。
新酒ができたよ、と知らせる伝統的な飾り物の常緑樹のぼんぼりに
なぜか、横綱が回されておりました。
想像してみるにたぶん、製造した地酒が
品評会などで特選に選ばれたかしたのではないでしょうか?
堂々たる体躯の飾りが、いやがおうにも立派さを増していて、
いかにも笑えるプロポーションです(笑)。
その店の前には、左写真のようなショーケース。
ちょっと古い時代感覚ではありますが、
屋根の小枝葺き、腰壁の半割丸太張り、という
少ない材料の中での精一杯のデコレーションぶり。
古い街道沿いの町家の佇まいの中で、
調和しながら、それでいて一生懸命にアピールしている様子が伝わります。
今日では、こういう目につくような仕掛け、
テレビ宣伝とか、街頭看板とか、
いろいろに考えられますが、そうした手段がごく限られていただろう時代、
また、そうした発想を持った宣伝マンがいない時代、
建築に関連する職人が、どのように商売人としての施主の
要請を考えただろうと、その工夫の足跡が偲ばれます。
東北住宅大賞審査の旅、2日が終わり、
本日が秋田県湯沢から、仙台まで移動の最終日です。
きのうは大曲から湯沢まで鈍行での移動も経験いたしました。
秋田県に入った途端に外は雪景色と、吹雪模様。
まぁ、それでも生死の境をさまよった昨年のようなことはなく、
比較的、天候に恵まれての道中になっています。
しかし、本日は見学2件のあと、審査会が予定されていて
たぶん、夜8時くらいまでの長丁場。
再度、気合いを入れ直してがんばりたいと思います。ではでは。
2008年03月05日
亜鉛閣再訪

さて、きのうから「東北住宅大賞」現地審査です。
昨年は車での移動で大雪に見舞われて、死ぬ思いをしたので、
ことしはおとなしく、新幹線などの列車移動で動いております。
JIAなどの建築関係の審査員の常連の古谷さんや、五十嵐さんといっしょで、
いろいろ勉強になることも多いです。
JIA東北支部さんから審査員の依頼があって、断り切れず、
お引き受けしているのですが、
まぁ、寒冷地住宅という点で、北海道の人間が入っていると
バランスも取れるというような判断なのでしょうか。
で、きのうは東北の一番南とも言えるいわきの近くの川内村。
写真の「亜鉛閣」さんの訪問でした。
郡山から直線距離で45kmということで、山道を走破するコースです。
しかし、山道なので、なかなか到着しない。
結局、食事を挟んで行きに2時間半近く掛かりました。
建築家山下和正さんの週末のくらしのための住宅です。
以前にもこのブログでご紹介したのですが、今回2度目の訪問。
はじめて行ったのは写真撮影でのときなのですが、
秋だったのできれいな紅葉を見ることができたわけですが、
今回は、ややゆるんできたとはいえ、冬。
ごらんのように建物前にある「調整池」は結氷しています。
茶目っ気のある古谷さんは、勇敢にも氷の上に乗っかっていましたが、
さすがに体重増に悩む当方は、丁重に命乞い。
この家はOMソーラーによって屋根面を暖める太陽熱を暖房として利用する計画。
中気密、というルーズな環境を前提にしているOMソーラーですが、
ここでは高断熱高気密仕様で、しかも2×6の壁厚で重厚に装備しています。
久しぶりに伺ったのですが、
温度ムラのない環境が確かめられました。
さて、この住宅を見たあと、郡山に戻り、
そこから新幹線で、仙台乗り換えで盛岡市に移動。
多くの建築家のみなさんから歓待いただいて、バタンキューです。
さて、本日は盛岡周辺で2件の住宅を見て、その後、秋田県湯沢市に。
なかなかな強行軍日程です。
しかし、住宅を見て歩くというのはやはり、面白い。
楽しみながら、おつとめがんばりたいと思います。ではでは。
2008年02月20日
札幌ー仙台ー八戸移動手段

東北での仕事で困るのが、この時期の移動手段。
まぁ、この時期だけに限らないのですが、とくにこの時期、
北東北地域の東北自動車道は、安代あたりで、ちょっとした吹雪で通行止めが多い。
いろいろ辛い体験もしているので、避けたい。
で、仙台からであれば、迷うことはそうはないのですが、
札幌からの移動という条件では、毎回迷いまくる。
今回も、仙台に入って、東北全域を移動したあと、最後は青森県八戸周辺で取材。
そこで仕事は終わるのだけれど、
八戸から、札幌へと移動する手段でいつも迷うのです。
普通に考えれば写真のような「乗り換え案内」コースなんですが、
札幌到着まで汽車に缶詰め7時間超。
もうすこしお金がかかる手段だと、三沢か青森から飛行機なんだけど、
これは、すごく経費がかかりすぎ。
それと、時間が制約されていて、なかなか会わないのですね。
そういうことから考えると、
移動距離は大きく増えるけれど、
時間はむしろ節約できて、比較的選ぶこともできる、しかも経費的にも選択肢が多い、
ということから、いったん仙台に移動してから
飛行機を利用した方が、すべてに得策なんですね。
飛行機会社のローカル線の料金の高さ、
それと比較した幹線路線の競争の激しさから来る価格競争、
それと新幹線の利便性を組み合わせて考えると、そうなる。
時間の面でいえば、八戸からこのコースだと、夕方5時前くらいに出て
仙台空港から千歳に来られるのは夜の9時15分。
札幌到着が、10時前なので、トータル5時間なんですね。
差引2時間以上有利で、しかもちょっとした時間のある空港でメールチェックも可能。
それでいて、仙台ー札幌間の有利なチケットも利用可能なので、
トータルの旅費も抑えることができます。
どうしても、幹線優先の考え方でしか運行できない
大量輸送手段の特性から来る矛盾点と言えましょうか。
いつも疑問に思うことなんですけれど、実際こうなんですね。
まぁ、宮崎から沖縄に行くのに、
結局、いったん羽田に行った経験がありますが、
そうしたほうが、時間も経費も節約できる、っていうのと同じなんですね。
でも、度重なってくると、やはり疑問が膨らみます。
これから、新幹線が札幌まで延伸になるかどうか、
ことしが最終的な決定時期のようで、だからサミットが北海道に来たのかな、
とも思うのですけれど、
そうなると、このあたりの事情が変化するものかどうか、
そもそも、北海道と東北地域の移動ニーズが
どこまで安定的に存在するのか、大量輸送企業にとってもむずかしいですよね。
さて、どうなるものでしょうか?
2008年02月11日
青いライオンのシーサー

さて、趣味の「シーサー探し」ですが、
って、あんまり知られてはいないでしょうね(笑)、
全国の面白いシーサー像を見て歩くという、勝手な趣味を持っています。
まぁ、旅費交通費はかかるけれど、
それは仕事などで行くついでなので、それとしてはお金かからない、
歩き回らなければならないので運動になる、
というけっこうだらけの楽しい趣味です。
そういう心がけをしておりますと、情報なども来るし、
なにより、道端の名もないシーサー像たちが語りかけてくるようでもある。
たまたま、そのときにカメラを持っているかどうか、
それが最大問題という趣味ですね。
というようなことなんですが、
東京上野、博物館巡りの最中にお目に掛かりましたね。
ごらんの像ですが、
由緒を調べたら、ずいぶんと高貴な出自を持つシーサーであります。
この像が置かれているのは、
重要文化財に指定されている、日本初めての洋風美術館「表慶館」エントランス。
なんでも大正天皇ご成婚を祝して建築されたそうです。
表慶館
1909年(明治42年)、東宮皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の成婚を祝う目的で開館した。設計は宮廷建築家の片山東熊(かたやまとうくま)。建物は重要文化財に指定されている。展示室は1・2階に9室あり、長らく考古資料の展示に使われていたが、平成館開館以後は特別展示等に時折使用されるほかは閉鎖されていた。その後、教育普及センター「みどりのライオン」が開設され、レクチャーやワークショップ、スクールプログラムが行われている。
という由緒書きWikkipediaに載っております。
そういう建物なのですが、
シーサーとしての青いライオンは、シーサーらしく阿吽の形相で
左右から訪れるものを睥睨しております。
が、どうもそういう迫力は感じられない。
いまいち、シーサーのユーモアには到達していないし、
形相のおどろおしさで威圧する、という態でもない。
どうも、ふつうにライオンが2匹、場違いにいる、という雰囲気。
どうも、竣工当時のアイデアと、実際の立ち上がった雰囲気とのあいだに
濃密さが感じられない仕上がりではないかと思います。
想像すると、洋風建築としての格式と、伝統的なシーサー像との
バランス感覚が、宮廷建築としてうまく消化しきれなかったのでは、
というような感じがいたします。
とはいえ、残された青ライオンシーサーには責任はない。
屈託なく、広大な博聞館前の広場で番をしております。
まぁ、かわいいといえるでしょうね。
本日は、やんごとなき由縁を持つ、シーサーのご紹介でした。ではでは。
2008年01月30日
東大雪の山並み

