2009年06月30日
仙台名物「柳町・大日如来」

仙台の街中で、面白いなぁと
いつも感心しているのが、このスポット。
仙台って、伊達家の新開地であり、
江戸の下町といえるような街は少ないと思うのですが、
そのなかで、下町風情を感じさせるのがここなんですね。
由来をインターネットで調べると・・・
柳町・大日如来 [Yanagimachi・Dainichi-nyorai]
やなぎまち・だいにちにょらい
仙台市青葉区の柳町のシンボル、大日如来。仙台朝市から柳町通りに抜けると見えてくるのが、130個の赤提灯で囲まれた大日如来です。伊達政宗公が仙台城下の町割りをした際、使った縄の一部を焼いたところだといわれています。未年と申年の守り本尊で、境内には狛犬の代わりに羊と猿。西側のビルの壁には、まるで参道が続いているかのような開府四百年記念「大日の杜」の壁画もあり、夜間もライトアップされています。
っていうようなことなんですが、
後段にあるのが、この写真の「大日の杜壁画」であります。
でも四百年続いてきた記念としての事業にしては、
となりの「ビルの壁面画」というのは、さてどうなんでしょうか(笑)。
わたし自身は、こういうキッチュな発想は大好きなんですけれど、
このとなりのビルオーナーさんは、もし建て替えるとなったら、
この壁面画、どうするつもりなんでしょうか?
鉄筋コンクリートの建物の法定耐用年数は60年。
江戸初期からのスポットの歴史性から考えると
どうも、計算が成り立たない気がします。
まぁ、わたしが心配するようなことは先刻承知で考えられてはいるのでしょうが
そういう心配を見るものにさせながら、
後先は考えず(笑)、思いっきり派手派手に、
ビルの窓まで含めて写真画面とおぼしき壁紙フィルムで覆われている様は圧倒的。
いや、しかし、こういう素材では、長期的耐候性に問題もあるハズ。
色あせとか、合わせ部分の「剥がれ」とか、いろいろ
他人事ながら、ハラハラドキドキものだと考えられます。
そういう心配は、それこそ大日如来のご加護で
「心配無用」と一喝されるのでありましょうか(笑)。
なにはともあれ、行く末を見守り続けていきたい
霊験あらたかそうな、都市の中の神域であります。
北のくらしデザインセンター
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北海道・東北の住宅雑誌[Replan(リプラン)]|家づくり・住まいの相談・会社選び
2009年06月27日
城付きの駅

きのうは久しぶりに仙台出張であります。
打合せと取材なんですが、若干の時間を縫って
亘理の方へ行ってきました。
宮城県南部のこのあたりは、東北の湘南と言われていまして、
大変温暖なことで有名。
なんですが、まぁ、きのうは突き抜けるような青空で
風はさわやかなものの、夏本番を思わせる陽気。
色白中年にはちょっと厳しい暑さでございました。
亘理の古民家を訪ねてみようと思ったのですが、
目に飛び込んできたのは、なんと城郭。
一国一城の幕府の方針から、基本的に江戸期の城郭は一国にひとつですが
宮城県内には、仙台城の他に
特別に幕府に許されて建てた白石城だけだと思ったのですが・・・
なんと、亘理にもあったのかいな、であります。
つい誘われるように近づいていくと、
どうも鉄筋コンクリート造のようで、
使用途は図書館や郷土資料館のようなんですね。
表側に回ってみると、こんどは亘理のJR駅になっている。
公共事業として、こういう建築を建てたものなのですね。
ううむ、悪くはない。
単純ではあるけれど、シンボルとしての建築効果は高い。
わたしのようなエトランゼもつい釣られて見入ってしまう。
考えてみると、こういう公共建築デザインって、
近代主義の結果、全国どこにでも似たようなものや、
無理矢理個性的に考えられているような建築が多い。
まぁ、うんざりさせられることが多いのですが、
そういうなかでは、こういう単純なシンボルは清々しい。
亘理というのは平坦な土地柄なので、
こういう高さのある建築は、ランドマークとしても正解。
でありながら、三角屋根のユーモラスさが、
ちょっと笑える。
すっかり亘理の街が好きになってしまっておりました。
北のくらしデザインセンター
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2009年06月24日
道南上ノ国八幡の狛犬

ここんところずっと札幌にいて、
いろいろなイベント関係や、その段取りとか、
まぁ、仕込み的な仕事が多くて、しばらく新鮮な空気を吸っておりません。
今週は、金曜土曜と仙台出張が控えておりますが、
それまでにしなければならない準備も多く、
まったく別進行で、急ぎのこともあって、まぁ、なかなかゆとりがない。
きのうもまたまた講演を頼まれまして、
中小企業家同友会の会合だったのですが、
なんと、前日聞いていた方も約1名会場に顔を見つけて
「ありゃりゃ、○○さん、(汗)」であります。
困るんですよね、まさか両日とも参加という方がいるとは
夢にも思っていないので、テーマ写真とも、前日とまったく同じもの。
しかし、しょがない。
その旨正直に事前申告。
笑っておられましたが、なんと、終わってから
「何回聞いても面白かったですよ(笑)」というやさしい声かけ。
救われる思いがいたしました。やはり日本人、こういう心遣いに弱い(笑)。
っていうようなことでしたが、
すこし、気持ちだけでもゆとりを持ちたいと考えまして、
本日は、狛犬シリーズであります。
写真は道南上ノ国八幡神社の境内に鎮座していた狛犬。
若いときから、こういう神社仏閣の類を見て回るのが趣味という
ちょっと若々しくない(笑)趣味を持った男ですが、
50を過ぎるあたりから、
このどこにでもいる、というかある、
狛犬にふと、興味を覚えまして、
いろいろな場所の狛犬を時々、写真に収めて悦に入っております。
この道南上ノ国八幡というのは、源氏の流れを家系伝説にしていた
松前氏が、それをこれ見よがしに表現するために造営した神社。
以前に、日高の方の「義経神社」というのを見学しましたが、
あちらは素性間違いなく源氏であるのに、
正嫡の頼朝と離反したからか、八幡を名乗っておりませんでした。
このあたり、由緒自体にも疑問が付くところでしたが、
こちら、松前氏の源氏説も、さてどんなものなんでしょうか。
幕府の徳川氏が源氏を僭称していたので、
ゴマすりのように、「実は私どもも・・・」っていうようなことのような気もいたします。
そんな由緒を知ってか、知らずか、
まことに古びた狛犬。
ほとんどゴジラかよ、おい。っていう風情でありますね。
いや、逆にゴジラの表情はこうした狛犬がモチーフだったのかも知れません。
まことに勇ましく、悪霊をにらみつけている
勇壮な表情がなんともユーモラスなお姿と思います。
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2009年04月10日
さくら満開・仙台の春

まぁ、四季折々、オフィスのある仙台は訪れるのですが、
やはり、桜の季節は札幌から来ると格別。
仙台は札幌と年平均気温で4度ちょっと高いのですが、
東京以南とはこれも4度ほど違う。
日本は、東京以南、というか以西というか
と、それ以外の北方日本は、季節感が変わっていく。
そんなことから、札幌からすると、
仙台は数少ないお友達都市。
なんですが、この友だちは、どうも南の方にコンプレックスを抱いている。
北の方からすると、なんもいいっしょ、って思うのですが、
住宅の価値観など、悲しいほどに関東以南へのコンプレックスに満ちている。
4度寒いのに、我慢すれば、関東以南と同じだ、って、考えている。
札幌は、8度も違うから、もうきれいさっぱり別の風土と考え、
むしろ、北欧や北米の方に、インターナショナルな方向に向かう。
札幌はそういう志向性を仙台に「いっしょにやりませんか」と
誘わなければならないけれど。
どうも、北国的な口べたさで、うまく告白できない。
っていうような心象風景を感じている次第です。
本題、大きくずれている(笑)。
さくらであります、さくら。
いいですねぇ、最近はこの仙台の桜の名所・榴ヶ岡公園で眺めるのが
唯一の「お花見」になってしまっています。
札幌では、もう何年も花見をしていません。
写真のしだれ桜を堪能すると、まぁ、もういいか、となるんですね(笑)。
本日も、早朝から榴ヶ岡公園まで散歩いたしまして、
一気に満開になった桜並木に癒されておりました。
場所取りのゴザやシートが見られまして、
今週末が、いちばんのお花見のようですね。
楽天も「春の珍事」とか言われていますが、
なんと、開幕から5勝1敗という快進撃ぶり。
仙台は、この世の春のような、いい季節に突入しております(笑)。
でもこんどは、日ハムに少し負けてくださいね。お願いです。
っていうことで、ではでは。
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2009年03月05日
ガード下焼鳥屋

日本のサラリーマンの憩いの場として
いわゆる「ガード下の焼鳥屋」っていうものがありました。
仕事帰り、社内で連れ立って
「ちょっと、寄るか(笑)」っていうのが定番だった。
わたしも、石油ショック直後に社会人になって
まるで、人生を教えられるように
サラリーマンの先輩たちに連れられて、
やがては後輩たちを連れて、
こういう店に通ったものでした。
写真は、サラリーマンの街、東京新橋周辺のガード下風景。
電車の通る騒音がバックグラウンド音楽の基本リズムのようでもあり、
適当な間隔で、相手が何を言ってるかわからなくなるのが
お酒の酔いをこれまた適度に進めてくれる装置になっている。
自然、やや大声になってきて、
気兼ねなく、愚痴や議論が活発になってくる。
そういう喧噪が、通りに対してオープンになっているので
格好の宣伝方法になっていて
通りすがりのサラリーマンを吸引する磁場を形成していく。
「お、やっているな(笑)」って言う次第。
混み合ってくると、ドンドン、通路側にビールケースに板を渡した程度の
簡易的なテーブルがしつらえられていって
丸椅子が置かれたら、それで十分って言う雰囲気になる。
ビールケースの大きさはこういう事情も勘案したものになっているに相違ない(笑)。
しかし、よくしたもので、
そういう簡易な場所だから料金が安いという話は聞いたことがない(笑)。
パリのオープンカフェは美しく洒落ているけれど、
東京のガード下焼鳥屋も、丸天井オープンスタイルとしては
なかなかに味わい深い庶民文化だと思われてなりません。
小洒落た飲食店が多くなっているなかに
こういう雰囲気の店を発見して、懐かしくやっぱりうれしい。
さすがにカメラを向けられなかったのですが、
女性客の2人連れという方もいて、
微笑ましく、また時代の違いをくっきりと感じることも出来ました。
そんななか、昔の同僚と・・・。
ガンを患い、5年前に手術して、ことし初めに再発したという。
・・・・。余命、というような言葉が実感を持ってくる・・・。
そういう会話をしながら、という年齢になってきたのかと。
にぎやかな大声のバックグラウンドが
なにか、遠いように感じながら、時間を過ごしておりました。
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2009年02月05日
ビジネスホテル戦争

昨秋以来の景気後退で
出張客の減少が見られるという話題がでていました。
相次いで発表されている大企業業績の大幅下落とリストラの話題。
減速し、生産が急減している状況の中では
すべての業種で、経費の圧縮が最優先の課題になっていると思います。
ビジネスホテルは、年間の出張が50日を超えるような
わたしの場合、身近な話題です。
考えてみると、東横インが凄い勢いで全国にフランチャイズを広げた時期って、
企業の側では、支店の統廃合が推し進められた時期に符合していました。
統廃合して、支店設置のコストをカットし、
その分、東京などからの出張で顧客対応するようになった。
必然的にビジネスホテルの需要は高まったけれど、
その時期には、インターネット常時接続というホテル側の対応がなかった。
ビジネス現場では、たとえ出張中でもインターネット接続で
会社内情報システムに接続して意思疎通を図るのが常識。
そういう需要に対して、
ピンぼけな対応だったのが、既存の、立地と名前だけの
格式にすがった経営を行っていたシティホテル群。
首都圏は別にして、地方都市ではこの手のシティホテルの凋落は激しい。
一方で、東横インが仕掛けたブロードバンド常時接続と低価格路線は
後続の参入を呼んで、活性化して、
既存のビジネスホテルを巻き込んだ大戦争を呼んでいます。
北海道内の、たとえば帯広などは、
駅前がすべてビジネスホテル群が空地を埋め尽くしているような状況。
そういうなかでは、
既存の地域密着型のビジネスホテルというのはきびしいでしょうね。
どうしても不案内な土地では、なじみのある名前で
全国一律、だいたい同じサービスが受けられるという安心感が大きい。
どうしても、その地域の地方ホテルのことを思い出すまでには時間がかかる。
写真は函館のシエナホテル。
カミさんもOL時代には出張でよく泊まっていたということ。
一度、いっしょに宿泊した記憶もあるのですが、
函館に泊まることが決まっても、なかなか思い出すことってないものですね。
まぁ、函館のビジネスホテル戦争では
温泉付き、っていうのまで登場しているから、
サービス格差も出てきているので、選択するかどうか、
ではありますが、それにしても、目の前に見て、
そうだ、函館って,こういうホテルもあったよなぁ、
とようやく思い出す程度。
一地方中小企業者としては、ぜひ応援したいと思う反面、
上記のような理由で、なかなか選択しにくくなっていますね。
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2009年01月16日
函館、寒いです〜。

きのうは、札幌から函館へ移動しまして、
ある業界団体の年に1度の総会に参加、頼まれたスピーチを無事終了。
発達した低気圧が北海道北部に停滞し、
それに向かっての吹込などで、日本海側は大荒れ、
という予報でして、安全を期してクルマを放棄して列車移動。
しかし、札幌は比較的おだやかな拍子抜けするような天候。
「え、これならクルマの方が・・・」
とも思えるような陽気。
列車に乗っても、苫小牧くらいまでは、青空も覗いていました。
ところが、噴火湾を回り込むあたりから
にわかに風雪が強まり始めまして、不穏な状況。
函館に近づくにつれて、視界も不良になって参りまして、
どうも、きのうは函館の天候が全道でも一番悪かったのでは、
というような天候でございました。
夜に入って、市内を移動中にはブリザードのような猛吹雪もあり、
震え上がっておりました。
いやはや、軟弱な札幌育ちで(笑)、情けない次第です。
ですが、やはりブリザードの中のクルマ走行はなるべく勘弁して欲しい。
やっぱり、精神的ストレスは大きく、
どっと疲れが、あとで襲ってくるのですよね。
会合は、全国から90名を越すみなさんの大規模なもの。
PVソーラーという設備系のフランチャイズ総会なのですが、
比較的に温暖地からの参加が多く、
しかも、北海道の断熱気密技術を学ぼうという意欲の強いみなさん。
そういう意味では、「住宅性能」というものを体感できる
厳しい寒さのこの時期は、まぁ、おあつらえ向き(笑)。
ホスト役の地元の方も、「よかった」と発言されていましたが、
さて、参加されたみなさんはどうでしょうか、ね(笑)。
でも、その土地を知るには、その土地のいちばんいい季節と、
一番厳しい季節を訪れるのがいい、ともいいますから、
よかった、というのもやはり真実でしょう。
しかし、北海道内のわたしでも、函館がこんなに荒天
というのは、久しぶりのような気がいたします。
現場見学、長時間のセミナー報告、と
盛りだくさんの内容ですが、みなさん、精力的に
北海道から、いろいろなノウハウを得ていっていただきたいと思います。
やっぱり住宅の建築現場を見るのが
一番、面白く、しかも教訓も多いと思われます。
幾人かのみなさんも発言していましたが、
北海道人って、ノウハウについて、平気で教える人が多い、ということ。
そういうのがいいことなのかどうか、議論があるでしょうけれど、
そのあたりが、育ち始めている「道民性」というものなのかも知れません。
いかがお考えになるでしょうね、みなさん?
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2008年12月09日
南部鉄瓶

きのう、ようやく帰って参りました。
爆睡して、本日の目覚めは午前6時。
って、普通ですか(笑)
ただ、わたしは寄る年波もあって、早寝早起きなものですから、
6時まで起きられないのは久しぶり。
1週間6日をはさんで、前後の2週間は出張続きでございました。
まぁ、出張していると、集中して目的をかたづけられます。
そういう意味では、仕事に集中できるワケですが、
さすがに、疲れが溜まってきておりました。
写真は、岩手県奥州市水沢の新幹線駅前のランドマーク。
政治的に地域に配慮して出来た新幹線駅、「水沢江刺」という駅なので、
田んぼの中に出来た駅だったのですね(笑)。
「水沢」駅から離れているなぁ、とは思っていましたが、
5kmも離れているとは今回の新発見でした。
しかもほとんどホテルもない・・・。
っていうような、愚痴が目的ではありませんね(笑)。
こちらで降りて、レンタカーを借りたのですが、
その会社に置かれていたのが、左側の鉄瓶。
開放型の石油ストーブなもので、
石油燃焼臭が立ちこめている室内で閉口させられましたが、
まぁ、慣れている方達は、そうは思わないようですね。
ところが、そこで時間の合間に出してくれたお茶が「梅コンブ茶」。
それが、なんともおいしいのですね、これが。
これを飲ませてくれるなら、もう一回行ってもいいかなぁ(笑)、という味。
「これおいしいね」と言うと、
待ってました、という具合に教えてくれたのです、南部鉄瓶の素晴らしさ。
「この鉄瓶、いくらすると思います?」
そういわれても、全然手掛かりもありません。
聞くと、さる手仕事作家の手になるもので、ん十万ほどなんだとか。
それが、水道水をおいしく純粋化させるものか、どうか。
なんともまろやかな、舌の上であまくとろけていくような味わいです。
なるほど、鉄瓶とはこういうものか、と
くっきりとその機能性を感覚させてくれました。
さて、本日からは年の瀬の迫る札幌で
腰を落ち着けての仕事をすることが出来ます。
こういうごく普通のことが、ありがたいと感じられる次第であります(笑)。
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2008年12月08日
寒椿・山茶花

この花、山茶花なのか、寒椿なのか?
まぁ、よくわからないのですが、冬に関東以南地域を歩くと
色彩の乏しい冬を過ごしている北国の人間には
沖縄のブーゲンビリアにも似て
恋いこがれる南方のたおやかさを訴えてきて痛切に心を奪われる。
そんな花であります。
学術的にもよく見分けが付かないのだそうですね。
どっちでもいいけれど、寒椿といわれれば
一輪だけ可憐に咲いているという印象があり、
この写真のように豪奢に咲き誇っている状態からは
山茶花と言われた方がぴったりくる気もいたします。
北国からの旅人であるわたしは、この花が強烈な印象なんですが、
だいたい、関東の人に聞くとあまり感動がない。
まぁ、ありふれた冬の陽光の中の日常的な景色なのでしょうね。
なんと、もったいない心情なのか、と絶句します。
とくに高速道路にもたくさん植え込まれているので
走り回っていることが多いこちらには格別に目に入ってくるのかも知れません。
こんな綺麗な花があれば、
別にクリスマスツリーをありがたがる必要もないと思う次第です。
色合いもちょうどぴったりクリスマスカラー(笑)。
って、北国の伝説であるクリスマスには
北方の人間の潜在的な希求としてのこういう色彩への憧れがあり、
それで、クリスマスカラーが構成されているのかも知れませんね。
きのうは北関東、
宇都宮と埼玉県新座市で取材が2件。
宇都宮の撮影から、まっすぐ渋滞を心配し、かつカーナビを不安に思いながら
移動しておりましたが、なんと移動は1時間半で完了。
走行距離が120km程度ですから
北海道を走るのとほとんど同じであります。
埼玉のビルダーさんからさかんに渋滞のことを心配されていて、
3時間、とか言われていたのですが、
途中、一切渋滞はナシ。
たぶん、奇跡的に日曜のこの時間、というのがよかったのでしょうね。
おかげさまで、ゆったりと取材をできまして、
いろいろなお話を聞くことが出来て大変楽しい取材でした。
関東地域の地域性や、土地柄、ひとがら、
大変さまざまな情報を得ることが出来ました。
やっぱり、生活している現場から、立ち上ってくるような
そういう人間情報が、いちばんよく伝わってくるものがあります。
一般的に言われることの、実感的な意味合いなども
そういうお話しの中で、彩り豊かに感受されるもの。
どんな情報も、現場で知る必要があるということなのでしょうね。
にしても、寒椿か、山茶花か
どっちにしろ、その美しさ、かがやきに
心が奪われていくような感じがいたします。
さて、今日夜には、白いものが積もった世界に戻ります(笑)。
まぁ、こういうのもこれはこれ、の世界ですけれど、ね。
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2008年12月07日
参ったレンタカーのカーナビ

本日は北関東で2件の住宅取材がありまして、
きのうは岐阜県恵那での取材を済ませたあと、一路宇都宮を目指しました。
まぁ、時間にゆとりもあるし、そう渋滞もないだろうと
カーナビの言うまま、走行しておりました。
山岳地帯では一時、雪が降っておりまして
路面凍結も危ぶまれましたが、関東に近づくにつれ
写真のように富士山も顔を出すほどの天候に。
って、顔を出す、までは行っていないでしょうか
ちょっと、頭が覗いているって言う程度でしょうね、これは。
っていうようなことで、順調に来ていたのですが、
なにせ、はじめて走っている道。
タカをくくっていたら、PAがすっかりなくなってしまって、
ガソリンの量が心配なレベルに・・・。
八王子目前にして、「これは先にはもうないな」と観念して、
八王子で降りて、給油することに。
そうしたら、カーナビ、さっぱり「オートリルート」をしてくれない。
ほとんどフリーズしているんですね、これが・・・。
やむなく、再度目的地宇都宮を入力して、ようやく起動。
で、再度中央高速に入ってしばらくして、
高井戸で環八に降りて、そっちを走れと言う指示。
「このまま、首都高速に行った方が・・・」とは思ったのですが、
やむなく指示に従った・・・即、渋滞に突入ですね。
で、渋滞、やや緩和。っていう調子を繰り返していたのですが、
なんともカーナビ側からの指示が遅い。
かなり大きな分岐ですら指示がない・・・。
環八と、それ以外の道との分岐点では、ついに道路を認識していない状態に。
で、環八を選択したら、ついに「道なき道の走行」状態に突入。
道路の新設の方に、カーナビ側で追いついていないようなのですね。
都内の、一番必要なところで道案内の役を果たせない・・・。
数キロ、10分くらい走行していたら、ようやく「オートリルート」。
そこで指示された道が、都道440何号だかの道。
って、おい、ここかよ・・・、っていうくらいの車がすれ違えないような道。
おばあさんが不意に横切る、自転車がふらふら急反転する、
こどもは走り回るっていう道なんですね(汗汗)。
ほとんど、生きた心地がしない。
3kmくらいそういう「抜け道」を走らされて、ようやく「国道」に。
カーナビはもうほとんど信用できない状態なので、
道路案内板だけを頼りにした走行にチェンジ。
東京と埼玉県の境目あたりだとほぼ認識できるようになってきました。
で、本日取材予定のあたりの地域の地名が出てきて、
「和光IC」をようやく発見!
よし、ここへ行ければ・・・と、高速に復帰。
頼りは「東北道」への案内板。
ついに「川口JC」を見つけられて、ホッと一安心。
そのころには何食わぬ顔で、カーナビもまともな案内をしている・・・。
「もう、おまえの案内は必要ないよ」っていうところではありますが(笑)。
しかし、東北道への車線変更をハンドル切ってすぐに、
今度は、「宇都宮ー銀座」の路線選択が二股になっていて、ギョッといたしました!
これも突然、ふいに来ましたね。
たまたま、左側車線を走っていて、自然に宇都宮を選択できましたが、
とっさには車線変更は出来なさそうですね。
っていうような思いを味わわされた次第です。
う〜〜〜む。カーナビであります。
どうしよう、っていってもここまで来ればしょうがない。
そういうものと考えながら、あまり信用せずに利用するしかない、
って、なんかおかしいけれど。
まぁ、本日の走行路を下見出来たと考えれば、役には立っているのでしょうか(笑)。
なんとか無事に取材地点にたどりつけるように祈るほか、ありません。
やれやれ。
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2008年12月04日
函館山

きのう、おとといと函館で建築事業者団体の会合。
北海道内の工務店グループ・アース21の例会。
で、今回は、地元道南地域の地域工務店グループ・eハウジングとのジョイント。
こちらも地域の中で、地元密着を掲げて
さまざまな動きを展開しているグループです。
地元の5社で住宅用地を共同仕入れして造成し
自分たちの販売できる用地を協同で開発したりしています。
って、簡単なことのように言いますが、
これがまぁ、至難の業。
それぞれが独立自営の会社なので、ここまで歩調を合わせるというのは難しい。
全国的にもたいへん珍しい事例なのではないでしょうか?
聞くと、銀行を1社に絞って交渉して、
連帯保証なしで資金を借り入れ、確保できたと言うこと。
お互いへの信頼関係がなければとても出来ない相談です。
で、このようなことが可能になったので、
その土地からは利益を上げる必要がない、
自分たちは住宅を造って利益を得る会社、ということで
たいへん格安に用地を販売して、その分、住宅に費用を回せるようにしています。
言うは易く、行うは難し、というのがまさに感じられること。
こういう姿勢って、やはり必ず見ている消費者がいると思います。
ポリシーを明確にして、ユーザーに訴求することで
必ず大きなメリットが生み出されると思います。
っていうような会合だったのですが、
久しぶりに函館。
写真の「臥牛山」とも呼ばれる函館山であります。
明治の頃に函館が、日本が世界に対して開港した港町のなかで
驚くほどの天然の良港と言われたのは、
この山が穏和な港を守っている様子を称えた評価だったのです。
こんな大自然のもたらしてくれた良港を持ちながら、
それを活用せず、ひたすらアイヌからの攻撃を避けるように
要塞堅固だけれど、不便この上ない松前にしがみついていた松前藩が
北海道の自然な経済発展をどれだけ妨げたか、計り知れませんね。
松前藩が、維新の頃の長州や薩摩ほどの経済振興型の藩経営をしていれば、
北海道の発展は、まったく違った様相で展開したのは間違いありません。
そんな歴史のなかの山ですが、
まことに牛が寝ているがごとくの
なだらかでやさしい姿は、いつ見ても楽しいです。
漁り火の中の夜景で見るのもいいですが、
のどかな日射しの中で見るのも格別。
好きです、函館。
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2008年11月29日
高速渋滞との遭遇

北海道にいると、まず考えられないのが高速道路での「渋滞」。
まぁ、東京とか出張しているだけなら、
まず車を使って移動すると言うことがないので、
渋滞に巻き込まれることはありませんね。
なおかつ、首都圏ではなく、中部圏に移動と言うことではまず考えておりませんでした。
が・・・、やられましたね。
先週の23日、高崎から長野を経由して岐阜まで移動いたしました。
全行程は350kmくらいなので、
北海道で言えば、まぁ、毎日でもある移動距離。
昼2時前後に出発したので、道中は中央アルプスの山々を
「おお、スゲー」とか歓声を上げながらのドライブ。
カメラマンさんと同行なので、まぁ、馬鹿話で盛り上がりながら、
楽しくドライブしておりました。
ところが、道が中央道に入って、名古屋まで60kmくらいの距離案内板あたりから
徐々に混み始めたかと思うまもなく、
なんと、高速道路で停車せざるを得なくなった。
中部圏から、日帰りでの行楽客の帰宅ラッシュに、もろに遭遇。
さてさて、というところ。
幸い、のんびりPAで休み休みきたので、トイレなどの心配は
当面大丈夫ということでしたが、
はじめて走る道で、推測も付かないので、不安になりますね。
チョーのろのろ運転で、途中、一般道に降りるかどうか
決断を迫られますが、そういうときに限って行列が走り出したりする。
ということで、ずっと渋滞に付き合ってしまいました。
どうも、中央道と何本か交差する高速道路合流地点がネックのようで
そういう箇所を抜けると、しばらくは快調な運転。
ということで、60km地点から2時間半くらいはかかりました。
こういう経験をすると、今度は慎重というか、
疑心暗鬼に駆られるようになる。
翌日は東名を通って、首都高速を突破して、
大洗まで走破する予定でしたが
すっかり、首都の渋滞に尻込みせざるを得なくなりました。
やむなく首都高を回避して、北関東目指して
岐阜から長野経由、前橋から北関東道へ走りました。
総行程は700km超でしょうが、渋滞よりはいいだろう・・・。
ところが、PAで入手した高速マップでつながっていると表記されている
「北関東道」って、行ってみると道がなくなっている・・・。
夜の10時頃に、まったく見知らぬ土地で、古いカーナビでのドライブは
なんとも、疲れの溜まる行程でした・・・。
つながっていないなら、予定路線のところには
「開通予定時期」の表記があってもいいのではないでしょうか。
ふ〜〜〜、ということで参った次第です。
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2008年11月22日
駅構内の足湯

さて、今回の出張行脚も中間地点を過ぎたあたりでしょうか。
最終的には岐阜県にも行くことになりました。
本州各地をあちこちと巡り歩くことになる次第です。
写真は、ずっと若い頃に乗った記憶があるか、なしかの、
中央線の奥地、上諏訪駅を通り過ぎようとしたときのもの。
この時の目的地は松本。松本空港は、新千歳と定期便があったのですが、
最近の原油価格の高騰で、廃止を余儀なくされたのですね。
3年前くらいには直行便があったのですが、つくづく世の無常を感じます・・・。
北海道と信州松本、やはり定期的なビジネス客はそうはいるわけもなく、
観光客だけの需要では、定期便を維持できるだけの顧客数は獲得できないのでしょう。
で、やむなく移動手段をいろいろ考えた結果、
飛行機で羽田へ。そこから新宿から松本までの中央線特急列車を利用したのです。
やっぱり、日本の交通システム、東京からの放射状経路が便利に出来ている。
まぁ、ひがみごとを言ってもしょうがない。
便利のいい移動手段が出来れば出来るほど、
むしろ過疎化が進行して、便利のいいところは加速度的に便利になる。
効率化を優先して考えていく当然の帰結でしょうか?
便利のいいところは放っておいてもそうなるのだから、
なので、全体として考えるべきなのは、
やはり効率ではすくい取ることが出来ない地方などの部分なのでしょう。
小泉さんの「改革」以来、すっかり効率がすべて、という風潮が定着しましたが、
しかし、その本家で効率最優先だったはずの米国流が金融破綻を招いた。
小泉さん、いいときに引退しましたね。あるいはかくあるを見越したのか?
汗して働くよりも稼げていた、お金がお金を生むような「ビジネス」が
自分自身の毒で、今回悶絶死したような気がします。
ついこの間まで、勇ましく解散を言っていた新任の総理大臣さん、
どうやら、気絶しそうな世論調査結果に直面して
これなら、まだ、先に行っての人気浮揚にかけた方が得策と判断したようですね。
本来の景気浮揚策は、やっぱり解散総選挙しかないのですが・・・。
どうなるのでしょうか?
って、すっかり床屋政治談義になってしまった(汗)。
で、のんびり行こうという、
足湯ですね。
いいなぁ、入りたい、と思ったら出発の合図。
風情を感じるまもなく、停車駅でのワンスナップになりました。
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2008年11月16日
釧路へ早朝出張

きのうから釧路にきておりまして
写真のような展示会で講演をしています。
一般ユーザー皆さん向けのものなので、お役に立てるのかどうか
不安なのですが、まぁ、がんばっております。
ことしは釧路、あんまり寒くありません。
体感的には札幌とほぼ変わらない気温っていう感じです。
11月も半ばなのですが、
ことしは暖かい日が続いていますね。
ということなのですが、移動は汽車を使って移動しました。
釧路って、飛行機で来ると、千歳や丘珠での時間待ちと
釧路空港から市街地までの移動時間が余計にかかるんです。
なので、一回座ってしまえばなにもしなくていい汽車のほうが楽。
きのう、会場に着いたら旧知の大学の先生・S教授とばったり。
聞くと、先生も同時間帯で講演されるということで・・・
で、先生は飛行機で移動したけれど、
きのうは千歳が霧で、出発が1時間ほどの遅れ。
それも滑走路でずっと待機させられた、ということ。
そうすると、釧路の会場に到着するのは
むしろ汽車利用のほうが早い。
汽車だと4時間、飛行機でも都合、4時間近かったそうです。
そのうえ、乗り換えが千歳までJR利用で、
飛行機、さらに連絡バスと3回乗り換えがあるのです。
ということのようで、お疲れ様でした。
でも、列車移動で正解ではあったのですが、
なんといっても早朝出発で、あれこれ忘れ物で、飛び乗ってしまった・・・。
ケータイと、いつもの外出のお供、デジカメも忘れた。
きょうの講演時間まですこし時間があるので
擦文時代の集落跡があるという春採湖周辺に見学に行きたいので
困った事態になりました。
そのためにレンタルデジカメっていうのも調べたら
3000円くらいとられるうえに、店まで遠い。
やむなく懐かしい、使い捨てカメラを久しぶりに購入。
でも、これって、別にDPEの費用もかかりますよね。
残しておくならプリントもいいけれど、
やっぱりいまや、写真は圧倒的にパソコンで利用している・・・。
最終的にアルバムにするにしても、デジタル形式で保存しているので
結局、あんまり使い勝手はよくない。
時代の変化を、こういう事態になって再確認させられますね。
まぁ、それでもKIOSKで売っていたので、購入しましたが、
早晩、この商品はすべてデジカメに代わられてしまうでしょうね。
年とともに、変化の大きさ、早さに驚くことが増えてきています・・・。
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2008年10月27日
アルテピアッツァ美唄

北海道空知支庁・美唄出身の彫刻家・安田侃さんの
彫刻が40点ほど展示されている広場がアルテピアッツァ美唄。
前から一度、行ってみようか、と夫婦で話していましたが、
ようやくそんな時間が取れて、行って参りました。
もうそろそろ、北海道は降雪前の冷涼な気候の時期なんですが、
ことしはまだ暖かい気候が続いています。
まだ、大雪山系を除いて、峠でも降雪の便りは聞かれません。
ここんところ、子どもは子ども、夫婦は夫婦という
そういう時間消費が定着してきて、楽しい時間を過ごせます。
札幌から、のんびり国道を走る旅。
途中、岩見沢の駅舎も見に行ってきました。
知人がたくさん設計コンペに参加して、
その当選者や審査員もごく間近で知っている建築です。
まぁ、まだ完成していないので、意見は差し控えます。
っていうような寄り道しながらですが、昼前に美唄到着。
炭坑住宅が残っている地域の廃校になった小学校敷地周辺を利用した彫刻広場。
安田侃さんって、
昨年もローマ市内で作品展が開かれたそうですが、
彫刻作品がいろいろな場所に置かれて、そのなかでの関係性が
なんとも面白く、こちらがわに伝わってくる作品です。
そういう作家の、ゆかりの地での作品展示なので、
よりいっそう雰囲気が楽しく伝わってきて、
廃校などは現在、保育園として再利用されていますが、
その子どもたちの日常生活とも、安田侃さんの作品がコラボレーションしていて、
なんともユーモラスです(笑)。
玄関には、こどもたちの造形作品も並べられていて、
面白いおじさんが、子どもたちの心とずっと対話しているような
そういう様子が見るものに伝わってきて、
ほのぼのとこころがあたたかくなってくる時間を過ごせます。
きのうは日曜日ということで、
もうすぐ冬だという時期なのに、結構な見学客の数でした。
知人の建築家、圓山彬雄さんの設計した体育館再利用展示施設もあり、
なにより周辺の環境の自然が似合っていて、
そこから巣立った作家の内面が、独特の空気感の中にたたずんでいる感覚がします。
晴れていたり曇っていたりしましたが、
静かな佇まいの喫茶店にいて、周辺の自然を眺めていたら、
突然激しい降りの土砂降りの大雨になっていました。
さまざまに千変万化を見せる美唄の晩秋。
そういう時間が、なんとも豊かに流れていると思います。
一度、みなさん、訪れられたらいいと思います。
そこにある喫茶店で、「おいしいラーメン店は?」
って聞いたら、楽しくいろいろな情報を教えていただきました。
やっぱり地元の人の情報は面白い。
で、そのなかから、
「美唄名物とりめしと、ラーメンのセット」というお店「しらかば」へ。
メタボ定食ですが、これがうまかった、です。
まぁ、さすがに麺は食べきれませんでしたが(笑)。
近くには日帰り温泉もあります。休日、なかなか堪能できた次第です。
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2008年10月20日
マグロの解体ショー