写真は先週、帯広から旭川に都市間バスで向かったときに遭遇した風景。
というか、四季折々、北海道の風景を見ているわけですが、
やっぱり、この時期の白銀の山々と青空のコントラストは最高。
なにも考えずに、この風景を眺めながら暮らせるのはやはり、一番自然でいい。
たしか、航空写真で北海道の風景を撮り続けている方がいて、
その方が、「北海道の自然は北半球でももっとも美しい」と言っていましたが、
本当にそう思います。
空気の透明感が全然違う、清涼感がすがすがしい。
近年、アジアのみなさんや、オーストラリアのみなさんが
この北海道のことを愛してくださるようになって、本当にうれしい。
きっと、海外のみなさんから見ると、宝石のような自然景観なのでしょうね。
雪が美しく現代的快適機能が整っているアジアというのは、
やはり東アジア世界の中でも、北海道が特異な位置を占めるのだと思います。
ロシアでは、いま、ウラジオストックを
300万人規模の極東エネルギーセンター都市として
発展させたいという構想があるそうですが、
近年はそういうエネルギー戦略の成功で発展するロシアなども
もっとも近い文化レベルの高い、自然豊かな観光地として
北海道へやってくる人たちが増えてきている。
これからは単に、日本の中の北海道という考えばかりではなく、
もう少し拡大した世界観の中で、東アジア地域全体の中で、
このわたしたちの風土の自然環境資源を
大いに利用する方法を考えていかなければならないと思います。
身近な住宅建築の世界でも、
ウラジオストックの高級住宅需要が、北海道の建築関係者に対して
オファーを出してきているというような現実も出てきています。
聞いてみると、現地では「木造」という概念がまったく存在しないのだそうで、
技術者のレベルが、考えられないほど低レベルだということ。
住宅のオファーはあるけれど、
それこそ、1から木造技術を持っていかなければならないのがネックとか。
しかし、北海道人も積極的にこういう世界の経済交流に
打って出ていくべき時代が、そこまで来ているのかも知れませんね。
国内だけの、景気がどうこう、だけでは生き残っていけない時代なのかも知れません。
2008年01月24日
北海道内駆け足17450円の旅

きのうは前日に入った帯広を、早朝に発って、
旭川へ移動。っていうことなんですが、
帯広から旭川って、移動手段がほとんどないに等しい。
JRはあるにはあるが、鈍行で5時間かかるし、時間もまばら。
他には、かろうじて「都市間バス」なんですね、3時間半。
この時期って、いつ何時、とんでもない天候がやってくるか不明。
一回、生死の境をさまよったこともあるので、
車での移動は避けるようにしています。
まぁ、取材などでは仕方ないのですが、今回は目的地が各一カ所だけなので、
それもあって、公共交通機関を利用した次第。
ところが、ホテルが十勝川温泉のホテルなので
帯広駅まではタクシーだと3,000円かかる、と聞いてもったいない。
ということで、聞いたらホテル前に路線バスが朝、7時18分に来る。
それだと、500円。速攻、そのコースを選択して、
前日の夜遅くまでの大討論会の余韻を残しつつ(笑)、
食事も超特急で朝飯を飲み込む感じで済ませて、何年ぶりかの路線バス乗車。
で、駅で30分ほどの待ち時間で都市間バスへ乗車。
さすがに需要が少ないのですね、帯広からの乗客は4名。
ちょこちょこと各地の駅に止まりながら、
ようやく旭川駅に到着。
ちょうど昼時なので駅前で「旭川ラーメン」を掻き込んで、そこからはタクシーで目的地へ到着。
用事を済ませてから、道に出たら今度はおあつらえ向きの生活路線バスが・・・。
まぁ、目的地もたいして確認せずに飛び乗って、乗車していた高校生の諸君に聞いたら、
みんなで親切に教えてくれましたが、なんと目的地は旭川駅。
たまに若い人たちと会話もできてなんとなく若やぐ。うれしい。
ラッキーだったんですが、「区間チケット」を取るのを知らずに
乗車料金は確か30円くらい損した、200円とのこと。
でもま、タクシー使うよりはずっと割安に済ませられまして、
そのまま、今度は指定を取っていなかった自由席特急券で札幌行きに乗車。
これはほとんどが自由席で、指定席車両は1両だけなんですね。
わりにラクチンに席が空いていまして、札幌。乗り換えもスムーズに地元の「琴似」へ。
っていうような、きょうのブログはなんのテーマか、不明ながら、
大急ぎ、駆け足行脚でした、ということであります。
結果、かかった費用は、最初の路線バスが500円に都市間バスが3150円に、タクシーが950円。
路線バス200円に、JR特急&各駅停車2駅分で、4480円也。合計10,230円。
それに、前日の札幌→帯広が片道で7220円でしたので、総合計は17,450円でした。
こういう出張精算になんの情報公開の意味があるのか、
どうも内容のないブログになってしまいました、申し訳ありません(笑)。
でも、なんか、面白かったのはあるんですよ。
普段は車で移動ばかりなので、たまにこういうふうに
公共交通機関を利用するのは新鮮で楽しい。っていう次第であります。
写真は、特急の車中から空知地方の雪原風景を。けっこうな大雪ですね。ではでは。
2007年12月23日
遠刈田温泉・神の湯

ことしもそろそろ押し迫ってきてましたね。
天皇誕生日が年末に来てから、この時期って、
ちょっと味わいが変わってきた感じがあります。
そろそろ今年を振り返り始めるような連休、といったところです。
ことしもいろいろ巡り会えた温泉。
最近は、ビジネスホテルだけれど温泉付き、っていうのが増えてきた。
そのうえ、インターネットの常時接続環境っていうのが
出張族に受けているのだろうな、と実感します。
考えてみると、東横インの大当たり以来、
ビジネスホテル大戦争がにぎやかに展開していますね。
これって、背景に企業の「支店リストラ」があるのではないかと思っています。
これまでは、支店・営業所拠点を持って運営してきたけれど、
経費的に支店や営業所は今後、リストラされて、
整備される交通網を利用した「出張」で、地方での企業活動を維持する。という方向。
地方都市でのシャッター街化と、ビジネスホテルの出店が
同時進行していると感じるのはわたしだけでしょうか?
って、話題が完全にずれました(笑)。
印象に残った日帰り温泉と言うことで、
これがなかなかよかったでした、遠刈田温泉・神の湯。
高速では東北自動車道・白石インターから
宮城蔵王を目指して走らせる道の途中にあります。
高速インターから30分くらいでしょうか?
建物の外に、無料の足湯を提供していて、これについ、吊られて
みごとに温泉に、「釣り上げられた」次第なんですね(笑)。
なかは青森ヒバの香りが、むせかえるほどに充満しておりまして、
「掛け流し」温泉のふくいくとした肌触りとともに癒されます。
結構、地元のみなさんの利用が多いあたり、
湯の品質についてはレベルは高いのだろうと推察されました。
歴史はけっこう古いのだそうですが、
まだまだ木の香りも新しく、清潔感もあります。
というようなことで、オススメの日帰り温泉でした。
値段はすいません、忘れました(笑)。が、そんなに高くはなかった。
っていうか、地元の人たちが毎日来るような
銭湯並みの値段だったと記憶しています。
あいまいなご報告ですが、許してください。ではでは。
2007年12月01日
緑地をいろどる造形ゲイジュツ

きのうは仙台市泉区で取材。
で、若干、時間が早く到着したので周辺緑地で時間待ち。
ということで、沼に面した公園のような場所に行きました。
スタッフは4人だったのですが、
クルマを止めて外にいると、なにやらちょっとずつ、景色が変だ??。
で、「あれ、これなんだろう、あ、動物が描いてある・・・」
「あそこにも・・・、ここにも、ある、ある」
というような発見が続出いたしました。
どうも、緑地一帯にイタズラとも思えない、動物の造形が置かれているんですね。
写真はその一例です。
ちょっと目には、それと気付かないくらいなほど、環境に溶け込んでいる。
カメレオンのようなのが、樹上で止まっているトンボを狙っている・・・。
季節は12月なんですから、ありえないけれど、夏ならばふしぎとも思えない。
大きさも、実物大くらいになっているので
目くらまし効果は抜群なんですね。
目を転じると、猫が鳥の餌台周囲で待ちかまえているとか、
さまざまな動物、鳥、その他人形作品など、雑多に置かれたり、木に吊り下げられたり、
まぁ、こういう作品が、それこそ、
傾斜緑地周囲にそこら中、という感じで置かれていました。
その後、取材先で聞いたら、けっこう周辺では有名とのことで、
ある住民の方が長年のアート作品として作り続けているんだそうです。
昔は農業用水のためのダムだったという沼地というか、池。
周囲は金網柵などで囲われていますが、
緑地になっていて、ちょうど池を囲んで対岸側は豊かな森山が広がっています。
案内看板はすでに枠を残したのみで錆びて剥脱していますが、
そこにまで動物の置物などが添えられています。
こういう自然の残る背景のなかで、芸術的創作意欲が、まさに爆発しちゃっている感じ。
非常にキッチュで、遊び心が炸裂していて、
たぶん、こどもたちにも人気があるのではないかと思われます。
こういう創作こころって、実に楽しいなぁと。
このことについて話すときの住人の方たちの表情が柔らかくて、
そういう理解を生み出すようなユーモアがきっとあるんだと思います。
ぜひ、これからも造り続けてほしいものだと、感心した次第。
2007年11月17日
秀峰富士山