JIA建築家大会、レセプションの様子です。
っていうか、おいしそうなごちそうを前に
お偉いみなさんのお話しが続いて(笑)、なかなか、食べ物にありつけなかったのですが
ようやく終わった、っていうところで
マグロの解体ショーを実演していただけました。
テレビなどでは見たことはありますが、
なんともすさまじいものですね〜。
迫力満点で、ちょっとかわいそうでもあるけれど
しかし、食欲は盛り上がってくる。
解体したてのマグロ刺身、行列しながら食べさせて貰いました。
うんまい、ですなぁ、これが!
レセプションは2時間以上続いていたのですが、
北海道と、東北と両方の支部にたくさん知人がいるので、
お話しをするのに忙しくて、
あんまり食事はできませんで(涙)、ちょっと残念でした。
はじめて参加したのですが、
関東以南の方とも知り合えて、有意義に楽しませて貰いました。
という3日間で、きのうは最終日。
昨年まで審査委員をさせられていて、気が重かった
「東北住宅大賞」の第1次審査の様子も全作品を拝見してきました。
全体として、シンプルモダンが主流のような気がします。
外壁がだいたいガルバリウム鋼板主流で、
それも白っぽいシルバー系の素地というのが多いなぁと感じます。
べつにそれがどうこうではないのですが、
結構、流行的にそれが増えてくると、
本当にこれでいいのか、っていうような気がしてきます。
っていうようなことで、
最終便で仙台から札幌に10時過ぎに帰還。
ふ〜やれやれ、というところですが
でも、JIA東北支部のみなさんは、本当に大変だったことと思います。
お疲れさまでした。
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2008年09月13日
都心の大寺院・芝増上寺

東京では芝・増上寺にほど近いホテルに投宿。
やはり朝の散歩は、広大な寺域を誇っているこちらに足を向けました。
ちょうど本殿にあたる「大殿」は修復工事中で、ネットがかかっておりました。
工事にあたっているのは、清水建設。
こういう国宝級の建築では、やはりこういうゼネコンが受注するケースが多い。
過去に見に行った大崎八幡宮とか、奥州市の立石寺など
大寺院の修復作業などでは、そういう面での技術要素が大きいのでしょうか?
ふしぎと清水建設の受注例にでくわしますね。
確か、京都の東本願寺もそうだったような記憶があります。
っていうような増上寺ですが、
門も、さすが都内中心地でもあり、鉄筋コンクリート製。
度重なる火災などで、まぁ、やむをえない構造選択なのでしょうが、
建築としてみると、やや寂しいものがある。
大殿内部が開いていたので、少し見学していましたが、
天井から降りる照明なども現代的なもので、まさに大型宗教施設、という印象。
そんなことで、ほかの寺域を歩いてみたら、
なんともめんこい地蔵さんがたくさん、風クルマを回している光景に目がとまりました。
千躰子育て地蔵尊
子育て安産に霊験あらたかとされる西向観音にちなみ、子供の無事成長、健康を願い昭和50年より順次奉安されております。毎年4月に大祭、7月には盆踊り大会が開催されます。
っていうような一隅でして、
なかなか壮観であります。
顔立ちはみんな子どものかわいらしさをたたえており、
それぞれに愛嬌があって、思わずほほえんできてしまいます。
みると、それぞれ花立てに○○家というネーミングが入っていましたので、
どれほどの布施料なのか、知るすべはありませんが、
こどもの健やかな成長を願っての親心が成せる技なのでしょうね。
大伽藍との調和・対比はなかなかにみごとなバランスを取っていまして、
長く残ってきた宗教施設というのは侮れない部分があると認識させられます。
多くが鉄筋コンクリート製なのですが、
一部、鐘突堂などは木造がわずかに残っておりました。
しかし、大殿正面を望むと、右手には東京タワーがそびえていて、
キッチュな都市の景観が展開もしてくれています。
この東京タワーも歴史的役割を終えて、
「史跡」として残っていこうか、というような諸行無常の現代。
歴史が複層的に交差しているふしぎ空間といえそうですね。
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2008年09月04日
カラスとんぼ

さて、本日は青森県五所川原で講演を依頼されております。
で、土曜日には盛岡でも講演会。
ということで、はじめて花巻空港に下りました。
東北の各県の空港、いろいろに利用しますが、
やはり利便性の点ではなかなか難しい。
とくに北海道からだと、たとえばこの花巻も1日2往復のみ。
ほかの空港ももっと少ないか、まぁ、2便。
仙台はANAとJALで合計10本くらいはあるので、どうしてもそっちになります。
今回は北東北なので、時間は不自由だけれど、
利用してみた次第です。
で、空港からはレンタカーを利用しようと言うことで、
空港向かいの事務所に立ち寄った途端、
まったく見たこともない、黒い生物発見。
飛翔しているのですが、チョウチョではない飛び方。
なんか、羽音が「バサバサ」というような印象なんですね。
で、目で追ってみると、どうもトンボの動き。
しかし、ハネが全部黒いとんぼなんて、北海道では見たことがない。
おもわず、「カメラカメラ・・・」と探し出して、撮影したものです。
都合良くは、なかなか撮れないのですが、
そのなかで、背景のスッキリとした場所で
停まってくれたときに撮影した写真です。
聞いたら、名前は通称、カラスとんぼ。
しかし正確には
ハグロトンボ(カワトンボ科)、体長60ミリ内外。翅が全体に黒いのが名前の由来。
というヤツだそうです。
さすがに岩手県も内陸地方で、周辺に豊かな自然環境が保全されているのか、
それとも、ことしは地震の影響で観光客の入り込みが少なくて
こういう自然の息吹に力があるものか、
どちらにせよ、忙中の一服の清涼感を恵まれた次第です。
いずこへともなく飛び去って参りましたが
夏の終わりに、楽しい自然観察ができて感謝しています。
ありがとう、カラスとんぼくん(笑)。
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2008年08月10日
鬼花火

昨夜は久しぶりに登別の温泉へ。
毎年恒例になっている親族の集いなのですが、
ことしはじめて、この鬼花火を見物できました。
登別を守っている鬼たちが夏になるとぞろぞろあらわれて
手持ち花火の舞いを繰り広げるという勇壮なもの。
話には聞いていたのですが、
なんとも豪快な花火ですっかり魅了されました。
きのうは夜8時半にもなるとすっかり寒さが襲ってくるような気温。
色々な地域から来ている観光客のみなさんたちの話を聞いていると
信じられない気温と言うことです。
でも年を追うごとに海外の観光客のみなさんが増えています。
日本って、アジア各国からの観光客や労働人口を含めて考えたら
日本人だけとは、まったく違った人口構成の側面を持っているのではないかと思います。
「現在的人口構成」とでもいえるのでしょうか?
まぁ、北海道にいると、こういう観光地くらいでしか
そういう現実に触れられないのですが、
首都圏地域などでは、政府統計発表とは全然違う労働人口構成が見えてくる気がします。
横浜市が旧来型の戸別調査では、海外からの労働人口を把握できず、
事実上の全戸配布をするタウン誌に業務委託してはじめて
こういう事実上の移民世帯を把握できて、その多さに驚いた
ということを聞いたことがあります。
移民政策という国の根幹の部分でも、日本的な不透明さで進めているのか、
本当に把握・コントロールができていないのか?
あるいは、日本政府は事実上の労働移民の開放政策をすでにとっていて、
一方で、日本民族だけの人口統計発表で
危機の面だけを強調しているのではないかとも推測してしまいます。
って、全然、観光的でない話に広がって申し訳ありません(笑)。
この鬼花火、ここ2〜3年で始められた催しだそうですが、
なかなかにいい。
「鬼」という単純なキャラクターは廃れにくいキャラだと思うし、
どんどん想像力で膨らんでいく側面を持っている。
多いに観光利用して、イベントとして成長させていって欲しいですね。
2千人くらいの観衆がきのうも集まっていまして、
クライマックスでは素晴らしい盛り上がり。
たいへんインターナショナルでわかりやすい側面もある。
ちょっと涼しいなかでしたが、堪能できた鬼さんたちの饗宴でした。
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2008年07月01日
サミット厳戒態勢

東京に出張してきております。
当社でもサミットに関係して、プレスセンターに北海道の住宅づくりを紹介する
DVD動画をようやく納品できました。
元の動画はReplan最新号の北海道版でバンドルしたCDと同内容なのですが、
そこは海外プレス向けなので
表記は英語に変換しています。
ところが、いろいろな単位表現が日本と海外では違いがある。
海外と一口に言っても大きな違いもある。
ということで、慎重に作業を進めておりました。
前から言われているのですが、
相当隙間面積の表現はまったく違いがあるので、
換算の仕方も難しいのですね。
住宅の性能を表現する、ということは比較的に新しい概念なので、
国際的な統一が不十分な点があると思います。
もっと端的には、温度の表現っていうのもありますね。
華氏と摂氏、さてどうなんでしょうか?
一応華氏を表示して、摂氏も併記する、とした次第ですが、
メートル法と、インチヤードの問題とか、混乱がいろいろあります。
っていうようなことですが、
それは別にして、出張に出て、とにかく警察官の姿がすごい。
高速道路を出たら、さっそく検問状態だし、
空港に向かう道路もそこかしこで警戒状態。
怪しそうな人相をしていると、即、質問されそうな雰囲気ですね。
羽田はたぶん、本日の北海道への帰路出発の方がきびしいでしょうね。
ちょっと心配ですが、都内でも官公庁の並ぶ霞ヶ関周辺もすごい。
きのうは特許庁に用件があって、訪問してきたのですが、
外来者へのチェックはきびしい。
仕事的に特段テロの標的とは思われない特許庁ですらこれなので、
外務省とかだと、相当なレベルの警戒態勢だろうと推察されますね。
まぁ、テロの標的が世界中から来るワケですから、
やむを得ませんね。
写真を撮ったりするのもはばかられたので、写真は都内地下鉄のポスターです。
サミットが過ぎ去るまで、北海道はちょっとした「戒厳令」状態に突入しそうですね。
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2008年06月12日
好きな花・ルピナス

ことしは、余裕を持てなくて
ひたすらこもって作業するような仕事が多く、
外を楽しむようなことがなかなかできません。
ということですが、2日間ほど会議参加で車で遠出したもので、
車窓から、初夏の北海道の季節感を感じて参りました。
出かけたのは、旭川・美瑛・白金温泉。
きのうは帰り、富良野に下りて、そこから林間道路を走って
高速道路は三笠に抜けるコースを取りました。
白金温泉から札幌まで、約3時間の時間ですが、
この林間コース、この時期に人気が出てきているのか、
以前からは考えられない車列が続いておりました。
ふだんは、というか、わたしも5〜6度くらいしか走っていませんが、
まぁ、ほとんど人家もまばらで、途中町もありませんから、
かなり走れる(笑)、道なのですが
あまりスピードは出せませんでして、助かりました(笑)。
ありがとう、たくさんの観光バスのみなさん!
で、道端のあちこちに
咲いているんですよね、この時期、ルピナス。
和名では「昇り藤」という呼び名。
ルピナス属(-ぞく、Lupinus、英 lupin)はマメ科の属の一つ。ルピナスの名はオオカミに由来し、吸肥力が非常に強い特徴を貪欲な狼にたとえたものである。和名はハウチワマメ属(葉団扇豆属)。根生葉が掌状複葉であることから付けられた。また、花の様子がフジに似ており、花が下から咲き上がるため、ノボリフジ(昇藤)とも呼ばれる。
耐寒性または半耐寒性の一年草または多年草、一部灌木状になるものもある。地中海沿岸地方と南北アメリカ、南アフリカなどに200種以上が分布している。葉には長い柄があり、草丈は50cm〜180cmくらいになる。春から初夏にかけて、雄大な総状花序をなし、蝶形花を多数咲かせる。宿根ルピナスの大きな物では、花穂が60cmにもなる見事な花になるが、暑さに弱く、暖地の気候にはあまり合わない。この属は、アメリカ、地中海沿岸地域などに分布し300種類以上ある。古代には食用、飼料用として利用された。日本では、明治期に緑肥用作物として導入されたが、現在はもっぱら園芸植物として栽培されている。
(以上、wikipediaからの抜粋です)
という花なんですが、
わたしなど、北海道の生まれの人間には、
野の花の代表っぽい感じを抱く花。
小さい頃、ようやく温暖な季節が到来するこの時期に
そのよろこびを表現するかのような花ぶりが印象に残っているのです。
3歳まで暮らした田舎でも、その後、札幌市内でも北大の広大な構内で野遊びしていて
巨大な夕焼けが空を染めるまで過ごすこどもの時間、
この花が記憶の背景を成していて、
ひとりで、車を走らせている時間、そういう想念で満たされておりました。
わたしだけなのでしょうか、
そうした幼い頃の記憶を呼び覚ませてくれるような花、
というのは、なんとも甘美な、いとおしさが募ってくるものです。
wikipediaでの記述を見ると、
日本在来種ではなく、北海道の土壌改良を目指して
欧米から輸入され、それが気候風土にマッチして
いまでは野生化したようにどこにでも咲き誇っている、ということなのでしょうか?
いっとき、楽しい時間を取り戻すことができた気がしました。
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2008年05月26日
応援したくなるキャンペーン

負けましたね(笑)。
今回は岩手県安比高原から車で仙台まで戻り、
そこから新幹線で東京に移動したんですが、
高速パーキングエリアで、なにげに目に飛び込んできたのが、
ごらんのボード広告看板。
どうも、こういうめんこい子どもを使われると弱いのは
広告の基本中の基本ではありますが、
わたしはもう、無条件で降伏してしまいます(笑)。
でも、この手できたか! という爽快感があって、すばらしい。
あ、わたし、基本的には広告畑出身なので、
広告手法的な部分で、そのコンセプトとか、考えたりするワケなんですね。
ヒットする広告って、色々な条件が重なり合ってのものなんですが、
そのなかで一番大きいのが、
いまの世間の感覚っていうような部分に対する感受性。
そういう条件のなかで、いかにして与えられた広告主の条件にマッチした
訴求ポイントを打ち出すか、が最大の考えどころなんですね。
この広告主は「半田屋」さんという仙台発祥の大衆食堂。
まぁ、安くて、腹一杯食べられますよ、
というわかりやすい企業メッセージを持った会社なので、
きわめてオーソドックスにいっても、メッセージ性は強いとは言える。
イメージ的に「どんぶりめし」というものがあって、
それを引き立てる脇役に、このめんこい子どもの表情を持ってきたのですね。
うん、いい、うまい!
とくにこどものほっぺたに御飯粒がくっついている辺りの
自然な演出がまことにハマっている(笑)。
この宣伝広告、いつ頃から始められたかはわかりませんが、
どのような反響になっていくのか、
興味が湧いてきますね。
国が進めている「メタボ」撲滅キャンペーンに対して、
「メガ」メニュー流行、というような反発の流れが出てきていますが、
この子どもの笑顔には、「メタボ」撲滅キャンペーンをまとめて粉砕するような迫力がある。
まぁ、それはそれ、なんですが(笑)、
なんとも応援したくなるキャンペーンです。
2008年05月25日
新高輪プリンス・飛天の間

プリンスホテルというと、いろいろ問題が指摘された経営で名高くなったのですが、
ちょうどきのう、卒業した大学の同窓会が表題の場所で行われていましたので、
前から一度、見学もしたかったので、行って参りました。
で、バブル時代の華やかさを表徴するようなエントランスでした。
表側から入っていくと、こういう室内噴水装置が来客を迎えます。
きのうの場合は、それほど多くはない参加者でしたので、
まさにゆったりとこういう装置を見学することができました。
おとといは日本を代表するデザイナー・亀倉雄策さんがデザインした
過剰な造形感覚のリゾートホテルを見た次第なのですが、
それにも増して、まぁまぁ、「よくやるなぁ」と唸ったところ。
地上階から、地下の飛天の間にいたる回廊が
機能としてのこの空間の意味なのですが、
こういう妖艶な空間装置をイメージするというのは、単純にすごい。
非日常性を訴求し、来るものの期待感を高める、というのがデザインの目的なのでしょうが、
ひたすら人工的素材だけで、都市的に造形してみたというところ。
なにか、歴史的建造物をみるような感覚に襲われました。
そうかも知れません。
20世紀終盤の都市・東京のある時期の
ある切実なリアリティが、ピンナップされたまま、時間が経過してきている。
そういう感覚が受け止める側に生まれてくる気がしますね。
きのうはなぜか、こういう同窓会とかのラッシュ的特異日なのか、
高校の同期会も、東京支部会総会が行われていました。
そちらのほうは気の置けない仲間内で2次会に顔出し。
東京での夜は、なかなか更けていかないようで・・・(笑)。
2008年05月10日
馬を見に行く

久しぶりに「競馬場」というのに行ってきました。
昔はときどき(汗)行ったことがあったのですが、
まぁ、さすがに最近はギャンブル系はとんとご無沙汰。
っていっても、ギャンブルが目的ではありませんで、
坊主が「馬を見たい」ということで「ばんえい帯広競馬」に来たわけです。
そういう目的なので、競馬場の出入り口手前にあった
「馬の博物館」みたいな建物にふらふらと・・・。
写真は、そこのなかで「馬の歴史」みたいなスライドショーがあって、
その一コマ。馬の先祖の動物、なんだそうです。
後ろ足なんか、ちょっとネズミの足に似ていなくもなくて、
きっと体高も低くて、小動物と言えるくらいだったのかも知れませんね。
そういう、まことに勉強になるところを抜けて、
いよいよ、競馬場ですが、
一日5レースとかで、到着してから1時間ほど開始まである。

で、ふと見ると、
「ビギナーのための案内所」みたいなのがある。
最近の馬券って、マークシート方式で自動販売機で買えるのですね。
なので、記入の仕方を教えてくれている、ということ。
「で、アタリ馬券はどう買えばいいのですか?」
ってとぼけて聞いてみましたが、
残念ながら、そういうのは「わたしにもわかりません(笑)」ということで。
やむなく、お馬さんをパドックに見に行く。
わからない。
しょがないので、タダでもらった出走予定表と、オッズ掲示板をみながら、
人気を見て、馬券購入するお馬さんを3頭選定。
で、くだんのマークシートに記入。
そうすると自販機から馬券が出てくる。
わからないし、適当なので、購入は100円券で2枚、200円。
こういう少額のでもいいのですね、最近は。
レースが始まって再びびっくり。
なんと、途中で停まっちゃうんですよ。
障害の坂が3カ所ほどあって、そこを超えるのに息を整えて
一気に登るのですね。
さすがに人気の馬は力強く乗り越えていきますが、
何頭かは、いちばんの山場でへたり込んでしまうようなのもいる。
立ち上がれなくなって、重いソリを外してもらうようなのまでいる。
っていうようなようすが、間近で展開していて、
馬券がどうこうよりも、馬がかわいそうになってくる。
レースの結果はそっちのけで、
さぼっているのか、反抗しているのか、の馬の方が心配になってきます。
っていうような体験で、都合400円ほどの投資でしたが、
めでたくオケラということで、
嵌らなくてすんでホッとしております(笑)。
負け惜しみですが、それよりも、馬の人間くささ(?)に
わが身の境涯なども重ね合わせるような気持ちになってしまった次第(笑)。
まぁ、お馬さんも大変だ、という体験でした。
2008年05月09日
売上目標を持たない企業

六花亭本店の正面壁面に張られていた告知です。
「吉野家に学ぶ」と題されて、発表されていました。
吉野家は米国産牛肉の輸入停止発表の時点で、牛丼の販売を休止しました。
「早い、安い」というキャッチフレーズの企業ながら、
その企業姿勢には、うなずく部分が大きかったと思います。
米国産牛肉というよりも、牛丼としてのうまさを追求していったら、
ある特定部位の牛肉に行き着き、
それが入手できないということになって、代替を考えられなかったということなんですね。
いや、「考えなかった」ということでしょう。
当然売上はまったく低下する。
吉野家は苦しかっただろうと思います。
それでも、あえて、代替牛肉を使わないで、豚丼やらのメニューで
なんとか乗り切ってきた。
多くの消費者は、こうした姿勢の吉野家をどう評価したのか?
一消費者としてのわたしは、けっこうその後も足を運んでいました。
新聞などのメディアも、好意的に「吉野家の業績」などを掲載していましたね。
米国産牛肉問題では、こうした吉野家の姿勢に米国は感謝すべきだと思いました。
今日、国内産のバターが生産量の低下に追い込まれているとか。
お菓子屋さんとしての六花亭にとって、
こういう事態って大変な事態だろうと思われます。
で、六花亭としては入手できる納得できる品質のバターの総量の範囲に
生産そのものを少なくします、と宣言しているのです。
そして、食に関わる企業として、
「売上目標を持たない」というように自らを規定していたのです。
売上目標を持たない企業。確かに、今日の右肩下がりの経済、
人口減少社会での企業活動を考えれば、そういった考え方も理解はできる。
しかし、企業とは常に最大効率を求める存在でもある。
このような宣言を生み出す企業の論理はさてどういったことになるのか?
経営の指針は、いったいどう考えていけばいいのか?
場合によっては、外部の株主から訴訟だって提起されかねない。
こういう宣言を可能にして、しかも企業存続させていける
そういう経営方針って、どのようなものなのか、
ふと一枚のこのメッセージペーパーに目が釘付けになって
深く考えさせられてしまった次第です。
2008年05月08日
中札内美術村

十勝といえば、やはり六花亭。
お菓子屋さんですが、地場産業として有力な企業。
もともとは札幌の千秋庵さんの十勝での別会社としてのスタートらしいのですが、
いまでは、堂々たる北海道を代表するような企業。
お菓子に文化性を盛り込んで、それを楽しませるような姿勢がすばらしい。
わたしが一番、感激したのは「ひとつなべ」というお菓子。
これは変哲もない、なべ状のモナカの中にあんが入っているお菓子なんです。
でも、そのネーミングに込められた物語がいい。
十勝は、晩成社という民間の開拓団が入植した地域なのですが、
国からの支援もなく、まさに自力更生のイバラの道だったそうです。
お金もなく、希望だけを持って北海道の大地に挑んだのですね。
そういうひとたちには、たくさんのお鍋を持参するゆとりがなかった。
で、開拓に必要な家畜もいっしょに連れて行った。
なべは、一家にひとつしかない。
しかたなく、ひとも家畜も「ひとつなべ」で食事を作って食べた。
そういうことを今でも忘れないように、という意味でお菓子に名付けた、
ということなんだそうです。
十勝のひとからこんな話を聞いたんですが、
ちょっとうつむき加減に話す、そういう語り口にも、
心打たれる部分が感じられて、素朴な風合いのお菓子に感動したのです。
で、やっぱり、そういう名付けのお菓子を作る企業姿勢に親近感を抱かされる。
その六花亭が運営しているのが、この写真の中札内美術村。
中札内の道の駅から5分ほどの場所にあります。
この美術村は、広大な柏の森の中に美術館が点在しています。
現在は4つの美術館と、食事のできるレストランなどがあります。
十勝でも大変好きなところで、何回か来ています。
今回は中谷有逸さんという地元の画家さんの風景画の一品に感動しました。
のですが、ここは一番ステキなのは
ゆったりとした柏の森を周遊しながら美術鑑賞する、という仕掛け。
「この森、美術館をわざとこんなところに作っているの、いいね」
というような坊主の感想でしたが、
やっぱりそういう部分は、誰にもわかりやすい。
背景としてのこの森は、美術品との出会いをさらに豊かに演出してくれる。
ちょうど、去年の枯れ葉が冬を越して残っている様子。
木でデザインされた小道も、脚にも目にもやさしくて
気持ちのいい時間を作り出してくれている。
六花亭では、この木の道をモチーフにしたチョコレート菓子も作っていました。
自分たち自身で、ブランドを作っていこうという姿勢に
いつもながら、畏敬の念を感じさせてくれます。
2008年04月24日
満開・展勝地の桜

きのうは盛岡の石割桜をご紹介しましたが、
ものの本や情報を見てみると、石割桜の品種はやはり、
エドヒカンザクラというのが正しいようです。
わたしの欲耳(?)のせいで、エゾと聴き間違えたものと思います。
この品種に何かを掛け合わせたのが、ソメイヨシノだとも聞きました。
って、申し訳ありません、これも伝聞ですね(笑)。
どうも桜の品種がどうこうというのは、不粋ということでしょうか。
単純に桜の美しさを楽しめればいいと思います。
今回の出張では、岩手県がメインでしたので、
仙台からの行き帰り、どうしてもここを見たくて、
早朝、行って参りました、北上・展勝地。
北上川の流れに沿って広がる河岸公園一杯に植えられた桜並木。
東北各地、色々な桜の名所がありますが、
便利が良くて、いちばん見に行くことができる場所です。
っていっても、今回のような満開ぶりは初めて。
芽吹きはじめる新緑と、淡いピンクの桜のコントラスト、
ゆったりとした北上川の流れ。
やはり、東北中でも1,2を争う名所と言えるでしょう。
早朝、7時台だったので、まだ散策している人も少なく、
まるで、満開の桜をぜいたくに楽しめました。
桜の木の間には、ツツジの木も植えられています。
こちらはもう少し後から、これもいっせいに花開きます。
こっちもいい風情で、楽しみではあるのですが、
今時期は新緑で、桜にコントラストの色合いを提供しています。
この展勝地、みんなの篤志で植えられた桜が育ってきて名所になったものとか。
弘前城の桜や、角館の桜が武家由来の歴史性を感じさせるのに対して、
大変庶民的で、好感ももてる次第です。
いっとき、癒される光景にうっとりさせられておりました。
大変、命冥加な思いをいたしました、ありがとう。
2008年04月23日
石割桜

きのうは盛岡市内で取材。
せっかく、桜の時期に盛岡に来て、見ない手はありません「石割桜」。
わたくし、花が咲いている時期には初めて見た次第。
この時期にはボランティアで観光案内していただけるようで、
この木が、エゾヒカンザクラであること、
いまから350年ほど前の江戸中期にこの地に屋敷のあった
盛岡南部藩の家老家の庭石が雷で割れ、
その隙間に桜のタネが飛来して、成長したと言うこと、
などの情報を聞かせていただきました。
桜の木としては日本で最初に天然記念物に指定されたものだそうです。
現在はすでにかなりの老木であり、
ところどころ、まるで絆創膏のような保護が施され、
また、支え木が何本も建てられております。
看るひとによってはもうすぐ寿命が尽きる、というひともいれば、
いや、何百年も大丈夫だというように見方が分かれるようです。
興味を引いたのが、この桜、周辺の桜よりも
咲くのが早いのだと言うこと。
という理由として、石の「蓄熱作用」があって、
そこからの温熱効果で早く咲く、ということなのだそうです。
もしそうだとすれば、この桜、
大変貴重な知恵をわたしたちに指し示してくれていると思いますね。
本州でもっとも寒冷として知られる盛岡で、
こういう自然のいとなみのなかに「蓄熱効果」が発揮されているって、痛快。
石をくりぬいて煙道を造り、温熱効果を得ていた
東アジア一帯に残るオンドルのアイディアに通じるものがあります。
ただ、こういう知識は日本ではあまり重要視されなかったのですね。
それよりも通風重視の家づくりの中の格式・様式部分の文化性の方に
はるかに民族的な情熱が費やされてきたのだと思います。
っていうような雑感を抱きつつ
桜の美しい饗宴を眺めさせていただいている出張行脚になっております。
ことしは東北、どこも桜が早めだそうで、
仙台はすでに葉桜の風情。
なのですが、やはり日本人ですね、
桜と春の空気感に、無上な沸き上がるよろこびがこみあげます。
民族的なDNAは確かに存在すると思いますね。
2008年04月17日
え、竜巻発電???

先日取材で伺った山形県寒河江付近で発見した野立て看板。
「なに〜〜〜、竜巻発電??」とびっくりするメッセージなんですね。
まぁ、新エネルギー研究の分野でもあんまり聞き慣れない。
でも、どうしてそんな新エネルギーのことが野立て看板になっているのかも、もっと不思議。
この付近にそうした研究を行っている施設などがあるということなのか
と、注意してみてもそのようではない。
っていうような経験をいたしまして、
その後、ちょっと調べてみましたが、
確かにそういう研究は行われていないことはないようです。
でも、どうも、怪しげな「投資話」のツールになっているというのが実態のよう。
新エネルギーなので、いま投資したら将来的な成長性が高いので
大きな利益を得ることができますよ、ということらしい。
そんなにいい話ならば、なぜ、銀行とか金融機関から融資を受けないのか、
なぜ、わざわざ説明が大変な一般大衆向けにこういう広告手段を行うのか、
第一、将来性があるのなら、電力会社に売り込めばいい。
どのように考えても、腑に落ちませんね。
こういう商法?に、だまされる人はいるのでしょうか。
ということなのですが、
わたしは広告の畑出身なもので、なぜ野立て看板を使って広告しているのかが
理解できなかったのですね。
普通はこういう怪しげな投資話は、インターネットとか紙媒体とかの
いわば「足の短い」タイプの広告手段を採用すると思うのです。
普通はこういう設置型の「足の長い」広告手段は採用しない。
想像するとすれば、そういうメディア系の広告手段からオフリミットされて
やむなくこういう手段を採用しているのか、と思われました。
でも、こういう野立て看板って、その地域の印象にも関係してくるもの。
「え、???」と思うような広告って、やっぱりふさわしくないのではないでしょうか。
場合によっては、こういう怪しげなのも容認する地域性なのか、
というように誤解を呼ぶようなこともあり得るのではないでしょうか。
まぁ、表現の自由もあるわけではありますが、やはりおかしい。
それと、色遣いのセンスなど、ちょっとすごい感覚。
インパクトの強烈さは確かにありますが、
それがいい方向の受取り方をされるかどうかという点では、大いに疑問。
くれぐれも、こういうのに安易に捕まりませんように。ではでは。
2008年03月27日
大慈清水

盛岡の旧市街散策途中で発見した湧水利用施設。
インターネットで調べてみると、
その昔、大慈寺の前には大きな沼があり青龍(せいりゅう)が住んでいたとか。
祇陀寺(ぎだじ)と原敬 の墓所がある大慈寺の二つのお寺の境内から清水が湧き出で、木管を通して共同井戸の水源としました。 これが青龍水と大慈清水で、これらの清水は雛壇形式の箱で造られていて、一番目が飲み水、二番目が米研ぎ用、 三番目が洗い水、四番目が足洗い用と決められており、今でも生活水として多くの人たちに利用されています。
ということだそうです。
市中をおおくの川が流れている盛岡では、
いたるところにこうしたわき水があって、利用され続けてきたようですね。
共同の管理費用を払って維持し続けてきているのだとか。
ある建築家の方から、「公と共とは違う」と聞いたことがあります。
そういう仕分けでいえば、この清水は「共」が民間で続いてきた
そういう側面を表すようなものではないかと思います。
官に支配されることなく、民間がお互いのために知恵と労力を
出し合ってこういう設備を維持し続けてきたのでしょうね。
その知恵が、使用法の決まりに端的に表されています。
平民宰相といわれた原敬の出身地に近いこともあり、
そういう人間を育む素地のような文化性を感じ取るのは、オーバーでしょうか。
飲んでみると、なかなかにおいしい。
水道水のようなカルキ臭さはなく、自然な透明感。
周辺には地酒の蔵元があったり、豆腐の製造元があったりしていて、
この清水が人々の暮らしに大いに役立ってきたことが感じられます。
英語の語感でいえば、「パブリック」
ということばの感覚に一番近そうな印象を与えてくれる清水です。
2008年03月07日
疲労困憊の審査終了

きのうは秋田県湯沢市からスタートして
仙台市にもどってもう1件見学し、その後、審査会終了。
3日間に歩き回った総移動距離はどれくらいなのか?
ということで、写真のような移動チケットでした。
新幹線や在来線を乗り継ぎ、福島県から岩手県。秋田県、宮城県。
東北縦断4県の旅でした。
審査の様子は後ほど、JIA東北支部から発表されると思います。
その発表を待ってから、わたしの感じたことなどを書いていきたいと思います。
審査そのものでは、わたしなりに強く発言もいたしましたが、
それぞれの考え方もあり、
落ち着くところに落ち着いたのかな、というのが実感。
まぁ、しかし、審査の旅というのはなかなか過酷。
最後に審査会場に入るころには疲労も極地、という心境でした。
とくに各県で各地のJIAのみなさんから大歓迎を受けて(笑)
3連チャンのお酒を飲んだのですが、これもなかなか体力勝負(笑)。
っていうか、あんまりお酒を飲まないわたしとしては、
これが一番きついところでした。
これで、2年間審査員を務めたのですが、
やはり審査員などというものは好きこのんでやるのは大変すぎる仕事ですね。
乗りかかった船だったので、やむなく引き受けた仕事でしたが、
この辺が限界だなぁ、と思えてきました。
しかし、審査員を引き受けたことで
いろいろ体験できないことも体験できた次第です。
北海道の住宅づくりの考え方を東北に広げていくというような
そういう意味では、今回見て回ったそれぞれで、その部分は手応えも感じました。
熱環境的な部分ではずいぶん向上が見られた物件も多かったと思います。
今回は表面温度計などを使って数字に基づいた調査もすこし仕掛けられた。
できれば今後、住宅を数字で科学的に考えていく
そういう部分が育って欲しいものという気持ちは強く思いました。
ようやく肩の荷が下りた次第ですが、
これからもできるサポートはしていきたいと考えています。
「よい東北の住まい」について、
より大きな動きが始まって欲しいと念願しています。
さて、また本日からはふたたび山形など、取材行脚が始まります。
長期出張もこれで6日目。
なんか疲れもピークを越えてきましたが、
ゆっくり(笑)、がんばりたいと思います。ふ〜〜〜〜〜、疲れる〜〜〜。
2008年03月06日
盛岡旧市街の地酒蔵元

わたし、あんまりお酒は飲まないのですが、
二日続けてお酒をいただく機会にめぐまれ、体調万全であります(笑)。
ということなのですが、きのうは盛岡と近郊で2件見学。
その間の時間を縫って、旧市街の地酒蔵元の建物を見て参りました。
新酒ができたよ、と知らせる伝統的な飾り物の常緑樹のぼんぼりに
なぜか、横綱が回されておりました。
想像してみるにたぶん、製造した地酒が
品評会などで特選に選ばれたかしたのではないでしょうか?
堂々たる体躯の飾りが、いやがおうにも立派さを増していて、
いかにも笑えるプロポーションです(笑)。
その店の前には、左写真のようなショーケース。
ちょっと古い時代感覚ではありますが、
屋根の小枝葺き、腰壁の半割丸太張り、という
少ない材料の中での精一杯のデコレーションぶり。
古い街道沿いの町家の佇まいの中で、
調和しながら、それでいて一生懸命にアピールしている様子が伝わります。
今日では、こういう目につくような仕掛け、
テレビ宣伝とか、街頭看板とか、
いろいろに考えられますが、そうした手段がごく限られていただろう時代、
また、そうした発想を持った宣伝マンがいない時代、
建築に関連する職人が、どのように商売人としての施主の
要請を考えただろうと、その工夫の足跡が偲ばれます。
東北住宅大賞審査の旅、2日が終わり、
本日が秋田県湯沢から、仙台まで移動の最終日です。
きのうは大曲から湯沢まで鈍行での移動も経験いたしました。
秋田県に入った途端に外は雪景色と、吹雪模様。
まぁ、それでも生死の境をさまよった昨年のようなことはなく、
比較的、天候に恵まれての道中になっています。
しかし、本日は見学2件のあと、審査会が予定されていて
たぶん、夜8時くらいまでの長丁場。
再度、気合いを入れ直してがんばりたいと思います。ではでは。
2008年03月05日
亜鉛閣再訪

さて、きのうから「東北住宅大賞」現地審査です。
昨年は車での移動で大雪に見舞われて、死ぬ思いをしたので、
ことしはおとなしく、新幹線などの列車移動で動いております。
JIAなどの建築関係の審査員の常連の古谷さんや、五十嵐さんといっしょで、
いろいろ勉強になることも多いです。
JIA東北支部さんから審査員の依頼があって、断り切れず、
お引き受けしているのですが、
まぁ、寒冷地住宅という点で、北海道の人間が入っていると
バランスも取れるというような判断なのでしょうか。
で、きのうは東北の一番南とも言えるいわきの近くの川内村。
写真の「亜鉛閣」さんの訪問でした。
郡山から直線距離で45kmということで、山道を走破するコースです。
しかし、山道なので、なかなか到着しない。
結局、食事を挟んで行きに2時間半近く掛かりました。
建築家山下和正さんの週末のくらしのための住宅です。
以前にもこのブログでご紹介したのですが、今回2度目の訪問。
はじめて行ったのは写真撮影でのときなのですが、
秋だったのできれいな紅葉を見ることができたわけですが、
今回は、ややゆるんできたとはいえ、冬。
ごらんのように建物前にある「調整池」は結氷しています。
茶目っ気のある古谷さんは、勇敢にも氷の上に乗っかっていましたが、
さすがに体重増に悩む当方は、丁重に命乞い。
この家はOMソーラーによって屋根面を暖める太陽熱を暖房として利用する計画。
中気密、というルーズな環境を前提にしているOMソーラーですが、
ここでは高断熱高気密仕様で、しかも2×6の壁厚で重厚に装備しています。
久しぶりに伺ったのですが、
温度ムラのない環境が確かめられました。
さて、この住宅を見たあと、郡山に戻り、
そこから新幹線で、仙台乗り換えで盛岡市に移動。
多くの建築家のみなさんから歓待いただいて、バタンキューです。
さて、本日は盛岡周辺で2件の住宅を見て、その後、秋田県湯沢市に。
なかなかな強行軍日程です。
しかし、住宅を見て歩くというのはやはり、面白い。
楽しみながら、おつとめがんばりたいと思います。ではでは。
2008年02月20日
札幌ー仙台ー八戸移動手段

東北での仕事で困るのが、この時期の移動手段。
まぁ、この時期だけに限らないのですが、とくにこの時期、
北東北地域の東北自動車道は、安代あたりで、ちょっとした吹雪で通行止めが多い。
いろいろ辛い体験もしているので、避けたい。
で、仙台からであれば、迷うことはそうはないのですが、
札幌からの移動という条件では、毎回迷いまくる。
今回も、仙台に入って、東北全域を移動したあと、最後は青森県八戸周辺で取材。
そこで仕事は終わるのだけれど、
八戸から、札幌へと移動する手段でいつも迷うのです。
普通に考えれば写真のような「乗り換え案内」コースなんですが、
札幌到着まで汽車に缶詰め7時間超。
もうすこしお金がかかる手段だと、三沢か青森から飛行機なんだけど、
これは、すごく経費がかかりすぎ。
それと、時間が制約されていて、なかなか会わないのですね。
そういうことから考えると、
移動距離は大きく増えるけれど、
時間はむしろ節約できて、比較的選ぶこともできる、しかも経費的にも選択肢が多い、
ということから、いったん仙台に移動してから
飛行機を利用した方が、すべてに得策なんですね。
飛行機会社のローカル線の料金の高さ、
それと比較した幹線路線の競争の激しさから来る価格競争、
それと新幹線の利便性を組み合わせて考えると、そうなる。
時間の面でいえば、八戸からこのコースだと、夕方5時前くらいに出て
仙台空港から千歳に来られるのは夜の9時15分。
札幌到着が、10時前なので、トータル5時間なんですね。
差引2時間以上有利で、しかもちょっとした時間のある空港でメールチェックも可能。
それでいて、仙台ー札幌間の有利なチケットも利用可能なので、
トータルの旅費も抑えることができます。
どうしても、幹線優先の考え方でしか運行できない
大量輸送手段の特性から来る矛盾点と言えましょうか。
いつも疑問に思うことなんですけれど、実際こうなんですね。
まぁ、宮崎から沖縄に行くのに、
結局、いったん羽田に行った経験がありますが、
そうしたほうが、時間も経費も節約できる、っていうのと同じなんですね。
でも、度重なってくると、やはり疑問が膨らみます。
これから、新幹線が札幌まで延伸になるかどうか、
ことしが最終的な決定時期のようで、だからサミットが北海道に来たのかな、
とも思うのですけれど、
そうなると、このあたりの事情が変化するものかどうか、
そもそも、北海道と東北地域の移動ニーズが
どこまで安定的に存在するのか、大量輸送企業にとってもむずかしいですよね。
さて、どうなるものでしょうか?
2008年02月11日
青いライオンのシーサー

さて、趣味の「シーサー探し」ですが、
って、あんまり知られてはいないでしょうね(笑)、
全国の面白いシーサー像を見て歩くという、勝手な趣味を持っています。
まぁ、旅費交通費はかかるけれど、
それは仕事などで行くついでなので、それとしてはお金かからない、
歩き回らなければならないので運動になる、
というけっこうだらけの楽しい趣味です。
そういう心がけをしておりますと、情報なども来るし、
なにより、道端の名もないシーサー像たちが語りかけてくるようでもある。
たまたま、そのときにカメラを持っているかどうか、
それが最大問題という趣味ですね。
というようなことなんですが、
東京上野、博物館巡りの最中にお目に掛かりましたね。
ごらんの像ですが、
由緒を調べたら、ずいぶんと高貴な出自を持つシーサーであります。
この像が置かれているのは、
重要文化財に指定されている、日本初めての洋風美術館「表慶館」エントランス。
なんでも大正天皇ご成婚を祝して建築されたそうです。
表慶館
1909年(明治42年)、東宮皇太子嘉仁親王(のちの大正天皇)の成婚を祝う目的で開館した。設計は宮廷建築家の片山東熊(かたやまとうくま)。建物は重要文化財に指定されている。展示室は1・2階に9室あり、長らく考古資料の展示に使われていたが、平成館開館以後は特別展示等に時折使用されるほかは閉鎖されていた。その後、教育普及センター「みどりのライオン」が開設され、レクチャーやワークショップ、スクールプログラムが行われている。
という由緒書きWikkipediaに載っております。
そういう建物なのですが、
シーサーとしての青いライオンは、シーサーらしく阿吽の形相で
左右から訪れるものを睥睨しております。
が、どうもそういう迫力は感じられない。
いまいち、シーサーのユーモアには到達していないし、
形相のおどろおしさで威圧する、という態でもない。
どうも、ふつうにライオンが2匹、場違いにいる、という雰囲気。
どうも、竣工当時のアイデアと、実際の立ち上がった雰囲気とのあいだに
濃密さが感じられない仕上がりではないかと思います。
想像すると、洋風建築としての格式と、伝統的なシーサー像との
バランス感覚が、宮廷建築としてうまく消化しきれなかったのでは、
というような感じがいたします。
とはいえ、残された青ライオンシーサーには責任はない。
屈託なく、広大な博聞館前の広場で番をしております。
まぁ、かわいいといえるでしょうね。
本日は、やんごとなき由縁を持つ、シーサーのご紹介でした。ではでは。
2008年01月30日
東大雪の山並み

写真は先週、帯広から旭川に都市間バスで向かったときに遭遇した風景。
というか、四季折々、北海道の風景を見ているわけですが、
やっぱり、この時期の白銀の山々と青空のコントラストは最高。
なにも考えずに、この風景を眺めながら暮らせるのはやはり、一番自然でいい。
たしか、航空写真で北海道の風景を撮り続けている方がいて、
その方が、「北海道の自然は北半球でももっとも美しい」と言っていましたが、
本当にそう思います。
空気の透明感が全然違う、清涼感がすがすがしい。
近年、アジアのみなさんや、オーストラリアのみなさんが
この北海道のことを愛してくださるようになって、本当にうれしい。
きっと、海外のみなさんから見ると、宝石のような自然景観なのでしょうね。
雪が美しく現代的快適機能が整っているアジアというのは、
やはり東アジア世界の中でも、北海道が特異な位置を占めるのだと思います。
ロシアでは、いま、ウラジオストックを
300万人規模の極東エネルギーセンター都市として
発展させたいという構想があるそうですが、
近年はそういうエネルギー戦略の成功で発展するロシアなども
もっとも近い文化レベルの高い、自然豊かな観光地として
北海道へやってくる人たちが増えてきている。
これからは単に、日本の中の北海道という考えばかりではなく、
もう少し拡大した世界観の中で、東アジア地域全体の中で、
このわたしたちの風土の自然環境資源を
大いに利用する方法を考えていかなければならないと思います。
身近な住宅建築の世界でも、
ウラジオストックの高級住宅需要が、北海道の建築関係者に対して
オファーを出してきているというような現実も出てきています。
聞いてみると、現地では「木造」という概念がまったく存在しないのだそうで、
技術者のレベルが、考えられないほど低レベルだということ。
住宅のオファーはあるけれど、
それこそ、1から木造技術を持っていかなければならないのがネックとか。
しかし、北海道人も積極的にこういう世界の経済交流に
打って出ていくべき時代が、そこまで来ているのかも知れませんね。
国内だけの、景気がどうこう、だけでは生き残っていけない時代なのかも知れません。
2008年01月24日
北海道内駆け足17450円の旅

きのうは前日に入った帯広を、早朝に発って、
旭川へ移動。っていうことなんですが、
帯広から旭川って、移動手段がほとんどないに等しい。
JRはあるにはあるが、鈍行で5時間かかるし、時間もまばら。
他には、かろうじて「都市間バス」なんですね、3時間半。
この時期って、いつ何時、とんでもない天候がやってくるか不明。
一回、生死の境をさまよったこともあるので、
車での移動は避けるようにしています。
まぁ、取材などでは仕方ないのですが、今回は目的地が各一カ所だけなので、
それもあって、公共交通機関を利用した次第。
ところが、ホテルが十勝川温泉のホテルなので
帯広駅まではタクシーだと3,000円かかる、と聞いてもったいない。
ということで、聞いたらホテル前に路線バスが朝、7時18分に来る。
それだと、500円。速攻、そのコースを選択して、
前日の夜遅くまでの大討論会の余韻を残しつつ(笑)、
食事も超特急で朝飯を飲み込む感じで済ませて、何年ぶりかの路線バス乗車。
で、駅で30分ほどの待ち時間で都市間バスへ乗車。
さすがに需要が少ないのですね、帯広からの乗客は4名。
ちょこちょこと各地の駅に止まりながら、
ようやく旭川駅に到着。
ちょうど昼時なので駅前で「旭川ラーメン」を掻き込んで、そこからはタクシーで目的地へ到着。
用事を済ませてから、道に出たら今度はおあつらえ向きの生活路線バスが・・・。
まぁ、目的地もたいして確認せずに飛び乗って、乗車していた高校生の諸君に聞いたら、
みんなで親切に教えてくれましたが、なんと目的地は旭川駅。
たまに若い人たちと会話もできてなんとなく若やぐ。うれしい。
ラッキーだったんですが、「区間チケット」を取るのを知らずに
乗車料金は確か30円くらい損した、200円とのこと。
でもま、タクシー使うよりはずっと割安に済ませられまして、
そのまま、今度は指定を取っていなかった自由席特急券で札幌行きに乗車。
これはほとんどが自由席で、指定席車両は1両だけなんですね。
わりにラクチンに席が空いていまして、札幌。乗り換えもスムーズに地元の「琴似」へ。
っていうような、きょうのブログはなんのテーマか、不明ながら、
大急ぎ、駆け足行脚でした、ということであります。
結果、かかった費用は、最初の路線バスが500円に都市間バスが3150円に、タクシーが950円。
路線バス200円に、JR特急&各駅停車2駅分で、4480円也。合計10,230円。
それに、前日の札幌→帯広が片道で7220円でしたので、総合計は17,450円でした。
こういう出張精算になんの情報公開の意味があるのか、
どうも内容のないブログになってしまいました、申し訳ありません(笑)。
でも、なんか、面白かったのはあるんですよ。
普段は車で移動ばかりなので、たまにこういうふうに
公共交通機関を利用するのは新鮮で楽しい。っていう次第であります。
写真は、特急の車中から空知地方の雪原風景を。けっこうな大雪ですね。ではでは。
2007年12月23日
遠刈田温泉・神の湯

ことしもそろそろ押し迫ってきてましたね。
天皇誕生日が年末に来てから、この時期って、
ちょっと味わいが変わってきた感じがあります。
そろそろ今年を振り返り始めるような連休、といったところです。
ことしもいろいろ巡り会えた温泉。
最近は、ビジネスホテルだけれど温泉付き、っていうのが増えてきた。
そのうえ、インターネットの常時接続環境っていうのが
出張族に受けているのだろうな、と実感します。
考えてみると、東横インの大当たり以来、
ビジネスホテル大戦争がにぎやかに展開していますね。
これって、背景に企業の「支店リストラ」があるのではないかと思っています。
これまでは、支店・営業所拠点を持って運営してきたけれど、
経費的に支店や営業所は今後、リストラされて、
整備される交通網を利用した「出張」で、地方での企業活動を維持する。という方向。
地方都市でのシャッター街化と、ビジネスホテルの出店が
同時進行していると感じるのはわたしだけでしょうか?
って、話題が完全にずれました(笑)。
印象に残った日帰り温泉と言うことで、
これがなかなかよかったでした、遠刈田温泉・神の湯。
高速では東北自動車道・白石インターから
宮城蔵王を目指して走らせる道の途中にあります。
高速インターから30分くらいでしょうか?
建物の外に、無料の足湯を提供していて、これについ、吊られて
みごとに温泉に、「釣り上げられた」次第なんですね(笑)。
なかは青森ヒバの香りが、むせかえるほどに充満しておりまして、
「掛け流し」温泉のふくいくとした肌触りとともに癒されます。
結構、地元のみなさんの利用が多いあたり、
湯の品質についてはレベルは高いのだろうと推察されました。
歴史はけっこう古いのだそうですが、
まだまだ木の香りも新しく、清潔感もあります。
というようなことで、オススメの日帰り温泉でした。
値段はすいません、忘れました(笑)。が、そんなに高くはなかった。
っていうか、地元の人たちが毎日来るような
銭湯並みの値段だったと記憶しています。
あいまいなご報告ですが、許してください。ではでは。
2007年12月01日
緑地をいろどる造形ゲイジュツ

きのうは仙台市泉区で取材。
で、若干、時間が早く到着したので周辺緑地で時間待ち。
ということで、沼に面した公園のような場所に行きました。
スタッフは4人だったのですが、
クルマを止めて外にいると、なにやらちょっとずつ、景色が変だ??。
で、「あれ、これなんだろう、あ、動物が描いてある・・・」
「あそこにも・・・、ここにも、ある、ある」
というような発見が続出いたしました。
どうも、緑地一帯にイタズラとも思えない、動物の造形が置かれているんですね。
写真はその一例です。
ちょっと目には、それと気付かないくらいなほど、環境に溶け込んでいる。
カメレオンのようなのが、樹上で止まっているトンボを狙っている・・・。
季節は12月なんですから、ありえないけれど、夏ならばふしぎとも思えない。
大きさも、実物大くらいになっているので
目くらまし効果は抜群なんですね。
目を転じると、猫が鳥の餌台周囲で待ちかまえているとか、
さまざまな動物、鳥、その他人形作品など、雑多に置かれたり、木に吊り下げられたり、
まぁ、こういう作品が、それこそ、
傾斜緑地周囲にそこら中、という感じで置かれていました。
その後、取材先で聞いたら、けっこう周辺では有名とのことで、
ある住民の方が長年のアート作品として作り続けているんだそうです。
昔は農業用水のためのダムだったという沼地というか、池。
周囲は金網柵などで囲われていますが、
緑地になっていて、ちょうど池を囲んで対岸側は豊かな森山が広がっています。
案内看板はすでに枠を残したのみで錆びて剥脱していますが、
そこにまで動物の置物などが添えられています。
こういう自然の残る背景のなかで、芸術的創作意欲が、まさに爆発しちゃっている感じ。
非常にキッチュで、遊び心が炸裂していて、
たぶん、こどもたちにも人気があるのではないかと思われます。
こういう創作こころって、実に楽しいなぁと。
このことについて話すときの住人の方たちの表情が柔らかくて、
そういう理解を生み出すようなユーモアがきっとあるんだと思います。
ぜひ、これからも造り続けてほしいものだと、感心した次第。
2007年11月17日
秀峰富士山

さて、岐阜県での取材を終えて
名古屋から新幹線に飛び乗って、やれやれとひと眠り。
で、目覚めたら、左手にありましたね、富士山。
新幹線って、もともとは東海道線だけが運転していた時代から
何回も乗車していますが、
やっぱり富士山付近になるとワクワクしてしまう。
日本人であることを否応なく肯定させられる瞬間といいますか、
やっぱりこの山は、一ランク抜けている存在。
北のほうでも、会津磐梯山、岩手山、鳥海山、岩木山、
海を越えても羊蹄山、駒ヶ岳、利尻山、さらには大雪山系など、
すばらしい山々がそびえていますが、
やはり、富士山のすばらしさは単純に感動いたします。
って、しかし、東海道新幹線の中では、ほとんどビジネスマンなので、
富士山って言っても、クールなもので誰も無反応。
カメラを取り出して、なんていう人はいない。
ということで、恥ずかしいので、何食わぬ顔で、ひとりデッキに出て、
富士山に向かって列車の窓越しにケータイのシャッターを押した次第。
ちょうど、右手に傘雲も掛かっていい案配。
晴天が続いて、みごとな山容が迎えてくれていました。
このあたり、昔というか、
わたしたち北海道から来た人間が初めて富士山を見たのも
修学旅行での新幹線乗車のときなので、
格別に思う心があるのかも知れません。
毎日のように東海道新幹線を利用している人たちにとっては
まぁ、ありふれた日常の風景なんでしょう。
しかし、田舎からタマに来るものには非日常体験そのもの。
たまに外人さんがいると、いっしょにうれしがれるのですけど・・・。
今回の出張では、宇都宮からの東北新幹線でも
晴天で、空気も乾燥していたせいか、くっきりと山容を見ることができました。
2方向から、富士山を見られた次第です。
静岡県は当然として、首都圏、埼玉などからも見ることができる。
それはもちろん、関東平野というのが広大だ、
ということもあるでしょうが、
富士山の巨大さを明瞭に理解させてくれますね。
やっぱり、日本には富士山ですね。異議なしです(笑)。
2007年11月07日
中国風な狛犬発見

ふたたび狛犬の話題です。
っていうか、狛犬は好きなんですけど、この間、
変わった、というか、猿としか見えない狛犬?を見てから、
つい、狛犬を観察するクセがついたようなんです(笑)。
そんなふうに見ていくと、狛犬って本当に千差万別。
別に工業製品のように大量に同じモノを作っている、というものではないようです。
狛犬って、Wikkipediaで見てみると、
狛犬(こまいぬ、中国語:石獅子、英語:imperial guardian lions)とは、神社や寺院の入口の両脇、あるいは本殿正面の左右などに1対で置かれている、犬に似た想像上の獣の像である。なお、厳密には、後述のように「獅子・狛犬」と呼ぶのが正しいとされている。
名称は高麗(こま、異国)の犬という意味とされる説がある。これは朝鮮経由で入ってきたためであるとされるが、実際の起源はインドという説が有力。また朝鮮に狛犬の文化は無く、高麗とは音から来る当て字で「高麗の犬」という意味ではなくあくまで「狛犬(こまいぬ)」という想像上の神獣であり、同じく対になる獅子も当時の日本人はライオンを見たことが無いので、これも獅子=ライオンではなく「獅子(しし)」という神獣であると考えられる。
一般的には、向かって右側の像は「阿形(あぎょう)」で、角はなく口は開いている。そして、向かって左側の像は「吽形(うんぎょう)」で、1本の角があり口を閉じている。両方の像を合わせて「狛犬」と称することが多いが、厳密には、角のない方の像を「獅子」、角のある方の像を「狛犬」と言い、1対で「獅子狛犬」と称するのが正しいとされている。昭和時代以降に作られた物は、左右共に角が無い物が多く、これらは本来は「獅子」と呼ぶべきものである。
各地の神社境内で見かける狛犬には石製や銅製のものが多いが、神社本殿内に置かれたものには木造のものもある。 平安時代にさかのぼる獅子狛犬像としては、奈良・薬師寺の鎮守八幡宮の木像(重要文化財)が著名である。ただし、この薬師寺像は、左右とも角がなく、正式には「獅子1対」と呼ぶべきであろう。重要文化財指定の狛犬は他に、滋賀・大宝神社、京都・高山寺、広島・厳島神社などのものが著名である。
狛犬は中国や韓国にも同様の物があるが、阿吽(あ・うん)の形があるのは日本で多く見られる特徴である。これは仁王の影響を受けたと考えられ平安時代には既に定着していた。ただし、日本の狛犬は近世から現代にかけて、各地の神社に膨大な数が造られており、形態にもさまざまなバリエーションがある。例えばイノシシや龍、キツネの形の像が同様の役割を果たしていることもあり、これらをあわせて神使(しんし)と呼ぶ。この神使は神社(祀られる神)によって特定の動物が採用されている場合が少なからずあり、稲荷神社に狐、春日神社に鹿、弁財天には蛇などが代表的な物である。
一般的には、守るべき神社に背を向ける形で置かれるが、まれに神社の方を向いている物もある。
というものなのだそうです。
写真は、たまたま出張先の北上市の公園で散歩していたときに発見したモノ。
ここには中国の三門峡市と北上市が姉妹都市になったのを記念して
建てられた四阿があり、その左右に配置されていたモノです。
中国らしく、「獅子」であることは明白な像ですね。
説明のように、確かに日本のように「阿吽」の形相はしていない。
きっと、広く北東アジア全域でこの狛犬は無数の変化を遂げながら
生息し続けてきたのでしょうね(笑)。
沖縄のシーサーなどは特異な地域色となった事例なのでしょう。
ということで、どうも、狛犬からしばらくは目が離せなくなりそうです。
こういう趣味もまぁ、お金かからなくて、いいかなぁ。
2007年10月18日
ふたたびパンクです

出張中、車で移動しているときに限って
「あれ、なんだこれ」というタイミングで来ますね、パンク。
前回も、ことし春、桜の時期に秋田県角館で、取材直前に遭遇しました。
今回は、あさ、ホテルを出ようとしたら、
駐車場で車が傾いているではありませんか。
「おい、やめてくれよ、スケジュールどうするんだよ」であります。
それも、今回はレンタカーなんですね。
やれやれ、面倒くさいなぁ、というところなんですが、
レンタカー屋さんに電話すると、パンク修理代金はこっち持ちになるんだそうです。
乗っているときにはなんの前触れもなかったものですから、
ちょっと決めつけられるのは、理不尽にも思いますが、
まぁ、先方としては無理からぬ対応でしょうね。
やむなく、スペアタイヤに履き替え作業。
でも、さすがレンタカーなので、工具やスペアはちゃんとしているので、
スムーズに作業終了。
素人目には、見た感じ、パンクの原因を特定できない。
幸いGSが100mほどの近くにあったので、見てもらいました。
整備の方も、ちょっと目では判然としないので、石けん水をかけてチェック。
そうすると、発見できましたね、超微細な穴。
で、いろいろな工具を使って探し出したのが、1cmほどの小さなくぎ。
「お客さん、これは結構以前にもらった可能性がありますね」
というプロのご意見。
「すこしづつ空気が漏れて、けさ、判然としたという感じですよ」
ということなので、その場からレンタカー屋さんにケータイで連絡。
プロの意見で、めでたく支払いはレンタカー屋さん持ち、ということに落ち着きました。
でもまぁ、料金は1750円だかで、ケータイ料金と時間分(ほぼ30〜40分)の
損失が残ったかなぁ、というところ(笑)。
でも、こういう小さい釘でのパンクの場合、
写真に見えるのですが、なにか黄色い「ひも」状になった素材を
その穴を埋めるように揉み込んでいくのですね。
揉み込まれた後、それ自体がふくらんで穴を完全に埋めるんだそうです。
今回の場合には、あまりにも微細だったので、
すこし、穴を拡大してから揉み込んでいました。
こういう作業の様子を見学も出来たので、まぁ、勉強になった次第。
ということで、まんざら損失とも言えない経験でした。
でも、レンタカーでパンクっていうのも、なんだかなぁ・・・。
2007年10月17日
秋保の奥の温泉

再び、閑話休題。
きのう紹介した狛犬のいた秋保大滝の往復は
けっこうな上り下りで、距離は2kmほどということでしたが、
たぶん、普通のビルの10階建てくらいの上り下りではなかったか、と。
だめですね、最近はやっぱり膝が辛くなっておりまして・・・
って、あれほどとは想像できませんでした。
秋保というのは、どうも、広瀬川の源流みたいな感じ。
滝のところまでおりると、ゴツゴツした岩がゴロゴロある河原。
岩場を縫うように水が湧き出てきて、
仙台平野に注いでいっている。
こういうあたりに来ると、自然豊かでなかなかいいところ。
しかし、岩場で浸食が激しいので、高低差がすごいのですね。
どうにも、足腰に負担が来て、汗も掻いたところで、
もう少し上流のところにあった、秘湯風の温泉に行って参りました。
二口温泉というのだそうで、すごいたたずまい。
さすがに行った時間にはだれも湯船に入っていなかったので、
ちょっと失礼して、湯船の様子を撮影してみました。
広さは5〜6坪ほどでしょうか?
手作り風の岩風呂になっておりまして、
野趣あふれる、というような形容がぴったりな感じ。
源泉の温度は28度ほどで、湧かしているわけですが、
掛け流しと言うことだそうです。
泉質は無味無臭。軽くて、ぽかぽかしてくるお風呂。
窓を開放すれば、周囲は山、また山という緑が目に飛び込んできます。
野外で芋煮でもしながら、というのがオススメのお風呂でした。
さて、今週の出張、ふたたびスケジュールがなんと、日曜日まで入って、
まるまる1週間という長丁場に。
決まった頃は、日ハムのクライマックスシリーズ日程を考えておりませんで、
しかたない、ホテルでテレビに釘付けになっての応援。
一球一球、ほんと、手に汗握らされる試合が続きますね。
結局、4戦やって、イーブン。
一番こたえられない展開なのは、札幌ドームと日ハムの営業部。
連日超満員が、これで4戦、続いていますね。
18日も、いよいよ決着戦と言うことで、札止め間違いなし。
まぁ、景気のいい話題、はいいのですが、ファンとしては
やきもき、天国と地獄のメリーゴーランドの毎日です。
しかし、まぁ、幸せな戦いを観戦できるわけで、
感謝しなければなりませんね。
全国の野球ファンのみなさんの代表で、ハラハラドキドキさせてもらいます。
なんとかがんばれ、北海道日本ハムファイターズ!
2007年10月16日
狛犬2題

閑話休題。
昨日、ちょっと時間があって立ち寄った秋保大滝にて。
ことしは紅葉は遅れておりますね。
もう10月も半ばだというのに、ようやく北海道も山がすこし、くらい。
宮城県仙台秋保でも、ほとんど紅葉はナシ。
でも、けっこう、観光の方が多いようです。
まぁ、わたしは山形に抜ける通り道からの寄り道。
「日本の滝100選」で、地元の方は「日本3大名滝」と言っています。
なかなかみごとな水量で、すばらしい。
のですが、わたしはどっちかというと、写真の狛犬と戯れてしまった次第。
滝を見に行く遊歩道入り口当たりに社が2つあって、
それぞれに狛犬が番をしているのです。
で、左側は、メーンストリートに面した方で、社も立派な方。
こちらは、まことに狛犬らしい姿形で、由緒正しい血統書付きの感じ。
で、右側の方は、それほど人が来ないようなところにあるヤツ。
森に向かって鳥居が立っていまして、
まぁ、森の神様に敬意を払ったというようなたたずまいなのですね。
ということで、親しみやすいせいなのか、人がなでるようで、
大変丸みを帯びたフォルムの狛犬。
しかし、どうもわたしには、狛犬ではなく、お猿さんに見える。
山のなかのここら辺では、けっこう猿が出没するようで、
立て札でも、野生の猿に餌を与えないでください、
みたいな警告も目にしたせいなんでしょうか?
でも、どう見てもやっぱりお猿さんに見える。
とくに背中の丸みなんかの感じはどう見ても狛犬ではない。
どちらも哺乳動物(笑)で、大きさも似たようなものでしょうから、
似てくると言えばそうでしょうね。
ということで気になったので、神札などを販売している巫女さん装束の方に聞いてみたのですが、
きっぱりと「狛犬です」というお答え。
「でも、猿にしか見えないんですけど・・・」
「いいえ、違います。猿なんて置くわけないでしょう」
というのですね。
まぁ、石の造形のことですから、年月が経ってくると
最後はなにがなにやら、不明にはなるものでしょうけれど・・・。
地元の山猿たちの思いが、この石のかけらに乗り移って・・・
なんて言う妄想が止まらなくなってしまうのを禁じ得ません。
ということで、山里よろしく、きつねか、たぬきか、はたまた、
猿か、狛犬か、ふしぎふしぎと、化かされたような心地だった次第。
どうでしょうか、猿に見えないでしょうか、ね。
2007年09月29日
隅田川早朝散歩

早朝散歩は全国を歩くときの最大の楽しみ。
どんな場合でも、できるだけ自然に触れられるようなコースを考えてみます。
今回の東京出張では日本橋近くのホテルでしたので、
地図を見てみたら、なかなか緑地がない。
ということで迷っていたら、高速道路の狭間に隅田川発見!
「のぼりくだりの・・・」という歌は知っているけれど、
隅田川って、これまで一度も見たことはないことにも気付きまして、
さっそく挑戦してみた次第。
まぁ、ホテルからは片道2km以上って感じでしたが、
なんとか、ビルまたビル、車また車、道路また道路、を
超えて、感動(?)の隅田川であります。
東京の河川は公共の土地でもあるので、
高速道路として利用していたり、
その周囲なども超幹線道路として利用していたりします。
なので、隅田川には地図上ではたどりついているけれど、
川辺に行くにはこれも立体歩道を越えていかなければならない。
それも、歩道はあるけれど、その登り口が発見できない。
降りていくのも、一カ所間違えると違う歩道に降りる。
なんていうように、歩道なんだけど、車道並みにわかりにくい。
というような貴重な経験をさせてもらうことになりました。
で、無事、ごらんのような景色に出会うことが出来た次第。
思ったよりも川幅も大きいし、水量も大変豊か。
わたしの札幌でいえば、豊平側では太刀打ちできない。
きっと、石狩川がようやく、くらいの大河の感じがします。
まぁ、東京湾への注ぎ口がごく近いということのせいでしょう。
現代ではコンクリートのなかの風景になってしまっているわけですが、
ゆったりとした流れは、その歌詞に謳われた昔の光景を
脳裏に想起させてくれます。
まぁ、現代の都市機能の中枢地域のなかの点景というのも
決して悪くはない気はしますけれど、・・・。
まだ、周辺に緑もあり、木造の建物に囲まれたような風景のなかに
あっただろう、そういう時代の雰囲気のなかで見てみたい気もしました。
都心のなかの自然発見編ですね。
2007年08月29日
路上ホテルなんですかぁ?