さて、岐阜県での取材を終えて
名古屋から新幹線に飛び乗って、やれやれとひと眠り。
で、目覚めたら、左手にありましたね、富士山。
新幹線って、もともとは東海道線だけが運転していた時代から
何回も乗車していますが、
やっぱり富士山付近になるとワクワクしてしまう。
日本人であることを否応なく肯定させられる瞬間といいますか、
やっぱりこの山は、一ランク抜けている存在。
北のほうでも、会津磐梯山、岩手山、鳥海山、岩木山、
海を越えても羊蹄山、駒ヶ岳、利尻山、さらには大雪山系など、
すばらしい山々がそびえていますが、
やはり、富士山のすばらしさは単純に感動いたします。
って、しかし、東海道新幹線の中では、ほとんどビジネスマンなので、
富士山って言っても、クールなもので誰も無反応。
カメラを取り出して、なんていう人はいない。
ということで、恥ずかしいので、何食わぬ顔で、ひとりデッキに出て、
富士山に向かって列車の窓越しにケータイのシャッターを押した次第。
ちょうど、右手に傘雲も掛かっていい案配。
晴天が続いて、みごとな山容が迎えてくれていました。
このあたり、昔というか、
わたしたち北海道から来た人間が初めて富士山を見たのも
修学旅行での新幹線乗車のときなので、
格別に思う心があるのかも知れません。
毎日のように東海道新幹線を利用している人たちにとっては
まぁ、ありふれた日常の風景なんでしょう。
しかし、田舎からタマに来るものには非日常体験そのもの。
たまに外人さんがいると、いっしょにうれしがれるのですけど・・・。
今回の出張では、宇都宮からの東北新幹線でも
晴天で、空気も乾燥していたせいか、くっきりと山容を見ることができました。
2方向から、富士山を見られた次第です。
静岡県は当然として、首都圏、埼玉などからも見ることができる。
それはもちろん、関東平野というのが広大だ、
ということもあるでしょうが、
富士山の巨大さを明瞭に理解させてくれますね。
やっぱり、日本には富士山ですね。異議なしです(笑)。
2007年11月07日
中国風な狛犬発見

ふたたび狛犬の話題です。
っていうか、狛犬は好きなんですけど、この間、
変わった、というか、猿としか見えない狛犬?を見てから、
つい、狛犬を観察するクセがついたようなんです(笑)。
そんなふうに見ていくと、狛犬って本当に千差万別。
別に工業製品のように大量に同じモノを作っている、というものではないようです。
狛犬って、Wikkipediaで見てみると、
狛犬(こまいぬ、中国語:石獅子、英語:imperial guardian lions)とは、神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿正面の左右などに1対で置かれている、犬に似た想像上の獣の像である。なお、厳密には、後述のように「獅子・狛犬」と呼ぶのが正しいとされている。
名称は高麗(こま、異国)の犬という意味とされる説がある。これは朝鮮経由で入ってきたためであるとされるが、実際の起源はインドという説が有力。また朝鮮に狛犬の文化は無く、高麗とは音から来る当て字で「高麗の犬」という意味ではなくあくまで「狛犬(こまいぬ)」という想像上の神獣であり、同じく対になる獅子も当時の日本人はライオンを見たことが無いので、これも獅子=ライオンではなく「獅子(しし)」という神獣であると考えられる。
一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いている。そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、1対で「獅子狛犬」と称するのが正しいとされている。昭和時代以降に作られた物は、左右共に角が無い物が多く、これらは本来は「獅子」と呼ぶべきものである。
各地の神社境内で見かける狛犬には石製や銅製のものが多いが、神社本殿内に置かれたものには木造のものもある。 平安時代にさかのぼる獅子狛犬像としては、奈良・薬師寺の鎮守八幡宮の木像(重要文化財)が著名である。ただし、この薬師寺像は、左右とも角がなく、正式には「獅子1対」と呼ぶべきであろう。重要文化財指定の狛犬は他に、滋賀・大宝神社、京都・高山寺、広島・厳島神社などのものが著名である。
狛犬は中国や韓国にも同様の物があるが、阿吽(あ・うん)の形があるのは日本で多く見られる特徴である。これは仁王の影響を受けたと考えられ平安時代には既に定着していた。ただし、日本の狛犬は近世から現代にかけて、各地の神社に膨大な数が造られており、形態にもさまざまなバリエーションがある。例えばイノシシや龍、キツネの形の像が同様の役割を果たしていることもあり、これらをあわせて神使(しんし)と呼ぶ。この神使は神社(祀られる神)によって特定の動物が採用されている場合が少なからずあり、稲荷神社に狐、春日神社に鹿、弁財天には蛇などが代表的な物である。
一般的には、守るべき神社に背を向ける形で置かれるが、まれに神社の方を向いている物もある。
というものなのだそうです。
写真は、たまたま出張先の北上市の公園で散歩していたときに発見したモノ。
ここには中国の三門峡市と北上市が姉妹都市になったのを記念して
建てられた四阿があり、その左右に配置されていたモノです。
中国らしく、「獅子」であることは明白な像ですね。
説明のように、確かに日本のように「阿吽」の形相はしていない。
きっと、広く北東アジア全域でこの狛犬は無数の変化を遂げながら
生息し続けてきたのでしょうね(笑)。
沖縄のシーサーなどは特異な地域色となった事例なのでしょう。
ということで、どうも、狛犬からしばらくは目が離せなくなりそうです。
こういう趣味もまぁ、お金かからなくて、いいかなぁ。
2007年10月18日
ふたたびパンクです

出張中、車で移動しているときに限って
「あれ、なんだこれ」というタイミングで来ますね、パンク。
前回も、ことし春、桜の時期に秋田県角館で、取材直前に遭遇しました。
今回は、あさ、ホテルを出ようとしたら、
駐車場で車が傾いているではありませんか。
「おい、やめてくれよ、スケジュールどうするんだよ」であります。
それも、今回はレンタカーなんですね。
やれやれ、面倒くさいなぁ、というところなんですが、
レンタカー屋さんに電話すると、パンク修理代金はこっち持ちになるんだそうです。
乗っているときにはなんの前触れもなかったものですから、
ちょっと決めつけられるのは、理不尽にも思いますが、
まぁ、先方としては無理からぬ対応でしょうね。
やむなく、スペアタイヤに履き替え作業。
でも、さすがレンタカーなので、工具やスペアはちゃんとしているので、
スムーズに作業終了。
素人目には、見た感じ、パンクの原因を特定できない。
幸いGSが100mほどの近くにあったので、見てもらいました。
整備の方も、ちょっと目では判然としないので、石けん水をかけてチェック。
そうすると、発見できましたね、超微細な穴。
で、いろいろな工具を使って探し出したのが、1cmほどの小さなくぎ。
「お客さん、これは結構以前にもらった可能性がありますね」
というプロのご意見。
「すこしづつ空気が漏れて、けさ、判然としたという感じですよ」
ということなので、その場からレンタカー屋さんにケータイで連絡。
プロの意見で、めでたく支払いはレンタカー屋さん持ち、ということに落ち着きました。
でもまぁ、料金は1750円だかで、ケータイ料金と時間分(ほぼ30〜40分)の
損失が残ったかなぁ、というところ(笑)。
でも、こういう小さい釘でのパンクの場合、
写真に見えるのですが、なにか黄色い「ひも」状になった素材を
その穴を埋めるように揉み込んでいくのですね。
揉み込まれた後、それ自体がふくらんで穴を完全に埋めるんだそうです。
今回の場合には、あまりにも微細だったので、
すこし、穴を拡大してから揉み込んでいました。
こういう作業の様子を見学も出来たので、まぁ、勉強になった次第。
ということで、まんざら損失とも言えない経験でした。
でも、レンタカーでパンクっていうのも、なんだかなぁ・・・。
2007年10月17日
秋保の奥の温泉

再び、閑話休題。
きのう紹介した狛犬のいた秋保大滝の往復は
けっこうな上り下りで、距離は2kmほどということでしたが、
たぶん、普通のビルの10階建てくらいの上り下りではなかったか、と。
だめですね、最近はやっぱり膝が辛くなっておりまして・・・
って、あれほどとは想像できませんでした。
秋保というのは、どうも、広瀬川の源流みたいな感じ。
滝のところまでおりると、ゴツゴツした岩がゴロゴロある河原。
岩場を縫うように水が湧き出てきて、
仙台平野に注いでいっている。
こういうあたりに来ると、自然豊かでなかなかいいところ。
しかし、岩場で浸食が激しいので、高低差がすごいのですね。
どうにも、足腰に負担が来て、汗も掻いたところで、
もう少し上流のところにあった、秘湯風の温泉に行って参りました。
二口温泉というのだそうで、すごいたたずまい。
さすがに行った時間にはだれも湯船に入っていなかったので、
ちょっと失礼して、湯船の様子を撮影してみました。
広さは5〜6坪ほどでしょうか?
手作り風の岩風呂になっておりまして、
野趣あふれる、というような形容がぴったりな感じ。
源泉の温度は28度ほどで、湧かしているわけですが、
掛け流しと言うことだそうです。
泉質は無味無臭。軽くて、ぽかぽかしてくるお風呂。
窓を開放すれば、周囲は山、また山という緑が目に飛び込んできます。
野外で芋煮でもしながら、というのがオススメのお風呂でした。
さて、今週の出張、ふたたびスケジュールがなんと、日曜日まで入って、
まるまる1週間という長丁場に。
決まった頃は、日ハムのクライマックスシリーズ日程を考えておりませんで、
しかたない、ホテルでテレビに釘付けになっての応援。
一球一球、ほんと、手に汗握らされる試合が続きますね。
結局、4戦やって、イーブン。
一番こたえられない展開なのは、札幌ドームと日ハムの営業部。
連日超満員が、これで4戦、続いていますね。
18日も、いよいよ決着戦と言うことで、札止め間違いなし。
まぁ、景気のいい話題、はいいのですが、ファンとしては
やきもき、天国と地獄のメリーゴーランドの毎日です。
しかし、まぁ、幸せな戦いを観戦できるわけで、
感謝しなければなりませんね。
全国の野球ファンのみなさんの代表で、ハラハラドキドキさせてもらいます。
なんとかがんばれ、北海道日本ハムファイターズ!
2007年10月16日
狛犬2題

閑話休題。
昨日、ちょっと時間があって立ち寄った秋保大滝にて。
ことしは紅葉は遅れておりますね。
もう10月も半ばだというのに、ようやく北海道も山がすこし、くらい。
宮城県仙台秋保でも、ほとんど紅葉はナシ。
でも、けっこう、観光の方が多いようです。
まぁ、わたしは山形に抜ける通り道からの寄り道。
「日本の滝100選」で、地元の方は「日本3大名滝」と言っています。
なかなかみごとな水量で、すばらしい。
のですが、わたしはどっちかというと、写真の狛犬と戯れてしまった次第。
滝を見に行く遊歩道入り口当たりに社が2つあって、
それぞれに狛犬が番をしているのです。
で、左側は、メーンストリートに面した方で、社も立派な方。
こちらは、まことに狛犬らしい姿形で、由緒正しい血統書付きの感じ。
で、右側の方は、それほど人が来ないようなところにあるヤツ。
森に向かって鳥居が立っていまして、
まぁ、森の神様に敬意を払ったというようなたたずまいなのですね。
ということで、親しみやすいせいなのか、人がなでるようで、
大変丸みを帯びたフォルムの狛犬。
しかし、どうもわたしには、狛犬ではなく、お猿さんに見える。
山のなかのここら辺では、けっこう猿が出没するようで、
立て札でも、野生の猿に餌を与えないでください、
みたいな警告も目にしたせいなんでしょうか?
でも、どう見てもやっぱりお猿さんに見える。
とくに背中の丸みなんかの感じはどう見ても狛犬ではない。
どちらも哺乳動物(笑)で、大きさも似たようなものでしょうから、
似てくると言えばそうでしょうね。
ということで気になったので、神札などを販売している巫女さん装束の方に聞いてみたのですが、
きっぱりと「狛犬です」というお答え。
「でも、猿にしか見えないんですけど・・・」
「いいえ、違います。猿なんて置くわけないでしょう」
というのですね。
まぁ、石の造形のことですから、年月が経ってくると
最後はなにがなにやら、不明にはなるものでしょうけれど・・・。
地元の山猿たちの思いが、この石のかけらに乗り移って・・・
なんて言う妄想が止まらなくなってしまうのを禁じ得ません。
ということで、山里よろしく、きつねか、たぬきか、はたまた、
猿か、狛犬か、ふしぎふしぎと、化かされたような心地だった次第。
どうでしょうか、猿に見えないでしょうか、ね。
2007年09月29日
隅田川早朝散歩

早朝散歩は全国を歩くときの最大の楽しみ。
どんな場合でも、できるだけ自然に触れられるようなコースを考えてみます。
今回の東京出張では日本橋近くのホテルでしたので、
地図を見てみたら、なかなか緑地がない。
ということで迷っていたら、高速道路の狭間に隅田川発見!
「のぼりくだりの・・・」という歌は知っているけれど、
隅田川って、これまで一度も見たことはないことにも気付きまして、
さっそく挑戦してみた次第。
まぁ、ホテルからは片道2km以上って感じでしたが、
なんとか、ビルまたビル、車また車、道路また道路、を
超えて、感動(?)の隅田川であります。
東京の河川は公共の土地でもあるので、
高速道路として利用していたり、
その周囲なども超幹線道路として利用していたりします。
なので、隅田川には地図上ではたどりついているけれど、
川辺に行くにはこれも立体歩道を越えていかなければならない。
それも、歩道はあるけれど、その登り口が発見できない。
降りていくのも、一カ所間違えると違う歩道に降りる。
なんていうように、歩道なんだけど、車道並みにわかりにくい。
というような貴重な経験をさせてもらうことになりました。
で、無事、ごらんのような景色に出会うことが出来た次第。
思ったよりも川幅も大きいし、水量も大変豊か。
わたしの札幌でいえば、豊平側では太刀打ちできない。
きっと、石狩川がようやく、くらいの大河の感じがします。
まぁ、東京湾への注ぎ口がごく近いということのせいでしょう。
現代ではコンクリートのなかの風景になってしまっているわけですが、
ゆったりとした流れは、その歌詞に謳われた昔の光景を
脳裏に想起させてくれます。
まぁ、現代の都市機能の中枢地域のなかの点景というのも
決して悪くはない気はしますけれど、・・・。
まだ、周辺に緑もあり、木造の建物に囲まれたような風景のなかに
あっただろう、そういう時代の雰囲気のなかで見てみたい気もしました。
都心のなかの自然発見編ですね。
2007年08月29日
路上ホテルなんですかぁ?

きのうから東京出張中です。
あさ、いつものようにホテルを出て散歩していましたが、
小石川の後楽園北側の隣接道路にでくわしたところ。
なんともガソリンの臭いが立ちこめておりまして、
何台もの長距離トラックや乗用車、はてはバスまで、
エンジンを掛けたまま、路上に駐車しておりました。
こちらはその排気ガスを吸わされるもので、
ちょっと往生させられていました。
気がついて車の中を見てみると、どうも、みなさん、仮眠を取っている。
熱帯夜の東京都内、エンジンを掛けたままエアコンを付けて
車内をホテル代わりにしているようなんですね。
そういう用途で道を使うのに、この道路は恰好のようで、
ごらんのように多くの車が路上ホテルを決め込んでいるようなんですね。
とくに長距離トラックの運転者さんなどの場合は、
東京都内では駐車場確保もままならない事情はある程度は理解は出来ます・・・
が、しかし、ねぇ・・・。
近隣のみなさんは排気ガスと車の運転音に
熱帯夜の不快感がさらに加速するでしょうね。
わたしのような通りすがりのものでも不快な排気ガスに閉口させられたのですから、
近隣のみなさんの迷惑は想像にあまりあります。
この道を、日が昇って10時頃にこんどはタクシーで通りかかりましたが、
そのときには車はだいたいいなくなっておりました。
それに日中はたいへん混雑する通りのようです。
ちょっと旅先で、考えさせられた光景でした。
2007年08月28日
登別地獄祭り

土曜日、登別に行ってきました。
毎年カミさんの方の親戚での集まりがあって、参加しているのです。
ことしはちょうど、登別地獄祭りに合わせた日程。
登別の開祖、滝本さんのホテル近くに「閻魔大王」の小屋があるのですが、
お祭りのときには、ふだん座っているえんまさんが立ち上がって目を光らせてくれるんです。(笑)
こういう単純な趣向って、実にバカバカしくていい。
鬼とか、閻魔とか、なかなかお目にかかれないだけに価値がある。
ことしは北海道もまだまだ暑い日が続いてくれていまして、
毎年だと、8月もこの時期になるとすっかり秋風なんですが、
地獄・閻魔・鬼といった趣向には実にいい案配のなま暖かさ。
もうすこし暑いと、お化けなんかがふさわしいところなんですが、
当日は熱気もあって、爽快という感じなので閻魔さん、大ハッスルです(笑)。
登別はやはりいつ行っても、すごいですよね。
地獄谷や大湯沼など、まさに温泉には最適地だと認識できます。
年間の降雨量もたいへん多くて、
活発な火山活動と相まって、温泉の湯量がふんだん、ということなんですね。
いろいろな種類の温泉成分が楽しめるのでも有名ですが、
やはり定番の硫黄温泉が、やはり登別らしくて格別。
ただ、今回は「まほろば」に泊まったのですが、
隣接していた滝の屋さんが、取り壊されて更地になってしまっていました。
「まほろば」は道内大手ホテルチェーンの資金力での大型ホテルですが、
伝統的なスタイルの和風庭園が楽しめた滝の屋さんも
格別の風情があったので、寂しさがありました。
「まほろば」が出来た頃、和風庭園を見下ろすように建てられたので、
目隠しをしていたような記憶があります。
こういう温泉地のホテル間競争、すさまじいものがありますね。
閻魔さんも、目を白黒ってとこなんでしょうかね。
2007年08月25日
石狩川を散歩できる街