きのうから東京出張中です。
あさ、いつものようにホテルを出て散歩していましたが、
小石川の後楽園北側の隣接道路にでくわしたところ。
なんともガソリンの臭いが立ちこめておりまして、
何台もの長距離トラックや乗用車、はてはバスまで、
エンジンを掛けたまま、路上に駐車しておりました。
こちらはその排気ガスを吸わされるもので、
ちょっと往生させられていました。
気がついて車の中を見てみると、どうも、みなさん、仮眠を取っている。
熱帯夜の東京都内、エンジンを掛けたままエアコンを付けて
車内をホテル代わりにしているようなんですね。
そういう用途で道を使うのに、この道路は恰好のようで、
ごらんのように多くの車が路上ホテルを決め込んでいるようなんですね。
とくに長距離トラックの運転者さんなどの場合は、
東京都内では駐車場確保もままならない事情はある程度は理解は出来ます・・・
が、しかし、ねぇ・・・。
近隣のみなさんは排気ガスと車の運転音に
熱帯夜の不快感がさらに加速するでしょうね。
わたしのような通りすがりのものでも不快な排気ガスに閉口させられたのですから、
近隣のみなさんの迷惑は想像にあまりあります。
この道を、日が昇って10時頃にこんどはタクシーで通りかかりましたが、
そのときには車はだいたいいなくなっておりました。
それに日中はたいへん混雑する通りのようです。
ちょっと旅先で、考えさせられた光景でした。
2007年08月28日
登別地獄祭り

土曜日、登別に行ってきました。
毎年カミさんの方の親戚での集まりがあって、参加しているのです。
ことしはちょうど、登別地獄祭りに合わせた日程。
登別の開祖、滝本さんのホテル近くに「閻魔大王」の小屋があるのですが、
お祭りのときには、ふだん座っているえんまさんが立ち上がって目を光らせてくれるんです。(笑)
こういう単純な趣向って、実にバカバカしくていい。
鬼とか、閻魔とか、なかなかお目にかかれないだけに価値がある。
ことしは北海道もまだまだ暑い日が続いてくれていまして、
毎年だと、8月もこの時期になるとすっかり秋風なんですが、
地獄・閻魔・鬼といった趣向には実にいい案配のなま暖かさ。
もうすこし暑いと、お化けなんかがふさわしいところなんですが、
当日は熱気もあって、爽快という感じなので閻魔さん、大ハッスルです(笑)。
登別はやはりいつ行っても、すごいですよね。
地獄谷や大湯沼など、まさに温泉には最適地だと認識できます。
年間の降雨量もたいへん多くて、
活発な火山活動と相まって、温泉の湯量がふんだん、ということなんですね。
いろいろな種類の温泉成分が楽しめるのでも有名ですが、
やはり定番の硫黄温泉が、やはり登別らしくて格別。
ただ、今回は「まほろば」に泊まったのですが、
隣接していた滝の屋さんが、取り壊されて更地になってしまっていました。
「まほろば」は道内大手ホテルチェーンの資金力での大型ホテルですが、
伝統的なスタイルの和風庭園が楽しめた滝の屋さんも
格別の風情があったので、寂しさがありました。
「まほろば」が出来た頃、和風庭園を見下ろすように建てられたので、
目隠しをしていたような記憶があります。
こういう温泉地のホテル間競争、すさまじいものがありますね。
閻魔さんも、目を白黒ってとこなんでしょうかね。
2007年08月25日
石狩川を散歩できる街

写真は旭川市内、常磐公園に面した石狩川から下流方向を見たところ。
朝の散歩には、すばらしい風景が広がります、旭川。
市の中心部は駅前を中心としたゾーンになるのですが、
そこから1.5kmくらいでしょうか、
常磐公園があって、緑地帯が広がり、
ごらんのような光景を見ることができますね。
高速道路網がそれほど整備されていない頃は、
札幌からも日帰りというケースは少なく、
旭川に宿泊するケースが多かったのですが、
最近は、札幌まで高速を使えば1時間半程度ということから
こういう早朝散歩は出来なくなっていました。
で、旭川で散歩といえば大体このコースを歩いています。
石狩川のような大きな川が、街の真ん中を流れているのは、
やはり珍しいでしょうね。
川幅も大きく、こういうように写真を撮ると、空の大きさにも驚かされます。
天気がいいと、反対側、上流側には大雪の山並みが遠望できます。
ちょうど逆光と、雲がかかっていたので、下流側の光景をご覧いただきました。
久しぶりに行ったので、
駅前の買い物公園などの変化も感じられました。
旭川は、ほかの街と比較すると駅周辺が活気があり、
必ずしもロードサイド型のアメリカ的なショッピング街にはなっていない気がします。
ただし、札幌まで1時間20分という鉄道の整備で、
札幌まで足を伸ばしての買い物、というケースが増加しているとか。
均衡ある発展には交通網の整備は欠かせませんが、
同時に都市の魅力競争も加速する部分がありますね。
でも、こういうおおらかさの感じられる風景など、
自然を体感できる30万都市。
すばらしい魅力を持った街です、好きです、旭川。
2007年08月18日
街中のお参りコーナー?

写真は京都の四条通を朝、散歩していて
つい立ち止まってしまったお社。これには名前がなかったようなのですが・・・。
すぐ近くには、「八坂神社御旅所」という名前が記された同様のものがありました。
四条通といえば京都有数の繁華街ですから、
さすがは寺と神社だらけの京都らしく、
八坂神社が商魂たくましく、お賽銭を集めるために出店を出しているのでしょうか?
さらにわからないのは、その内部に座像が2体あるのですが、
どうも顔つきとか見ていると、右側は豊臣秀吉?。
右側はその線で行くと、どうも徳川家康(え?)なのではないかと想像されるんです。
ほぇ〜、というキッチュな取り合わせの神棚で、
どういうことなのか、調べてみたいと思った写真なのです。
まぁ、しかし、構えなどを見ていると冗談とも思えませんから、
どこかの宗教施設が四条通に出した出店であることは明瞭。
わたしは北海道育ちなもので、どうもこういうの、見たことがありませんでした。
お寺や神社は、そこへいって拝むものであって、
あちらのほうから、下々のところに降りてきてくれて、賽銭を回収していくという
想像力をどうしても持つことが出来ません(笑)。
きっと京都にお住まいのみなさんも、日常的な光景で
特段の感慨もないだろうとは思いますが、
やはり日本で一番、生活文化伝統が少ない北海道から見ると
こういうのはどうも、ふしぎな光景に見えてしまいますね。
で、安置されている木座像2体。
これはどうも、手に負えない謎を掛けられたような心境です。
スフィンクスなみの難問に、ほぼ思考停止寸前であります。
Wikipediaで「八坂神社」と調べても、
どうもこういう施設についての記述はありません。
少し調べてみたいとは思うのですが、時間もなく、
それ以上に手がかりになるような情報のとっかかりも見当が付きません。
このブログをごらんのみなさんで、なにかご教授いただける方、
情報をお寄せいただければ幸いです。どうぞよろしくお願いします。
はてさて、いったい・・・?。
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2007年08月15日
鴨川・納涼床

鴨川というのは、歴史にその名が登場する川名としては最多でしょうね。
後白河が意のままにならないものとして名を上げたことでも有名。
京都の街の南北を明確に区切っている川でもあります。
六条河原といえば処刑の地でもあった。
そんなようなことが想起される川ですが、
やはり地元のみなさんにとっては、身近な生活の場。
ちょうど、先斗町が川に面しているので、
夏の風物詩といわれるこの「床」が鴨川に架けられるのですね。
本流ではなく、水勢を弱めるためと思われる細い流れに面しています。
川の流れのなかに直接、基礎杭を建てて、
5mほどくらいでしょうか、川面から上がったところに平面を確保しています。
川の水による冷却効果、せせらぎによる聴覚的効果などが
得られるというものなのでしょうね。
京都に残される神社仏閣は、どれもが建築によって、ある境地を表現しようとしている、
と感じさせられますね。その高さの演出と創出によって
比類のない空間体験をさせている清水寺などが象徴的ですが、
この「床」というものも、
建築装置によって、わかりやすい空間体験をしようという
いわば積極的な文化性を感じさせてくれています。
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2007年08月14日
関西国際空港待合い

写真は関西空港の2階、待合いの食事コーナーの様子。
こういう食事コーナーって、ふつうは有名店の支店などで、
そこそこの料金を取って、観光客の物見遊山気分にこたえた店構えですが、
さすが、関西っぽい合理精神を感じた次第。
「町家小路」と名付けられていますが、
ほかの専門店とは違って、関西のジャンクフードといえるような品の小店が
軒を連ねて、客はそこで注文を言って、出来上がると手元ブザーで呼び出され、
真ん中の大きなテーブルコーナーであれこれ食べられるのです。
まぁ、よく大型ショッピングセンターにあるスタイル。
空港のお店という気取りをさっぱり捨てて、たいへん合理的なやりかた。
で、ラーメンやお好み焼き、お寿司など、気軽に少量ずつ食べられます。
ちょっと時間、早めに空港に着いて、土産をゆっくり物色。
そんな時間には、ぴったりのお店だなと思った次第。
さて、猛暑が続いていますね。
北海道はこの時期というと、惜しむような気になる夏の終わり。
お盆になったら、海には入るな、という習慣があるのですが、
さすがにこの暑さなので、ちょっと行ってこようかと話しています。
なので、本日の更新は軽いテーマでした、失礼(笑)。
2007年08月09日
世界遺産はシカか?

さて、わかりやすい坊主の夏休み歴史の旅。
どっちかというと、脚の向くまま、気の向くままの
親子旅なんですが、やはり基本目的は「大仏を見に行く」
ということなので、初めて京都から地下鉄〜近鉄線と乗り継いで
近鉄奈良駅に降り立ちました。
京都のタクシードライバーさんに聞いていたのですが、
誰もJRは利用しませんよ、ということの意味がわかりました。
近鉄奈良駅だと、奈良公園の目の前に着くけれど、
JR奈良だと、2kmも離れているんだとか。
運輸省の伝統的政策として、民間優先という原則があり、
その名残がこういうかたちになっているそうです。
関東の場合は、JRと私鉄線の共存がほどよくなっているかなぁと感じますが、
関西では私鉄が優勢で、JRは基幹的な長距離や環状線などの分野に絞られる感じ。
でまぁ、世界遺産の大仏さんへの参詣行脚を開始したのですが、
「どんだけ〜」というくらいのシカたちが、
さっそく坊主を攻撃。っていうか、不慣れなので、
シカの餌を買ってモタモタしているうちに、シカさん、集中してきたのですね。
かわいそうなんですが、おかしいのもおかしくて、
大笑いしておりました。
どうも、手もかじられたようで、笑いながらも
世界遺産の手強さを実感させられていました(笑)。
って、世界遺産は大仏で、シカは名物という位置づけにはなるのですが、
奈良公園では、かれらのほうが主人であって、
わたしたち人間は、かれらにことわって、大仏さんを拝ませてもらっている、
そういう印象がありますね(笑)。
まことに、自然に帰依することを教えられているような「名物」です。
帰り道では、坊主も自然との調和を身につけて、
シカさんたちともすっかり仲良くなりまして、
餌に頼ることなく、かれらを手なづけ、というよりも
どちらかというと、仲良く手なづけられておりました(笑)。
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2007年08月08日
マンガの都・京都

最近、京都は手塚治虫さんの縁が深い、ということもあってか、
マンガ文化に着目した街づくりを進めているように感じます。
烏丸御池の交差点に、古い小学校の校舎をリニューアルした建物で、
京都国際マンガミュージアムがオープンしています。
開設から半年以上が経過しているのですが、
たいへんな人気ぶりとかで、入場者数がうなぎ登りと言うことです。
この施設とは別に、駅ビルには手塚治虫さんの記念館もあり、
マンガ文化を京都の売り物にしようと考えているように思われます。
このあたりの慧眼ぶりには、さすが、と舌を巻く思い。
千年の都・京都、というキャッチフレーズはダテではなく、
どんどんと新しい文化を取り込んでいって、都市の魅力を際だたせているワケ。
父親もなにを隠そう、マンガ文化どっぷり少年期だったものですから、
どっちかというと、息子よりもわたしのほうがハマってしまった感じ(笑)。
収蔵されているマンガは20万点以上ということ。
やっぱり懐かしい「少年画報」も展示されておりまして、こたえられない。
あめのように伸びきった時間がほしい、と心底、思えました(笑)。
一方で、この建物は廃校になった「龍池小学校」の跡地利用でもあるのです。
また、運営もマンガ学部を持つ京都精華大学によって行われている、
というようなユニークな存在。
館長には『バカの壁』などの著書で知られる解剖学者、養老孟司が非常勤で就任。
また、近世思想史や美術史などを専攻する研究員4人が所属し、まんが文化の研究にあたっている。
目の付けどころもいいし、また永続させていく手法も考え、練られていますね。
写真のように、「コロコロ30周年イベント」などの企画展示スペースもあります。
こういうキッチュな、元気のいい文化に注目し、
こどもと大人の境のない文化施設に高めるのは、大賛成ですね。
初めて行ったので、ここまで時間を消費するものとは思いませんでした。
ようやくにして、後ろ髪引かれる思いで帰ってきたのですが、
これは確かに強烈なコンテンツを、また京都の街は獲得したな、
というような思いがいたします。参りましたね。
きっと、息子は、「いつか、また来てやる」と思ったに相違ありません。
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2007年08月07日
草木染め体験

今回の京都では、嵐山のふもとで草木染めを体験いたしました。
とはいっても、ぶらりと歩いていて、誘われたので
「やってみようか」となったという、いい加減さなんですが(笑)。
染料が入れられた丸いパレットが運ばれてきて、
キャンバスとして白いハンカチを購入。
薄めるとともに、染料を定着させる働きをする液体などを使いながら、
基本的には塗り絵のようにお絵かきします。
どんな絵柄にしようか、ということで、
坊主は「この猫がいい」ということで、わたしはブドウの絵柄のものを選んでみました。
時間に追われながら、駆け足で観光するのもいいのですが、
こんなふうに時間をのんびり味わうのもいいもの。
やり方のレクチャーを簡単に受け、さっそく始めました。
途中では、ご主人とおぼしき方もコーチに来ていただき、
坊主の絵を見ていただきました。
いろいろと説明されていましたが、
恥ずかしながら、こちらは絵柄の呼び名すら知らないワケで、
「この猫、燃える男にしたいんだよ」
「猫って、・・・これは狛犬っていうの」
「え〜、猫じゃないのぉ?」
なんていう間の抜けた会話で盛り上がりながら、楽しく塗り絵。
京都的世界に浸かっていれば、狛犬と猫の違いは明確でしょうが、
まぁ、北海道的なリアリズム世界からすれば、これは明らかに猫。
ご主人も、「なんでもいいよ、絵は自分の感じたことをそのまま描いていくのがいい」
と、励ましていただきまして、ごらんのようなところまでたどりついたのですが、
やはり後のスケジュールの関係でタイムアウト。
着手前には「30〜40分ですから」と言われたのですが、
楽しい会話などもあったので、たっぷり1時間以上は掛かった次第。
わたしは塗り絵よろしく、線画に沿って
色を塗り分けるという、ごく常識的アプローチだったのですが、
坊主の方は、なんとも大胆に油絵のような元気の良さ。
途中では「赤の色がなくなっちゃんですけど・・・」
なんて言ってはいたのですが、さもありなん、という仕上がりです。
まぁ、一目見たときは、なんとまぁ、むちゃくちゃな、
と思ったのですが、よく見ると味があるかなぁ、などと親バカしているところ。
たまにこんなことをする機会にめぐりあって、
親子でいっしょに取り組んだのですが、
たわいなく無心になって、絵筆を持つ時間っていうのもいいですね。
しばし、外の暑さも忘れて、ひたすら没頭できて、
天地のなかで親子だけの時間のなかに浸ることが出来ました。
まぁ、仕上がりぶりは情けない次第ですが、
札幌に戻ってから、道具も揃えて、再度挑戦してみたいな、
という気持ちも沸き起こって参りました。
とくに、色を作り出すという部分では、なんとも奥が深そうだな、と思われましたね。
親子で笑い転げながら、なんとも楽しい時間を過ごせました。感謝。
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2007年08月06日
エスカレーター

関西に来ると、いろいろ流儀が違うことがありますね。
今回は神戸の空港に到着したのですが、さっそく乗ったエスカレーター。
こっちは長い時間のフライトになったために疲れていたので、
なにげなく左側に立って、ゆっくり休もうと思っていたら
どうも、違和感がある。
なんだろうかなぁ、と思っていたら息子から、
「とうちゃん、関西、右に立つんだ(!)」って。
そうなんです、みんな右側に立って、しかも、ゆったりしている。
関東に行ったら、こういう場合、大体がせかされるように
後ろからみんな追い越していくのだけれど、
あんまり追い越していくような人はいない。
だからといって、そこはエチケットが確かに存在しているようで、
みんなおしなべて右側に立っている。
郷に入らば、郷に従え。すぐに考え方の修正を迫られます。
北海道は、食文化とか、輸出入の産品など昆布のルートが示すように、
関西との結びつきの方が強いようにも感じるのですが、
こういう部分では、関東風だなぁ、と感じる次第。
わたし自身は、10年近い関東居住経験があるので、
そのように感じるのかなぁ、とも思うのですが、
北海道は、こういう場合、ややゆったりはしているけれど、
どっちかというと、やはり関東流が主流なんでしょうね。
関東と同じように人が多いし、
圧倒されるように感じるけれど、どことなくやわらかい。
息子なんかは、人にものを尋ねるのを恥ずかしがる風があります。
その点、わたしはなんでもすぐに近くにいる人に聞くのですが、
親切に教えていただけるケースが多い。
今回は2度、道を尋ねて、2回とも訪ね先まで案内していただけました(!)。
ひとりは若い男性で、もうひとりは年金生活だという女性。
こういうの、信じられませんね。
北海道では、へたをすれば、言葉を交わすのも避けようとするケースも多い。
「文化」なんでしょうね、こういうあたり。
っていうような、珍道中。
さて、どんな発見がありますことやら。で、あります。
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2007年08月05日
ギオンコーナーの風景

坊主の夏休み、歴史好きにするために京都に来ました。
夏休み前に旅行を計画したときに
「どこ行きたい?」
「んんんん、奈良の大仏を見たい」
ということで、関西に行くことが決まったのですが、
あいにくの台風で飛行機の到着が遅れたので、奈良は後回しで京都へ。
で、前にも来たことがあるギオンコーナーに参りました。
ここは日本のいろいろな伝統芸能を観光客のみなさんに一カ所で見せよう、という施設なのですが、
いつの間にか、海外からの観光客で満員。
「お茶を振る舞ってもらいたい人、いますか?」
というアナウンスも、英語でしかやらないので、
日本の人はチャンスがありません。(笑)
ということで、坊主はお笑い吉本系らしく、
やはり「狂言」が面白かった、という感想だったのですが、
おとうさんは、どっちかというと、観客席の多彩な人種構成の方が面白かった。
観光地は、どこへいってもあまり日本語を聞くことが少ない。
むしろ、英語や中国語の方が多数派のようですね。
まぁ、アジアからのお客さんと比べても、
遠さでは、飛行機で2時間ですから、北海道も韓国・台湾・中国と
たいして変わりはないのも事実。
しかし、年間観光客入り込み数が5000万人になろうか、
という国際観光都市、さすがにすごいものだと思います。
歴史を作ってきた権力の遺産が、至る所に残っているのが京都。
本当は、1ヶ月くらい、ゆったり滞在して、
1日1カ所くらいの観光で、じっくり見て歩きたいところではあるのですが、
なかなか、スケジュールは許してはくれませんね。
父親としては、坊主とふたり旅というのは、楽しいものです。
ということで、駆け足ではありますが、短い夏休み、
すこしウオッチしたことなど、アップしたいと思います。
2007年07月28日
移住促進策

写真は羽田空港第2ターミナル地下のモノレール構内の電飾看板。
東京モノレールへの広告って、
目的的なひとびとへの集中的告知という意味では、
ちょっと特殊性があって、面白い存在です。
羽田空港の利用客って、1日にどれくらいあるのか、
そういうサーキュレーションデータは調べていませんが、
飛行機での移動中という非日常的なシチュエーションで接する情報って、
ある意味、サブリミナル的に訴求できる部分があるかも知れません。
以前は東京モノレールの車内額面広告を手がけていたことがあります。
そんな意味で、気がついて見るワケなんですが、
今回の出張で、こんな看板を発見した次第。
最近は地方自治体自身が、こういう広告を出しているのですね。
人口の減少に悩む自治体の、数少ない投資対象が移住促進。
そのこと自体は悪くはないのですが、
訴求のパターンが、どうも画一的だと思います。
確かに首都圏や、都会に暮らす人のあこがれとして、こういう心理は存在しますが、
だからといって、移住にまでいたる心理って、
控えめに書かれたキャッチ、「ヒルズ族よりロハス」とか、「100分で着く」っていう、
こういう告知要素だけではない気がします。
地方が、都会に対して、自分自身の魅力を
もっと明確にする必要があるような気がします。
この告知を見ている範囲では、他の地方ではない、
中標津でなければならない理由がどうも伝わってこない。
広告担当者の方と、広告代理店の方に、どうも想像力がイマイチだった気がします。
この広告費が、きっと地方の貴重な財源から捻出されていることを思うとき、
もうすこし、人の心を捉えるような表現を目指して欲しいものだと思います。
移住を、「iju」とかと言いかえるのには、どういう意味があるのかわかりません。
もしかしたら、「iju」という表現がかっこいいかなぁ、と思っているレベルなのか?
せっかくの貴重な投資機会なのですから、
もっと知恵を絞った広告をドーンと、やってほしいもの。
思わず、その元気良さに引き込まれるようなモノを作って欲しいと念願します。
ちょっと、辛口過ぎるかなぁ。(笑)
2007年07月25日
東京都心の北海道コーナー

東京有楽町の東京駅寄り側駅前の交通会館に
「北海道どさんこプラザ」っていうのがあります。
北海道がこのスペースを借り上げていて、運営は確かほくでんさんが行っています。
行くといつも大体、ごった返しています。
北海道の食材を中心に展示販売しているので、
食の「北海道ブランド」の強さを実感できますね。
で、この同じビルの3階に今度、札幌市がサテライトコーナーを作りました。
地元企業のひとたちの東京出張時にお使いください、ということで、
LANによるインターネット常時接続環境が完備したビジネスコーナーを設置してくれているのです。
メールでも案内があり、知人からも紹介されたので、
今回、有楽町で知り合いと待ち合わせたときに利用させてもらうことにしました。
スペースは一般用のデスクコーナーがだいたい10坪くらいでしょうか。
隣接して会議室もあって、20人くらいの収容が可能のようです。
デスクコーナーには電源とLAN配線がしてあり、
ノートパソコンを持参すれば、ちょっとした仕事を片付けるには快適。
って、わたしは大体持ち歩いているので、
こういう環境の場所が確保できるというのは、予定とかも立てやすくなっていい。
刻々とケータイで連絡が入ってくるので、
こうした環境も確保できれば、東京にいても仕事連絡がたいへん楽です。
今回は、都合1時間半ほど、お昼前後の時間、利用しましたが、
大切なデータをPCから取り出して加工して、
PDF書類を作成して、顧客先にメール送信したり
会社と連絡を取って、エクセルのデータを更新させたりも出来た次第。
まぁ、出張時ですから、都内のどこに行くかによって、利便性は一口では言い切れませんが、
JR有楽町の目の前ですから、移動のなかの拠点と考えれば、
まぁ、利便性は高いのではないかと思います。
できれば、簡易でいいので間仕切りなどを工夫してもらえば、
より使い勝手のいい、出張時の臨時オフィスに使えると思います。
現状だと、ややプライバシーというか、仕事に集中するのに
気合いが入らなければならない、という感じがありました。
まぁ、フリースペースなので贅沢は言えないのですが、
これからもっと北海道の中小零細企業の方が、東京とのビジネスを活性化させるのに
こういう取り組みは大変いいことだと思うので、
もっと、使い勝手を良くしてもらえば、みんな勇気を出して、
首都圏マーケットを切り開こう、という意欲も出てくると思うのです。
そういう公共投資と考えれば、ごくわずかなものではないでしょうかね。
いつも、公共のことに触れるときは辛口のことになってしまうのですが、
こういう狙いの良いことには大いに拍手を送りたいと思います。
北海道の中小零細企業のみなさん、大いに利用しましょう。
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2007年07月24日
演劇の青春

横浜の散歩道で見かけた薄汚れたテント。
関内駅の北側、大通公園に設置してありました。
大通公園って、札幌のシンボルの名前ですが、横浜にもあったんですね。
建築的に見ると、みごとに仮設そのもの。
よくもまぁ、こんなので公共空間の専有使用が認められているな
と、絶句してしまうような代物ですね。
「唐ゼミ」って書いてある看板なので、たぶん唐十郎さんの流れを汲んでいる
学生っぽいみなさんが主体でやっていることは明らか。
早朝、和気あいあい演劇論を戦わせているのか、
それともきのうの練習のことを話し合っているのか、
3人の若者が一睡もしていない感じで、ある熱っぽさを醸し出していました。
声を掛けてみると、市から許可を取って、きわめて安価な料金で
この場所の使用を許可されている、と聞きました。
一様に目に輝きがあって、なにかに打ち込んでいる様子が伝わります。
演目のこととか、聞いたりしましたが、残念ながら公演は見ることができないスケジュール。
わたしも昔、学生の頃、演劇に関わっていた時期があって、
こういう青春の過ごし方をしていたものですから、
今の青年たちも、同じように生息していることに親近感を持ちます。
演劇って、人間ってなにか、という事柄に真っ正面から向き合う部分があると思います。
人間の感情とか、ナマな部分をまるごと表現する、という部分。
それを自分の身体、全部で感受しながら表現するというものだと思うのです。
そのことにこだわって、それを全身で感覚するのに、
やはりこういう異形に身をさらす時期っていうものが必要な気がします。
いまはもう、こういう世界とは縁の遠い世界で生きているわけですが、
ときどき、伝統演劇とか、無性に観てみたくなる根底には、
この青年たちと同質な思いがまだ、からだのなかに残っているんだと思うのです。
こういう非日常的な異形な姿形から、日常の世界に生きる人たちに
どういうメッセージを伝えられるのか、
こういうたたずまいのなかから、どういうメッセージが生み出せるのか、
一度、もう一回、観てみたいなぁ、という気を起こさせてもらいました。
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2007年07月23日
中国的建築デザイン

横浜中華街のなかの目立っていた建物です。
見せ物的な要素が強い建物ですから、一般化して言うのは
どうか、ではありますけれど、
同じアジアなんだけど、そして、こういう文化は導入したんだけれど、
なぜか、少し変化している部分。
わたしには、どうも、屋根の端部の「反り返りぶり」が違うかなぁと
いつも感じています。
中国のこういう建築では、大体、ピンと反り返っていて、
いわば、立派さを誇示している、という印象。
ひげの端を反り返らせる心理に通じているのか。
それに対して日本のものは、どちらかといえば、優美さを強調表現している。
日本の建築はよく女体のふくよかさにイメージを重ねて
「ビーナスライン」というような言い方をします。
あと、極彩色の色彩感覚も違和感を感じます。
でも、これについては安土桃山の流れを引く日光東照宮とか
仙台の伊達政宗廟所などの建築では、
ほぼ同様のキッチュさが表現されているので、
大きな違いとは言い切れないでしょうか。
時代を経て、風化などで色彩が落剥する度合いで、
日本の方が、雨量が多い分、そのスピードが速いということなのかも知れませんね。
このあたりが日本の方が田舎なので、
競争的な部分が、より少ないと言うことを表しているのかも知れませんね。
権力が一番違うと思うのだけれど、
日本の場合は古代の国家建設の頃は別として、
天皇家が曲がりなりにも存続し続けたのに対して、
中国では王朝が変わるたびに、皆殺しが頻発しています。
中国が独裁型権力なのに、日本はどちらかといえば、調整型権力という感じでしょうか。
日本は西洋型の民主主義を形式上は受け入れやすかったのに、
中国ではいつも「革命」でしか、権力交代が出来なかった。
大国である分、そういう部分の明快さが必要だったとも言えるかも知れませんね。
また、中国では木造の技術がすっかり廃れていて、
ほぼ煉瓦の家にみんな住んでいると、聞きます。
一度、じっくり見に行きたいなぁと考えているところなんですが、
なかなか、出会いの機会に恵まれない中国建築とわたし、です。
みなさん、どんな印象を持たれますかね?
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2007年07月22日
巨大な隣人たち

やっぱり横浜といえば、ここに来てしまいますね、中華街。
写真は東側に面した位置にある門です。
日本と中国との関係って、本当に長い歴史を背負ってきている関係です。
大航海時代によって、ヨーロッパ世界が世界進出を果たすまでは、
日本にとっての「国際関係」といえば、
ようするに中国との関係が主要なテーマだったことでしょう。
中国という大きな光源の強弱によって、
日本のスタンスは変遷を遂げてきたといえます。
中国に巨大な中央集権国家が成立したことで、
その影響があって、日本にも「国家」が成立したのは疑いがありません。
文字の導入・律令の体制であるとか、仏教による「鎮護国家」など
関わり合いは、かなり直接的です。
第一、「日本」という国号自体、中国との地理的位置関係に由来するそうです。
古来、この列島社会の東端の文化地域と認識されていた
津軽・十三湊を中心とする地域の支配者に対して、
「日本将軍」という呼称が当てられていたように、
中国文明地域に対して、日の本、東側の果てに存在する、という意味なんですね。
日本が朝貢的に国家関係を行った遣唐使のころに
この国号を定めたようです。
そのこと自体も、やはり中国との関係性のなかで生起した。
中国という国家の基本理念は「中華思想」。
皮肉なことに、その基本理念を奉じて国家を作ると、
自分自身も「中華思想」を持たねばならなくなるのですね。
自らが「中華」であって、蛮国はへりくだるべきだ、という。
渤海とのやりとりなどに、そういう関係性が見られるそうです。
古代の外交関係で、東アジア世界ではこのことが難しい関係性をもたらす。
外交関係としては、結局は中国を宗主国として、
自らはその弟分のようになる朝鮮のような方向しかなかったのでしょう。
日本はそういう方向を明確には取らなかったので、
やや距離を置いた外交関係だったと言えると思います。
どうも、中国との関係というと、
こんな歴史的概観が先になってしまいます。それだけ付き合いが長いのに、
同じ文字を使っていながら、英語のようには会話が出来ないという日本の教育環境が、
相手をもっと理解しようという気持ちを起こさせないのかも知れません。
中国の人たちと会話しようとするときに
とっさに英語を選択してしまうというのは、
どうも、同じアジア人同士で、しかも歴史的にも付き合いが長いのに、
どうも、違和感を持たざるを得ないですね。情けないな、と。
みなさん、どう感じられるでしょうかね。
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2007年07月21日
横浜散歩道にて_1

久しぶりの横浜だったのですが、
疲れから、夜は中華料理を食べて早めに休みまして、
翌朝、あんまり人混みにならないうちに散歩を楽しみました。
やっぱり、早朝の時間はいいですね。
江戸時代には生活の工夫として
夏になると、サマータイム制に近いことをしていたと言われています。
まだ暑くなる前の早朝から働き始めて、
お昼頃までがんばる。
長めのお昼休みを取って、昼寝なども取る。
午後の仕事は早く切り上げて、
夕方くらいからは、水辺などの外で過ごして
熱帯夜をすこしでも過ごしやすくしていたのだとか。
まぁ、最近は異常気象。7月も半ば過ぎだというのに、
室内の冷房がきついと感じるような気候ですね。
いよいよ、地球の警告は臨界点にさしかかってきたのかも知れない、
と感じる昨今の季節感の異常さだと思います。
地球温暖化対策の切迫感は、まさに待ったなし。
わたしたちの星を、子どもや孫たちの世代、さらにその先まで、
生存可能で、持続可能な環境へと、人間社会システムを変えていくのは、
わたしたち、今の時代に責任ある世代の人間に
等しく課せられた重大な務めなのだと思います。
ホテルは関内周辺だったので、
横浜球場から中華街方向を目指して歩き始めて
偶然見かけた建物の写真です。
7階建てくらいはあるのですが、壁一面元気よく植物が被覆しています。
ここまでの壁面緑化は、たぶん目的意識的に取り組んでの結果ではないかと
容易に想像できますね。
目にも鮮やかで、街の風景に一服の清涼感を提供しています。
この建物のオーナーさん、良いメッセージを発していると思います。
こういうタイプの「美感意識」を涵養しなければいけないのでしょうね、
これからの社会は、きっと。
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2007年07月20日
バス停広告

きのうから横浜に来ています。
住宅関係団体の年1回の総会出席でしたが、
久しぶりの横浜、って30年ぶりっていうくらいです。
まぁ、浦島太郎ですね。
学生の頃は一応、横浜の住人だったのです。
っていうことは置いて、
街角で目に付いたのが、写真左のバス停とビルボード広告。
これって、一体のモノでして、どうもNYから来て新商売として始めているらしい。
バス停って言うと、写真右のようなのが一般的ですよね。
これはたまたまの散歩道にあったモノですが、
まぁ、洒落た方と思います。
でもあきらかに左側の方が格好良くて、お金もかかっているし、
第一、電気代が相当の経費になると思います。
しかも、公共のスペースと、公共バスの停留所なので、
運営主体自体は公共。
こういうことについての許認可が、案外簡単にできてきているのでしょうかね。
先日なにげに見ていた早朝のテレビでこのサービスについて、
NYの最新情報っていうことで、やっていましたが、
もう、日本でもやっていたとは知りませんでした。
連絡先として、外資系とおぼしき名前の会社名が書かれていたので、
やはり「市場の独占」を狙って、世界第2のマーケットである
日本の首都圏に進出してきたものと思われます。
たぶん、このデザインにたどりつくまでに相当の研究が重ねられてきたと想像できるし、
なによりそのビジネスモデルが、公共サービスの空隙を狙っているところがうまい。
最近、横浜市はその配布広報誌を民間のフリーペーパー事業者に
全面的に委託し始めたりしています。
このバス停も、そういう流れからの発想であるのかも知れませんが、
民間が、公共の持っている資産を活用して、
それをビジネスに仕立て上げる手法が、
これから華やかになりそうな、そんな予感がしますね。
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2007年05月22日
ほっとする小さな街路

先日の仙台での街並みのワンショットです。
っていうか、ふだんちょっと足が向かない小路を抜けていったら、
突然発見したスポットなんです。
場所は仙台市の駅東口側、ガーデンパレスホテルの裏手の小路。
あるマンションとおぼしき下駄履きビル、1階がちょっとした商店街になっています。
歩道の路面にはインターロッキングが敷き込まれていて、
周囲のアスファルトに対して、雰囲気を変えてある。
その歩道部分に対しては屋根がさしかけられている。
そして、ところどころには、お店前に木製ベンチが置かれています。
そして、その歩道を決定的に一種独特に感じさせているのは、
街路樹なんです。
気がつかなければ通り過ぎてしまうかも知れませんが、
4〜5mくらいごとに植え込まれている街路樹は、
その1本1本が種類の違う木なんですね。
なかには少し南国風の植物もあり、バラエティに富んでいる。
それぞれがちょうど新緑の季節の中で、あざやかな彩りをみせている。
そうした街路樹が、表情豊かな歩道に
さらにその印象を深めるように、陰影を与えているのです。
イベント会場に向かう急ぎ足だったのですが、
思わずシャッターを切ってしまった次第。
お店群も、食べ物屋さんなど、ちょっと覗いてみたくなるような、
庶民的なたたずまいを感じさせてくれています。
はじめて通りかかったのは明らかなんだけれど、
思いっきり郷愁を誘い出すような仕掛けに満ちた小路になっている。
こういう感覚は、気取りに満ちた現代的なショッピングアーケードとはちょっと違っていて、
また、雑多なにぎわいの市場のようなものとも違う。
こういう街路が連続していると、
絶対に名所に育っていくのでは、と思われましたが、
残念ながら、こうした試みは、この建物だけに終わっていて、
ほんの街の一隅の雰囲気にとどまってしまっている。
まぁ、周囲はショッピングゾーンというわけでもないので、
街並みの育成とか、個性ある発展などという考えはないようです。
でも、こういうタネのように置かれたものを活かしていくという考えも、
なにか面白いものを生み出していくのではないか、
そんな思いを抱いた街角、ワンシーンでした。
2007年05月20日
バッテリーで、またまたJAF頼み