写真は旭川市内、常磐公園に面した石狩川から下流方向を見たところ。
朝の散歩には、すばらしい風景が広がります、旭川。
市の中心部は駅前を中心としたゾーンになるのですが、
そこから1.5kmくらいでしょうか、
常磐公園があって、緑地帯が広がり、
ごらんのような光景を見ることができますね。
高速道路網がそれほど整備されていない頃は、
札幌からも日帰りというケースは少なく、
旭川に宿泊するケースが多かったのですが、
最近は、札幌まで高速を使えば1時間半程度ということから
こういう早朝散歩は出来なくなっていました。
で、旭川で散歩といえば大体このコースを歩いています。
石狩川のような大きな川が、街の真ん中を流れているのは、
やはり珍しいでしょうね。
川幅も大きく、こういうように写真を撮ると、空の大きさにも驚かされます。
天気がいいと、反対側、上流側には大雪の山並みが遠望できます。
ちょうど逆光と、雲がかかっていたので、下流側の光景をご覧いただきました。
久しぶりに行ったので、
駅前の買い物公園などの変化も感じられました。
旭川は、ほかの街と比較すると駅周辺が活気があり、
必ずしもロードサイド型のアメリカ的なショッピング街にはなっていない気がします。
ただし、札幌まで1時間20分という鉄道の整備で、
札幌まで足を伸ばしての買い物、というケースが増加しているとか。
均衡ある発展には交通網の整備は欠かせませんが、
同時に都市の魅力競争も加速する部分がありますね。
でも、こういうおおらかさの感じられる風景など、
自然を体感できる30万都市。
すばらしい魅力を持った街です、好きです、旭川。
2007年08月18日
街中のお参りコーナー?

写真は京都の四条通を朝、散歩していて
つい立ち止まってしまったお社。これには名前がなかったようなのですが・・・。
すぐ近くには、「八坂神社御旅所」という名前が記された同様のものがありました。
四条通といえば京都有数の繁華街ですから、
さすがは寺と神社だらけの京都らしく、
八坂神社が商魂たくましく、お賽銭を集めるために出店を出しているのでしょうか?
さらにわからないのは、その内部に座像が2体あるのですが、
どうも顔つきとか見ていると、右側は豊臣秀吉?。
右側はその線で行くと、どうも徳川家康(え?)なのではないかと想像されるんです。
ほぇ〜、というキッチュな取り合わせの神棚で、
どういうことなのか、調べてみたいと思った写真なのです。
まぁ、しかし、構えなどを見ていると冗談とも思えませんから、
どこかの宗教施設が四条通に出した出店であることは明瞭。
わたしは北海道育ちなもので、どうもこういうの、見たことがありませんでした。
お寺や神社は、そこへいって拝むものであって、
あちらのほうから、下々のところに降りてきてくれて、賽銭を回収していくという
想像力をどうしても持つことが出来ません(笑)。
きっと京都にお住まいのみなさんも、日常的な光景で
特段の感慨もないだろうとは思いますが、
やはり日本で一番、生活文化伝統が少ない北海道から見ると
こういうのはどうも、ふしぎな光景に見えてしまいますね。
で、安置されている木座像2体。
これはどうも、手に負えない謎を掛けられたような心境です。
スフィンクスなみの難問に、ほぼ思考停止寸前であります。
Wikipediaで「八坂神社」と調べても、
どうもこういう施設についての記述はありません。
少し調べてみたいとは思うのですが、時間もなく、
それ以上に手がかりになるような情報のとっかかりも見当が付きません。
このブログをごらんのみなさんで、なにかご教授いただける方、
情報をお寄せいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。
はてさて、いったい・・・?。
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2007年08月15日
鴨川・納涼床

鴨川というのは、歴史にその名が登場する川名としては最多でしょうね。
後白河が意のままにならないものとして名を上げたことでも有名。
京都の街の南北を明確に区切っている川でもあります。
六条河原といえば処刑の地でもあった。
そんなようなことが想起される川ですが、
やはり地元のみなさんにとっては、身近な生活の場。
ちょうど、先斗町が川に面しているので、
夏の風物詩といわれるこの「床」が鴨川に架けられるのですね。
本流ではなく、水勢を弱めるためと思われる細い流れに面しています。
川の流れのなかに直接、基礎杭を建てて、
5mほどくらいでしょうか、川面から上がったところに平面を確保しています。
川の水による冷却効果、せせらぎによる聴覚的効果などが
得られるというものなのでしょうね。
京都に残される神社仏閣は、どれもが建築によって、ある境地を表現しようとしている、
と感じさせられますね。その高さの演出と創出によって
比類のない空間体験をさせている清水寺などが象徴的ですが、
この「床」というものも、
建築装置によって、わかりやすい空間体験をしようという
いわば積極的な文化性を感じさせてくれています。
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2007年08月14日
関西国際空港待合い

写真は関西空港の2階、待合いの食事コーナーの様子。
こういう食事コーナーって、ふつうは有名店の支店などで、
そこそこの料金を取って、観光客の物見遊山気分にこたえた店構えですが、
さすが、関西っぽい合理精神を感じた次第。
「町家小路」と名付けられていますが、
ほかの専門店とは違って、関西のジャンクフードといえるような品の小店が
軒を連ねて、客はそこで注文を言って、出来上がると手元ブザーで呼び出され、
真ん中の大きなテーブルコーナーであれこれ食べられるのです。
まぁ、よく大型ショッピングセンターにあるスタイル。
空港のお店という気取りをさっぱり捨てて、たいへん合理的なやりかた。
で、ラーメンやお好み焼き、お寿司など、気軽に少量ずつ食べられます。
ちょっと時間、早めに空港に着いて、土産をゆっくり物色。
そんな時間には、ぴったりのお店だなと思った次第。
さて、猛暑が続いていますね。
北海道はこの時期というと、惜しむような気になる夏の終わり。
お盆になったら、海には入るな、という習慣があるのですが、
さすがにこの暑さなので、ちょっと行ってこようかと話しています。
なので、本日の更新は軽いテーマでした、失礼(笑)。
2007年08月09日
世界遺産はシカか?

さて、わかりやすい坊主の夏休み歴史の旅。
どっちかというと、脚の向くまま、気の向くままの
親子旅なんですが、やはり基本目的は「大仏を見に行く」
ということなので、初めて京都から地下鉄〜近鉄線と乗り継いで
近鉄奈良駅に降り立ちました。
京都のタクシードライバーさんに聞いていたのですが、
誰もJRは利用しませんよ、ということの意味がわかりました。
近鉄奈良駅だと、奈良公園の目の前に着くけれど、
JR奈良だと、2kmも離れているんだとか。
運輸省の伝統的政策として、民間優先という原則があり、
その名残がこういうかたちになっているそうです。
関東の場合は、JRと私鉄線の共存がほどよくなっているかなぁと感じますが、
関西では私鉄が優勢で、JRは基幹的な長距離や環状線などの分野に絞られる感じ。
でまぁ、世界遺産の大仏さんへの参詣行脚を開始したのですが、
「どんだけ〜」というくらいのシカたちが、
さっそく坊主を攻撃。っていうか、不慣れなので、
シカの餌を買ってモタモタしているうちに、シカさん、集中してきたのですね。
かわいそうなんですが、おかしいのもおかしくて、
大笑いしておりました。
どうも、手もかじられたようで、笑いながらも
世界遺産の手強さを実感させられていました(笑)。
って、世界遺産は大仏で、シカは名物という位置づけにはなるのですが、
奈良公園では、かれらのほうが主人であって、
わたしたち人間は、かれらにことわって、大仏さんを拝ませてもらっている、
そういう印象がありますね(笑)。
まことに、自然に帰依することを教えられているような「名物」です。
帰り道では、坊主も自然との調和を身につけて、
シカさんたちともすっかり仲良くなりまして、
餌に頼ることなく、かれらを手なづけ、というよりも
どちらかというと、仲良く手なづけられておりました(笑)。
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2007年08月08日
マンガの都・京都

最近、京都は手塚治虫さんの縁が深い、ということもあってか、
マンガ文化に着目した街づくりを進めているように感じます。
烏丸御池の交差点に、古い小学校の校舎をリニューアルした建物で、
京都国際マンガミュージアムがオープンしています。
開設から半年以上が経過しているのですが、
たいへんな人気ぶりとかで、入場者数がうなぎ登りと言うことです。
この施設とは別に、駅ビルには手塚治虫さんの記念館もあり、
マンガ文化を京都の売り物にしようと考えているように思われます。
このあたりの慧眼ぶりには、さすが、と舌を巻く思い。
千年の都・京都、というキャッチフレーズはダテではなく、
どんどんと新しい文化を取り込んでいって、都市の魅力を際だたせているワケ。
父親もなにを隠そう、マンガ文化どっぷり少年期だったものですから、
どっちかというと、息子よりもわたしのほうがハマってしまった感じ(笑)。
収蔵されているマンガは20万点以上ということ。
やっぱり懐かしい「少年画報」も展示されておりまして、こたえられない。
あめのように伸びきった時間がほしい、と心底、思えました(笑)。
一方で、この建物は廃校になった「龍池小学校」の跡地利用でもあるのです。
また、運営もマンガ学部を持つ京都精華大学によって行われている、
というようなユニークな存在。
館長には『バカの壁』などの著書で知られる解剖学者、養老孟司が非常勤で就任。
また、近世思想史や美術史などを専攻する研究員4人が所属し、まんが文化の研究にあたっている。
目の付けどころもいいし、また永続させていく手法も考え、練られていますね。
写真のように、「コロコロ30周年イベント」などの企画展示スペースもあります。
こういうキッチュな、元気のいい文化に注目し、
こどもと大人の境のない文化施設に高めるのは、大賛成ですね。
初めて行ったので、ここまで時間を消費するものとは思いませんでした。
ようやくにして、後ろ髪引かれる思いで帰ってきたのですが、
これは確かに強烈なコンテンツを、また京都の街は獲得したな、
というような思いがいたします。参りましたね。
きっと、息子は、「いつか、また来てやる」と思ったに相違ありません。
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2007年08月07日
草木染め体験

今回の京都では、嵐山のふもとで草木染めを体験いたしました。
とはいっても、ぶらりと歩いていて、誘われたので
「やってみようか」となったという、いい加減さなんですが(笑)。
染料が入れられた丸いパレットが運ばれてきて、
キャンバスとして白いハンカチを購入。
薄めるとともに、染料を定着させる働きをする液体などを使いながら、
基本的には塗り絵のようにお絵かきします。
どんな絵柄にしようか、ということで、
坊主は「この猫がいい」ということで、わたしはブドウの絵柄のものを選んでみました。
時間に追われながら、駆け足で観光するのもいいのですが、
こんなふうに時間をのんびり味わうのもいいもの。
やり方のレクチャーを簡単に受け、さっそく始めました。
途中では、ご主人とおぼしき方もコーチに来ていただき、
坊主の絵を見ていただきました。
いろいろと説明されていましたが、
恥ずかしながら、こちらは絵柄の呼び名すら知らないワケで、
「この猫、燃える男にしたいんだよ」
「猫って、・・・これは狛犬っていうの」
「え〜、猫じゃないのぉ?」
なんていう間の抜けた会話で盛り上がりながら、楽しく塗り絵。
京都的世界に浸かっていれば、狛犬と猫の違いは明確でしょうが、
まぁ、北海道的なリアリズム世界からすれば、これは明らかに猫。
ご主人も、「なんでもいいよ、絵は自分の感じたことをそのまま描いていくのがいい」
と、励ましていただきまして、ごらんのようなところまでたどりついたのですが、
やはり後のスケジュールの関係でタイムアウト。
着手前には「30〜40分ですから」と言われたのですが、
楽しい会話などもあったので、たっぷり1時間以上は掛かった次第。
わたしは塗り絵よろしく、線画に沿って
色を塗り分けるという、ごく常識的アプローチだったのですが、
坊主の方は、なんとも大胆に油絵のような元気の良さ。
途中では「赤の色がなくなっちゃんですけど・・・」
なんて言ってはいたのですが、さもありなん、という仕上がりです。
まぁ、一目見たときは、なんとまぁ、むちゃくちゃな、
と思ったのですが、よく見ると味があるかなぁ、などと親バカしているところ。
たまにこんなことをする機会にめぐりあって、
親子でいっしょに取り組んだのですが、
たわいなく無心になって、絵筆を持つ時間っていうのもいいですね。
しばし、外の暑さも忘れて、ひたすら没頭できて、
天地のなかで親子だけの時間のなかに浸ることが出来ました。
まぁ、仕上がりぶりは情けない次第ですが、
札幌に戻ってから、道具も揃えて、再度挑戦してみたいな、
という気持ちも沸き起こって参りました。
とくに、色を作り出すという部分では、なんとも奥が深そうだな、と思われましたね。
親子で笑い転げながら、なんとも楽しい時間を過ごせました。感謝。
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優良ビルダーさんとWEBを通じて「住宅相談」できるシステムがリニューアル。
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家づくりwebセンター
2007年08月06日
エスカレーター

関西に来ると、いろいろ流儀が違うことがありますね。
今回は神戸の空港に到着したのですが、さっそく乗ったエスカレーター。
こっちは長い時間のフライトになったために疲れていたので、
なにげなく左側に立って、ゆっくり休もうと思っていたら
どうも、違和感がある。
なんだろうかなぁ、と思っていたら息子から、
「とうちゃん、関西、右に立つんだ(!)」って。
そうなんです、みんな右側に立って、しかも、ゆったりしている。
関東に行ったら、こういう場合、大体がせかされるように
後ろからみんな追い越していくのだけれど、
あんまり追い越していくような人はいない。
だからといって、そこはエチケットが確かに存在しているようで、
みんなおしなべて右側に立っている。
郷に入らば、郷に従え。すぐに考え方の修正を迫られます。
北海道は、食文化とか、輸出入の産品など昆布のルートが示すように、
関西との結びつきの方が強いようにも感じるのですが、
こういう部分では、関東風だなぁ、と感じる次第。
わたし自身は、10年近い関東居住経験があるので、
そのように感じるのかなぁ、とも思うのですが、
北海道は、こういう場合、ややゆったりはしているけれど、
どっちかというと、やはり関東流が主流なんでしょうね。
関東と同じように人が多いし、
圧倒されるように感じるけれど、どことなくやわらかい。
息子なんかは、人にものを尋ねるのを恥ずかしがる風があります。
その点、わたしはなんでもすぐに近くにいる人に聞くのですが、
親切に教えていただけるケースが多い。
今回は2度、道を尋ねて、2回とも訪ね先まで案内していただけました(!)。
ひとりは若い男性で、もうひとりは年金生活だという女性。
こういうの、信じられませんね。
北海道では、へたをすれば、言葉を交わすのも避けようとするケースも多い。
「文化」なんでしょうね、こういうあたり。
っていうような、珍道中。
さて、どんな発見がありますことやら。で、あります。
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2007年08月05日
ギオンコーナーの風景

坊主の夏休み、歴史好きにするために京都に来ました。
夏休み前に旅行を計画したときに
「どこ行きたい?」
「んんんん、奈良の大仏を見たい」
ということで、関西に行くことが決まったのですが、
あいにくの台風で飛行機の到着が遅れたので、奈良は後回しで京都へ。
で、前にも来たことがあるギオンコーナーに参りました。
ここは日本のいろいろな伝統芸能を観光客のみなさんに一カ所で見せよう、という施設なのですが、
いつの間にか、海外からの観光客で満員。
「お茶を振る舞ってもらいたい人、いますか?」
というアナウンスも、英語でしかやらないので、
日本の人はチャンスがありません。(笑)
ということで、坊主はお笑い吉本系らしく、
やはり「狂言」が面白かった、という感想だったのですが、
おとうさんは、どっちかというと、観客席の多彩な人種構成の方が面白かった。
観光地は、どこへいってもあまり日本語を聞くことが少ない。
むしろ、英語や中国語の方が多数派のようですね。
まぁ、アジアからのお客さんと比べても、
遠さでは、飛行機で2時間ですから、北海道も韓国・台湾・中国と
たいして変わりはないのも事実。
しかし、年間観光客入り込み数が5000万人になろうか、
という国際観光都市、さすがにすごいものだと思います。
歴史を作ってきた権力の遺産が、至る所に残っているのが京都。
本当は、1ヶ月くらい、ゆったり滞在して、
1日1カ所くらいの観光で、じっくり見て歩きたいところではあるのですが、
なかなか、スケジュールは許してはくれませんね。
父親としては、坊主とふたり旅というのは、楽しいものです。
ということで、駆け足ではありますが、短い夏休み、
すこしウオッチしたことなど、アップしたいと思います。
2007年07月28日
移住促進策