仙台には車を置いてあります。
いつも常時、東北出張するので、公共交通機関を使うのは面倒。
やはりどうしても、自由の利く車が便利なんですね。
もう3年近く置いてあるワケなんですが、
今回は、出張の間隔が長くなって、3週間ほど経っておりました。
で、駐車場に行ってみたら、ドアが遠隔操作ボタンではロック解除しない。
「あれ、ヤバ・・・」と、内心おそれが広がり、
車に手動で入って、セルを回したら、起動しない。カシャ、とむなしい音。
あんまり予定まで時間がない、ってことで、大急ぎで近くのGSへ。
お願いしてバッテリーチャージしてもらって、
無事起動。エアコンなどの電力消費が激しいものは使用せず、だましながら走行。
なのに、当日の仙台は最高気温26度という暑さ。
北海道から移動してくると、ちょっとこたえる暑さなんですけど・・・。
仙台市内での用事を片付けてから、走行1時間くらいでホテルの駐車場に到着。
普通はこれくらい走行すれば、充電も充分だろうと思って、
心配することもなく、仕事を片付け、その後の会食、2次会と
ご主人様は、楽しく過ごしておりました。
ということで、翌朝、ややお酒の元気が残る頭で、
この件は、すっかり忘れていたほどだったのですが、車に荷物を取りに行くと、
症状が再発しておりました。
こんども、うんともすんとも言わない。
どうやら、バッテリーがへたっているのですね。
また、GSまでと、考えたのですが、ここでようやく自分がJAF会員であることを思い出しました。
「そうだよ、こういう時のために会員になっているんだった」
なんですよね、なかなか、思い出さないものなんですよ。
こういうのんびり屋さんがいるから、JAFって、儲かるのでしょうか?
という次第で、会員になって5年くらいで2回目のレスキュー依頼。
バッテリのトラブルは、JAFの超定番サービスなんだそうですね。
連絡してから待つこと35分、仙台市内中心部のホテルまで駆けつけてくれました。
HONDAのフィットを社用車では使っているのですが、
まぁね、車は走ればいいので、あんまり詳しくもないし、フリークじゃない。
こういうことになって初めて、部品を知ることになります。
聞いたら、やはりパワー不足のバッテリーを使っているのだそうで、
個体差もあるけれど、3〜4年程度で交換時期になるものもあるとか。
性能チャックをしてもらったら、かなりくたびれている感じ。
長距離移動と、長い休暇とを繰り返すうちに早めの寿命を迎えたのか?
しばし、バッテリーの知識を得た次第なのですが、
交換用のバッテリーで、いまのよりもややパワーが大きいものを持参している。
値段は、と聞いたら8500円。
車専門量販店などでは、安いのだと4000円くらいからあるそうですが、
専門に見ているので、性能は最適のもの、と太鼓判を押します。
ちょうど、持ってきてくれているのなら、手間も省けるし、
「じゃ、それに交換してください」とお願いしました。
この段取りの良さは、JAFの基本的マニュアル通りの展開なのでしょうね。(笑)
しかしまぁ、助けに来てもらっているので、
まぁ、しょがないし、またそれで買い物に行くのも面倒ですよね。
交換バッテリーは充電も十分のものなので、
作業は点検も含めて、十分程度で完了。
セルも一発起動で、無事甦ってくれました。
写真は、新旧のバッテリーを並べたもの。
やや大きめのものに交換したわけです。
時間的には仕事にも支障は出ず、大きなトラブルにならずに済んだ次第です。
まぁ、いちばん気をつけなければならないのは、
自分がJAF会員であることを忘れないで、思い出すことですね(笑)。
2007年05月11日
豪華ホテル宿泊記

ということなのですが、実はそれほど高い金額は払っておりません。
たしか、6000円とか7000円くらいの普通のビジネスホテルの料金です。
そろそろ時効なので、
ホテルから追加料金の請求はもう来ないだろうと言うことで、
ようやく書く気になったことなのです。
東北各地をあちこちと飛び回っていることは
このブログの読者のみなさんはご存知の通り。
そういう出張が頻繁になり始めた、5年前くらいのこと。
取材がいろいろたて込んでいて、
秋田県の能代市でいったん出張が終わる予定だったのが、
急遽、青森市内で仕事が入って、
道すがらの能代駅のみどりの窓口で
青森市内のホテルの予約を頼んだのです。
移動は、札幌からフェリーで来ていた乗用車を使用していました。
ところが、駅ではそういう注文が入ることはきわめて珍しいらしく、
職員の方が、たいそう機械端末をたくさん操作した末に、
ようやく、青森市内の「一流シティホテル」を予約できたのです。
こちらはその当時、青森市内のホテルのランキングなど知るよしもなく、
「ま、なんでもいいよ、どうせ寝るだけだし・・・」ということなので、
料金が一般的なビジネスの値段だったのを確認して、
「ハイハイ、それで結構です」ということで、ホテルへ向かったのですね。
で、くだんの立派なホテルに到着。
「あれ、けっこう、立派なんだね、これ」とは思いました。
大した荷物もないのですが、ボーイさんが運んでくれる、あたりで、
「なんか、すこし雰囲気が違うかなぁ」という風向き。
まぁ、でも思ったよりも高級ホテルなんだなぁ、くらいの気持ちでしたが、
さらに案内された部屋に導かれて、仰天!
ふつう、ドアを開けたら、すぐに窓が目に飛び込んできて、ベッドが置いてある、
と、思いきや、ドアを開けても、長い廊下がある・・・。
その先に明るい照明が輝いている。
歩いていって見ると、明るい照明はシャンデリアなんですよね(絶句)。
で、ボーイさんが去ってみると、案内された部屋にはなんと、暖炉まであるんです。
「え、なに、これ?」とキツネに化かされた気分が襲ってくる。
隣接したコーナーと思った場所には、なんと立派なキッチンまで。
広々とした暖炉の部屋(これ30畳くらいはある)のとなりには、なんと、2間続きの和室。
片方だけでも、16畳くらいの広大さ。
床の間には立派な床柱に、床の間には高級そうな書が。
その和室の障子を開け放つと、窓一面に青森市内の景色が広がっている・・・。
驚きを押さえるために、我慢していたトイレに行くと
総御影石張りの豪華内装水回り空間。
お風呂も、けっこうな檜風呂。
それらがまた、半端でない広さの中に悠然と配置されている。
正気を取り戻しつつ、フロントに婉曲に料金再確認の電話をする。
すこし、声は震えていたかも知れませんね。(笑)
「ハイ、◎◎号室の◎◎さんですね、ハイ、料金は◎◎で間違いありません」との言葉。
なんかの間違いではあることは、明白。
しかし、ま、こうなれば、開き直って豪華設備を満喫してしまうしかない。
のですが、とはいっても、出張中のただの骨休めですから、
特段、広い部屋とは言っても、なにに使えるものでもない。
なにやら、おいしそうなお酒も棚に並んでおりましたが、
間違いに気づいたホテルから、
高額な請求が来るなど、庶民としては心配で、
手持ちぶさたに、ふかふかのソファに居心地悪くころがって、
所在なげに大理石のテーブルにペットボトルのお茶を置いて飲んで、
ため息をついておりました。その後、眠気も襲ってきて、
ただただ、呆然と、広い16畳間の真ん中に敷いたふとんにくるまって朝を迎えました。
まぁ、ふとんがふかふかであったのは、当然でした。(笑)
翌朝の食事は、レストランで、まぁ、普通の食事。
「こういうことなら、もっとゆっくりしたスケジュールにして・・・」とは思いましたが、
あいにく約束は朝早く。
キツネにつままれたような一夜は、こうして終わったのでした。
おととい、知人と話していて、ホテル談義になって
このことを久しぶりに思い出して、爆笑してしまいました。
いまに至るも、あれは一体なんだったのか、腑に落ちない思いを抱き続けております。
でももう、時効ですからね。高級ホテルさん(笑)。
2007年04月28日
忘れた頃の、パンク

昨日は秋田県角館で取材でした。
サクラの季節、頃合いもいいだろうという時期を狙って、
だったのですが、ことしはまだ、サクラの開花、遅れ気味。
なんと、盛岡から来たカメラマンの話によると、
岩手県西部の雫石あたりでは、なんと平地でも雪が積もっていたそうで、
当然、峠超えは圧雪状態だったのだとか、
冬には温暖化、春には氷河期の心配をしなければなりませんね、これでは。
ということでしたが、わたしは秋田から当日移動。
心配していた渋滞もなく、桜並木の通りまであと2kmくらいまで来たところ、
車の足下になんか、イヤな感じ発生。
「オイ、まさか・・・、ここでかよ」
というタイミングで、発生いたしました、久方ぶりのタイヤパンク。
取材開始が10時予定で、ちょうど、ちょっと早めに出ていたので、
発生時間は9時半前。
あんまり広い道ではなかった場所でしたが、
みごとなパンクでして、だましながらの運転走行は不可能。
ガソリンスタンドもものの100mの距離ではあるのですが、そこまで、行けないのですね。
しかたなく車を寄せ気味にして、作業を開始。
そういえば、昔はけっこうやっていた気がしますが、
東北出張中では、初めて。
車を購入して4年。初めて開けてみた、トランクルームの下に、きちんとスペアや工具がありまして、
まぁ、手袋まではなかったのですが、ものの10分くらいで作業は完了。
別の車両で現地に向かっていたスタッフもめざとく発見してくれて、
パンクによるタイヤ交換って、ちょっと、みじめ感が募る作業なので、
孤独感も癒されて、ありがたかったです。
無事、交換が終わって、パンクしたタイヤを持ってGSへ。
まだ、このタイヤ、買ってから2度目の長距離走行なんですけど・・・、
ということで、修理チェックをお願いして、わたしは取材へ。
で、2時間後、戻ってきたら、バースト気味になっていまして、
このあと、仙台までの高速走行には不安。
ということで、新品と交換していただくことにいたしました。
タイヤのなかに、ゴムの摩耗した粉末が溜まっておりまして、
気づかないときに、タイヤが傷ついていたのかも知れません。
原因の究明までは帰りの飛行機までの時間がないので、断念。
まぁ、考えられるのは、道のくぼみに車輪が落っこちて、
瞬間的に空気が漏れてしまい、
その状態で運転してしまって、タイヤが車軸に削られて
バースト気味になった、ということでしょうか?
でもま、不幸ではありましたが、時間に若干の余裕を持って行動していたので、
あまり迷惑を掛けることもなく、
また、運良くGSのほど近いところだったので、
手際よく対応することができた次第。
きょうからGW。みなさんも、十分に車の足下にはお気をつけくださいね。
って、まぁ、だからって、防ぎようはないかもしれませんね(笑)。
2007年04月25日
車両火災で高速通行止め

昨日から、久しぶりに東北へ出張です。
飛行機で着いた仙台で1件、要件を片付けてから、秋田での取材のために車で移動。
高速を飛ばして、約260kmあります。
あんまり体力が回復していないので、ちょっと早めに着くように・・・
と思って出たのですが、高速に乗る前から
「古川〜築館間で火災発生、通行止め」という表示。
わたし、不思議とよく車両火災って、目撃いたします。
一度など、ちょうど発火の瞬間を目撃。
乗っている人が車から飛び出し、車両から火が上がっている横を通り過ぎ、
その直後、高速道路脇の電話から管制センターに通報したこともあります。
あとで冷静に考えると、けっこう怖い経験ですね。
まぁ、路肩のあたりに停車している火災車両と、
追い越し車線を走るこちら側では、若干の緩衝地帯はありますが、
風の具合によっては、火の粉が飛んでくる可能性もあります。
もしそんなことになれば、車はたっぷり燃えるものを積んでいるので
たいへん危険ですよね。
というようなことで、仕方なく手前のPAで、時間待ちがてら
えらい早めの食事を取ったりしていましたが、
たぶん、無線交信で情報が早そうな長距離のトラックドライバーのみなさんも、
なかなか動き出さない。
1時間ほど待ってみても、状況は変わらないので、
仕方なく、事故現場手前の古川で高速を降りて、国道を20kmほど迂回するのを覚悟して
ふたたび、高速を走り始めました。
で、古川手前で、「ここで降りよ」という標識。
まだ通行止めだったわけなのですが、ちょうど警備に当たっていた係の方1名が
あわただしく三角ポットを撤去しはじめていました。
「これは・・・」と思って、窓を開けて聞いたら、運良くたった今、開通とのこと。
我ながら、なんと運のよいことよ、ということで、わたしの車は開通第1号車でした。
でもまぁ、みなさん、イライラしていたのか、
どんどん、追い越されること、追い越されること。
あっという間に、取り残されていってしまいましたが(笑)。
で、さて、どんな事故だったのかなぁ、と気にしながら通過したのですが、
道路上にはそういう痕跡らしきものは発見できず。
わたしは高速での車両火災、目撃は2度ほどしているけれど、
考えてみたら、後ろから来て、通行止めにあったのは今回初めて。
たっぷり時間もかけて、完全に危険を取り除いてから
通行させるようなのですね。
通行止めしていた区間から、かなり離れたパーキングで
ちらっと、それらしき車両運搬大型車と、たくさんのハイウェイパトロール車両群が
停車しているのに遭遇しましたが、あれだったようです。
車の火災事故って、最近はいろいろなメーカーの問題も指摘されるようになっています。
安全神話が揺らいできているのか、情報開示が進んできたのか、
その両方なのか、まぁ、わたしも2度ほど遭遇したくらいですから、
けっこう多く発生しているんでしょうね。
なので、ひたすら安全走行に努めて、のんびりゆっくり
ようやくにして、秋田に到着いたしました。
普段の走行時間の倍近くかかったようです。
車の整備、ふだんから心がけないといけませんね。やれやれ。
写真は秋田拠点センターアルヴェ の巨大吹き抜け空間です。
2007年04月11日
スクラッチくじ

きのう、高速のPAで一休みしてなにげに
串焼きを1本所望したら、売り子のおばさんから
「宝くじ、やってみませんか」といきなりセールスされました。
わたし、自慢ではまったくないのですが、宝くじとか
ほとんど興味が持てないタイプなんです。
しかし、あまりにも、串焼きを手渡されたのと、セールスされたタイミングが
「ハイ」としか言いようのない絶妙さ、だったもので、
つい、やってみることになりました。
どうも、宝くじ、あんな悠長なのって、買ったこともすぐに忘れるタチなので
わたしはダメなんですけれど、
そういう人のためなのか、最近はスクラッチ式でその場で当否がすぐわかるんですね。
あいまいにVサインを送った感じだったのが、200円を2枚だけ、って、
2枚購入にされてしまって(笑)、こすってみました。
すると、「あら、お客さん、運がいいわ」とか。
聞くと、6つの数字をこすって出すと、
その数字の組み合わせで、当否なんだそうで、
わたしは1枚で6が3つ出たので、2000円、当たったのだそうです。
すぐにその場で、受け取った2000円からまた、1000円出して
「わかったから、じゃ、今度は1000円分、買います」
と、どうも、売り子さんの商売熱心さに申し訳なくなって再度購入。
まぁ、多少は、好奇心も働いていたのは言うまでもありませんけど(笑)。
で、結果は5枚のうち、こんどは8が3つのが1枚。
これだと500円なんだそうです(なんで?)。
ということで、都合、2500円のゲット。使ったお金は1400円。
なので、1100円の儲け、ということで、結構な小吉ぶり。
なんですが、これ以上は深追いいたしません。
一応ギャンブルは一通り経験はあるのですが、
競馬とか、パチンコとか、もう何十年もまったく全然興味を持てないし、
いわんや、宝くじなど、という気持ちは変わりません。
まぁ、初詣でで、おみくじを購入するのと同じくらいの気持ちですね。
「こういうので、運を使うとほかの人生で持ちたい運が損する」
というような信念を、なぜか不思議と持っているんですね。
たぶん、ひととおり経験してみての感覚なので、
これからも、変わらないだろうと思います。
でも、売り子さんには帰り際、
「おねえさん、ありがとう!」とエビス顔で感謝。
当初の「なにさ?、おばさん」言葉からは、ずいぶんな丁寧言葉に昇格(笑)。
たいへん、気持ちがいい、というような気分にさせてくれたので、
その意味で、ひとに感謝する、ということでしょうね。
宝くじなんて、それくらいに考えた方がいいと思います。
でもま、よかった、よかった。これで、またきっぱりとギャンブル、やめられます(笑)。
2007年04月10日
東北の桜前線

きのうは久しぶりに仙台に入りました。
飛行機も久しぶりではあったのですが、さっぱり懐かしくはない(笑)。
まぁ、どうしてもくぐらなければならない通過儀礼ですね。
仙台では到着口のバスの乗車券売り場が撤去されていました。
最近、空港と仙台駅を結ぶ直通列車が運行開始したので、
どうやら閑古鳥が鳴いているようですね。
見ていても、乗る人はごくわずか。
まぁ、札幌、千歳でもバスは鉄道ができると商売にはならなかったようですから、
ダメなのでしょうね。
空港まわりの駐車場の状況はどうかと思っていましたが、
こっちも、あんまりたくさんの送迎車はありませんでした。
どうなのか、空港周辺ビジネスの変化ぶりは一興ですね。
午後から、伺った仕事先で、いきなり団子を出されました。
「???」という顔をしていたら、
「花見ですよ、花見」と、にっこりされました。
あ、そうかって、でもね、団子だけ食べて花見はないだろうが・・・。(笑)
ということで、しばしお花見談義。
そういえば角館で取材予定が入っていて、これが
外観にぜひサクラを掛けて撮影したい、という願ったり叶ったりの要望。
ということなので、スタッフ総出で撮影に行くことになりそうです(笑)。
「ジンギスカンも用意しておきましょうか?」
なんていう不埒な発言も飛び出しておりました。
しかし、ジンギスカンは最果て、北海道のお花見風物。
こっち、東北では正しく、お団子をいただくのが流儀、なんでしょうか?
ということで、ここからはわかんなくなってまいりました。
この花見にジンギスカン、の風習はやはり北海道だけなのか?
最近はジンギスカンのブームとかもあり、
東北以南にも、こういう風習は越境しつつあるのではないか?
昨年は北海道日本ハムファイターズが優勝もしたし・・・
って、それはまったく関係ないでしょうけれど(笑)。
どなたか、この点についてうんちくのある方、お知らせください。
そんなことで、事務所近くの仙台有数のサクラの名所、榴ヶ岡公園
ちょっと覗いてきましたら、もうやっていましたね。
サクラはまぁ、3分咲き程度。でも陽気も結構で、
なかなかの見頃という感じですね。
今週末が仙台は一番のピークではないか、というのがみなさんのご託宣。
聞いたら、仙台がむしろ東北でも一番早いくらいで、
たまたま出会った福島県の三春地方の方から聞いたら、
三春は、仙台が終わってからが見頃なんだとか。
そして、ゴールデンウィークに掛けての津軽弘前城まで、
東北の桜前線、これからが満開の春を迎えるところです。
本日は、速報版のサクラの便りでした。
っていっても、まだ、サクラ速報版なんて言えるのは北海道くらいでしょうな(笑)。
いずれにせよ、ゆったりとしたサクラの風景は心を和ませてくれます。
2007年04月05日
秋田弁の圧倒的魅力

先日、秋田でカラオケをやっていたとき、
圧倒されたのが、秋田弁バージョンの「大きな古時計」。
いやぁ、この説得力って、すごい。
秋田って、札幌といろいろ似ている部分があって、
冬の気候で似た雰囲気があるとか、女性の肌の色が白く感じるとか、
雪への感覚の部分で、おなじ日本海岸性寒冷地ということで、
親近感を持つのですが、
決定的に違うのが、言葉。
まぁ、北海道にも方言はあるけれど、どちらかといえば単語レベルで
まとまったイントネーションとしては基本的に共通語だと思います。
まぁ、多少はあるんですけれど、
北海道の人間はたとえば東京でも、それほど違和感なくしゃべる。
ところが、秋田のコテコテ言葉になってくると、
地元のみなさんは、そのままでは東京ではしゃべれないのだそうですね。
秋田美人として知られた女性作家、矢田津世子の書かれた文章を
読んだことがありますが、少女期に東京に移住して
言葉で、強烈なカルチャーギャップと劣等感を抱いたという記述がありました。
このあたりは、北海道の人間にはちょっとわからない部分。
北海道人は、むしろ「恥ずかしい」という感覚もなく、
そのまま、「なして、おかしいのさ? いいべさぁ」などと、方言を使いまくる感じ。
そういういい意味の(?)デリカシーのなさを持っています。
そこへいくと、やはり秋田のみなさんには恥じらいという奥行きがある。
でもまぁ、ディープに話してきて、酒でも回ってくると
「$%#”(’%$###あ?」みたいに、わかんなくなってきますよね。
まぁ、そういう席では、もう適当に相づちを打っておくくらいしか手がない。
そうすると、なぜかどんどんお酒をつがれる(笑)。
しょがない、って、飲んで二日酔いに悩まされる、というのがパターン(泣)。
というような秋田弁ですが、
なんとか、くだんのCDをインターネットの検索で発見いたしまして、
って、わたしはよくiTunesで、購入するのですが、
どうも、レコード会社によって、いまだに販売許可していないのですね。
しかたなく、CDを通販で購入し、先日到着しました。
で、たまに聞いているのですが、こりゃぁ、歌えるようになるのは至難ですね。
秋田弁のイントネーションから理解しなければならないので、
さて、どれほど、時間がかかるものやら、不明です。
歌手は伊藤秀志さんというのですね。
いろいろ、有名曲の秋田弁バージョンなので、メロディはわかるけれど、
節回しや、文節の切り方、つなぎ方、
ほぇ〜、という感じの難しさ。
スウェーデンあたりのひとが、シチリア訛りのイタリアの歌を覚える以上の大変さ、かなぁ。
先日も機会があったので、カラオケ、一度チャレンジはしたのですが、
あえなく、ボロ負け、という感じで討ち死にでした。
でも、まぁ、あせらず、がんばってマスター、できないまでも、
すこしは秋田弁の雰囲気の、さわりくらいまでは近づきたいと念願しています。
聞かされる方、勘弁してくださいね(笑)。ではでは。
2007年03月15日
東北住宅大賞・審査終了

きのうは、弘前から秋田県北部・能代へ移動。
ついに鈍行の普通列車での行程になりました。
東北をほぼ縦断一周するような旅程だったのですが、
最後にいたって、まさに東北を体感するような汽車の旅です。
で、こういうローカル線での車両って、なんとなく、
座席が対面式のボックスシート、というイメージがあり、
合計6人での一行、時間も1時間半くらいあるので、
事前に弁当を買い込み、車中での食事ということを計画していたようです。
が、あに図らんや、列車シートは首都圏通勤車両の再生利用とおぼしきスタイル。
シートは左右に各1本がある、というものでした(笑)。
やむなく、通勤車中での弁当というなんか、笑えるような光景での食事。
こういうの、なかなか難しいバランス感覚が必要。
弁当を持ち、支えながら、ペットボトルのお茶を飲むのが、しんどい。
ちょっとバランスを崩すと、こぼしてしまいそうなんです(冷や汗)。
というような道中だったのですが、
やはり、津軽平野の一望感もすばらしいし、
生活路線としての、バラエティに富んだ乗客のみなさんも面白い。
東北のローカルの地域の暮らしぶりもそこはかとなく伝わってきました。
写真は、そんな車両の出入り口の様子。
ドアは慣れた自動ドアではなくて、ボタンによる開閉式なんです。
なので、最初乗車するときには、いきなりドアが閉まっているので不審に思います。
まぁ、寒さ対策と、乗客数の関係という、事情はすぐに了解できるので、
すんなりとボタンを押せますけれど。
わたしも普段は、すべて移動は車を利用するので、こういうのって、
はじめて体験できまして、少し楽しい経験を得られました。(笑)
能代で審査終了後、飛び入り見学で西方設計さんの草屋根の社屋を見学後、
秋田市に移動して、東北住宅大賞の最終審査会。
無事にこれも終了いたしました。
記者発表など、公式発表が来週21日以降に予定されていますので
内容については、その公式発表後、このブログでも
わたしのご報告をしたいと思います。
終わって、ようやく肩の荷が下りる思い。
秋田のJIA支部のみなさんなどに、慰労の会を催していただきました。
2次会ではご当地自慢ソングのカラオケ大会。
ひさしぶりに「好きですサッポロ」熱唱させていただきました(恥かし)。
本日はやや声もかれ気味の朝を迎えております(笑)。ではでは。
2007年03月14日
列車移動はラクチン

「東北住宅大賞」審査の旅、大移動。
おとといの大雪で、ついに車での移動を断念しまして、
投宿先の古川駅で、全スケジュールとにらめっこしながら、購入したチケット。
古川から古川に戻ってくるので、連絡チケットとかいう
聞き慣れない概念でのチケット購入になるワケなんですね。
それも、2枚に別れる決まりになるそうです。
結局、移動に利用する列車は、全部で9本になりました。
こんなにいっぺんにチケットを購入するようなことは
もうあんまり、なさそうなので、記念撮影となった次第です(笑)。
しかし、寒波は相当にしつこいですね。
東北道の通行止めは、きのうも夕方くらいまで続いていたようで、
早めに見切って大正解でした。
それに引き替え、さすが列車はこういう降雪にも慣れていて、
特段の大きな遅れは出ていませんでした。
列車道中のさなか、お聞かせいただいた話では、
東北新幹線の雪対策は、東海道新幹線の岐阜周辺での降雪体験が
活かされた結果、素晴らしく進んだものなのだそうです。
車体の構造を工夫することで、雪対策が行われたとのこと。
今は、北海道新幹線が工事中ですが、
今後はさらに工夫を加えられた車体が開発されるのでしょうか。
北海道の雪と、東北の雪って、質と量が違うと思うので、
さて、どういうように変わっていくものなんのでしょうか、
ちょっと、興味も抱いた次第。
さて、きのうは水沢から、弘前に入っての審査。
東北住宅大賞審査らしく、ほぼぐるっと一回りする行程になっています。
きょうは秋田県北部海岸添いの能代が最終審査地。
そこから秋田市に移動して最終選考になります。
まぁ、移動だけでも東北の多様性を十分に認識させられます。
窓の外では、またきょうも雪が舞っております。(汗)
断続的な寒波襲来も、いい舞台背景になっているようです(笑)。
2007年03月13日
寒波大逆襲

いやぁ、すごいです。
きのうは東北南部で東北住宅大賞の審査。
けっこうな強行軍で、仙台を皮切りにいきなり白河、
北上して福島県伊達市梁川と3件の住宅を見てきました。
そこまでは順調でしたが、さてきょうの水沢の家のために北上を目指したのですが、
まさか、朝から閉鎖していた北上周辺の高速が
夜に入っても閉鎖が続くとは想像できませんでした。
仙台周辺、というか、仙台宮城のインターあたりでは
前の車のランプ灯火も怪しくなってきまして、
古川を過ぎて、長者原PAで少し吹雪をやり過ごそうと考えたのですが、
むしろひどくなる一方。
ついに牙をむいた今年の冬将軍、っていうすさまじさ。
ちょっと、甘く考えていたかも知れませんね。
暖冬暖冬と、気持ちがゆるんでいたなぁ、と深く反省させられましたね。
にしても、すごい。
雪道走行は、ふつうの倍以上疲れますよね。
雪が舞って、なんか感覚が直撃されて、浮遊感のような
ふわふわした頼りなさに襲われてきます。
というわけで、やむなく、長者原のPAからはETC出口で降りられるので、
いちばん近い都会の古川まで10kmほど引き返して、
体力と気力の回復に努めておりました。
けさ、早く起き上がったのですが、やはり高速は一関から北が不通。
ことしの冬、最後の猛威、たっぷりと味わわせてくれます。
「東北住宅大賞の審査だから、やはり厳しい冬がふさわしい(笑)」
なんて言っていたのが、どうやら罰が当たったのかも知れません。
もう言いません、許してください、といまから神様に許しを請うても遅い。(笑)
しょうがありません、新幹線・在来線乗り継ぎにおとなしく従うしかありません。
まぁ、きょうが峠だとは思うのですが、
最後に来て、自然のパワーのすさまじさをこれでもかと
力一杯、体感させられました。みなさんもお気を付けて。
写真は古川のホテルから、周辺の除雪中の様子。
2007年03月09日
秋田青森さっぽろ、道中記。

写真は、おとといの昼に食べた国道添いの店の「稲庭うどんランチ」。
せっかく秋田西武の入っているビルの上階のホテルに泊まったのに
タイミングがまったく合わなくて、地階にある
佐藤養助のお店には行けませんでした。
まぁ、本当は、わたしそういう有名店がいい、みたいな嗜好はあまりありません。
ということは、このブログを見ていただいているみなさんには
そろそろ、ご理解いただけているかも知れませんね。
なんといっても、もう577回も書いてきているんですよね。
毎日のようにあっちへ移動、こっちへ出張っていう生活であることも
おわかりいただけますよね。
きょうなんか、わが家に帰ってきたけれど
息子から「あしたはまた、どっかいくんでしょ?」なんて、
まるで、風来坊のように言われてしまいました。
笑うしかないような毎日でして、こういう食事を選ぶのも、
だんだん、こころの華やぎというものから遠くなってきますね。
やはり息子と、家庭料理をのんびり作りながら
だらだら食べるような時間が、食べるのにも一番いいと気づかされます。
まぁ、人間、忙しく動き回って、働けるというのは
たいへん幸せなことだと言うことは、身にしみてはいますけれど。
でも、やっぱりポテトサラダを自分で作って食べさせてやりたいな、
というような気分も、襲ってまいりますね。やはり。
きのうは、秋田から青森空港まで車移動で
そこから車を、新装の空港駐車場に泊めて、飛行機で札幌へ。
秋田から、能代東までの高速利用から、国道7号で
大館経由、碇ヶ関で東北道に乗っかって、
浪岡インターから青森空港っていう経路を取ったのですが、
いつも思うのですが、この国道7号線区間、
ここの交通状況がなかなかにこたえます。
どうも、生活道路も兼ねているようで、渋滞っぽい感じもあるし
信号の数も、止めさせられる回数も格段に多いと感じます。
きのうはそのうえ、各所で、って5〜6カ所で
お決まりの年度末道路工事シーズンでしたので、
鈍足ぶりに拍車を掛けさせられた走行状況でした。
距離は50kmくらいなんだけど、時間は2時間くらいかかったかなぁ。
あんまり時間かかるんで、コーヒーを一杯飲みたいと思うんですが、あいにく
そういう店もなかなかありません。
やっと見つけても、コーヒーをその日初めて落としてくれる。(涙)
たっぷり15分くらい、手間を掛けてくれたありがたさを実感します(笑)。
で、おねえさんに聞いてみたら、みなさん、秋田北空港の方向を目指して
ちょっと遠回りになるけれど、国道を迂回して山道を走行して、
そのうえ、青森からは遠くなる十和田インターを目指すんだそうです。
そっちは、ほぼ、渋滞がないということだそうです。
でも、たまに来るんで、そこまでの決心はつかないまま、
国道経由して走りましたが、情報を得てからは
「やっぱりいうこと聞いておけばよかった」って
後悔が募ってくるような、相も変わらぬ走行状況が続きましたです、ハイ。
で、まぁ、時間にゆとりはあったので、もういいや、と半分、やけ気味に
途中、日帰り温泉に飛び込んでおりました。
って、これも、お湯は素晴らしいんだけれど、
ロッカーキーにバンドがついていない・・・。
それなのに、「肌身離さずお持ちください」って注意書き。
裸になっているのに、どうやって持っていればいいんだよ、とつっこみたくなるけれど、
ここらへんまでくると、諦念の方が上回ってきまして
なすがまま、状況を受け入れたくなってきます(笑)。
じっと、手につかみながら、サウナやお風呂に浸かっておりました。
外は小雪から、やや強い本降りのいい具合の雪見風呂・・・。
えぇ〜、やばい、飛行機飛ぶかなぁ、例の青森空港だし・・・って、また、
心の平安をかき乱すような状況不安がめぐってまいります、けれど・・・。
でも、ことしは小雪・暖冬の影響で
青森空港はあまり運行状況、悪くはないんだそうですね。
おかげさまで、なんの不安もなく快適・爆睡、空の旅で、
いっきに千歳到着いたしました。ありがとうございました。
ということで、あすから、また青森に戻ります(笑)。
2007年02月26日
すし桶

リプランの次号東北版では、「福島特集」を予定しています。
ということで、週末2日間は福島県で取材が入っていました。
郡山市近郊、三春の近くの農家住宅でのひとこま。
取材は、遮熱材を使った家づくりというポイントで進んでいましたが、
写真は、ご主人のお父さんといろいろお話しするウチに
見せていただいた「すし桶」です。
なんでも、この家は建て替えで、その工事の時に伐採した杉の木の古株が出てきたので、
それを、もったいないし、記念にもなるということで、
知人に依頼して、こういう食器にしてもらったのだそうです。
断面方向にスライスして、木目が生きてくるように工夫。
杉ということで、繊維がおおらかなので、この50cm近い大きさでも
持ってみると大変軽い。
ふた付きにしてもらって、内部にはごらんのようにみごとに漆塗り。
これがまた、なんともいい色合いですね。
ふたを取って、このなかの鮮やかな赤が目に飛び込んでくる。
まだ、出来上がってきたばかりなので、使ってはいないんだそうですが、
これにチラシ鮨でも入れたら、こたえられないだろうな、
というお話、のようなんです。
この仕事をしてもらって、悪いからと10000円、対価を支払ったということ。
いいですよね、これが一万円って、そりゃ、安いと思います。
杉の木の香りも漂ってきたりして、
ふたを開けた瞬間の驚き、楽しさが目に浮かんでくるようですね。
日本人の、食の器に対する感覚って、素晴らしいものがありますが、
この演出も、絶対いいだろうなと、うなづけますね。
家に遊びに来た来客に、由来を話しながらこの食器で
すしを振る舞えば、最高のおもてなしになること、うけあい。
って、実は、残念ながら、福島の方言訛りがきつくて、感じはよくわかるんだけれど、
内容は今ひとつつまびらかには、わからないんですね、これが(笑)。
やはり土地土地で、豊かな方言がありますが、
都市ではさすがにあまり聞くことはない。
こういう田園地帯にまで来ると、情感豊かな言葉の表現力に出会えます。
標準語とは違って、雰囲気やひとの感じ方のようなものは
圧倒的にわかりやすい、と思います。
ただ、惜しむらくは意味がよく理解できない。
まぁ、だいたい、大意は間違いないと思うんですけど・・・(笑)、
頭のなかの翻訳機能をフルに活用した取材(笑)、でした。
冬なんだけど、日射しはまったく春爛漫のなかで、
楽しい会話を楽しむことができました。
2007年02月21日
岩手富士絶景

盛岡での取材時に、ちょっと足を伸ばして
御所湖方面へ行って参りました。
盛岡に来ると、やっぱりこの岩手山の美しさにうっとりさせられます。
大きい山がある、という風景のなかで育つかどうか、って、
けっこう人間教育にとって決定的だ、という説があります。
盛岡で生まれ育った方たち、とくにいま関係している住宅業界の関係者と接してみて、
このことって、強く感じる部分。
なんというか、考え方が骨太というか、原理的というか、
一本、筋を通したいというような雰囲気を強く感じさせられます。
よくブログで触れている住宅技術研究実践団体、新住協を指導する
鎌田紀彦氏がそうだし、いま、岩手のビルダーさんたちが
推し進めている、ドットプロジェクトという運動のメンバーのみなさんなど、
住宅性能についても、きわめて原理原則を立てて、筋道を立てようとする
姿勢がみなさん、強いなぁと感じます。
あ、ドットプロジェクトっていうのは、新住協のQ1.0住宅運動と
同様のプロジェクトで、熱損失係数で1を絶対に切ろう、
小数点以下にしよう、なので、ドットということなんですね。
ちょっと、説明しにくいよ、わかりにくいんじゃないの、という声が来そうかな(笑)。
こういう人物的な雰囲気、姿勢みたいなのって、
たとえば東北で言えば、会津や弘前などの大きな山の麓で
生まれ育った人たちにも、感じられる部分。
やっぱり、誇らしく、筋道を立てて生きていく、というような規範が
こういう大きな、立派な山からは知らず知らず、感じられるものなのかも知れません。
そこへいくと、わたしの育った札幌の街は、
そういう身近な山というのが、いくつもあって、
いろいろ、多様性がある、っていうようなふうなのかもしれないと思ったりします。
さらに、東京などは特徴的だけれど、特段大きな山がなくて、
海や川というような流動性が重要な地域に暮らすと、
融通無碍というか、「上手にやる」というような雰囲気があるのかも知れません。
原理原則もそうだけれど、それより人間関係優先みたいな。
大阪や、関西というのも、そう大きな山、独立火山のようなものがない。
そんな連想の範囲で言えば、札幌はやはり京都の地形と似ている部分がある。
京都は北側が大きな山地があるけれど、
札幌は南側が大きな山なみが連なっている。
そんなことからの人間性育成環境というのもあるのかなぁ、と感じています。
きょうは、出張からの連続勤務で、しばらく休みなし、なので、
疲れがたまっているのか、久方ぶりに寝坊してしまいました。
ブログは、わたし、朝一番のウチに書ききる、と決めているのが
ダメだったのです。ということで、
ちょっと、アップが遅れてしまいました、お許しください。ではでは。
2007年02月11日
函館朝市散歩

世間は3連休に突入中のなか、
またまた節句働きの講演を函館で行ってきました。
前日まで東京で、飛行機で移動。
ひさしぶりに函館空港を利用しましたが、
すっかり小綺麗に一新している印象を受けました。
札幌から函館に入るにはふつうは車で行くし、
用務先が限られている場合で汽車。
なもので、空港を利用したのって、考えてみれば以前、1度、
函館から東京へ飛行機で移動したときくらいでした。
空港から市内までは、時間もわずかで、観光都市らしく
道路脇の店屋さんもずいぶん活気がありそうな雰囲気。
これもずいぶん新鮮な思いを抱きました。
ホテルは函館駅前の新装開店のものでしたが、
駅前も、昔を知る身としては、「え、これ、どこよ?」と
感嘆させられるような変貌ぶり、というかやたら空き地が目につきますね。
一時期、すっかり駅前の大門地区の衰退ぶりが伝えられていましたが、
大規模な再開発はいったい、どうなっていくのでしょうかね。
翌朝、やっぱり函館に来たら、ホテルでメシを食うよりは、
ということで、朝市をぶらついて参りました。
いろんな店店の看板が小綺麗に変わっていて、清潔感を感じますが、
なんか、函館らしいローカルな味わいが薄れてきている感じもありますね。
写真の店などは、完全に観光客の足下ウォッチ価格な気がします。
いかって、むかしは大衆的なもので、それこそ大盛りいくら、っていう
そういう食べ物だった記憶がありますが、これではふぐとも変わらない高級魚扱い。
どうも、あまり感心いたしませんね。
それと、観光客で気になったのが、おおくのアジア・台湾などからのみなさん。
ちょうどホテルでもたくさんの方が団体で来ていましたが、
こういうとき、どうも同じアジア人なのに、言葉を交わしたり出来ない。
なんか、英語を使うのも変だと思うのですが、
先方のみなさんも、あまり声を掛けてきたりはしませんね。
まぁ、来客のみなさんは自分からコミュニケーションは取りにくいでしょうから、
迎えるこちらから、声を掛けるべきだと思うのですが、
北海道民の側で、なにかこういうときに声かけの
運動みたいなのを考えられないかな、と思いました。
「ようこそ、いらっしゃいました」という心を伝えられるような声かけですね。
何か、いいアイデアはないものでしょうか?
そんなことがあると、きっと多くのみなさんがもう一回北海道に来てみたい、
って思ってくれるようになると思うんです。
簡単でいいけれど、ワンフレーズになっていて
感謝の思いが先方に伝わるようなそういう中国語や韓国語の
歓迎挨拶、多くの日本人がそういう声を掛けたら、
きっと楽しい交流が生まれてくるのではないでしょうか?
2007年02月05日
北上展勝地冬景色

最近、週末は東北各地で取材が入っております。
きのうは北上市内・展勝地のすぐちかくの住宅取材。
ことしは記録的な暖冬で、って言っていたら、
本格的な積雪がやってきましたね。
わたしは前日に北上に入っていたので、問題はありませんでしたが、
盛岡在住のカメラマンさんは高速が安代から花巻までストップ。
この区間は、だいたいこの時期、やられますね。
仙台から来るスタッフも、仙台がこの冬初めての本格的積雪で
これも、時間には遅れそうという状況でした。
まぁ、忙中閑、ということで。
写真は北上川添いの展勝地を対岸側から狙ったアングル。
サクラの並木で東北の3大名勝地に名を連ねる展勝地ですが、
この冬の季節もいい雰囲気ですね。
ちょうど対岸側で眺めの良さそうなロケーションにあった喫茶店前から撮影。
お店のママさんは、ご主人の実家ということで、北上に来られて5年ということ。
前は神奈川県相模原にいたそうですが、
自然の景観の素晴らしさには、毎日感動させられているというお話。
展勝地の、こちら対岸側からは、朝日が昇ってくる様子が見られるそうで、
神々しいばかりの景色が眼前一杯に広がるのだそうです。
「ことしは、ハクチョウの数が少ないのですよね・・・」
とのこと。シベリアからの飛来自体が減っている、というより、
ボランティアで餌付けしていた方が老齢で
毎朝の餌付けを断念したことが大きいのでは、
という情報をいただきました。
でも、ちょうど写真のように、車で来て餌付けをしている方がいました。
そういえば、この展勝地の桜並木自体も、地元の篤志のかたが
植樹し続けてきたものが、80 年ほどの時間の経過とともに
いまや、公共財になってきたのだ、ということも聞きました。
これから、団塊の年代がリタイアの年代を迎えるようになって、
こういうボランティアの活動が盛んになっていくものかどうか。
しかし、こういう自然の良さを理解している人が、
ふたたび地域に回帰しはじめていることは事実なので、
全国ですこしづつ、こんな展勝地のような事例が
増えてきてくれると、日本もまだまだ、まんざらでもない、と思えますね。
2007年02月04日
日帰り温泉・宮城三本木「三峰荘」

国道4号線を仙台から岩手に架けて北上中、
いろいろなモデルハウスなどを見学してみました。
ふだん、あんまり、ローコスト系の住宅って見る機会がないのですが、
坪単価いくら、って大きく書いている某社の
説明を聞いていたら、なんと、吹き抜けやバルコニーも
面積に入れて計算するのだそうですね。(驚き!)
確かに、「坪単価」っていう概念はあいまいな指標なので、
それをどういう風に使うか、自由ではあるとは言えるでしょうが、
だからといって、法規上、床面積には算入されないものを
建築のプロの側が、一般ユーザー向けに広告の手段としているというのは
ちょっと、頷けない部分があります。
家自体は、新建材だらけの寄せ集めっぽいもので、
最低床面積35坪以上、ということから計算すれば、
実際に建てられる住宅コストは、宣伝文とはかなり乖離していると感じますね。
それで、気になったので、インターネットで調べてみたのですが、
どうも、かなり口コミ評判というものに、相当に神経を使っているようです。
いずれにせよ、ユーザーのみなさんは冷静に対応していただきたいと思います。
っていうような、仕事関係の調査は別の機会に(笑)。
道すがら、ちょっと気になる温泉看板があったので、つい寄ってしまいました。
大崎市三本木っていう、ちょっとゆかりを感じる(笑)地名ということもありまして・・・。
入浴料が500円と格安!
これ以上かからないところは、某社もきちんと学習して欲しい(笑)。
温泉の効能書きは、
●温 度 / 47.3度
●湧出量 / 540g/min
●P H 値 / 6.5(湧出時)
●知覚的試験 /無臭、淡黄色で
かすかな炭酸味を有する
●泉 質 / 単純温泉
●泉質の適応性 /
神経痛・筋肉痛・関節痛
五十肩・運動麻痺関節のこわばり
うちみ・くじき・慢性消化器痛
痔症・冷え性・病後回復期
疲労回復・健康増進など
となっております。
お風呂は、やや褐色っぽい色合いで、美人湯系のつややかさ。
内湯、サウナ、露天風呂と完備していまして、
好天だったので、外で寝そべったりしておりました。
それとよかったのが、箱風呂、桶風呂。
ちょうどひとりで入ると、お湯があふれかえって、贅沢気分。
全体に豪華ではないけれど、きちんと清潔感があり、
従業員さんも、きびきびとしていて好感が持てる。
温泉って、入ってから翌日の目覚めのさわやかさ、がわたしの評価ポイントなんですが、
けさは、あれっていうほどの、さわやかさでした。
それで、これはいいお風呂だったな、ということで書いている次第です。
ちょっとめげた住宅産業界の汚濁にも、きれいさっぱりした気分ですね。(笑)
2007年01月28日
冬の十和田湖超え

さて、きのうは青森県十和田市で午後に取材をすませたあと、
秋田県への移動の予定。
前日に仙台から八戸までわたしは移動していましたので、
夜からのみぞれ交じりの雪には影響されずに十和田に到着していましたが、
他のスタッフは、到着が遅れました。
ケータイでの連絡によると、東北道と八戸道で事故の発生や、除雪が間に合わないようで
通行止め区間が発生しているということ。
取材時間には大きく遅れるので、わたしとカメラマンで撮影先行。
約1時間ほど遅れて、たぶん昼食抜きで駆けつけてきました。
で、撮影が終わっても、雪は全然降り止む気配がありません。
通常、青森県太平洋側から秋田県に抜ける場合は
素直に高速で盛岡あたりから、秋田を目指すのが安全策なんですが、
高速通行止め情報はそのまんま、継続中。
そこで、地元カメラマンさんの情報を頼りに十和田湖畔を通って、
小坂、鹿角に抜けるルートを通行することにしました。
ずっと雪が降り続く不安な道です。
午後3時から走り始めましたが、途中、大雪で片側通行案内が
見えなくなっている箇所もあって、難渋を極めました。
しかし、景色自体はまさに冬の厳しさを感じさせながら
奥入瀬の豊かな景観をモノトーンで見ることができるもの。
とはいっても、とても写真撮影のゆとりは持てない(冷や汗)。
重たい雪なもので、車にはドン、という衝撃音をともなって、木から落ちてきます。
ようやくの思いで冬の十和田湖畔に到着。
しかし初めて通る道。これから先も不安だし、車を止める余裕はありません。
最近出来たというトンネルを通って、ようやく今度は「休屋」に到着。
ここまでこれれば、というカメラマンさんの言葉だったのですが、
そこからも吹雪の急峻な山道走行がややしばらく、続きます。
道路幅もギリギリなので、たまにくる対向車への注意も怠れません。
ほんとうは、ようやく人間に会えた、というようなうれしさの方が強いのですが・・・。
というような不安一杯の吹雪道走行、2時間半ほどで、ようやく東北道と交差。
秋田県の鹿角に抜けられました。
というようなことで、ほんとうは秋田市まで移動を予定していましたが、
すっかり疲れ切ってしまいまして、
予定を変更して、大館市内のホテルにバタンキューでチェックイン。
合計で走行距離は100kmほどでしたが、
冬道の怖さをひさしぶりに体一杯に体験いたしました(笑)。もういいです。
でもまぁ、除雪は一応、全線してあったので、遭難の恐怖まではありませんでしたけどね。
ことしは北海道も全体に雪が少なくて、
暖冬、ということで、タカをくくっていたのが、
一気に、おもいっきり、肝を冷やされましたです、ハイ。参りました。
写真は、のどかな(笑)奥入瀬の冬景色です。
2007年01月26日
屋根の伝統デザイン

日本ハム・ヒルマン監督ってすっかり北海道に馴染んでいるんですね。
きのう、かれが札幌に到着してから降り始めた本格的な雪。
〜けっこう泣かされましたね。合計3回くらい雪かきはやらされるは、
道路はスリップしやすくて、車はあちこちで衝突事故。
という天気だったんですが、
「札幌はこれがいい、雪、シンジラレナイくらい美しい」
って、感想を述べているそうです。(笑)
かれはテキサス州出身ですから、まだ知らないんですよね、雪の辛さ・・・。
とかいいながら、やっぱ、にやりとさせられる言葉。そうです、雪はいいんです。
こういう感想を言ってくれるのは、やはり地元の人間として親近感がわく。
やっぱり頑張れ北海道日本ハムファイターズ、となりますね(笑)。
さて、いきなり写真と違う話題で失礼。
これは先日の山登りさせられた山寺の本堂、立石寺の正面写真。
いやぁ、いいですね。絵に描いたようなGOOD LOOKING。
というような印象を、伝統的な美意識では思う建物。
わたしは、こういうの、そこそこ好きなんですけど、みんなどうなんでしょうか?
こういう、言ってみれば「屋根のビーナスラインによる建築デザイン」って。
屋根の形状としては、入母屋スタイルを基本にして
四隅の屋根の端を、ピンと立てたようなスタイル。
日本の建築の中でも神社仏閣というのは、きわめてデザインに留意した建築。
その伝統的なデザイン美意識がこういう表現なんですね。
こういう屋根デザインを見させて、
西方極楽浄土を現世にイメージさせるという目的だったのです。
まぁ、少なくとも一般住宅ではいまどき、こういう感覚は
採用することはあり得なさそうですね。
しかし、こういう屋根に仕上げるにあたっては
それこそ、入念な大工技術が動員されているのだ、ということ。
こんにちでも、非日常性、という意味では
こういうデザインも、存在価値は高いとも言えるかも知れませんね。
背景の山の緑のなかで、典型的な日本的風景を見せています。
札幌の雪の景色の美しさもいいけれど、
こういう風景が醸し出す雰囲気って言うのも、やはりDNA的に共感する部分がありますね。
2007年01月20日
山寺登山

以前、仙山線で山形から仙台に移動したとき、
途中駅の「山寺」で、見上げるような山の頂まで、
点々と伽藍が配置されている様を目にしたときから、
興味を持っていた、「山寺」。
すこし時間にゆとりがあったので、見て参りました。
とはいっても、いつものパターンで、まったく予備知識はなし。
ことしはまれにみる暖冬で、あんまり雪がありませんね。
それを幸い、挑戦することにしました、登山。
山寺って、ようするに山登りですね。
あたりまえか。
一段ごと、上るごとに、煩悩が消えていくというのが御利益とかで。
登り初めて、数分で、思い立ったことへの後悔の念が
強烈に襲って参りました。
冬場の運動不足の身には、とくにひざの裏側が悲鳴をあげます。
八十八カ所のように上るごとに、番号が記されていまして、
それを頼りに、励まし、励ましして登りましたです、ハイ。
八合目くらいから先は、十歩進んで一休み、みたいな情けない次第。
煩悩が消えると言うよりも、体力への自信が消えるのが先。
ほとんど最後は転げるように、「奥の院」までたどりつきました。
三月のお彼岸までは、この奥の院は閉じられている、という張り紙がありました。
まぁ、なんとか登り切った、という満足感だけは得られました。
しかし、あとで絵図面を見てみると、ほかにもお堂はたくさんあるようですね。
帰り際、八十六番目のお堂でおみくじ。
引いたら、ありがたくも大吉。
というようなことで、帰りは気分もよくなって降りて参りました。
しかし、とても観光シーズンとは言えない時期なのに、
それでもけっこうなひとたちが登山しておりました。
さすが、世に聞こえた山寺だけはありますね。
日本の仏教って、奇観景勝の原始的信仰の地に
かさねるように伽藍を配置して信仰の対象にするというパターンがあります。
この山寺、遠目に見ると、ごつごつとした岩肌なども露出して
いかにも、そのパターンそのもののようですね。
しかし、八十六番くらいのお堂近くには郵便受けがあったり
ジュースの自動販売機があったりしていましたから、
みなさん、毎日この山を登り降りされて生活しているんですね。
わたしは、1回の経験だけで十分でした(笑)。
こちらで暮らされているみなさん、すごい、敬服いたします。
にしても、ひざが笑っておりました、やれやれ。
2006年12月23日
ほっとする駅舎

首都圏の駅って、混雑する駅ほど
機能性を追求して、どんどん無機質な素材になっている気がします。
そんななかで、ちょこちょこ利用する原宿駅。
若い人たちには別のイメージもあるのでしょうが、
わたしにとっては東京で一番、豊かな自然とふれあえる駅となっています。
なんと言っても、明治神宮の広大な森林と、
代々木公園の緑を満喫できるターミナルなのですが、
この木造の駅舎も、その雰囲気と調和していて
なかなかに素晴らしいものがあります。
たしか、この原宿駅というのは、天皇が神宮に参拝するために作られたと
何かの由緒書きで読んだ記憶があります。
そういう駅舎なので、独特なまま存続してきていると言えるのでしょうか。
いまどき、珍しいほどののんびりとした味わいのある建物ですね。
実際に、近隣の渋谷とか新宿とは、同じ歴史時間を共有しているとは
とても信じられない、ゆったりとした時間が流れている感じ。
アナログの猛スピード+デジタルの瞬時性に対して
突然、時間が止まったような時空間が広がっている気がします。
実際、木造のきしみ音が聞こえてきそうで、
こういう人間スピードも存在しているということが伝わってきます。
時間を経過した建築が持っている力のようなものを
こういう建物は多くの人たちに伝えているように思います。
さて、昨日は年末時期恒例にしている健康診断。
忙しさにかまけて、何も準備していなかったのですが、
なんとか8時20分という早朝締め切りに間に合って、
全身チェックをしてきました。
ことしは前年との比較で、体重は5kgくらい落ちていまして、
おかげさまでほとんどすべての数値で改善が見られ、
すべて健康というお墨付きをいただけました。やった!
体重は、なおもう少し落とすべきということでしたが(笑)
現在も、自分で決めている目標値の範囲内でして、まぁいっか、と。
でも、こういう慢心が、いけないのですよ(汗)。
こういう有頂天からの脱落の早さも、折り紙付きなんですよね。(笑)
せいぜい、腹八分目、こころがけたいものです。
2006年12月17日
代々木公園の散歩

東京って、緑が少ないとか言われますが、
エトランゼにとっては、けっこう緑の多いところだなぁと感じます。
都心中心部にはなんといっても皇居の広大な森が広がっているし
日比谷公園なんかもある。
上野の森にはたくさんの美術館・博物館の背景として
豊かな緑が残っています。
そして、西側には明治神宮の広大な森林と、
そして隣接する代々木公園が広がっていますね。
写真は代々木公園のきのう、朝の様子です。
イベントや視察の時間までややすこしあったので、原宿で途中下車して
30分ほどの散歩を楽しんできました。
いつも、ここを散歩するたびに、関東という国の気候的な豊かさを
体一杯に体感させられます。
年平均気温で15.9度という東京の気候は
8度近く低い北海道から来ると、まさに天国に一番近い、と思います。
さまざまな広葉樹や針葉樹がところせましと繁茂し、
ここでは、生物的生存の条件が、まったく比較にならないのだ、
ということを深く思い知らされるのです。
12月のこの時期だというのに、ホームレスの人たちまで
くったくなく、陽に当たって、心地よさげですらあります。
隣接する明治神宮の森には、日本中から各地の樹木が移植され、
日本全域のさまざまな樹種が一目瞭然に見ることができます。
この代々木公園と一体の都市の中の贅沢な森林地帯は
この関東の自然条件が、いかに恵まれたものかを伝えてくれています。
いま、日本は小泉政権以来、東京一極集中型の社会に
どんどんと「構造改革」されてきています。
大銀行は政府資金によって構造改革半ばで絶好調になり、
その資金の行く先として、投資はITバブルたちに集中し、
大企業の投資も首都圏の再開発に大部分が集中投下され、
そして、地方の経済は、めったに大型ビルなど建たない現状になっています。
地域主義とか、地元密着という企業戦略だけで、
どうしても、これからの時代は乗り切ってはいけない気がします。
東京中心部の緑の中で、この地は、自然もまた極上に豊かなのだと
深く認識させられる思いがしました。
2006年12月16日
関東国・さいたま新都心

きのう、移動先の仙台から車でさいたま新都心まで移動しました。
東京で本日、視察が2件あるのですけれど、
まぁ、田舎の経済圏の枠中で日々、あくせくしている中小零細企業経営者としては
たまに首都圏のマーケット調査はかかせない、という認識があります。
普段なら、札幌からは飛行機、仙台からも新幹線で都心に直行、
というケースしかないのですが、
やっぱりそれだと、皮膚感覚で関東マーケットを感覚出来ない部分がある。
久しぶりに車で来てみて、やはりいろいろなことが感覚出来ます。
東北福島県白河を超えて、那須高原を抜け、関東に入ると
武家の伝統的な名前の地名が飛び込んできますね。
板倉勝重の板倉とか、古河、って「関東公方」がいた昔の関東の首都、
そして、武家貴族の名門大家・足利とか。
関東平野って、日本で一番広い平野部であり、
戦争に次ぐ戦争であった、日本の歴史の一方の主戦場。
現在の東京を中心とする日本文化の基底に
こういう関東武家社会の気風というのが、流れているといつも感じます。
北海道は、日本全域から流れてきたひとが作った地域だけれど、
決定的に違うなと思うのは、同民族同士の殺し合いの歴史が
なかった、という事実。
殺し合いの歴史の上に成立している緊張感のようなものが、
そういう切羽詰まった土地への執着心のようなものが北海道にはない。
まぁ、きっとそういう良さもあるんだろうけれど、
甘さにつながるような部分もきっとあるのではないかと思います。
住宅の技術の問題でも、北海道では各業者さんとも
比較的フランクに包み隠さず本音で話し合ったりするけれど、
それ以外の地域では、そういう本音のノウハウは公開しない、という雰囲気を感じます。
というような雑感を抱くのですが、
関東でも、いままでいきなり南関東だったので、
北関東から、地続きで入ってみて、さいたま新都心の様子にびっくりです。
京浜東北線の北の終点近くですから、あんまりなじみがなかったのですが、
街が新しく生まれ出てきているのですね。
現代の人工的な都市空間が、現代的な都市計画に基づいて
近未来的に新しくゼロベースで実験的に作られている感じ。
この経済活力、北海道でも東北でも、ありえないレベルですね。ほえ〜。
2006年12月13日
JR八戸駅の無料LANスポット

写真は先日の出張の折に着いた八戸駅の外観。
っていっても、すっかり日が短くなって、これで4時半前です。
で、新幹線でこのあと、仙台まで移動したのですが、
ここ八戸ではお気に入りのスポットがあります。
とはいっても、おいしい食事の話ではありません。
<ここの食事処はけっこう庶民的でおいしいけど(笑)>
なんとこの駅には、公共がやっている「無料LAN接続スポット」があるんです。
たぶん八戸市が、IT化推進とかの施策としてやっているのでしょうが、
わたしのような人間はあまりいないと見えて、
いつ利用しても、誰もインターネット接続しているのを見たことがありません。
とはいっても、わたしが利用したのも、まぁ、7〜8回程度ではありますが・・・。
どうしても、出張先で急ぎのデータダウンロードをしなければならないケースや
リッチコンテンツのHPへの接続が必要なときにはうれしい。
でなくても、駅での時間待ちを仕事を片付けながら過ごせる利点があります。
いつも空いている(笑)ので、単純にゆったりしたデスクスペースとしても極上。
出張していながら、ノートPCを立ち上げれば、
十分に、オフィスとしての機能を果たすことまで出来ます。
実際、ここにこういうスポットがあるということを計算しながら、
アポして、データやりとりしたり、書類をダウンロードしたり、重宝しています。
しかもまったくの無料。こりゃぁいい。
八戸駅にこういうスポットを設けた理由は、
たぶん、新幹線利用のビジネス客への利便性を考えたものでしょうから
その意味では大変有意義ではありますが、
さて、ねぇ、どれくらいの利用があるんでしょうか?
一応、公共施設らしく対応してくれる窓口の女性までいてくれるし、
言えば、LANケーブルも貸し出してくれます。
常時接続のブロードバンドなので、LANの設定さえしておけば
特別なんの手間も必要ありません。
まぁ、会社によってはセキュリティの問題で、こうしたスポットからの
接続を禁止しているようなケースもあるとは思いますが、
公共が運営している接続サーバーですから、まぁ悪意の運用はありえないでしょう。
いろいろな地方を出張で動き回るのですが、
ここまでのサービススポットはあまり出会ったことがありません。
でも、ちょっと人ごとながら、心配でもありますね。
こんなサービスをまったく無料で提供するために八戸市(かどうか、運営主体は不明ですが)は
公共事業として、予算を使っているわけですよね。
わたしとしてはありがたいけれど、こういうサービスは続けていけるものなんでしょうか?
ちょっと複雑ですが、おおいに利用させていただいています。
この場を使って、感謝申し上げます。(笑)
2006年12月08日
帯広日帰り出張

ちょっと厳しいスケジュールになってしまって、
まぁしゃーない、行ってみるか!
ってことで、無謀な予定で動いてしまいました。
札幌帯広往復、約500km。
用件はアース21という、このブログでも何回か紹介している
工務店ネットワークの今年最後の会議への出席と一件訪問。
前日がどうしても外せない会議出席で夜まで札幌。
なので最初は、JR移動を考えまして、
前日、当日両方考えたのですが、
いずれにせよ、帯広からはレンタカーで移動しなければならないのです。
そうすると、今の時期って、レンタカー会社の営業開始時間が
なんと、早くて8:30からなんだとか。
会議は8:15からなので、都合1時間以上遅れるのは明白。
前日に何とか入っても、今度はレンタカー、終わる時間も夕方7時。
結局、なんも考えずに車で往復するしかないな、
と、朝4時半に家を出て、えっちらおっちら、走らせました。
行きは日勝峠頂上付近ですこし吹雪いた程度で
無事に会議にも間に合い、訪問先も片付けることが出来ましたが・・・
さて、帰りは十勝の平野部から吹雪き始めていまして、
日勝峠は視界不良のなか、おそるおそるの上り下り。
そこからも山間部はずっと吹雪模様の荒天続き。
今冬シーズン、はじめての長距離の走行でしたので、
夜、8時過ぎに家に帰り着いたときには、疲労困憊の体。
いやはや、なさけないような体力ダウンを実感いたしました。
まぁ、冬道でなければ、それほどでもないのですが、
刻一刻、状況が変化する冬道運転は、通常の走行の倍は疲れます。
きのうの会議については、webを使って報告も求められています、が、
やっぱり、疲れると考えも断片化してしまいます。
すこし頭と体を落ち着かせてからでないと、考えがまとまってきません。
でもたいへん有意義なお話がたくさん聞けて、
この会議、有益に参加させていただいています。
いつも、建築のいまの、ナマな問題・話題に触れることが出来るんですね。
ま、すこし体を休ませてから、一部をご報告いたします。
ふぅぅ、やれやれ。
2006年12月02日
汽車の旅

前の日に札幌で夕刻から会議があって、抜けられず
翌日1時には、青森県六ヶ所村に行かなければならない、
というスケジュールになりまして、
久しぶりに早朝、あさ7時からの列車による移動ということになりました。
北海道内での移動では、大体が車による移動になるので、
列車利用って、まずないんですね。
思い起こすと、学生の頃は東京の大学だったので、
よく汽車に乗っていましたね。
当時は、確か青函連絡船乗船を含めて、一昼夜かかっていたように思います。
いまは函館で乗り換えで、2本の特急列車での旅。
ひさしぶりに地面をひたすら走り続ける風景の連続を味わいました。
ただし、今の汽車は速いですよね。
八戸までだと、朝7時から札幌を出て、午後2時前には着く。
そこから新幹線に乗れば、夕方5時には東京駅に到着する。
都合、10時間くらいで札幌から東京に着くんですね。
これが新幹線が開通すると、5〜6時間に短縮するのかなぁ。
それでも飛行機を利用するだろうけれど、
東北への移動なら、新幹線も増えそうですね。
うちの仕事も、北海道内の高速道が整備されて、
北海道全域に広がったものなんですが、
新幹線が通ったら、東北と北海道の経済交流、広域化は
必然的に進むだろうし、期待できるでしょうね。
メリットは双方にあるでしょうけれど、
より、北海道の経済人にとって、メリットは多いと思います。
北海道からの進出を考えたら、現状では一気に東京、っていうほうが
交通的にはいまはむしろやりやすいのですが、
それだといろいろ、他の条件的に中小企業では難しい。
そう考えると、交通条件が東北に対して良くなるメリットは大きい。
っていうようなことばかり考えていると、
風景はどんどんと移っていって、昔は感動した
駒ヶ岳の偉容も、そうは感じなくなってきています。
よる年並みとともに、感受性の鈍磨は進行する一方ですね。
でも、たまの列車移動、らくちんで、楽しめました。やっぱいいね。
2006年11月26日
白鳥が群れる庄内の晩秋

きのうは山形県庄内地方、鶴岡市近郊で取材。
大変いい天気に恵まれて、絶好の取材日和です。
リプラン東北版、1月15日発売号では、「山形特集」をやっています。
で、高速を降りて、コメどころらしい風景を眺めていたら、地名のとおり、
いましたね、写真のように白鳥さんたちです。
シベリアの冬を避けて、温暖地を求めて庄内地方に飛来するのですね。
稲刈りの終わった田んぼの周辺で、
きっとおいしい食べ物がゲットできるんでしょうね。
なにを食べたりしているんでしょうかね?
庄内は、日本海に面して天然の良港に恵まれ
北前の交易の拠点として栄え、
同時に、その財力から本間家などの資本を生み出しました。
いま、庄内地方の海岸線を走ると、豊かな松の森が
生い茂っていますが、庄内が有数の米所になったのは
この日本海からの砂を防ぐ、防砂林が完備して以降なのだと聞いたことがあります。
最上川の水利に恵まれ、気候も恵まれていた庄内ですが、
この海砂に、悩まされていたのですね。
それに対して、資本家・本間家は、この防砂林に尽力したのだとか。
その結果、庄内は、日本有数の豊かな米所にもなったのです。
こういう風景の中にも、こういう歴史が投影されています。
取材地に訪れる途中には、三川とか、長沼とかの
北海道と同じ地名が見られました。
また、北海の漁業王、青山留吉の例にあるように、北海道との
北前交易を通したつながり、人的な由縁も大きいと感じます。
きっと、明治の開拓期、多くの農民も北海道に渡ったのでしょう、きっと。
ひとの営みもハクチョウも、大きなスケールで、
繋がっているというのが、わかるような思いをいたした次第です。
っていうような、雑感に浸っていたら、
いきなりケータイが振動。しばらくぶりの友人からの所用の連絡。
どこでも繋がるというのは、さて、いいこともあるけれど、
暮らしの中の境目をどんどんなくしてしまっているような・・・、
まぁ、便利な時代ですかね。
2006年11月14日
弘前の街にて

すっかり寒さがつのってきて、札幌では遅かった初雪も降りましたね。
この時期になると、朝、なかなか日が昇ってこないので、
早朝散歩の時間が取れなくなってきます。
だいたい、いま時期だと、6時半を過ぎないと明るくならない。
で、1時間も散歩すると、そのあとの仕事の段取りに影響してくる。
そんなことで、寒いと言うよりも、時間が取れなくなって
やむなく散歩しなくなってくる、という時期なんですね。
しかし、そこへいくと、出張の時って、比較的に時間が取れる。
そんなことで、先日、弘前の街を早朝散歩。
というよりも、久しぶりだったので、すっかり建築散策になってしまいました。
弘前の街は、文化的な建築が多く残されている街で、
お城の周辺地域、城それ自体も含めて、見所がたくさんありますね。
そんなお城まわりで発見したのがこの写真の家。
40年代か、50年代か、いずれにせよ、
モダンデザインのユニークな家ですね。
端正なキュービックボックスに、壁は原色っぽい彩色で
カラフルに塗られていますが、まぁ、落ち着きのある色合いとかたち。
面白いなぁ、ととなりの駐車場側に回り込んで、
右の写真のような玄関脇の窓飾りも発見。
え、むかしのアップルコンピュータファンの人の家?
って思わず、思ってしまうようですよね(笑)。
そうじゃなくて、きっと、リンゴの街・弘前、津軽のシンボルとして、
住宅にもあらわしてみた、というところなんでしょうね。
いや、しゃれておりまして、脱帽いたしました。
こういう建築がメインストリートに残っているというのは、
素晴らしいことである反面、この地区に現代的な都市機能が形成されていない、
ということも同時に表現しています。
そのへんが地方都市という存在の悩ましさではありますね。
先日紹介した、東京の変貌し続ける街並みと比較したとき、
いろんなことを考えさせてくれる街並みだと思います。
2006年11月12日
不老不死温泉・露天風呂

またまた、寄り道の一席。
白神山地のふもと、青森県西海岸を南下中、道路脇に「不老不死温泉」の看板。
こういうのに弱い。
好奇心がうずいてしまって、通り過ぎたあと、Uターンして行ってみました。
かなり有名な温泉なんですね。
ひんぱんに車が行き交っていまして、お客さんが多いようです。
日帰り温泉と、宿泊用とはお風呂も別になっていました。
で、日帰りの方に行ったら、普通の内風呂とは別に
海辺に天然露天風呂があるとのこと。
これはもっけの幸いとばかりに、さっそく行ってみました。
ありましたね、すごい。
まるで、岩浜にそのまま、お風呂を作ったようになっています。
左右に分かれていて、右は女性側で、左は「混浴」側。
しかたなく(?)、混浴側に入りました。(笑)
いや、あきれました。
誰もいませんでしたから、写真撮ってみた次第ですが、
ごらんのような絶景のなかに、湯船が浮かんでおります。
これは、すごい、ということで、さっそく裸になって湯船に。
湯は、塩化物強塩泉のようでした、とにかくしょっぱいです。
ごらんのとおり、黄色で、まぁ、泥湯ですね。
なんといっても、開放感が実に素晴らしい。
波しぶきが岩にあたって、高く舞い上がっておりまして、
ほんとうに海のなかで、温泉に浸かっている感じそのままです。
お湯は適温で、いつまで入っていても熱くもなく、ぬるくもなく、ってとこ。
まぁ、そこそこに上がりましたが、からだをタオルでぬぐうと
どんどん、茶色になっていきます。
黄色の沈殿成分が、強烈なんでしょうね。
入浴料は、600円也。
このほかに内湯にも入れるわけですが、
この露天温泉に浸かってしまえば、もういいや、と遠慮いたしましたです、ハイ。
ということで、寄り道、都合30〜40分でしたが、
きのう紹介した「千畳敷」のように、日本海側のこうした海岸線の景観は、
度重なる地震で隆起したりして、形成された岩浜なんだそうですね。
普段はなかなか、東北、海岸側って行かないものですから、
たまにこうして、海岸側、日本海側も、太平洋側も、
回ってみるのは、いいですよね。新鮮で、とてもたのしい。
2006年11月11日
犬も歩けば・・テレビドラマ撮影!