写真は羽田空港第2ターミナル地下のモノレール構内の電飾看板。
東京モノレールへの広告って、
目的的なひとびとへの集中的告知という意味では、
ちょっと特殊性があって、面白い存在です。
羽田空港の利用客って、1日にどれくらいあるのか、
そういうサーキュレーションデータは調べていませんが、
飛行機での移動中という非日常的なシチュエーションで接する情報って、
ある意味、サブリミナル的に訴求できる部分があるかも知れません。
以前は東京モノレールの車内額面広告を手がけていたことがあります。
そんな意味で、気がついて見るワケなんですが、
今回の出張で、こんな看板を発見した次第。
最近は地方自治体自身が、こういう広告を出しているのですね。
人口の減少に悩む自治体の、数少ない投資対象が移住促進。
そのこと自体は悪くはないのですが、
訴求のパターンが、どうも画一的だと思います。
確かに首都圏や、都会に暮らす人のあこがれとして、こういう心理は存在しますが、
だからといって、移住にまでいたる心理って、
控えめに書かれたキャッチ、「ヒルズ族よりロハス」とか、「100分で着く」っていう、
こういう告知要素だけではない気がします。
地方が、都会に対して、自分自身の魅力を
もっと明確にする必要があるような気がします。
この告知を見ている範囲では、他の地方ではない、
中標津でなければならない理由がどうも伝わってこない。
広告担当者の方と、広告代理店の方に、どうも想像力がイマイチだった気がします。
この広告費が、きっと地方の貴重な財源から捻出されていることを思うとき、
もうすこし、人の心を捉えるような表現を目指して欲しいものだと思います。
移住を、「iju」とかと言いかえるのには、どういう意味があるのかわかりません。
もしかしたら、「iju」という表現がかっこいいかなぁ、と思っているレベルなのか?
せっかくの貴重な投資機会なのですから、
もっと知恵を絞った広告をドーンと、やってほしいもの。
思わず、その元気良さに引き込まれるようなモノを作って欲しいと念願します。
ちょっと、辛口過ぎるかなぁ。(笑)
2007年07月25日
東京都心の北海道コーナー

東京有楽町の東京駅寄り側駅前の交通会館に
「北海道どさんこプラザ」っていうのがあります。
北海道がこのスペースを借り上げていて、運営は確かほくでんさんが行っています。
行くといつも大体、ごった返しています。
北海道の食材を中心に展示販売しているので、
食の「北海道ブランド」の強さを実感できますね。
で、この同じビルの3階に今度、札幌市がサテライトコーナーを作りました。
地元企業のひとたちの東京出張時にお使いください、ということで、
LANによるインターネット常時接続環境が完備したビジネスコーナーを設置してくれているのです。
メールでも案内があり、知人からも紹介されたので、
今回、有楽町で知り合いと待ち合わせたときに利用させてもらうことにしました。
スペースは一般用のデスクコーナーがだいたい10坪くらいでしょうか。
隣接して会議室もあって、20人くらいの収容が可能のようです。
デスクコーナーには電源とLAN配線がしてあり、
ノートパソコンを持参すれば、ちょっとした仕事を片付けるには快適。
って、わたしは大体持ち歩いているので、
こういう環境の場所が確保できるというのは、予定とかも立てやすくなっていい。
刻々とケータイで連絡が入ってくるので、
こうした環境も確保できれば、東京にいても仕事連絡がたいへん楽です。
今回は、都合1時間半ほど、お昼前後の時間、利用しましたが、
大切なデータをPCから取り出して加工して、
PDF書類を作成して、顧客先にメール送信したり
会社と連絡を取って、エクセルのデータを更新させたりも出来た次第。
まぁ、出張時ですから、都内のどこに行くかによって、利便性は一口では言い切れませんが、
JR有楽町の目の前ですから、移動のなかの拠点と考えれば、
まぁ、利便性は高いのではないかと思います。
できれば、簡易でいいので間仕切りなどを工夫してもらえば、
より使い勝手のいい、出張時の臨時オフィスに使えると思います。
現状だと、ややプライバシーというか、仕事に集中するのに
気合いが入らなければならない、という感じがありました。
まぁ、フリースペースなので贅沢は言えないのですが、
これからもっと北海道の中小零細企業の方が、東京とのビジネスを活性化させるのに
こういう取り組みは大変いいことだと思うので、
もっと、使い勝手を良くしてもらえば、みんな勇気を出して、
首都圏マーケットを切り開こう、という意欲も出てくると思うのです。
そういう公共投資と考えれば、ごくわずかなものではないでしょうかね。
いつも、公共のことに触れるときは辛口のことになってしまうのですが、
こういう狙いの良いことには大いに拍手を送りたいと思います。
北海道の中小零細企業のみなさん、大いに利用しましょう。
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2007年07月24日
演劇の青春

横浜の散歩道で見かけた薄汚れたテント。
関内駅の北側、大通公園に設置してありました。
大通公園って、札幌のシンボルの名前ですが、横浜にもあったんですね。
建築的に見ると、みごとに仮設そのもの。
よくもまぁ、こんなので公共空間の専有使用が認められているな
と、絶句してしまうような代物ですね。
「唐ゼミ」って書いてある看板なので、たぶん唐十郎さんの流れを汲んでいる
学生っぽいみなさんが主体でやっていることは明らか。
早朝、和気あいあい演劇論を戦わせているのか、
それともきのうの練習のことを話し合っているのか、
3人の若者が一睡もしていない感じで、ある熱っぽさを醸し出していました。
声を掛けてみると、市から許可を取って、きわめて安価な料金で
この場所の使用を許可されている、と聞きました。
一様に目に輝きがあって、なにかに打ち込んでいる様子が伝わります。
演目のこととか、聞いたりしましたが、残念ながら公演は見ることができないスケジュール。
わたしも昔、学生の頃、演劇に関わっていた時期があって、
こういう青春の過ごし方をしていたものですから、
今の青年たちも、同じように生息していることに親近感を持ちます。
演劇って、人間ってなにか、という事柄に真っ正面から向き合う部分があると思います。
人間の感情とか、ナマな部分をまるごと表現する、という部分。
それを自分の身体、全部で感受しながら表現するというものだと思うのです。
そのことにこだわって、それを全身で感覚するのに、
やはりこういう異形に身をさらす時期っていうものが必要な気がします。
いまはもう、こういう世界とは縁の遠い世界で生きているわけですが、
ときどき、伝統演劇とか、無性に観てみたくなる根底には、
この青年たちと同質な思いがまだ、からだのなかに残っているんだと思うのです。
こういう非日常的な異形な姿形から、日常の世界に生きる人たちに
どういうメッセージを伝えられるのか、
こういうたたずまいのなかから、どういうメッセージが生み出せるのか、
一度、もう一回、観てみたいなぁ、という気を起こさせてもらいました。
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2007年07月23日
中国的建築デザイン

横浜中華街のなかの目立っていた建物です。
見せ物的な要素が強い建物ですから、一般化して言うのは
どうか、ではありますけれど、
同じアジアなんだけど、そして、こういう文化は導入したんだけれど、
なぜか、少し変化している部分。
わたしには、どうも、屋根の端部の「反り返りぶり」が違うかなぁと
いつも感じています。
中国のこういう建築では、大体、ピンと反り返っていて、
いわば、立派さを誇示している、という印象。
ひげの端を反り返らせる心理に通じているのか。
それに対して日本のものは、どちらかといえば、優美さを強調表現している。
日本の建築はよく女体のふくよかさにイメージを重ねて
「ビーナスライン」というような言い方をします。
あと、極彩色の色彩感覚も違和感を感じます。
でも、これについては安土桃山の流れを引く日光東照宮とか
仙台の伊達政宗廟所などの建築では、
ほぼ同様のキッチュさが表現されているので、
大きな違いとは言い切れないでしょうか。
時代を経て、風化などで色彩が落剥する度合いで、
日本の方が、雨量が多い分、そのスピードが速いということなのかも知れませんね。
このあたりが日本の方が田舎なので、
競争的な部分が、より少ないと言うことを表しているのかも知れませんね。
権力が一番違うと思うのだけれど、
日本の場合は古代の国家建設の頃は別として、
天皇家が曲がりなりにも存続し続けたのに対して、
中国では王朝が変わるたびに、皆殺しが頻発しています。
中国が独裁型権力なのに、日本はどちらかといえば、調整型権力という感じでしょうか。
日本は西洋型の民主主義を形式上は受け入れやすかったのに、
中国ではいつも「革命」でしか、権力交代が出来なかった。
大国である分、そういう部分の明快さが必要だったとも言えるかも知れませんね。
また、中国では木造の技術がすっかり廃れていて、
ほぼ煉瓦の家にみんな住んでいると、聞きます。
一度、じっくり見に行きたいなぁと考えているところなんですが、
なかなか、出会いの機会に恵まれない中国建築とわたし、です。
みなさん、どんな印象を持たれますかね?
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2007年07月22日
巨大な隣人たち

やっぱり横浜といえば、ここに来てしまいますね、中華街。
写真は東側に面した位置にある門です。
日本と中国との関係って、本当に長い歴史を背負ってきている関係です。
大航海時代によって、ヨーロッパ世界が世界進出を果たすまでは、
日本にとっての「国際関係」といえば、
ようするに中国との関係が主要なテーマだったことでしょう。
中国という大きな光源の強弱によって、
日本のスタンスは変遷を遂げてきたといえます。
中国に巨大な中央集権国家が成立したことで、
その影響があって、日本にも「国家」が成立したのは疑いがありません。
文字の導入・律令の体制であるとか、仏教による「鎮護国家」など
関わり合いは、かなり直接的です。
第一、「日本」という国号自体、中国との地理的位置関係に由来するそうです。
古来、この列島社会の東端の文化地域と認識されていた
津軽・十三湊を中心とする地域の支配者に対して、
「日本将軍」という呼称が当てられていたように、
中国文明地域に対して、日の本、東側の果てに存在する、という意味なんですね。
日本が朝貢的に国家関係を行った遣唐使のころに
この国号を定めたようです。
そのこと自体も、やはり中国との関係性のなかで生起した。
中国という国家の基本理念は「中華思想」。
皮肉なことに、その基本理念を奉じて国家を作ると、
自分自身も「中華思想」を持たねばならなくなるのですね。
自らが「中華」であって、蛮国はへりくだるべきだ、という。
渤海とのやりとりなどに、そういう関係性が見られるそうです。
古代の外交関係で、東アジア世界ではこのことが難しい関係性をもたらす。
外交関係としては、結局は中国を宗主国として、
自らはその弟分のようになる朝鮮のような方向しかなかったのでしょう。
日本はそういう方向を明確には取らなかったので、
やや距離を置いた外交関係だったと言えると思います。
どうも、中国との関係というと、
こんな歴史的概観が先になってしまいます。それだけ付き合いが長いのに、
同じ文字を使っていながら、英語のようには会話が出来ないという日本の教育環境が、
相手をもっと理解しようという気持ちを起こさせないのかも知れません。
中国の人たちと会話しようとするときに
とっさに英語を選択してしまうというのは、
どうも、同じアジア人同士で、しかも歴史的にも付き合いが長いのに、
どうも、違和感を持たざるを得ないですね。情けないな、と。
みなさん、どう感じられるでしょうかね。
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2007年07月21日
横浜散歩道にて_1

久しぶりの横浜だったのですが、
疲れから、夜は中華料理を食べて早めに休みまして、
翌朝、あんまり人混みにならないうちに散歩を楽しみました。
やっぱり、早朝の時間はいいですね。
江戸時代には生活の工夫として
夏になると、サマータイム制に近いことをしていたと言われています。
まだ暑くなる前の早朝から働き始めて、
お昼頃までがんばる。
長めのお昼休みを取って、昼寝なども取る。
午後の仕事は早く切り上げて、
夕方くらいからは、水辺などの外で過ごして
熱帯夜をすこしでも過ごしやすくしていたのだとか。
まぁ、最近は異常気象。7月も半ば過ぎだというのに、
室内の冷房がきついと感じるような気候ですね。
いよいよ、地球の警告は臨界点にさしかかってきたのかも知れない、
と感じる昨今の季節感の異常さだと思います。
地球温暖化対策の切迫感は、まさに待ったなし。
わたしたちの星を、子どもや孫たちの世代、さらにその先まで、
生存可能で、持続可能な環境へと、人間社会システムを変えていくのは、
わたしたち、今の時代に責任ある世代の人間に
等しく課せられた重大な務めなのだと思います。
ホテルは関内周辺だったので、
横浜球場から中華街方向を目指して歩き始めて
偶然見かけた建物の写真です。
7階建てくらいはあるのですが、壁一面元気よく植物が被覆しています。
ここまでの壁面緑化は、たぶん目的意識的に取り組んでの結果ではないかと
容易に想像できますね。
目にも鮮やかで、街の風景に一服の清涼感を提供しています。
この建物のオーナーさん、良いメッセージを発していると思います。
こういうタイプの「美感意識」を涵養しなければいけないのでしょうね、
これからの社会は、きっと。
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2007年07月20日
バス停広告

きのうから横浜に来ています。
住宅関係団体の年1回の総会出席でしたが、
久しぶりの横浜、って30年ぶりっていうくらいです。
まぁ、浦島太郎ですね。
学生の頃は一応、横浜の住人だったのです。
っていうことは置いて、
街角で目に付いたのが、写真左のバス停とビルボード広告。
これって、一体のモノでして、どうもNYから来て新商売として始めているらしい。
バス停って言うと、写真右のようなのが一般的ですよね。
これはたまたまの散歩道にあったモノですが、
まぁ、洒落た方と思います。
でもあきらかに左側の方が格好良くて、お金もかかっているし、
第一、電気代が相当の経費になると思います。
しかも、公共のスペースと、公共バスの停留所なので、
運営主体自体は公共。
こういうことについての許認可が、案外簡単にできてきているのでしょうかね。
先日なにげに見ていた早朝のテレビでこのサービスについて、
NYの最新情報っていうことで、やっていましたが、
もう、日本でもやっていたとは知りませんでした。
連絡先として、外資系とおぼしき名前の会社名が書かれていたので、
やはり「市場の独占」を狙って、世界第2のマーケットである
日本の首都圏に進出してきたものと思われます。
たぶん、このデザインにたどりつくまでに相当の研究が重ねられてきたと想像できるし、
なによりそのビジネスモデルが、公共サービスの空隙を狙っているところがうまい。
最近、横浜市はその配布広報誌を民間のフリーペーパー事業者に
全面的に委託し始めたりしています。
このバス停も、そういう流れからの発想であるのかも知れませんが、
民間が、公共の持っている資産を活用して、
それをビジネスに仕立て上げる手法が、
これから華やかになりそうな、そんな予感がしますね。
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2007年05月22日
ほっとする小さな街路

先日の仙台での街並みのワンショットです。
っていうか、ふだんちょっと足が向かない小路を抜けていったら、
突然発見したスポットなんです。
場所は仙台市の駅東口側、ガーデンパレスホテルの裏手の小路。
あるマンションとおぼしき下駄履きビル、1階がちょっとした商店街になっています。
歩道の路面にはインターロッキングが敷き込まれていて、
周囲のアスファルトに対して、雰囲気を変えてある。
その歩道部分に対しては屋根がさしかけられている。
そして、ところどころには、お店前に木製ベンチが置かれています。
そして、その歩道を決定的に一種独特に感じさせているのは、
街路樹なんです。
気がつかなければ通り過ぎてしまうかも知れませんが、
4〜5mくらいごとに植え込まれている街路樹は、
その1本1本が種類の違う木なんですね。
なかには少し南国風の植物もあり、バラエティに富んでいる。
それぞれがちょうど新緑の季節の中で、あざやかな彩りをみせている。
そうした街路樹が、表情豊かな歩道に
さらにその印象を深めるように、陰影を与えているのです。
イベント会場に向かう急ぎ足だったのですが、
思わずシャッターを切ってしまった次第。
お店群も、食べ物屋さんなど、ちょっと覗いてみたくなるような、
庶民的なたたずまいを感じさせてくれています。
はじめて通りかかったのは明らかなんだけれど、
思いっきり郷愁を誘い出すような仕掛けに満ちた小路になっている。
こういう感覚は、気取りに満ちた現代的なショッピングアーケードとはちょっと違っていて、
また、雑多なにぎわいの市場のようなものとも違う。
こういう街路が連続していると、
絶対に名所に育っていくのでは、と思われましたが、
残念ながら、こうした試みは、この建物だけに終わっていて、
ほんの街の一隅の雰囲気にとどまってしまっている。
まぁ、周囲はショッピングゾーンというわけでもないので、
街並みの育成とか、個性ある発展などという考えはないようです。
でも、こういうタネのように置かれたものを活かしていくという考えも、
なにか面白いものを生み出していくのではないか、
そんな思いを抱いた街角、ワンシーンでした。
2007年05月20日
バッテリーで、またまたJAF頼み

仙台には車を置いてあります。
いつも常時、東北出張するので、公共交通機関を使うのは面倒。
やはりどうしても、自由の利く車が便利なんですね。
もう3年近く置いてあるワケなんですが、
今回は、出張の間隔が長くなって、3週間ほど経っておりました。
で、駐車場に行ってみたら、ドアが遠隔操作ボタンではロック解除しない。
「あれ、ヤバ・・・」と、内心おそれが広がり、
車に手動で入って、セルを回したら、起動しない。カシャ、とむなしい音。
あんまり予定まで時間がない、ってことで、大急ぎで近くのGSへ。
お願いしてバッテリーチャージしてもらって、
無事起動。エアコンなどの電力消費が激しいものは使用せず、だましながら走行。
なのに、当日の仙台は最高気温26度という暑さ。
北海道から移動してくると、ちょっとこたえる暑さなんですけど・・・。
仙台市内での用事を片付けてから、走行1時間くらいでホテルの駐車場に到着。
普通はこれくらい走行すれば、充電も充分だろうと思って、
心配することもなく、仕事を片付け、その後の会食、2次会と
ご主人様は、楽しく過ごしておりました。
ということで、翌朝、ややお酒の元気が残る頭で、
この件は、すっかり忘れていたほどだったのですが、車に荷物を取りに行くと、
症状が再発しておりました。
こんども、うんともすんとも言わない。
どうやら、バッテリーがへたっているのですね。
また、GSまでと、考えたのですが、こ