実は私、学生時代には演劇サークルに入っておりまして
って、これがとんでもない大根役者、ということを骨の髄まで認識したことがあります。
まぁ、役もそんなような役だったのは、
演出・監督の慧眼がなせる技だったのでしょうね、
おかげさまで、きれいさっぱりと、そういう思いを消すことが出来たのは
そのときの経験と、感謝してきております。
で、カミさんも学生時代には演劇をやっていまして、
なんとなく、そういうものには縁のある方なんですけど。
きのう、移動中に青森県西部の日本海側・千畳敷、という名勝地を
通りかかったところ、出会いました。
ときどき、見ているテレビ朝日系列の「土曜ドラマ」の撮影。
だいたい、このシリーズは「なんとか殺人事件」という謎解きストーリーが
多いと記憶しています。それも、全国の観光スポットを
これでもか、とパブリシティする内容。
きっと、制作費の捻出と旅行気分の演出という
一石二鳥を狙っているに違いない、というような企画が多い。
って、ちょっとうがちすぎの見方かなぁ(笑)。
車を走らせていたら、突然、人だかりだったので、
単調な海岸線風景の眠気覚ましと、さっそく見学してきた次第。
そういう人が多いようで、手慣れたスタッフのみなさんに
整理されながら、にやにやと喜んでおりました。
よくいますよね、そういうお馬鹿な手合いが。あれですね、完璧。
きれいな女優さんが、タクシー運転手とセリフを交わすシーンの最中。
写真も、迷惑にならないようにフラッシュなしモードで撮影しましたです。
たくさんのスタッフが寄ってたかって、
メガホンを持った監督さんを中心に、やっていました。
整理の方に聞いたら、12月9日(土)の放送予定分なのだそうです。
一ヶ月先ですから、けっこう短時間で仕上げるものなんですね。
まぁ、残念ながらカメラには写っておりません。(笑)
って、当たり前ですね。
単に歓迎されざる野次馬を楽しませていただいたところ。
で、早めに秋田に着いたら、なんと秋田ではTBS系列局がない。
ご存知、日ハム、きのうはアジアシリーズ戦っていたのに(!)。
きっと罰が当たったのでしょうか(涙)。
ということで、テレビで悲喜こもごもの一日でございました。
きょうはまじめに仕事で、取材いたしますです、ハイ。
2006年11月04日
オホーツクの森

他の人が運転してくれているというのは、いいですね。
車を走らせているなかでも、こんな風景の写真を納められます。
石北峠を抜けると、左右になだらかな山地が広がる光景。
なんども取材などで行っている風景ですが、
北海道内、いろんな土地土地で、その風景に思い入れがあります。
ちょうど今の時期だと、山にはカラマツ(落葉松とも書く)の色づきが広がります。
以前、網走近郊の山のなかに暮らしている
絵描きさんの家を取材したことがあります。
ご主人は画を描かれるのですが、
奥さんも、植物細密画を書かれる方。
衛星テレビの電波も届かないほどの緑豊かな森の中に住んでいるワケなんですが、
どうしてこの森に家を建てられたのですか、
と聞いたら、このオホーツクの自然林は北半球でも最高に
植生の種類が豊富な森なんですよ、と教えられたものです。
落葉する、ほぼ北限に使い広葉樹たちと、
常緑の緑をたたえる針葉樹たち、そのどちらもが
豊かに息づいていて、奇跡的な「混淆林」を形成しているのです。
毎朝、森を散歩していると、その豊かな植物たちの
百花繚乱が広がって、本当にその豊かさに圧倒されるのだそうです。
奥さんの描かれた細密画は、実にさまざまな植物たちが描かれていて
その繊細さと、力強い自然力に感銘を覚えたものでした。
一方で、この写真のようになぜ、落葉松の風景が広がったのか、
それは、戦前の国策の結果、落葉松が大量に植林されたものなのだ、
ということも聞きました。
多くは鉄道の枕木などに使われ、有用資源とされたそうなのですね。
ほうっておけば豊かな混淆林が広がっていたものを
北海道の大地をそのように人為的に変えてきたのが、この開拓だったのですね。
しかし、今となってはこういう落葉松の森もどうすべきなのか、
樹種としては建築材料にそう使われないものなので、
そうなれば勢い、営林という観点からは困ったことになっています。
林業としての経済性が破綻しているので、
必要な手入れも行われないまま、森が荒れていく結果になるわけです。
そんな背景のなかにある風景ですが、
個人的にも、亡くなった叔父はこの地で林業経営を夢見ていて、
いろいろな活動をしていたと、聞いています。
開拓期以来、北海道にも積層された人間の思いや営みが積み重なってきて
いろいろな想念が浮かんでは消えていきます。
と、なにか詠嘆的なブログですね、(笑)
3連休と言うことですが、きょうは十勝からお客様が
札幌の住宅を見学に見えられます。わたしも見ていない住宅があり、楽しみにして、
きょうは頑張って仕事ということですね。
2006年11月03日
北見へ日帰り往復

取材日程が過密になってきまして、きのうは
片道350kmの北見へ日帰り出張して参りました。
スタッフ4人での移動なので、車で運転を交代しながら。
ということで、わたしはめでたく運転を免除していただきまして、
ひたすら車窓からの眺めに感嘆いたしておりました。
普段、自分で車を運転していたら、絶対カメラは向けられませんが、
誰かが運転してくれるってのは、ほんとうにありがたいことです。
以前だと、高速のネットワークが整っていなかったので、
北海道内で取材移動するって、宿泊が当たり前でしたが、
各方面ともアクセスが本当に良くなって、便利になってきています。
札幌周辺から空知平野まではまだ紅葉も楽しめる状態ですが、
って、ことしは赤い葉っぱが見事だと思います、どうなんでしょう?
上川盆地に入る山地くらいから、
ほぼ、冬色の森林風景一色になります。
高速は現在、旭川を超えて、上川くらいまで伸びているので、
ほぼ、北見までノンストップ。
もっとも標高の高い層雲峡、石北峠では道端に雪も見られました。
北見市内に近づいて昼食後、取材が2件。
インタビュアー役で、いろいろなお話を聞いたり、突っ込みを入れたり
最近は、それの様子を自分でまとめるのではなく、
ライターさんがまとめてくれるので、気が楽。
ちょうど次号では、オホーツク地区の特集を企画しているので、
当地の先進的なビルダーさんや技術研究開発の大学の先生など、
たいへん興味深いお話をたくさんうかがうことが出来ました。
みなさん、大変ありがとうございました。
ということで、早めに夕食後、帰り道に付いたのが夕方、
とは言ってもとっぷり日の暮れた6時前。
やっぱり帰り道は、経験的に行きよりも早く帰れるもので、
22時には札幌の事務所に帰還いたしました。
時間にして、朝8時前からですから、14時間ほど。
年末、11月の時期はこれから追い込みで、また日がどんどん短くなるので、
スケジュールがけっこう厳しくなってきます。
体力勝負になっても来るのですが、がんばりどころです。
写真は、高速パーキング、岩見沢にある階段を上るお馬さんの像。
そういえば、往復路でキツネやシカ、リスなど、
野生動物とも数多く出会いました。
かれらも、冬を前に準備に忙しい時期なんでしょうね。
人間様も、ふ〜、がんばるぞ、ということで。
2006年09月27日
茶室を眺めて一服

この鶴ヶ城・茶室麟閣には、茶をいただける野点コーナーがありまして
甘党なもので、まんじゅうがお目当てですが(ごくっ!)、おいしくいただきました。
ダイエットは頑張っておりまして、一昨日看てもらった
「睡眠時無呼吸症候群」のお医者さんからも
お褒めをいただきました、が、・・・まぁ、ときどきは息抜きしなきゃね。
こういう、抑制を心にとめながらも、でもおいしい、というのが
なかなか、よろしいですね。
出来れば、茶室の中でいただきたいところではありますが、
結構な露地と、なにより美しく素朴な建築をながめながら、というのも格別。
こういう茶というもの、あまり関心はなかったのですが、
いろいろな歴史的な日本人の感性や、所作、動作といったものを
規範として指し示してきた、という文化として考えれば、
確かに凄いものだと思えますね。
きのうも書きましたが、こういうことが文化になってしまった、という
日本人の感覚世界って、たいへん面白いし、興味深いものがありますね。
茶で、極限的に極められた世界があって、
それがさまざまに変化して、多様な文化に
枝分かれして行っている部分は大きいのだと思います。
それと、もの自体よりも、わびさびといった、精神性に優位を置く日本的な感覚って、
こういう文化のなかから生まれ出てきたもののように思います。
たぶん、創成期の茶って、ゴルフみたいなものと変わらない
サロン的な楽しみだったのだと思います。
寄り合う、という人間交流の楽しみを様式化した、
面白いことに、文化性を見いだした、日本的な典型ですね。
さて、きょうがクライマックスかなと思っていたら
きのうのパリーグは、リーグを代表する2人のエース投手が相次いで敗退するという
だれも想像しなかった展開で、
日本ハムにプレーオフ首位通過マジックが点灯する結果になりましたね。
金村君事件の影響を心配していたのですが、
平日ながら40,000超の札幌ドーム大観衆の後押しもあって、
むしろ高い集中力が発揮できたようですね、わがファイターズ。
泣いても笑っても、きょうがシーズンラストゲーム。
きのうも、絶対に2塁打という相手の当たりを、2塁でアウトにしてしまった
森本選手のファインプレーがターニングポイントでしたが、
1年間続けてきた、辛抱強い守りをベースにした野球で、
最後まで、丹念にやって欲しいなと思います。
がんばれ、北海道日本ハムファイターズ!
2006年08月27日
ひょうたんって、初めて見た!

写真は先日の盛岡市郊外での取材を終えて、なにげに見回して発見したモノ。
新興住宅地のなかの家なので、周囲には農地が広がっていましたが、
住宅街に取り残されたような一角があり、
いろいろな野菜類を栽培されていたなかに、あったのですね。
ひょうたん、とはよくいったものだなぁと感心しますね。
こうしてなっているのですね。
いかにも瓜の仲間のような作られ方。
ひとつとして同じ形にはなっていなくて、それぞれの形が個性的。
地面に届きそうな長く伸びたヤツまでありましたね。
しかし不思議、なぜこのように締まったり、太ったりを繰り返すのか
しばし、夢中でシャッターを切っておりました。
まぁ、畑を持っているようなみなさんにはなんでもない光景なのでしょうが、
3才から、札幌の都会暮らしのわたくしとしては、
目が点になるような、オモシロ体験でございます。
食用というよりは、この独特な形を利用して
水筒のように使われるのが一般的なのでしょうが
こういう状態で出来ていって、さてこれからどういう行程で
ひょうたんに仕上げていくのでしょうか?
ということで、以下ネットで調べました。
yahoo検索で「瓢箪の作り方」と検索すると
たくさんのページに行き当たります。そちらをごらんください。
(なお、うっかり、その内容をここで転載しておりました。
お詫びして、内容を訂正いたします。)
ということだそうです。
ネットは便利ですね。いろいろ勉強も出来ます。
きょうは、日曜日で、住宅ネタはお休み。
あんまり好きでなかった、理科のお勉強でした(笑)
2006年07月13日
元気な沖縄の駄菓子

写真は那覇国際通りの中小路でのもの。
とあるお菓子屋さんでの光景です。
よく見えにくいかも知れませんが、全国メーカーも
地元メーカーも、満艦飾の沖縄がため、という感じで壮観です。
いろいろな地方を訪れることが多いのですが
いま、日本の地方で、元気よく地方らしさを発散している
というところはなかなかありません。
北海道では、石炭で栄えた昔日の「炭都」夕張市が
事実上、倒産ということになりました。
地方の独自な発展というきれいごとを言っても
足下から、産業の空洞化、過疎化が音を立てて進行しています。
地方都市では、目抜き通りがシャッター街になっているし
過疎化の進行で、いろいろなサービス業も地方では成り立たなくなって、
北海道では、「地元でこどもを産む」こともできない
という自治体が増えているのが現実。
こういう事態って、このままどんどん進行して
行き着くところまで行くしか、ないんでしょうかね?
先日の秋田でのこどもの殺人事件なんかでも
加害者と被害者の住んでいた
あの「新興住宅地」の空洞感は切実だった気がします。
公共としては、いろいろに手を打って
ああした開発行為を行って人口増加をはかったのでしょうが、
そこではけっしてコミュニティが形成されることはなく
「住民のこころの安全」という最低限のインフラも整備できていなかった。
そんな日本の地方の中の一番星が
沖縄のような気がします。
こういう満艦飾に、誇らしく沖縄であることを
堂々と、日本に対して主張している感じがして
まことに楽しい。
全国メーカーにも、沖縄では独自ブランドを作らなければ
商売できない、と思わせるほどのパワーがあるということですよね。
もちろん、観光が力強い産業だという背景はあるにせよ、
ほかの日本の地方は、この沖縄の元気のよさを
もう少し、研究してみてもいいのではないでしょうかね?
2006年07月09日
三沢市・桂温泉

昨日は青森県三沢市でパネラーを務めました。
ツーバイフォー工法のデザインについての講演でした。
で、例によって楽しい「早朝散歩」に繰り出しまして
米軍三沢基地からほど近いホテルを出て1kmほど歩いたら
なんと、早朝から営業している銭湯式の温泉がありました。
ちょうど、散歩のときには手ぬぐいを首に巻いて
汗フキにしていますので、ちょうどよい。
これはもっけの幸いと入ってみました。
外観は取り立てて目を引く建物ではありませんし、
表通りからは隠れた位置。
なのに、早朝から車の駐車が多い。
なかなか人気があるのかなぁ、という感じ。
入ってみると、番台におばさん。
内部は素材感重視で、あまりお金はかけてはいないけれど
掃除や手入れはこまめにされている清潔感がある。
お風呂に入ってみると、泉質がいい。
なんというか、いかにも温泉の香ばしさ、湯のやわらかさが伝わってくる。
露天はないけれど、ぽかぽか温泉らしく
外に、きれいに手入れされた庭を楽しむウッドデッキがあります。
そのうえ、サウナも完備しているので、
温泉の湯と、サウナ、涼みのウッドデッキと
交互に楽しめます。
しばし、旅の疲れが湯に溶けていく時間を味わいました。
聞いてみると、入りにくるのはほとんど地元客。
三沢市は、どこを掘っても温泉が出るような土地らしく
こうした温泉がたくさんあるのだそうですね。
十和田湖に近いので、伏流水が豊富で
八甲田山系の火山の熱がこういう温泉を生み出すのでしょうね。
入浴料は、銭湯らしく300円。
たしかにこれなら、毎日でも通ってきたくなる温泉だなぁと納得。
泉質の効能書きをチェックするのを忘れましたが
ややつるつる系の感じがいたしましたが
基本的には無色透明で、ぽかぽか感が強く感じました。
前日には、世界一の岩風呂には誰も入りたくない(笑)古牧温泉で
チョーおすすめの庭園露天風呂を楽しんでいたのですが
たぶん、泉質は同様なのかな、と思いました。
なにはともあれ、早起きは300円以上のお得感で満たされた
三沢市・桂温泉でした。
2006年06月26日
沖縄のブロック住宅

那覇滞在中に見た住宅です。
というか、沖縄の住宅の特徴を表している
典型的なスタイルの家が首里城の近くにあったので
思わず車を止めて、シャッターを切ってしまったという次第。
沖縄の家は、コンクリートで柱・梁を作って、その中に
ブロックの壁を造作するというのが一般的な作り方なのだとか。
台風への耐久性が第一に優先された、地域の気候風土に合致した造りです。
で、この家の場合、外壁側のブロックが中空にされ
風の通り抜けが意図されているようです。
また、高床式になっていて半地下が中空になっています。
ここでも風の通り抜けが工夫されているようですね。
さらに、南側に面している玄関周囲には、壁面緑化が施されていて、
自然を活用した「断熱」の工夫がされていますね。
こうした工夫は広く行われているようで、
伝統的な家屋でも「福木」などの植え込みが強烈な日射を遮る装置として
建物と一体化した形で、デザインの一部になっています。
いろいろな方の意見などを調べてみると
こういう工夫は確実な効果が得られているようで、実戦的なのですね。
日本南方型の住宅性能を考えるとき、
こういう植物など、有機性の素材活用というのは、
必要不可欠な要素なのではないかと思われますし、
一方で北方型の住宅性能向上努力にとっても、大変示唆的ですね。
中空のブロックが外観を特徴あるものにしている。
木造を見慣れた私たちには、ちょっとかけ離れたデザイン感覚です。
しかし、こういう意匠のブロックというのが多く出回っているのでしょうか?
確かに大型建築などでもこういう通気型のブロックが
使われているのを多く、目にしますね。
ただし、室内環境のコントロールのためには
壁の遮熱性という性能を高める必要があり、
その意味では壁の厚みを増やし、断熱材をうまく使用する必要はあるでしょう。
そのうえで、有効な通気性をどう作って行くのか、
というのがポイントなんでしょうね。
なんか、そういうような思念をわくわく抱かせるような
ユニークな住宅だなぁと、感銘を受けた次第です。
北のはずれから、沖縄の住宅を見ていると、
とても興味深く、面白く思えます。
どうも最近、沖縄、ハマってきたかなぁ、というのが実感。ヤバいなぁ。
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2006年06月22日
那覇の散歩道

先週は宮崎での会議と見学ツアーの後、
週末は那覇で娘と過ごしました。
まだ、宮崎での見学時の写真や報告もあるのですが、
時期を見て掲載したいと思います。
宮崎から那覇へは一旦東京を経由することに。
いろいろ旅程は考えたのですが、わたし全日空の搭乗ポイントがたまっていて
一区間の往復旅行券が無料だったんです。
それで那覇へと、考えたら一番便利なのは
やっぱり東京沖縄便。
便数がたくさんあって便利なんですよね。
ということで、ちょっと体は辛いけど、まぁ乗ってるだけだし
こういう旅程になってしまった次第。
午後4時に飛行機に乗って爆睡。気がついたら羽田上空待機。
やっと降りれて、2時間待ちで午後8時に沖縄便。
那覇に着いたのは午後11時前。
それからレンタカーを借りて、落ち着いたのは翌日になっておりました。
それでも、早朝にはやっぱり目が覚めます。
ということで、住まい周辺の「国場川」の周りを歩くコースで
散歩してきました。
沖縄は長寿県として知られてきましたが、
最近はどうも怪しくなっているんだそうです。
全国一歩かない、運動不足で栄養過多な食生活になっているということ。
歩かない、というのは、まぁその通りのようで、
公共交通機関が未発達、というか
バスしかないのに、それが那覇だけで4つもの会社があって
競合しているせいで、共通の時間表とかもないか、十分告知されていない、
路線も複雑、ということであんまり利用されていないのです。
もちろん、ご存知のように最近モノレールができるまで、
鉄道がなかったので、足がとにかく不便。
そんなことから、みんなマイカーなんですね。
これが影響してきていて、健康被害が広がってるようなのです。
ことしから沖縄暮らしの娘も、免許取得を考えるほど
車なしでは実際、不便きわまりないのだそうですけどね。
前置きが長いなぁ(笑) って、ようするに散歩したけど、
ほとんど他には散歩している人を見かけませんでした。ということなんですが(汗)。
で、この川、あんまりきれいな川ではありませんでしたが、
びくびくと川面が動いていたので写真に撮って
あとでPhotoshopで写真補正したら、
写真右のような墨絵のような写真に変身しまして
チョーびっくり!
逆に言うと、墨絵って、一種のリアリズムなんだって
再認識した次第。 って、これはなんのテーマなのか
まったく意味不明なブログで申し訳ありません。
あすから、もうすこし、テーマを修正して書きます。許して。
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2006年06月17日
宮崎早朝散歩

前日は宮崎市内の地元料理の店で舌鼓を打ちました。
で、寄る年並とともに募る、早起きの習慣。
お酒の方は一次会のみで失礼しまして
さっそく、いそいそとカメラ片手に市内散歩を楽しみました。
ホテルは、一番の幹線国道が交差する市中心部にありまして
そこから緑のある場所を目指す、というのが定番。
で、ホテル従業員の方に聞いたら
迷わず、「大淀川周辺」というお答えが返ってきました。
ホテルからはまっすぐで約1.5kmくらい。途中ふらふらして
約4kmというようなちょうど程よい距離。
写真は大淀川縁の緑地の様子です。
この川、昨年秋の台風シーズンにはあと1mほどであふれる寸前まで
いったということですね。
堤防のようになっている場所がちょうど緑地公園になっていますが
市街地はそのレベルよりも下がっているので
もしあふれていたら、被害は甚大なものになっていたことでしょうね。
川幅は長大ですが、ことしは梅雨時期ながら
まだ水量はさほどでもないのだとか。
さて、南国宮崎ということで、見慣れない、樹種は定かではない、
南の国の情緒を感じさせる木々。
針葉樹がメインの北海道からくると
はてさて、日本は南北に長い国という実感、身に迫ってきます。
気温は朝のこの時間6時頃で、18度。
暑からず、涼しからず、
湿気の中に潜んだ「潜熱的あたたかさ」が体をくるんでくれて
少し歩いただけで、心地よい汗が出てきてくれます。
いいですよねぇ、やっぱ南の国。
って、実は翌日は沖縄に到着しております。(笑)
わけあって、一旦東京に向かってから沖縄にUターンという
わけわかんない旅程。
まぁ、若干、飛行機の長旅に閉口しましたが、
こうして元気にブログを更新しています。
またご報告は、明日以降ということで。 ではでは。
投稿者 replan : 06:17 | コメント (0) | トラックバック
2006年06月16日
宮崎名物「冷汁〜ひやじる」

きのうは朝7時に家を出て、東京経由で宮崎入りしました。
現地空港には午後1時ころ到着。
梅雨真っ盛りということで、心配しておりましたが
おかげさまで、揺れもほとんどなく、安眠快適空の旅。
ちょうど昼時に到着したわけで
空港のレストランでさっそく地元料理のポピュラーなヤツ、
とリクエストしたら、即座に出てきたのがこの料理。
まったく宮崎の予備知識はなかったもので
「え、なんだろうかな、これ」という新鮮な驚きで向かいました。
まぁ、右側の鉢に入っているごま風味たっぷり、みそ仕立ての「冷汁」を
青しそ・キューリ・豆腐といっしょに
左側の麦ご飯に、たっぷりと注ぎ込んで
「ザッザッ」と(というのが大事なんだそうです)
お茶漬けのように、かき込むように食べるのが本道とか。
で、付け合わせの王道は右上の「さつまあげ」。
宮崎・日向はその昔、薩摩島津の領土であったので
食文化としては繋がっているんですね。
他に付け合わせは、小魚を酢で締めた揚げ物、ごま豆腐。
ということで、夕食でも有名店で同じものが
出て参りました(汗)が、さっぱりしているんで
飽きがくるってことはありませんでしたね。
まぁ、何杯でも食べたくなる、ってものではないけれど
こちらの夏の気候風土の中では、体に馴染んできそうな
メニューだなぁ、と実感した次第です。
さっそく旅に出てのブログとしては、
まずはその地の食文化に敬意を表するスタートですね(笑)
って、はて、わたしは何をしにきたのでしょう?
宮崎でもGW充填の高断熱高気密に取り組んでいる
まじめなビルダーさんがいる、ということで
そのグループの全国大会なんです。
けっして、名物食べ歩きが目的ということではありません、
念のため。って、ま、少しはその目的も(汗)。
ではまたあした。
2006年05月19日
国宝松本城

松本にせっかく来ているんだから、と訪れたのが松本城。
平野の真ん中に立っている「平城」なんですが
堀がたっぷり巡らされていて、外観的には堀越しの水城風のものがポピュラー。
石垣という名前の基礎のうえに櫓造りの本体が乗っかっています。
全体で6層で、高さが大変強調されていますね。
でも、こういう城郭建築では
権力の誇示や、戦争の機能面がメインテーマなので
あんまり「個人の生活」というにおい立つ部分って
感じることは少ないものです。
まぁ、こんなもんだろう、と
城郭本体から出口に至る寸前に、「月見台」といわれる
本体建物に突き出すように建てられた建物に出ました。
城郭は、基本的に戦争、それも防御を中心に考えるものですから
現代生活のような「開放感」重視、というのはありえないのですが
このコーナーは、そういうイメージではなく
まさに「自然をめで、楽しむ装置」でしたね。
建具を取り払ってしまうと、3方向がすべて開放されます。
それこそ、月の美しい夜に酒を酌み交わすような
そういう一期一会を楽しむ空間だと思います。
思わず、床面に座り込んで周囲の風景を眺めわたしました。
まぁ、きっと鼻持ちならない権力者の贅沢三昧ではあったのでしょうが
そういう個人的な、というか情緒的な「文化」はこういう部分で
こんにちまで繋がってきているのですから、
そのものとして受け止めるべきでしょう。
2階建てほどの高見から、四季折々の自然が満喫できただろうと思います。
でも、冬は寒かったでしょ、お城のお侍さん。
現代では、きわめて一般的な庶民が
ちょっと考えて建物を作れば、あなたたちが絶対体験できなかった
「あたたかい冬」が過ごせるのですね。
ということで、住宅性能を科学する新住協の総会、全国から200人ほどの参加で大盛況です。
この様子は、あすから若干触れたいと思います。
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2006年04月05日
夜景の魅力?

写真は先日行った東京池袋からの夜景。
眠らない街・東京らしく眼下の首都高速はいつまでも車列が途切れず
そのまま朝を迎えるっていう感じ。
東京では、緑や自然の光景が窓に飛び込んでくるような環境の家は
めったにありませんよね。
多少あったとしても、管理された自然、というか観葉植物的な存在。
ここは池袋のホテルだったので、またもっと豪華なのかも知れないけれど
ホリエモンたちIT貴族のみなさんは、六本木ヒルズから、こういう眺めを見ながら
負け組を見下ろしていたのでしょうか?
って、ちょっとひがみが入っているかなぁ。
でも単純に高いところに上りたがるっていうのは、一種の自己顕示欲ではあるのでしょうね。
でもどうでしょうか?
こういう夜景って、3日見たら絶対飽きるよ、っていわれます。
住宅を数多く設計している建築家の方から、よくいわれるんですよね。
わたしども庶民にしてみると、あたりを睥睨するような都心立地で
ネオンきらめく夜景を見ながら、っていう住環境ってなかなか経験したことがないので
その言葉を実感することができないでいます。
しかし、空間のプロのみなさんですから
実体験や、そういう環境にいる人からの実感を伝えてくれているだろうと思うのです。
その論拠を聞いてみると、
ネオン輝く夜景には日々の変化はなにもないに等しく、全然変化を感じられない。
それに対して、自然の緑などの環境は
1日、1時間たりとも同じ眺望ってありえない。
季節の変化や、気候の動きが直接的に理解できる。
ちょっとまえによく言われていた「1/fのゆらぎ」って、いうのが感じられる。
だから、自然の眺めはやすらぎを得られるけれど、
人工的なものは、人を緊張させる方向に働いて、
やすらぎを得ることは難しいのだ、というような意見のようです。
このことは、自然環境の豊かな土地に住み始めた人が取材で
異口同音に漏らす言葉でもあります。
海辺に家を建てた人から、1日中波が寄せる様を見ていて、
「ぼう〜っとしていても、全然飽きないんだわぁ」っていわれることがありました。
確かに夜景がきらめく、というのは比喩的な表現で
実際には全然変化のない光の連続しかないでしょうね。
というわけですが、どうなんでしょう?
さて、みなさんは一体、いかがお考えでしょうかね?
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2006年03月28日
那覇の銀行さん

沖縄で娘が暮らすことになったので
やはり親バカで心配なもので、
いろいろと暮らしの基盤を整備するようなことをやっております。
そんなことをやっていて気づくことがあるのです。
まずはなにより、銀行の件。
前回沖縄に来たときに、なにはともあれ、
銀行口座を作らなければということで
那覇市中心部のある地元銀行本店に娘とともに行きました。
一応、わたしは免許証もあるし、娘も健康保険証は携行しているし
まぁ、保護者も同伴しているのだから、問題はないだろうと。
で、しばし待ってから、相談窓口で話し始めると
「本人がほんとうに沖縄に住むのか、確認できる書類」が必要、というのです。
その時点では、大学が未定だったものですから、住所は確定できない、
ただ、不動産契約時点では銀行引き落としなどの関係もあるので
札幌から親もこうして一緒に来ているときに、口座を開設しておきたいのだ
と説明するのですが、
やっぱダメですということでした。
じゃ、わたし名義の口座を、というのもなぜかダメだ、ということ。
住民票がなければ、よそ者には口座開設させない、ということみたい。
やむなく那覇から札幌へ帰ってきて
いつも利用している地元銀行で聞いてみたら「そんなこと、ありえない」ということ。
で、くだんの銀行の「お客様相談室」フリーダイヤルに相談。
それは申し訳ありませんでした、というお話。
じゃ、今度行くときによろしくとお願いしたのです。
その後、大学も確定し、一昨日、目星を付けていた賃貸住宅を契約。
で、昨日、くだんの銀行窓口を再訪。
すでに不動産会社と交わした原本の契約書も見せて
ようやく口座を開設することができたのです。・・・が、
こちらとしてはもう少し柔らかく対応してくれるものと期待していたのですが、
あにはからんや、対応はむしろものすごく硬直した感じ。
なもので、窓口の方も緊張して、公共料金引き落としの書類記載、
何回も書類を間違え、2度手間、3度手間。 ちょっと閉口しました。
あちらが間違えたのに、
こちらが間違えたように訂正印を押させられるんですよね。(笑)
そのうえ、まだしぶとく、
公共料金の第1回支払い領収書コピーを提出してください、という申し出でした。
郵送でもいい、とはなりましたけれど。
まぁまぁ、なんとか「関所」を通過できたのかな、というところですが、
これから問題が出ないのか、まだわかりません。疑心暗鬼。
これって、どうなんでしょうか、わたしはトラブルに巻き込まれたのでしょうか?
銀行口座開設はここまで慎重になっているのでしょうかね?
まぁ、こちらも当然、時間がないので急いでいた、ということはあるのですが、
なんか、腑に落ちない思いを味わわされています。
あんまりブログネタとしては、面白くも何ともない、っていうか、むしろ
読んでいて不愉快になるような話題で恐縮です。申し訳ありませんでした。
反省して、あしたは明るく行きたいと思います。(笑)
写真と本文とは無関係です。写真は沖縄の中学校校舎。
台風のことを考えて、いろいろな工夫が施されているのがわかります。
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2006年03月27日
沖縄の街角にて

沖縄といえば、いろいろなところで出会うシーサーが可愛いですよね。
そういう遊びこころ、沖縄の人は大事にしているのでしょう。
街並みにシャッターを切っていたら、面白いオブジェを発見。
住宅街の塀に、ごらんのような仮面が展示されていました。
どうも地域の学校の生徒さんたちの美術の展示みたいなのですが、
ギリシャ悲劇の仮面のようなオブジェがこっちを見返してきます。
こうした展示が、気づいてみるとあちこちの街角にありました。
きっとクラス単位で、塀の壁面に付けさせて貰っているのでしょう。
作っている方は、きっとシーサーを作る感覚に近い気持ちなんでしょうね。
土をこねて、愛嬌のある表情の仮面を作るのは
あの二つと同じ表情のないシーサーを作っていくのと同じだろうと思います。
また、それを飾ってくれる場所を提供している人たちも
家の前や屋根の上にシーサーを乗っける感覚と同じなのでしょう。
まぁ、可愛い子どもたちから頼まれて、断りにくいのもあるのでしょうが
それでも、自宅の塀をこういう展示に提供するというのは、
地域文化がもたらしてくれる、ほのぼのとしたアートだと思います。
こういう関係性に、何かすごく素朴で暖かいものを感じます。
いろんなシーサーがあるけれど、こういうざらついた質感の土の感覚が
沖縄の印象や、美への感覚を育んできている部分って
きっとものすごく大きいと思います。
台風への備えもあって、木造がほとんど無くて
コンクリートや、石造りなどの建築がすごく多いということとも
こういうことは、きっと繋がっている部分があるのでしょう。
家族の者が沖縄で暮らすことになって、
地域を見る目線が、これまでとずいぶん変わってきたな、と感じます。
北海道と沖縄、いろいろ違いもあるし、地域色に変化があって
気づくことがとても多いので、まぁ、面白いですよね。
だんだん、日常的なことをテーマに
時々ブログで、触れていきたいなと思います。沖縄のみなさん、どうぞよろしく。
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2006年03月25日
那覇「ぱいかじ」

さて、本日からまた那覇行きなんですが、
前回行ったときの食事ネタで、紹介していなかったもの。
ちょうどホテルが那覇の新興中心街とでもいえる「おもろ町」だったので
近場を歩いていたら、新しいけれど、よさげな店舗構えのお店があったので
さっそく夕食に行ってみた次第です。
那覇「おもろ町」って、車社会ではなにかと不便になってきた国際通りなどの
中心街ショッピングゾーンとは違って、広大な駐車スペースがあって
ちょっとアメリカナイズされた町になっています。
沖縄らしいか、といえば疑問符も付きますが、まぁ、やっぱレンタカーで移動していると便利。
沖縄はあんまりバスとか、公共交通が充実していない感じなので
っていうか、鉄道がなかったので必然的に車移動が増える。
こういう地域がやはり人気が出るようになると思うのですよ。
さて、食事ネタに戻りますが、
ちょうど夕食時、ふらっと入ったのはわたしたちだけで、大体が予約。
で、カウンターで調理人さんの目の前の席で食事しました。
これはうれしかったですね。
板前さんと会話しながら、ネタの話、調理の話を聞けて
「あ、おれにもできそう」と料理のバリエーションにいろいろ勉強に。
包丁さばきや、鮨のにぎり、
一品一品、料理に合わせて器を考えて
取り出してきて盛りつけていきます。
料理は沖縄料理で、見たことのない料理ですが、どれもおいしかった。
おいしそうなのを適当に頼んでいるウチに満腹になる感じ。
目の前で料理ができていくのを見ているのですから
視覚でも満足感がわき上がってくるのでしょうかね。
左下の写真はデザートなんですが、さすが板前さん、
ちょっと見は、まるで鮨みたい。でも中身のクリームをクレープで包んだもの。
楽しい演出がたっぷり楽しめて、おいしかったです。
この「ぱいかじ」さんって、最近売り出しのチェーン店みたいです。
沖縄は、移住ビジネスの一番元気がいい地域のようで
すでに沖縄企業としては初めて県外進出を果たした建築会社とか
こんな店とか、活発な経済状態を感じさせます。
移住ビジネスでは、北海道も人気の双璧ですが
この元気な雰囲気まではまだ感じません。
大いに見習って、北海道も景気が活性化してくるといいですね。
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2006年03月20日
那覇・国際通り「古酒屋」

これからもちょくちょく行くことになりそうな沖縄。
住宅ネタばかりでなく、もっとディープなその魅力を探ってみたいなと。
もちろん、住宅はメインなのではずすことはできませんが、
いろいろと他の話題にも目を配っていきたいと思います。
ということで、那覇は国際通りで、古酒・泡盛の類の店を物色しました。
「古酒屋」っていう、まんまの名前の店が最近元気がよさそうですね。
インターネットHPでもけっこう販売を伸ばしている感じ。
行く途中、なぜかキッチュな等身大の鉄人28号、ガメラが歓迎してくれました。
こういうワケわかんないディスプレイの感覚、大好きです。
土産品店って言う商売、あんまり興味はありませんが、
まぁ、北海道の熊の木彫りよりはすこしはマシな感じがいたしましたです。
いいんじゃないでしょうか?
で、古酒屋さんの店先の様子です。
店の前面は国際通りの他の店と調子を合わせて、
一見客・冷やかしさん向けのギミックものを扱っていました。
っていう、なんか理解不能な店構えなんですが、
お酒は奥まったコーナーで前後左右、すべて泡盛・古酒のフルキャスト状態。
そんなに人口も多くない沖縄、なのにこんなに種類いっぱいお酒があるんですね。
聞いてみると、これはどこの島の特産で、とかすごい地域色豊か。
泡盛が3年経つと古酒になるそうですね、
って全然知らないんですよ。(冷や汗)
あんまりお酒は飲まないので、これは友人たちとのパーティ用に
取り揃えておいとこうかな、くらいの軽いノリの買い物なんですよね。
自分じゃ、あんまり興味ないんで、店員さんが「これはいいですよ」
とか勧める、これが売れたら店が儲かるなぁ
っていうヤツをお人好しに買ったり、当てずっぽうによさげなのを適当に選びました。
まぁ、お酒好きな人は、もっと買い方あるんでしょうね、
すいません、いい加減なショッピングスタイルそのものです。
毎年、友人たちとオホーツクの海明け早々の毛ガニを取り寄せて
かにを食べるパーティをやっていまして
そのときに振る舞うための古酒なんです。
いちばん目利きできないヤツが買っていって、あとでバカにされるかなぁ?
まぁいいでしょう、どうせ酔っぱらってしまえば、あとは何を飲んでも一緒。
って、ちょっと乱暴ですかね、やっぱ。
友人たちの毒舌をたっぷり耳で楽しむ覚悟はできています(笑)。
ということで、あんまり役に立たないブログ記事で申し訳ありません。
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2006年03月18日
主屋・ウフヤ〜中村家4

写真はウフヤ(母屋)と呼ばれる主屋の外観と、一番座(客間)、二番座(仏間)、三番座(居間)
という畳敷きの部屋を開放状態にした様子。
柱は、琉球王府時代に首里の士族の家屋を移したと伝えられ、
当時農民には使用を許されていなかった高価な木材を使用しているとか。
まさに夏を旨とした造りになっていますね。
第1に通風を考えて、壁をまったくといっていいくらい無くしています。
大きな屋根が南国の強い日射をさえぎり、その下に
開放的な日陰空間を作る、という意図が明確。
そういう意味での快適性は、図られていると言えるのでしょう。
軸組工法がもっている開放性が明快、ともいえますね。
さらに、周囲に植栽をこころがけて、
目にここちよい緑を映させ、その緑の保水した水分が風とともに
室内に流れ込んで、気化熱でさらに室内を心地よくする。
そのときには、南国特有の緑の強い芳香が室内を満たしてもくれるでしょう。
要するに「涼房」ということを建築的に追求している。
そういう室内気候の設計ということになります。
まぁ、日本的な家屋スタイルの沖縄バージョンです。
こういう空間の美意識がわたしたち日本人が
DNA的に持っているものであるのは、あきらかです。
夏を考えれば、こういう建築デザインはたしかにサスティナブル。
北海道や寒冷地域が生み出した高断熱高気密住宅は
こういう在来工法をどうやって「冬にも快適な住宅にするか」と
考えたものです。
この前に取り上げた岩手の古民家リフォームなどは、
わかりやすい努力の結晶といえますよね。
沖縄の、ゆったりと過ぎる、島時間の中で、
こういう住宅の素晴らしさを、ゆっくり味わってみるのもいいですね。
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2006年03月13日
国立劇場おきなわ

前から気になっていたので、今回沖縄の芸能を見てみようと
くだんの国立劇場おきなわ、行ってみました。
沖縄って、那覇周辺では街と街がほとんど繋がっていて、この建物は
浦添にありますが、那覇市内から3km程度の臨海地帯にあります。
なんで、国立劇場が沖縄にもあるんだろうと不思議だったのですが
やっぱ、建設当時から物議を醸しているそうで、
鈴木宗男さんが沖縄担当大臣だったころに計画決定されたものなんだそうですね・・・
やれやれ・・・。確かにきれい事の部分では、沖縄は本土とは違う
異文化を持った地域であり、唯一太平洋戦争の戦場にさせられた地域であるので
日本国家は、その償いをしなければならない、のは理解はできる。
しかし、この建物の異様な立派さを見ると
ちょっと、文化とかとはまったく異質な決定プロセスだったことは直感できる。
国の税金をこういうふうにふんだんに浪費させて、建築業者を潤わせるのが
目的だった、といわれても確かに違和感はない。
非常に空虚な感じがする。 さて、存続できていくのでしょうか?
組踊という伝統芸能が沖縄にはあり、その存続がこの建築の主要目的なのですが
ちょうど行った日に上演されていた演目にはありませんでした。
東京の国立劇場は、ほぼ毎日なにがしか、上演されていて
充実した古典芸能の動きを実感できますが、さてここではどうなるのかなぁ。
スケジュールを見るとようやく週末ごとに1日1回の演目があげられていました。
ハードの建物には大量の税金は投入された。
それはまぁいいとして、その後、維持していくソフト・芸能への
大衆レベルでの支えるパワーというのは、どうなのでしょうか?
器ができれば芸能が存続していくというのは、ちょっと無理がある。
建物ができてしまった以上、こういうソフトに
ずっと税金を投入して、存続させていくしか、道はないのでしょう。
さてそういう環境の中で、面白さとか人気とかの、大衆に依拠しなければ存続不能な
「芸能」というものが永続可能なものなのか?
役者さんたちは頑張っていると思われたし、
独特の沖縄言葉で展開する沖縄芝居・ドラマはそれぞれに面白かったのだけれど
ちょっと複雑な気分で見終えた、というのが実感でした。
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2006年03月12日
うまい、沖縄そば

昨日、朝1番のフライトで東京羽田を経由して
沖縄に来ております。那覇直行便はJALで1本、10:50分頃があるだけ。
乗り継いで来ると、朝7:50発から、到着が12:40分でした。
家族の用事で来たんですけど、まぁ遠いけど、楽しいフライト。
小雪が舞い散る札幌から、一気に様々な花の香りがいっぱいの
むせかえるような春から初夏の沖縄。
すっかり血の巡りもよくなって、オリオンビールがうまい。
いいですよね、南国の空気って。ここにいるだけで癒されるものがある。
って、旅行者の勝手な思いこみなんでしょうか?
でも島の人って、すこしのんびりしたところがあって、
ゆったりした気分にさせてくれる部分が、ありますよね。
沖縄の食べ物って、いままであまりおいしいなぁ、っていうの食べていなかったので
今回はすこしディープ目に沖縄料理の店、さがそうとしております。
で、そんな目に飛び込んできたのが昼に食べた沖縄そばの店。
国際通りのはずれ、くらいの位置。まだ地理はよくわかんないので、ごめんなさい。
レンタカーを走らせていて、車窓越しに見た店の外観で
お、これは、と思えた店でした。即、駐車場を探して行ってみた次第。
昼と夜の2毛作営業のようですが、ぎりぎり間に合ってそばを。
ほえ〜、といううまさ。
腰がしっかりした麺、あっさりして薄味だけれど、濃厚なうまみのある汁。
麺は胚芽すば、という名のとおり。スープは鶏と豚でしっかりしておりました。
夜も楽しみにしていたので、軽く食べたのですが
一気にスープを全部飲み干す、予想を遙かに超えるメチャ旨さ。
沖縄では写真のように「すば」っていうようです。
夕方のための仕込みに忙しい中、変な時間に行ったのに
そばを振る舞っていただいた店主さん、ホントおいしかったです、ごちそうさま。
さてさて、今回の道中はどんなことになりますか?
っていっても、13日には帰るので、トンボ帰りですけれども、
せいぜいおいしいものを探してみたいと思っています。
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2006年03月10日
秋保温泉・市太郎の湯

さっすがに、つかれておりました。
1月から3月はじめまで、いろいろもろもろ仕事が団子の状態で
まぁろくに日曜というのがない状態で、あっちこっちと
出張も、たしか飛行機の搭乗がこの間で20回。
ほぼ3日に1回は飛行機で移動しています。その間、自動車移動計り知れず。
こういうときにはなんといっても温泉でゆっくりしたい。
ですが、時間は全くないしひとり旅、ということで仙台で日帰り温泉へ。
秋保のいちばん奥にある、市太郎の湯という日帰り温泉に行ってきました。
前にも一度行ったことがありまして、けっこう疲れが取れた記憶があったのですね。
で、取材のあと、いそいそと行って参りました。仙台の部屋から約10分かな。
っていっても、大急ぎでして、夕方5時にやっと着いて、30分でお仕舞いという切なさ。
本当は5:00までだそうですが、延長してくれたのかなぁ?
でもまぁ、サウナがあるでもない、しごくまっとうなお湯だけなので
まぁ、そこそこ入浴できまして、
それでゆっくり寝て起きると、ふしぎなほど疲れが飛んでおりました。
温浴効果は当然ですが、なかなかいいお湯のようです。
お風呂といえば、北海道ではなんといっても登別ですけれど・・・
まぁ、郷に入らば郷に従え。近場にこういういい湯もあるんですよね。
泉質って、きっと相性ってのも、あることと思います。
わたしの場合、すこぶる付きで元気になりましたです。
おかげさまで疲れ切ったこころがやや持ち直しまして、
やる気が持続できて、ようやく仕事一段落。
今週火曜日からは、ひさしぶりに札幌のオフィスでゆとりをもって仕事に向かっております。
市太郎の湯、日帰り専門で、まわりには天守閣自然公園っていう公園もあり。
軽い軽食食堂もあって、気軽な家族連れに最適。
大人入浴料、700円。露天と内風呂。
もちろん露天・内湯ともに加温されているので、お湯は軽く塩素が混入され、循環されている。
泉質:ナトリウム・カルシウム-塩化物・硫酸塩泉 低張性弱アルカリ性温泉
源泉:天守閣4号泉 35.8℃ pH8.0
11:00〜17:00までのオープン。ひのき造りの浴室と露天風呂で檜の香りが。
お風呂からは、外の山が見えて景色も最高。野趣がある。
湯船は10人も入ったら満杯というこぢんまりした温泉です。
秋保温泉街の、いっちばん奥。この先には道もないのでわかりやすい。
ということで、わたしは、えがった、でした。ではでは。
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2006年02月23日
厳美渓とモチ料理

岩手県南部・一関での取材、昼食時。
取材集合の待ち合わせにしていたのが、道の駅。
スタッフの到着を待つあいだ、つい気になったのがレストランメニュー。
道の駅近くの広告看板のキャッチフレーズが
「温泉ともちのふるさと」みたいな案内。
で、レストランでは、なんとモチ定食がメニューになっているんですね。
ごらんの通りなんですけど、結局お昼は、これをいただきました。
まぁ、いろいろなモチのからめ方見本みたいなものですね。
上の段から、ずんだ、あずきはまぁ一般的ですが
あずきは、なかなかいける味でしたね。
ごまも、照り具合がなかなかみごと。結構深みがある。
中段は、左がモチを巾着にしたもので、油揚げにくるんでいます。
まんなかは大根おろしで、ちょっと酢を利かせています。
この大根、乾燥させたものもこのあたりの定番食材だとか。
右側は、しょうゆ味であんをつけたもの。
下段には、桜エビをからめたものが右側。
真ん中には、青物をからめていますが、野菜の種類は不明。
一番左側は・・・、あれ、忘れちゃいました。 失礼。
確か、納豆に梅干しをからめたものだった記憶があります。
って、きて、なぜかモチの定番、きな粉がない。
このへんでは、きなこ、あんまり食べないのでしょうかね。
吸い物にも、だいこんなどが入っておりました。
名物になんとかとか、いいますが、けっこうおいしかったですよ。
これで、たしか850円で出されておりました。
男にしてみると、ちょっと昼飯か、おやつか、あいまいな部分。
わたし、どっちかというと、すこし足りなく感じまして
出たところでやっていた屋台売りのこんにゃくおでんを1本。
ひょっとすると、タイアップ作戦ではないか(笑)、と。
で、紙数が尽きそうで、左側は厳美渓の景観。
奇岩がおりなす、渓流沿いの景観がなんとも面白い場所ですね。
ふつう冬場は雪でよく見えないので、あんまり人は来ないのだそうです。
すいません、仕事のついでなものですから
季節はずれの観光名所案内ですね、これじゃぁ(笑)。
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2006年02月07日
東横イン、泊まってます(笑)

最近お騒がせの東横イン、本日宿泊しています。
料金がリーズナブルだし、なんといってもインターネット接続が全室LAN。
いまはビジネスホテル常識化してきたけど、最初はウン、こりゃいいって思った。
全国どこに行ってもHP更新や、ブログアップできるのはうれしい。
いまだにインターネット接続別料金、っていうのありますけど、いいかげんにして。
ホテルに高級感求める人より、実利求める人の方が多いでしょう。
部屋の感じもまぁ、全国どこに行っても同じ、
ってことは設計には一回しかまともに金かけていない、ってことでもあるんだけど(笑)。
こんだけ騒がれていても、やっぱ宿泊してしまうのは、
商売として成立している、ユーザーとの関係があるからでしょうね。
ライブドアのように、実業の部分は買収した子会社くらいしかない
というのとはかなり様相が違うと思う。
むしろ耐震性能とか、そっちのほうを心配していたけど、
マスコミに出てこないところを見ると、まぁ適法なのかな。
フロント前やエレベーター内には「お詫び」の張り紙。
昨日の報道から。 (以下朝日インターネット抜粋)
東横イン社長謝罪「全部私の責任」 改造経緯、言葉濁す
2006年02月06日22時06分
西田憲正社長の記者会見の主なやりとりは以下の通り。
――なぜ、こうした事態を招いたのか。
「申し訳ございません。反省しております」
――理由は。
「やっぱり、利益追求でした」
――改造を認めていたのか。
「了承していました」
――件数が多すぎる。
「私が、本当に全部悪い。ワンマンでやってきました」
――すべて検査後に改造するための図面を用意していたのか。
「図面がなくても改造したものがあるかも知れません」
――経営責任は。
「一日でも早く(ホテルを適法の状態に)直したい。それから(利害関係者である)ステークホルダー、(ホテルの)大家さん、社員の意思に従いたい」
――(実践している)「内観」とは。
「自分自身を見つめて自分を築く。何の役にも立てられなかった。『自分は上等な人間だ』なんて思っていたことが、悔しくてしょうがない。反省しています」
っていう、ほぼ坊主ざんげ。ここはまぁ、ほとぼりが冷めるまで忍の一文字、の心境でしょうね。
日本的勧善懲悪ドラマとしては、こういう場面での出処進退が大切。
潔くすべてを認めて、ひたすら低姿勢というスタイルを続けて
まぁこれだけ反省しているようだから、という印象を植え付けるのが得策なんでしょう。
東横インについては、たぶんこうしたやりとりが世間とあって
それでも多くの客足はそう途切れもせず、いつしか時間が経って・・・
という結末になりそうですね。
一方で、例のホリエモンはアメリカンスタイルの全面否認で争うと言うことのようですが
さて、どうなんでしょうか。
日本の司法って大岡越前、銭形平次、東京地検特捜部、と連なる
「正義の公務員」系譜がふりかざすマスコミ誘導に大きく影響されるパターンが
一般的なので、「疑わしきは無罪」というアメリカンスタイルは
どうもあんまり勝ち目はないと思うのですが。
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2005年12月27日
神頼み教育

さて、自慢じゃまったくありませんが、
勉強の方は、親を鏡に、すくすくと、のびのびと育つ子。
自分のことを思い出させてくれるかわいいわが子を
心底から案ずるのが親の常。
って、いったい何を書いているのか、さっぱり不明ですね。
要するに、もうとりあえずは神頼みしかない、ということです。
そういうことならここ、と相場が決まっているのが
全国にその名が知られた学問の神様・菅原道真公を奉った太宰府天満宮。
早朝、坊主をたたき起こして、車を走らせて向かいました。
すこしでも御利益があるように、とつい奮発して
御祓い・ご祈祷もお願いして、おごそかに、神妙にお参りしてきました。
はてさて、寒い早朝、こごえながらのお参りの験、いかがなものでしょうか?
でも、こういう便利な(失礼)神様がいてくれるというのは
ホントにありがたい話だと思います。
とりあえずの、「太宰府天満宮にお参りもしたんだから」という安堵感だけは
万人が得ることができるという、素晴らしい神様ですね。
それだけじゃだめなのは、まぁ、はっきりしているとは思いますが(笑)。
しかし太宰府天満宮には、電車の駅がすぐそこにあり
さすが、の集客パワーを持っていることが明らかですね。
参道脇の出店も多く、朝飯抜きで出かけてきていたので、モチを食べました。
これが名物だそうで、展示即売していまして、
食い入るように見ていた息子は、
「父ちゃん、あれの作り方、わかったわ」と、機械の仕組みを理解した様子。
なかの餡と、焼きを入れた風合いが格別で
なつかしくもおいしい、日本人の「参拝観光」の伝統を味わえた次第です。
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2005年12月26日
南阿蘇の秘湯

北海道から九州にわざわざ来て
どうしても阿蘇が見たくて来てみたら、雪景色。
これじゃ北海道とおんなじ、ってね(笑)。
山頂付近は下界の晴れとは違って天気が変わりやすそうなので
夏タイヤが気になって、そうそうに退散しました。
しかし、やっぱすごい雄大なところで、大感激。
雄渾な白煙が天に昇っていて、ものすごく男性的な火山ですね。
で、上る途中も気になっていた、いくつかの温泉宿。
帰る途中に、立ち寄ってみました。
ごらんの写真は、そのなかでもわたし好みの古民家の建物の
栃木原温泉・いろは館。
古民家はいいけれど、室内廊下など、夜はたぶん決死ですね、寒くて。
しかも数日前に降った雪が屋根から解けていて
古い建物らしく、脱衣所はそこかしこに雨漏り。
っていうなんともいえない野趣あふれるところが、いい。
風呂が、いい。
源泉の温度が41度と書いてあったけど、ほぼそのまんまなんでしょうね。
久しぶりに、あ、温泉の湯だ、って体が反応しました。
火山の元気がそのまんま、湯になっている感じ。
香りや、体に伝わってくる湯の質が柔らかい印象。
だから、多少熱くても、つらく感じることはありません。
加温していないのでしょう、
露天風呂は外気で冷やされているので、ごくぬるい。
で、なかなか出られなくなる・・・。
決心して、裸で外気に触れて、実に気持ちいい大自然を感じます。
いいお湯、ごちそうさまでした。
風呂上がりには、いろり端で食事も楽しめます。
いろりのまわりが、食卓になっていて、いごこちがいい。
ごろっとしたくなる、ここちいい雰囲気でした。
食事はほかで済ませたので、ゆっくりできなかったのが
ちょっと残念だった、阿蘇の秘湯でした。
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2005年12月25日
門司のレトロ街

旅行記、2日目です。
なんか1日目はたんに食事していただけの感じでしたね。
何回かに分けてアップしますから、食べるだけではない面も(笑)、
アップしていこうかと思います。
きのうは、寒波もやや和らいで、日射しも感じられる陽気に。
前から行きたかった門司のレトロ街に行って参りました。
周辺には面白い建築群が、保存されています。
昭和初期まで九州の玄関口として栄えた門司を偲ばせる
建物や雰囲気が残されていまして、興味深い。
なかでも圧巻は、今でも使用されているJR門司港駅舎。
以下は、案内文。
JR門司港駅は、大正3年(西暦1914年)に建てられた
九州で最も古い木造の駅舎で、駅としては全国で唯一国の重要文化財に指定されています。
外観のデザインは、ネオ・ルネッサンス様式といい、
左右の造りが対称的なのが特徴です。
噴水のあるレトロ広場とともに美しい景観を創りだしています。
今も現役で活躍する駅舎は、地域の人々の誇りともなり大切に利用されています。
ほかにも多くの建築群があって、目が飽きません。が、
ただし小4の息子とのふたり旅。こちらの都合は優先させてくれません。
早速めざとく見つけた遊覧船に飛び乗って
関門海峡をひとまわりさせられました。元気いっぱいに
運転手さんの横で、冬の風の中、頑張っておりました。
このあと、午後にはスペースワールドという遊園地(ですね、完全に)に
付き合わされまして。まぁ、それなりには楽しい・・・けど、
冬なのに体が水浸しになるアトラクション続きで、
面白いけど、疲れは一気に来まして、・・・さすが、ちょっと寒かった。
5時過ぎには温泉にドポーンと入って、ひとごこちがついたところです。
ふ〜っ。
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2005年12月24日
昨日よりお休みー九州です

さて、閑話休題。きのうから冬休みの坊主と九州です。
実はマイレージが、たまりまくっていたのです。
なんと1年間で42,000マイルとか溜まっていたのですね。
いったい何回飛行機乗っていたのか、よくわかんない。
それで、好きな国内空路往復で2人、旅行ができます、というわけ。
こういうのにどうしても弱い。
タダだよ、おい。
とかいうことなんですよ。 こりゃあ、ということですぐ乗っちゃいまして。
って、なんにも考えていない旅なので、じゃ、一番遠くまで行ける、
ということで九州ということになったのです。安易だなぁ。
1日目は、ほぼ移動で終わりました。
朝10時半に家を出て、車→飛行機→レンタカー→ホテルで
着いたのが17時半。やっぱ時間がかかる。
毎度、一番手間取るのが、レンタカーの申し込み。今回も1時間弱。
時間のない旅先で、あれはいただけないと思うのですがね、いつも。
まぁ、でも特段、目的はない旅、坊主と和気あいあい、
っていっても、最後はテレビアニメの時間に間に合わないとか
運転をいそがされまして、ややヒヤヒヤ。
で、結果、いまはなぜか北九州市・八幡におります。
目の前には「スペースワールド」とかいうテーマパークがあります。
きょうは、とにかく食事だけ。
選べると言うことなので、中華をリクエスト。
ごらんのような食事を、楽しめました次第。まぁ、見ての通りですね。
真ん中のエビは、玄界灘でとれたやつ。エビマヨ風と、エビチリ風の味付け。
真ん中下はデザート。ごまあんが中に入っている団子。けっこうな甘みスープ入り。
最後なぜか、ポテトスナック。飛行機の中に持ち込んだらごらんのようにパンパン。
爆発前に気づいて、サクサクといただきました。
先の案じられる、中身のない旅で終わるか(笑)、どうなんでしょうね。
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2005年10月14日
盛岡焼き肉・・めちゃうま体験

きのうは盛岡で講演を頼まれました。
わたしは、しゃべるのが本職でもないので、あんまり役に立つのかどうか、毎回不安なのですが、引き受けた以上は全力で、ということで、無事終了。東北電力さんの講演会ですが、集まったのはほとんど建築工務店さん。それも技術レベルの高いメンバーのみなさんでした。釈迦に説法みたいになっちゃたかな・・・。
講演が終わったあと、おおくのみなさんとすこしアルコールが入ってから、歓談することが出来まして、こちらも大変たのしく有意義に過ごすことが出来ました。北国岩手ですが、みなさん、ホント、心暖かくって感激しました、
ありがとうございます。
で、そのかんは全然食事できなかったのを気遣っていただいて、なんと本場の焼き肉と冷麺をごちそうになりました。
!!! う〜〜〜んんまかったぁぁぁ!
(どうも表現が、beyond discripshon!〜って、スペルもあやしい。許して)
写真を撮るのを忘れちゃったので、読者のみなさんすいません、文章だけです。(頭↓)
特上の焼き肉を、たれと、ときたまごにつけて、サンチュに包んで食べるんですが、ベリースィートで、とろけるような味わいが口いっぱいに広がりました! 焼き肉って、こういう味なんだ、とはじめて「体感」したって感じ。
なんか、メニューの上の方に書いてあった肉ばっかりだったので、特上・格別だったのかなぁ〜。
連れて行っていただいたみなさんに深〜く感謝。
前の日、仕事立て込んでいて、あまり寝られなかったトリあたま状態のわたし。 またこんど、食べたいなぁって思ったのに、店の名前すら確認しておきませんでした。
けさ、これから散歩に出るので、店の前を通ってきます。
とりあえず、アップしてから、あとでお店の情報を載っけます。
ということで、二日酔いじゃないのに、トリあたまで申し訳ありません。

店、わかりました。
「元祖平壌冷麺食道園」
019-651-4590 岩手県盛岡市大通1丁目8−2
冷麺〈特辛、辛、普通、別辛〉 850円 その他焼き肉等のメニュー有り。
盛岡冷麺を語る上で欠かせないのがこのお店、その歴史は他サイトに譲るとして、冷麺の発祥となったことで知られています。
ひと昔前の焼肉店を想像して貰えばわかりますが、今どきのような凝りに凝ったデザインや若者向けの雰囲気をもったお店ではありません。ついでに言うと、今はやりの「炭火焼き」ではなく、旧態式の「ガス火穴あき鉄板焼き」です。ところが、それがどうした?そんなの関係ないぞと言わんばかりの質の良さで、一般の炭火焼肉店を一蹴する力強ささえ感じます。
価格帯はややアッパークラスにもかかわらず、ひっきりなしにお客さんが出入りしています。常日頃から地元の方々で混雑しているところをみると盛岡の経済事情は悪くないのかなと感じずにはいられません(^^;
という評価がインターネットで出ているお店でした。チャンチャン!
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2005年10月12日
登別の湯はやっぱイチバン

きょうは、久しぶりに閑話休題。
3連休は、登別で親戚の集まりがありました。
今週も忙しくなりそうなので、骨休めとばかり、風呂→寝る、の繰り返し。
おかげでからだバラバラになって、しばらくしてすっきり。
硫黄のニオイはやっぱ登別が格別ですが、そのほかに鉄泉、食塩泉などの風呂を楽しめました。
まえに一度、バスガイドさんの教師という大ベテランの方に聞いたことがあるんですが、登別の湯は、やっぱ日本一といえるんだそうです。 写真左の地獄谷の露出する火山活動、それと年間の降雨量が多いという温泉の基本的な条件で、ほかとは比較にならないんだとか。
登別に伯父が住んでいて、ボランティアのガイドをやっています。
「世界中の温泉の成分は17種類だけなんだけど、登別はそのうち10種類の成分が確認されていて・・・」と温泉耳学問を聞かせてくれました。
老舗の「第一滝本」は、初代の滝本金蔵さんの時代に、高級旅館として宮様や大金持ちが来たときの施設を充実しろ、といわれても断わり、庶民の温泉というポリシーを貫いたんだそうです。泊まった「登別グランドホテル」というのは、そういう時期に高級旅館として建てられたものなんだとか。 いまは、「第一滝本」もどれも似たようなものですが。 ふーん・・・、初耳。
あさ、地獄谷まで散歩。
雨で地獄谷の硫黄のニオイ、比較的よわくは感じられましたが、間近で見るとまさに自然の恵みそのもの。
カメラ構えていたら、手振りでシャッター押してくれ、というひと発見。で、押してあげたら台湾の方。
ちょっと悲しいんだけど、こういうとき、片言でしゃべりあうのは決まって英語。
アジア人同士、会話できる言葉って、ないんですよね。
やっぱ人口から言って中国語、覚える方が、国際ルールかなぁ。
北海道の温泉は激しい競争の結果、もっとも現代的なサービスシステム。だから料金と施設、そして自然環境という観光資源のバランスで、すごく魅力的なようですね。 施設が大型でゆったりしていて、アジアの人たちにも受け入れられやすく、インターナショナルスタイルってことかな。
ともあれアジアの人たちに大人気だっていうのは、なんかうれしい。
もっと来てね、と親愛の気持ちを込めてお話ししました。
いいところですよ、北海道。
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2005年09月20日
津軽・弘前にハマる

弘前にはじめていったとき、地元の建築家・佐々木さんに駅前の津軽三味線と民謡のライブの店に連れて行ってもらった。
ド派手な舞台の緞帳に描かれているのは、ご存知・岩木山。地酒をあじわいながら、若い人からベテランまで、高々と高唱する津軽の唄に聞き入ります。はじめはやや堅い雰囲気の客席も、酒が回るにつれて手拍子も出てくる。
パリで昔行ったシャンソンの店の雰囲気と似ている。きっとアメリカ南部のジャズハウスもこんな感じなのだろうか。
若い年代の人たちが、この津軽の文化に可能性を見いだして、どんどん取り組んでいる、というのがもっとすごい。
音楽としても、まだ可能性を追求できる部分がきっと見えているんでしょうね。
だんだんベテランの出演になってくると、くっきりしてくる力強い三味線、津軽人の風土を思い起こさせる声楽。
はじめ、ド派手と思われた緞帳も、津軽ねぶた絵と重ね合わせて理解でき、盛り上がる会場全体から誇らしい「津軽」が感じられてきます。
この店、ライブハウス山唄は、気軽な居酒屋であると同時に、津軽の唄を志す地元の音楽家にとって発表の場であったり、研鑽の場であったりしています。店主であり、津軽民謡のバックボーンでもあった山田さんが最近亡くなられたそうですが、引き続きがんばっています。
残念ながらこういう文化は、北海道はまだないかなぁ。
まだ若すぎるかも知れないが、かろうじてヨサコイが年輪を重ねれば、という感じだろうか? しかし、あれはねぶたとは対比できても、音楽要素・絵画要素はあまり感じられない。イベントとしては育つかも知れないが、地元に根付いた総合的な芸術までは高まっていかないと思われる。なかでは江差の追分は面白いんだけれど、札幌はなかなかなぁ・・・。
津軽は、戦国期、盛岡・八戸という南部に対して独立戦争に似た戦いを経て成立した地域。そうした歴史体験がこうした文化の下敷きになっている印象がある。その重さが愛着につながっているんでしょうか。
羨望の思いでハマった、津軽・弘前でした。
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2005年09月18日
仙台発・最終便

札幌と東北を行ったり来たりのここんとこ。
むかし、って45年前くらい。そのころは札幌からの飛行機って、搭乗すると私の父は北海道新聞に名前が掲載されていたんだそうです。それが兄たちの数少ない友達への自慢だったって聞いています。
それだけ珍しかった、あるいは場合によっては決死だった、ということのようですね。
時代も変わって、いまは通勤電車に乗るのとたいして変わらない時代。
仙台の空港もすっかり慣れた風景になっています。この空港、まぁ千歳と比べると小ぶりで親近感がわく建物。
ガラスとこのスチールパイプのような構造が顕されていてシンプルな印象。
この場所はチェックインが終わってからの待合い。だいたいが疲れ切っていて、こんなアングルでぼーっと中空を見上げている。ほとんど何も考えられない、つかのまの休憩時間。
夜になると独特の雰囲気が出てきて、わるくはない。
全体に曲線を多用した建物で、エントランスも曲面の屋根が特徴的です。全国の空港の中でもシンプルで使いやすい方の空港だと思います。体力勝負の羽田の歩き時間の長さには閉口しますよね。
疲れって、結局移動した距離に二乗するものなんだそうで、やっぱ、歳ばっかりじゃないんだと自分に言い聞かせて、「よいしょ」と重い体を動かせております。 ふぅ〜。
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2005年09月17日
秋田能代の散歩道

きょうから3連休。きのうまで月曜が休みと気づかなかった。
家族とでかけたり、のんびりしたいと考えています。ということでテーマ休題。
わたし、あんまり酒は飲まないもんで、早朝散歩が趣味です。
夜ぐだぐだと飲んでいるより、あさ、すっきりと外気を深呼吸している方が気持ちいい。
出張に行くといろんなところを散歩できるのが最上の楽しみ。
能代、って秋田県北部・日本海側の街で、海からの風が強いところなので防風林を歴史的にながく植えてきて、それが日本の自然百選にも選ばれています。
で、街中の小学校の塀にこんなイラスト看板。
おもわずにんまり。学校のまわりに駐停車しないで、という案内。こんなかわいいのがあると、なかなか違法駐車はできにくい。
コミュニケーション、いつもこうだといいですね。
この日は二日酔いの頭が、散歩の汗と、この看板のユーモアですっきりしました。
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2005年08月11日
愛 地球博ー2
さっそくいろんな人からコメントをいただき、とてもうれしいです。
さて、今日は昨日のつづきを。
きのうも触れた長久手日本館はさまざまな近未来技術と、伝統的な知恵がたくさんあります。くわしくは日本館HPを、見ていただければと思いますが、感銘を受けたのはハイテクを利用した「屋根の打ち水」。

竹の皮膜の中側の屋根には、光触媒の素材が使われそれに水を流して、ちょうど打ち水を打って気化熱を奪うという日本の伝統的な知恵で、涼を生み出しているのです。
まさに南の知恵、とうなりました。
という話をJIA北海道支部長・圓山彬雄さんとしていたら、こうした知恵のマザーは南方アジアの伝統的な建物のつくられようからヒントを得ている、と聞きました。こうした技術は、すぐにも住宅建築に活用されるようになるのではないか、と期待を抱けますね。
さらにおもしろい省エネルギーな試み2つ目。
会場のあちこちで、間歇的に蒸気のような白煙が上がって、いわば霧吹きのような打ち水装置が働いています。ちょうど電力館での時間待ちの列でも設置されていました。

これは浴びてもほとんど濡れることがないほど細かい、ドライミストの蒸散による外部および半外部の冷却装置。
万博名物の「時間待ち行列」、それも酷暑の炎天下、一服の清涼感を与えてくれます。
北の「高断熱・高気密」とはまたちがったアプローチですが、どちらも目的とするところは同じ部分があります。こうした知恵の総和がよい住宅、よき環境という目標に近づいてくれることを期待したいものです。
<PS>トップページの「おにぎり」と右側の「おにぎり」作りアニメは、私のイメージキャラとしてスタッフが作ってくれました。 ありがとう!
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2005年08月10日
愛地球博
先日、小4の息子と愛地球博に行ってきました。
多くの展示施設でもっとも大きく取り上げられていたのは「環境問題」。
そんななかでも、なんといっても感銘を受けたのは、長久手日本館です。

建築の世界でも、ヨーロッパ各国での実践など、サスティナブル〜持続可能〜な社会の実現への関心はどんどん高まってきており、20世紀がコンクリートとガラスの世紀だったとすれば、21世紀の建築は木や自然素材への回帰の世紀だと実感できるようになってきています。
そういう流れの中でアメリカはややクールなスタンスを取っていて、政治的にもヨーロッパと距離があり、日本は
政治的にアメリカ寄りという印象があります。
しかしこの長久手日本館では、京都議定書の文脈の中で、いま日本の建築が向かうべき方向がはっきり提示されていたと感じます。
基本構造は木造。それを竹のドームで被覆し2重壁とすることで、空気層を確保して自然素材と風などのエネルギーを使って、ほぼ熱帯と変わらない日本の夏の気候に調和し、それを克服しうる建築となっています。
外壁面には壁面緑化、それも日本の風土に適した笹が植え込まれるなど随所に知が凝縮されていて、十分に未来の建築を感じさせてくれました。

北海道とは違って関東以南の夏の暑さはすごい。
北では基本的に暖房負荷の軽減がもとめられますが、南では冷房負荷にほんとうに立ち向かっていく必要があると思います。 長久手日本館についてはHPでも見ることができますが、機会があれば、ぜひ体験されるといいと思います。
根性なしの親子は会場で、父はビール、息子はジュースとひたすら水分補給に努めておりました。
でも北海道人にはあそこまでの暑さが、うらやましい・・・と思っていたらここんとこの、この暑さ!
やっぱり、温暖化・・・なんでしょうかねぇ?